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極寒の大陸編

閑話 コロニーに逃げ延びた2種族の意思

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自分はとあるヴァンパイア族の男だ。名前など必要じゃない場所で生きている。

その場所は吹きすさぶ雪と風と凍り付いた大地が果てしなく広がる大陸だ。なぜこんな場所で生きてるって思うかもしれないが俺たち種族の過去に理由があるらしい。

らしい、ってのは因果の戒めに起因する。これはその種族が許されざる罪を犯した場合のみ発生する枷のようなものだ。それはそれはえげつない効果を生み出す。

それを取り除く方法は存在しないとされている。

同じように因果の戒めにより苦しめられているダークエルフ族と共にこの極寒の大地に身を隠してどれだけの時間が経っただろうか。

かつては多くの同胞たちがいたが仲間割れや分裂を繰り返し今じゃ種族滅亡へ向かっていた。

食べ物を得るためモンスターと戦える者はおらず餓死した同胞や生きた同胞たちを共食いしながら必死に耐えていた。明確に減っていく人数と過酷な環境だけが現実。

何とかモンスターを退治できた者もいなかったわけじゃないがそいつは暴君だった。

共食いに忌避感なく邪悪な思想の塊のような存在、こいつだけがモンスターと戦えていた。ついでに強力なユニークスキル持ちだ。ま、こんな極寒の世界じゃ意味はないけど。

そいつの攻撃的な性格が災いし生き残りが身を潜めていた場所にモンスターを呼び込んでしまったのだ。もちろん生き残り達にはまともに戦う力もなければ装備すらほとんどない。

普通なら生存者を多くするところなのだろうが暴君はここでは何の意味もない美術品や調度品や装飾品を持ち出すように命じた。

仲間は希望のない時間が長くて絶望しかなかったのに仲間を救うのではなくそんなものを持ち出せとは、最悪だよな。だが、もはや仲間らにそれに逆らう気概がある者すらいなかったのだ。

無駄な荷物を抱え込み行く当てもなく彷徨い続ける、しばらくののち空から同族が現れたのだ。なんと飛行の能力を獲得しているのだそうだ。周辺の調査のために飛んでいたところ自分らを見つけてくれたそうだ。

これはまさに天の助け、それ以外になかった。

彼の案内で何とか生き残りを連れてコロニーという場所まで向かうと氷でできた建造物が複数存在した。まだこれぐらいのことが出来る同族達の生き残りがいたことに全員が安堵した。

生活区と呼ばれる建造物の中に入れられると中は結構暖かくて全員驚いた、これで寒さに耐える時間から解放され涙を流す大多数。

先に住んでいる同族達からこのコロニーの秩序と守るべきルールを説明される。

『食料は配給制、共食いは絶対禁止、認められた者以外武器の所持をしてはならない、危険思想を持たないこと』

最低限生命の尊厳を守りましょう、という簡素なものであった。前からいた住人らからすれば自分ら貴重な食料を消費する存在であるためあまり歓迎はされてないという事だ。とはいえ、共食いなど忌避感からは遠ざかることが出来そうなので大多数がそれを喜んでいた。

何とかしのげるだけの食料を配給してもらう。共食い以外で肉とかを食べられるのはいつ以来ぶりだろうか

だが、暴君様達はそれが不満だった。自分らに最優先で食料を分配しろと要求する。

もうコロニーの意思は決まっているのに自分が頂点に立たないと気が済まないようだ。

もちろん、それを止める者もいた。ここでヴァンパイア族の族姫を任されているフェリスゥマグナとダークエルフ族の族姫を任されているインティライミという比較的若い世代の娘だ。

「俺様はヴァンパイア族の首領だ。敬うのは当然だ。小娘が族姫などとは認めん」

「お前は何様でしょうか。ここの過酷な環境では食糧事情は厳しく確保にはそれ相応の苦労があるのですわよ」

「お前らは本来なら受け入れる余裕はないんですよ。族長の判断だからこそです。苦渋の選択なんです」

「俺様はここのモンスターを倒した豪傑だ。食料などすぐに確保できるわ」

「…へぇ、明言しましたわね。それなら私達も同行しますから実力を見せてください」

「無駄飯食いも無用だし危険思想を認めては滅亡が早くやってくるのですから」

暴君は二人を連れてモンスターを狩りに行くことにしたようだ。これで何とか生き延びられるか?

そんなうまくいく訳がなかった。モンスターの討伐が出来なかったのだ。その回数が増えると同時に時間もまた経過する。

備蓄はあっという間に無くなっていくが暴君は言い訳ばかりを繰り返すだけ。

そして、その時がやって来てしまった。

「た、食べ物を…」

「……」

配給係は険しい表情でこちらを見るだけだ。つまりそういうことだ。このままでは共食いの過去へと戻ってしまう。

暴君だけがひたすら理由を付けて食料を要求するがそんな物など存在しない。

暴君はついにルールを破り武器を所持して居住区へ侵入した。

「肉だ、肉を食えば強くなれるんだ!」

「いやぁ~!」

残虐な行為を止めたのは族姫二人だった。

「貴様、絶対に破ってはならないルールを破りましたわね。なんという自分勝手極まる行為ですわ」

「お前は生きるためとはいえ同族食いに忌避感はないのですか。正真正銘のクズです。許さない」

「は、放せ!」

族姫二人に押さえつけられ暴君は暴れる。ここまでやったら同胞とはいえ裁かなければならないだろう。

族姫二人の方が強いらしく振りほどけない暴君、このまま処刑か?

「貴様ごときにあの御方の手を煩わせるなんて」

「あの御方に会わせてあげること自体あり得ませんけど」

あの御方?その言葉の意味が最初誰にも分からなかっただろう。二人が押さえつけてると居住区の扉を開く音が聞こえる。

それはヒューマン?に似ていた。もっとも、自分達にはそれすら思い浮かべられないほど時間が過ぎていた。黒髪黒瞳に簡素な服を着ているその人物が待っていた人物のようだ。

「やっぱり、こういう連中がいるんだよね」

その人物は「計算済み」そんな顔で暴君を見た。

勝てば見逃す、負ければ殺す、その二択だけ。

あの暴君はモンスターと何とかとはいえ戦えるほどにステータスやスキルがある、それをこんな人物に任せてよいのだろうか。誰もがそう思っていた。

予想とは違い戦闘は一方的な状態になる。

雪の足場を全力疾走し武器を振う暴君に対して常に先手を取り反撃を許さない。それが何度となく繰り返される。

「き、貴様、何をした!」

「はぁ…、お前と同じなだけだ」

「舐めているのか!」

「それすら分からないのか?」

もはや付き合いきれない、相手はそんな態度を取る。反撃しようにもどこから攻撃が飛んでくるのかさえ理解できないようだ。その後滅多切りにされる暴君。

血塗れとなり自己回復しようとするが相手は慈悲をかけない。暴君は完全に追い詰められ最後に禁断の自爆能力で道連れにしようとするが。

「その前にお前が死ね」

彼が持つ石造りの素朴な短剣から色が生まれる、それは『赤』意味するのは火で『火属性90%軽減』というユニークスキルを持つ暴君を跡形もなく焼き殺してしまった。

我らはしばし呆然となる。

あれだけ、あれだけの強さを持っていた暴君を相手にすらせず抹殺してしまった能力に我々はひたすら願い祈り許しを請う事しかできなかったのだ。

その後彼を通じて族姫や配給係から焼いた肉を提供された自分らは素手で掴み腹の中に入れ大粒の涙を流した。それは同胞を失ったことよりも自分らに慈悲を与えてくれたことに対する思いだった。

『彼は何者なのですか!』

仲間たち全員から彼が何者なのか、質問が殺到する。それに答えてくれたのは二人の族姫だった。

「本人は”御使い”そう言っておりますわ」

「それを私達は確認済みですよ」

御使い、って。神々の傍近くに控え世界の意思を代表する、あの御使い、様?そんな御方が我々の目の前に!

「彼は常に相手と対等であることを望む御方、ではありますが。今後は御使い様と呼ぶように」

「本来であるならば接点を持つことすら許されない御方です。敬いの念を忘れないように」

『ははぁ~っ』

ただ一人の神に仕え世界の意思の代表者たる御方、そんな御方が何のために地上に降臨してきたのであろうか?族姫たちですらまだ分からないようだが希望の光が差し込んだのは間違いないようだった。

自分達に食べ物を配り終えた後御使い様が行ってくれたのは治療だった。ここまで逃げ延びる間に怪我をしたり病気にかかっていた者が多いのだ。

「『白』色を生み出す御剣よ、苦しむ者達に慈悲を与えよ」

そうして、多数の怪我人や病人を次々治療していく。

食料の配給は幼い子から老人に至るまで行われ続けていく。肉だけではなく魚介類とか野菜とかも混ざり格段に栄養事情が良くなっていた。

腹が満足すれば元気も出てくる、先住民たちの多くが古の力をわずかながら引き出していた。何でも御使い様が因果の戒めをいくつか断ってくれたからだそうだ。そんな力まで有しているのか!

もう自分達を導いてくれるのは御使い様だけだった。

先住民との関係改善に努めつつ自分らもまた古の力を取り戻すべく手探りで自己鍛錬を始める。とはいえ弱体化しすぎたため時間がかかりそうだ。

「よし、今日の分の食料出すよ」

『ごはんだぁー!わぁーい!』

子供ら若い世代は大喜びする。狩ってきたモンスターの死体や魚や甲殻類や貝などを大量にどこからか取り出す御使い様、仲間達は削った骨などを使いモンスターを解体していくしかない。貴重な肉などを持って帰って来てくれたのだ、無駄にするものか。

全員が参加し作業を進める。

インティライミ様が解体を担当しつつ御使い様とフェリスゥマグナ様らが食材に火を通していく。熱を生み出す石板もつかって焼いていく。ここでは火属性を使えるだけでも実にありがたいからだ。

若い世代から優先して配給されるが全員に行き渡る分はまず間違いなくあるだろう。これでもう共食いの悪夢から解放されたのだ。

もうあの暴君のことなど思い出したくもない。あいつが死ぬのは必然だったのだ。最初からいなかったのだ。

『族姫様』

「何かしら」「何でしょうか」

『なぜ族姫様らは強い力を使えるのですか』

自分達はまだ弱い。なのに二人は明らかに強い力を振える。その理由は。

『ちょっと説明が難しくなるけど』

自分らの装備と体に神々のサインが刻まれているからだと答えてくれた。

神々のサインは神本人かそれに限りなく近い近親者ぐらいしか許されない力、それを授かれば天の申し子と言えるぐらいに強い。

しかも。族姫様らは先天的に神々のサインを有してなかった。御使い様に認められ儀式を行い授かったと。

『わ、我々にも、いずれは』

期待が高まるが一転して二人は険しい顔になる。

「非常に難しいわ。だって、彼の基本は不必要な存在に関わろうとしないからよ」

「私達に対しても必要な分だけしか手を貸してはならない、ですからね」

『え?』

「あなた達が思い描くように彼が全力を振えば何もかもが救済されるだなんて今後二度と考えませんように」

「そんなことを思い描いていたら本当に御使いは天に帰ってしまうかもしれません。私達も苦労してるのです」

いずれの神に属してるのかさえ不明であり本人でさえあの調子、気難しいのではなく気があるかどうかさえ分からないと。何を望み何を欲しているのなら分かりやすいが御使い様に隠し事は出来ないそうだ。

清らかかと思えばそうなるし悪逆だと思えばそうなる、可能性があると。自分のことを小賢しく狡賢いだけの小心者、そんな風に言ってるそうだ。

今の所明確な接点を持っているのは族姫様だけなので繋ぎ止めるために必死なのだろう。
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