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第1章

129話 伯爵家の進軍Ⅱ

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「それじゃ、バーフェル。警備をしっかりと頼むよ」

「ははっ」

制圧したアリムに駐屯させる最低限の兵士を残してバーフェルに指揮を任せる。もうすでにジーグルト家が軍勢を出したという噂が立つ頃なので迅速に動かなくてはならないからだ。

次の拠点はここより西側にあるペトラだ、ムーガルドに隊長をしてもらう。

各自準備を怠りなくしてから進軍を開始する。到着は数日後の予定だ。

「各自休憩」

ある程度の距離を移動したことで疲れが溜まる頃合い、兵士らに休息をとらせる。

「まさかアリムがあのような状況だったとは」

「あれほど愚劣な統治状態だったとは」

「世襲貴族どもめ、民の心が分からぬのか」

兵士らの噂は先に制圧した拠点のことだ。いくら統治権を持つからと言ってもあれほどまで酷い状況だとは思ってもいなかったのだろう。私腹を肥やす世襲貴族と雇った兵士らの乱暴狼藉の限り、もはや賊軍と言ってもおかしくない程に。

上が上なら下も下、最優先で守らなければいけない民衆に圧制を敷いていたことに兵士らは怒りを覚えていた。

次の拠点ではどのような状況が待ち受けているのか、それを考えると兵士たちの足も速くなるのは必然だった。

「ユウキ様、次の拠点の状況次第では周囲一帯の統治状態の見直しを考えるべきでは?」

ムーガルドは次も同じような状況であれば世襲貴族共を厳しく当たるべきではないかと、そのような進言をしてきた。

大体の予想はついてるからな。

「そうだね。あんまり貴族を悪く言う気はないけど政治を学ばせるべきだとは思うよ」

「我が主君は争いを嫌う方ですが、そのような進言も聞き入れる度量はあります」

アルベルトもベルン様と同じく穏やかな気性の方だが貴族の見本となるべく努力を怠っていない。周りの貴族が悪政を敷いていると聞けば治安維持のために兵を派遣することは十分に考えられるのだが。

「それは当主が決めるべきことだから」

「しかしながら」

「今回は何とか説得したけどアルベルトには後悔の念が強い」

進言するのならば今回の派遣が全て終わり証拠が揃ってからの方がいいと。そう考える。

「ともかく」

結果が出ない事には何も始まらないのだから。今は拠点の状況の確認に全力を挙げないと。

そうして、数日後にペトラについた。

「守りをガッチリ固めているね」

「そうでございますね」

門は閉ざされており周囲には藁が積んである。これは明らかに防衛戦の備えだった。

「この様子では誰かが伝えたんだろう」

この辺りには山賊や野盗などが出るとは報告が上がってない、それなのにこの備えだ。明らかに軍勢が来ることを知っていたかのように備えている。

平時なのにここまで備えるのはどう考えても異常だった。

「どうなさいますか?」

ムーガルドが訪ねてくる。

「とりあえず検閲の許可を取るために使者を送る」

ここまで来て素通りは出来ない。

そうして数人送ると返事が返ってきた。

ヒュンヒュンヒュン!

空から矢が大量に降ってきた!

オイオイ。返事もせずに、か?まさか伯爵家の旗を立てているにもかかわらず一方的に攻撃してくるとは正気を疑うしかなかった。

僕は急いで向かった人間を救出することにした。

「使者を助けろ、盾持ちが前に進め」

盾を装備している兵士らに命じて使者を救出するように命じる。矢が降る中での救出だったが弓兵の腕前が悪いのか当たりそうな矢がほとんどないことが幸いし全員救出できた。

「ユウキ様、命令をください」

隊長のムーガルドが怖い顔で聞いてくる。兵士らも同じような顔だった。これはもう話し合いの余地はない。

「全軍、制圧開始!」

梯子を用意し盾装備の兵士が前に出る。

ジーグルトの軍勢がペトラに迫る。

まずは、弓兵を潰す。僕は矢の雨を掻い潜り壁に接近し一足で上まで飛び越す。

「くそっ!ジーグルトの兵だ!」

向こうは明らかにこちらを敵と認識していた。なら、容赦はしない。魔法のバッグから剣を取り出して壁の上の兵士を血祭りに上げる。

「死ね」

「ギイャァァア!」

瞬時に敵を殺していく。

「梯子をかけろ。上に登れ」

ある程度兵士を倒したら兵士らを接近させ梯子をかける。

ガタガタガタ

兵士らは梯子をかけると一目散に上る。

「敵を上に登らせるな!」

指揮官らしき男が命令をする。そいつに向かって剣を投げる。剣は狂いなく体に刺さる。すぐさま予備の剣を取り出す。

「ユウキ様、ここは我らにお任せください」

「わかった」

迅速に制圧するには門を開ける必要がある。すぐさま壁から飛び降りて門へ向かう。

防備のために兵士らが数人いた。

「クソっ!ジーグルトの軍勢め」

こちらが何者なのかを知っていて門を塞いでいたようだ。

「死ねぇ!」

男らが武器を構える。

僕から見ればただ武器を持っているだけの存在だった、練度も何もない無為な武器の振り方。即座にそいつらを殺していく。

『ひ、ヒィッ!』

数人殺すとそいつらの顔に恐怖が浮かぶ。

「門を開けろ」

「で、出来ない!」

ドスッ!

苦痛に喘いでいた男に剣を突き立てる。甲高い絶叫を上げて男は死んでしまう。

「門を開けろ」

「ひ、ヒィッ!」

開けなければ殺すという意思を伝えるが開けようとはしない。開ければどうなるか分かっているからだ。

「今死ぬか、後で死ぬか」

どちらでも選べと。

恐怖に耐えられなかったのか、仲間を見捨てて逃げていった。

チッ、面倒な。

仕方なく強引に門をこじ開けて味方を引き入れる。隊長のムーガルドと共に兵士らが入ってくる。

「ユウキ様、お疲れ様です」

「気を抜くのは後」

まだ壁の上では味方が戦っているので援護に回れと命令する。ムーガルドはすぐさま指示を出して内部の制圧に映る。

本隊が門から突入したことにより徐々に優勢となっていく。が、まだ抵抗する相手がいた。

「勝敗は決した。投降しろ」

広場の中央に敵が固まったのだ。そこには人質らしき住民もいた。

「う、うるせぇ!俺らはエーリック男爵の軍勢だ!貴様らジーグルト伯爵軍の指図は受けねぇ!!」

「た、助けて下さい!」

民衆を人質にとるのは悪党のやることだ、貴族軍の一員なのにそれを行うという時点で軍律がいかに乱れているかの証拠でもあった。

そいつは女性の首に剣を当てている。

「人質を解放しろ!」

「侵略してきた軍勢の指図は受けねぇ!」

他の連中も同じように人質に武器を当てていた。このまま膠着していては人質の体力が持たないだろう。

「(ユウキ様、どういたしますか?)」

「(任せておいて)」

僕の姿が見えないように壁になれと言って人質確保に瞬時に動けと命令する。

僕は布袋から鉛製の玉を取り出す。

ビュビュビュッ!

人質を取っている男らに向かって素早く投げつける。狙いは顔面。鉛の玉を受けた男らは次々と倒れていく。

「いまだ!人質を確保しろ!」

『うぉぉお~!』

人質が離れた一瞬を見逃さず伯爵軍は突撃し人質は確保、瞬時に敵対していた男らを捕縛する。そうしてペトラの制圧は終わった。

前回と同じく民衆からはとても感謝された。ここでも世襲貴族らは悪政を敷いていたようだ。すぐさま証拠を集めにかかる。

「ユウキ様、ご確認を」

「あ、うん」

持ってこられたのは近年の財政を数字化した帳簿だった。

「酷い中身だねぇ」

「ええ、よくこれで財政が破綻しなかったのだと。悪い意味で感心しました」

帳簿の中身をざっと見たが酷い数字だった。アリムと同じく兵士とその装備や費用にばかり数字が傾いており実入りが少ない。悪い兵士と悪い指揮官、悪い主が結託して私腹を肥やしていたようだ。

「はぁ~、大体の予想はしていたけど」

ひどい統治者だなぁ、と。

「これらの物証は全部複写してジーグルト伯爵家と冒険者ギルドに送っておいて」

「畏まりました」

そうして、治安維持のための指揮官と兵士らを配置する作業を進める。

「アラン」

「……はっ」

「次の拠点制圧では指揮官やってもらうから」

彼はしばし考える。

「ユウキ様……、その……」

彼は言いよどむ。

「悩みがあるなら今言って欲しいな」

「では、嘘偽りなく言わせてもらいます」

制圧した拠点を統治していた世襲貴族やそれに従っていた兵士らの処遇、それを一体どうなさるのか?と。

「それは主君のアルベルトが決めることだよ」

僕に聞いてどうすんの?

「しかしながら今回の制圧指揮を執っているのはユウキ様でございます。アルベルト様はあなたを深く信頼しておられます。先代様も同じです。と、なれば」

貴方様の意見を最優先するのではないか、そうなれば周囲の世襲貴族へ厳しい対応を取られるように進言するだろう。ただでさえ世襲貴族は実入りが少ない。ここで伯爵様から突き放されればもはや家が成り立たなくなる。

そうなると、路頭に迷ったり家を潰されるのも出てくるだろう。

ベルン様は仕方なく対応したがアルベルト様は仕方がないどころではなくなる、率先して悪徳貴族を潰さないとならなくなる。

同じ世襲貴族同士で争うことになる。

ユウキ様は火種を生んでいる、もっと穏便に済ますことはできないのか?アランの意見はそんな感じだった。

「だから、何?」

「国に報告するとか、そうした方針は取らないので?」

「それで?」

「それで、とは」

「国に報告しても『それは貴族の自由だ』なんて対応されるのがオチだよ。そんな時間も手間もかかる方法をとってたらいつまで経っても悪人は消えない」

国は世襲貴族がやることに対して責任を問わない方針をしている。あくまで自由意思による社会だと、それでこのような状況になっているのだから笑えない。

「君にも家族がいるでしょうが」

「もちろんですが」

「幸せ、なのかな?」

「……」

「黙秘するということは肯定だと受け止めるよ」

そうして、一時解散の命をもらう。




アランは自分の家族のことを考える。

大貴族の妾ではあるがその立場はさして強くない。正妻や側室から見下され肩身の狭い毎日を送っていた。下に妹が二人いる。二人はまだ成人前であるが嫁ぎ先があまり良くないのだ。

良い家に送り出すためには兄である自分が功績を上げる必要がある。しかし、首都や都市近辺では仕官先がなかった。だから遠く離れたジーグルト伯爵家のところまで遠路に遠路を重ねてやってきた。

ここで何とか認めてもらいたいと、あえて意にそぐわぬ格好と言動をしたのだ。

アルベルト様は追い返そうとしたがユウキ様は有能な人材だと引き留めて準備金まで出してくれた。そしてようやく家臣となることが出来た。

一刻も早く自分の家を立てたいと、そう考えていると拠点制圧の任が出された。

戦で活躍するほど分かりやすいことはない。

そして、各拠点の実情を知ることになる。

「(世襲貴族共がこんなにも愚かなことをしているとは)」

そこにあったのは怒りだけだった。

貴族軍とは名ばかりの悪党ばかりがそこにいた。同じ世襲貴族としてこれ以上の身内の恥はない。

「で、どうする?」

そんな心情の私に隊長をやれと。これを断っても罪にはならないが功績にもならない。出世が間違いなく遅れることになるだろう。

可愛い妹や苦労を重ねる母をここに迎え入れたい。良い暮らしをさせたい、結婚準備金も用意したい、良い嫁ぎ先を見つけたい。

「お引き受け、致します」

それだけしか出てこなかった。早速準備を整えろとの命令を出される。

残酷な命令だが私にも養わなければならない家族や将来を悩んでいる者らがいるのだ。大義名分は立っている、ならば。迷う自分だけが馬鹿なのだ。貴族同士の争いなどそこらじゅうで起きている。正義はこちらにあるのだから非難されるいわれはない。

そうして、アランは迷いを振り切った。
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