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極寒の大陸編

ささやかな平穏と苛烈な特訓

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会議が終了し二人の元にも戻ってくる。

「ただいま」

「族長、あんまりいい顔してなかったのではないですか」

「ええ、先の事件では愚かな同胞は即刻排除すべきだと実感しましたから」

先の事件ではあの馬鹿の取り巻き達の始末は彼女らに任せたからだ。救いようのない同胞もいることが現実になり頭が痛いのだろう。彼女達は一人でも多く救いたいのが本心だ、だが現実には生活圏はあまりに小さい。僕の力でギリギリ回っている状態だ。

今後の方針として調査隊を試してみることにした。まずはこの周囲一帯を調べてみる必要があるからだ。

「回りくどいやり方ですわね」

「実際の所、私達でも現在位置が分かりませんから」

「そうだね。直接手を差し伸べたいけど前回の失敗を踏まえての決定だから」

やはり僕の力を頼る二人。僕が全力を出せばそれでいいのではないのか。僕自身だって自分の全力を知らないし出来る範囲もどれほどなのか分からない。御使いなどと呼ばれてもまだ実感はないのだから。

出来ることをコツコツと積み上げる。小賢しい知恵が回るため大物釣りは出来ない。いかにも小物らしい考え方だ。

「今日は今日とて腹が減る。時間の感覚が分からない場所だけに空腹感が一種の確認になる訳なんだよ」

この二人には空腹というキーワードは”隣人を食い殺す”という感覚がある。実際僕が来る前は本当に隣人を食い殺して生き延びていた。僕が来て生活が改善されつつあるがまだ二人からすれば共食いの意識が根深い。そのあたりを今後改善していかないと。

「そうですわね。ええ、もうあの悪夢を繰り返させないためにも」

「私達の役割は重いですね。やはりまだあれを忘れるのは難しいです」

「無理に忘れようとはしなくてもいいんだよ」

気遣いの言葉をかけるが二人は微妙に震えていた。さて、暗い話はここまでにして、笑顔になれる場所でも見に行こう。

ヴァンパイア族とダークエルフ族は住み分けを決めて各々居住区で生活している。因果の戒めから解放され同胞を食ったりしなくてもよくなり各々生活を満喫していた。

やっぱりまだ生皮を剥いだ物を身に着け寝床も粗末だが生活自体は何の問題もない。排泄の場所も決められ浄化処理もしてるので毒にはならないだろう。

フェリスゥマグナもインティライミもここでは族姫という立場から人気者だ。

『ひめさまだー』

二人の姿を見て子供たちが近づいてくる。

「よしよし。元気一杯ですわ」

「やはり子供は無邪気ですね」

二人の周りをグルグル回る子供ら。本質的に二人は子供は好きなのだ。それを僕は眺めているだけ。二人はモンスターとの戦いのお話をする。うーん、娯楽要素が少ないな。子供向けのお話って結構少なめだよね。絵本とかあればいいんだけど。

あと、食事の配給制度も今後改良していかないと。まだ全体の広さが不確定なので安定的な食料調達が難しい。何しろここは極寒の大地なのだ。加えて地面が岩盤なので掘るのも大変だ。植物栽培には適してない。肉だっていずれは枯渇する未来もあり得る。

それらこれらの問題の山積みをどうにかしないと。子供たちに囲まれ楽しそうに遊んでいる二人を見てどうにかしなければと、気合が入る。

何の手入れをしてない状態だが異性として魅力があると思っているがそれは言わないことにした。

その後、野菜を生産している発育場の様子を見に行くことにする

「御使い様、それに姫様達も」

「調子はどうかな」

固い岩盤の上にはがっしりと根を張り作物を生み出している植物がスクスク育っている。

「ええ、順調です。こんなに過酷な環境でも作物は順調に成長しておりますよ」

世話をしているのはダークエルフ達だ。

「ごめんね。もっと肥沃的な土壌だったら色々できるんだけど」

「とんでもない。安定して野菜が取れるという事でも十分です」

皆が僕に頭を下げる。まだまだ種類が少なく過酷な環境で育つ種類しかないのが難点だな。今後も改良していかないと。

「ここは、このコロニーの根幹をなす重要な場所。誇りを持って仕事に励んで欲しい」

『はい!ご命令に応えられるよう努力します』

さて、そろそろ食事の時間だろう。居住区に戻り前回の狩りで得た獲物を解体し切り分けることにしようか。僕の虚空庫に入れておけば時間劣化は避けられる。

骨についたままの肉の塊を僕とフェリスゥマグナとインティライミが石の短剣で切り取り他の者らが石板で焼いていく

火が通った肉は順次細い骨に刺され食べられていくし魚類や甲殻類や貝類も焼かれてどんどん消費される。

『ハグハグモグモグ』

子供ら若い世代から順番に食べていく。

人数が一気に増えたので消費も段違いに早い、備蓄もっと増やしたいな。余った肉は保存食として乾燥させる。貝類などの殻もここでは貴重な資源であるため保管しておく。

『はぁー、食べた食べた、腹一杯だぁ』

全員が満腹感に包まれる。

飢餓から解放され十分な食事もとり続ければ元気も出てくる。なので、年寄りを除いて古の力を取り戻すべく各自鍛錬をする。鍛錬をすると言っても翼を生やしてちょっと飛行したり手の中に微かな闇を生み出す程度、最初はそんなものだ。

だが、身を縮め寒さに耐えることしかできなかった彼らからすればわずかばかりの力でも取り戻したことは僥倖であり未来のために鍛えなければならない能力だ。全世代はまだまだ手探りながらも真剣である。

ここでも僕が持つ『互角なる者』が役に立つ。

「ほら、飛行ってこうするんだよ」

「は、はいっ」

ヴァンパイア族の女の子の手を取って飛行の訓練をする。

さすがに背中から翼を生やすことは出来ないようだが飛行の要領やコツは適用されるらしく、それを使い少しずつ教えていく。

しばらくするとわずかに地面から浮かび移動できるようになっていく

「その調子だよ」

「はいっ!」

この子はこれで問題ないだろう

「影はまずこうして手と手を合わせて丸い形にしてその中に生み出すんだ」

「こ、こうですか」

次に教えているのはダークエルフの男の子。

僕が試しにやってみると手の中に漆黒の存在が生まれる、それを隣で見ながら真似をするように。しばらく集中すると手の中にささやかながら漆黒の霧らしいものが誕生する。

「うんうん、呑み込みがいいね」

「ありがとうございます!」

後は自力で何とかなるかな。

僕の育成方針は「伸びる部分をとことん伸ばす」なので受けがいいようだ。

さて、いよいよ本命だ。

フェリスゥマグナとインティライミの特訓である。

『よろしくお願いします!』

気合入ってるね、いい傾向だ。二人にはまず力の方向性の確認と特性の理解を深めてもらう。

フェリスゥマグナは火属性を広域範囲に撒き散らし火力攻撃で圧倒するタイプ。

インティライミは影属性を指定範囲に纏めることで集中攻撃で突破するタイプ。

対照的な二人だがまだまだ練度が足りないし能力への理解も赤子同然。ただ力任せの馬鹿と変わりがない。ここに技術と理論を加えて完璧になれる。

この二人の能力だと居住区が崩壊するので野外で訓練する。

1対1で対抗してもらう。彼女らに出来て僕に出来ないことはないからこそだ。

早速の模擬戦闘を始める。一人目はフェリスゥマグナだ。

「ほらっ、身の守りが甘いよ。敵を追い込む詰めも緩い」

「くうっ!私と全く同じ能力というのにこんな扱い方があるなんて!」

範囲火力型のフェリスゥマグナの弱点は防御能力の認識の弱さと敵を追い詰める計算の後押しが足りないこと。単純に相手が耐えたり範囲攻撃から逃げた場合への対応が緩い。

まだまだ未熟なので火力で押し通せるかもしれないがいずれ強敵と対峙したときそれは致命的になる、まったく同じ能力だが僕とは発想と行動が違うのでそこで明暗が分かれてしまう。

しばらくは耐えたり逃げ回るが最後は退路を断たれ詰んでしまった。

二人目はインティライミだ。

「ほら、攻撃をなぜ相殺できない、なぜ隙間から攻撃が飛んでくる?それをよく覚えておけ」

「むうっ!同じ威力をぶつけている筈なのに競り負けるなんて!」

範囲突破型のインティライミは影の槍を飛ばしながら必死に防戦していた。属性も威力も同じなのに相殺できず隙間から突き抜けてくる理由は命中率や圧縮率が甘いという事。同じ威力でも完全に合わせなければ相殺は出来ないし属性を圧縮すれば基本の数字も変わる。

定点火力に優れているがまだ単純に強い威力を出しているだけでありその質量共に使い分けができていない。フェイント用の軽い攻撃や防御を突破するための強い攻撃の練度が未熟なのだ。

硬軟自在の使い分けの差で押され続け最後は詰んだ。

「さて、自分と相手の差、どこがどう違うか、明確に理解できたよね」

息も絶え絶えの二人。

「ええ、貴方は相手と全く互角になれる者、だからこそ発想や行動で相手を出し抜くしかない、それを嫌というほど思い知らされましたわ」

「互角になると言えばそれまでですけどその練度や理解においては数歩先を行く。それが実戦でどれほど勝敗を左右するのか身に沁みます」

「君達に出来て僕に出来ないことはない、そう、君達だってやろうと思えばこれぐらいはできるという事でもある。君達が『弱い考えの自分』というのなら僕は『強い考えの自分』そんな表現だね」

ま、僕なりの発想と行動の違いだけなんだけど。

模擬戦闘を通して自分の具体的な戦闘スタイルや対処行動が明確に浮き彫りになった結果だ。この二人には良い目標だろう。何しろ強い自分が目の前にいるのだから。

「一番危険な敵は自分自身、そうは言いますけど。やっぱり自分の力が何より恐ろしいという事ですわね」

「そうですね。他の属性や戦闘スタイルなら突破口がありますけどやはり自分と相対する機会なんてありませんから」

じゃ、先の結果を思い返して見て次はどうすればよいか考えること、それが課題だと伝える。時間を貰わないとまだ二人には難しいだろうし

(うーん、ただ広範囲を薙ぎ払えば即死の威力ならともかくまだまだ未熟な私では生き残りが出ないとも限らない。いずれ強敵と対峙する可能性が高い以上相手を追い詰める手は計算に入れておかないとならない。原始的だけどトラップ系を攻撃に組み込んでみるのがいいのかも。実際ミソギも行動を読んで先手を打ってたけどまだ私には先読みは難しいですわ。属性の密度も甘すぎて隙間だらけなので見切られて突破されてしまう。それと至近距離まで詰められると戦闘技術の差がモロに出てしまう。その練度も高めないと!)

(私が生み出す暗黒の槍は貫通力があり威力も高いけど範囲では劣る。だからこそ確実に命中させると同時に手数と密度が必要だわ。ミソギは質の高い槍と弱い槍を織り交ぜることで行動範囲を確実に削っていった。属性を圧縮すればその分だけ威力が上がることも確認済み。攻撃を相殺するには正確に狙う精度も必要、もっと小回りの利いた立ち回りが重要だわ。敵を追い詰めるためには予測を立て狙った場所に当てることが最優先なのね。それと、まだ戦闘技術が未熟すぎる。接近戦に持ち込まれたら物理で殴るしかないけどそれが余りにお粗末すぎる。もっと鍛錬しないと!)

二人は先の戦闘内容を思い浮かべながら克服するべき課題を明確に認識したようだ。対峙すれば相手の全てと互角で対等になれるからこそわかる事があるわけだ。物覚えが良く教えがいのある生徒だよね。
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