昔の恋を、ちょっとだけ思い出してみたりする

ももくり

文字の大きさ
上 下
3 / 26

大きな一歩

しおりを挟む
 
 
 会えば会うほど膨らむ、『好き』という気持ち。こんなに誰かを好きになることはもう無い、…そう思えるほどの恋だった。

 だが、段々と綻びは見え始める。

 新たに雇い入れたホール担当の女性たちが、徐々に店長の優しさに心を奪われるようになり。そうして、いつも通りのバトル勃発。

 交際を隠していたので、私たちの関係を言えるワケも無く。激化していく争いに巻き込まれた店長は、頻繁に彼女たちから相談を受け出す。…時には朝まで飲み明かすことも。

 いや、それだけでは無い。

 気付かないフリをしていただけで、ホール担当の女性達以外でも店長は望まれれば会いに行くのだ。恋人とその他の女性との差なんて無い。彼にとっては全部同じなのである。

 そう知った時に、心が壊れそうになり。

 初めて抱いた強烈なまでの嫉妬という感情にどう向き合っていいのか分からず、持て余した時に店長の女友だちから呼び出された。美しいその人は私と店長の交際を知っていて、赤く縁どられたその唇を意地悪く歪めて言う。

「お世話になっているオーナーの娘から、付き合ってくれと言われれば、断れないでしょ。それを分かってて交際を迫るだなんて最低よ」

 それからこうも言った。

「彼は誰にでも優しいの。それをアナタに勘違いされて困ってるみたいよ。大雅から別れを切り出すことは出来ないんだし、アナタの方から解放してあげなさいよ」

 言い返すことも出来ずに私はただ頷くばかりで、その翌日、自分から別れを告げたのだ。

「…もうこれ以上、続けることは出来ません」
「そうか、分かったよ」

 私の言葉に、店長は拍子抜けするほどアッサリ返事した。それに戸惑っていると、彼はこう補足したのだ。

「今までそう言われて何回もフラれているから、なんかもう慣れちゃったんだよね」

 これほど魅力的な男性に彼女がいない理由が、ようやく分かったと思った。そして私自身、もう失敗しないようにしようと。

 次に付き合う相手はまともな人を選ぶのだ。
 優先順位の付け方が、まともな人を。

 恋人とその他大勢が同じ扱いだなんて、どう考えてもおかしいではないか。

 だって恋人だよ??
 特別扱いしろよ!!

 ああ、そうさ、私は全然悪く無い。

 恩人の娘であることを笠に着たかもしれないが、それにイエスと答えた時点でヤツも同罪だ。

 そう自分自身に言い聞かせ、ひっそり泣いた。

 残念ながら私は歴代のホール担当の女子みたく、辞職が許されない身だ。毎日笑顔で接客し、時には店長に憎まれ口を叩いて周囲を沸かせて明るく振る舞い、

 帰宅した途端、むせび泣く。

 そしてまた緩やかに月日は流れ、店長はその間に凝りもせず何人かの女性と付き合い、別れ。

 私だけがずっと1人だったのだ。

 正直、鼻を明かしたいという気持ちも有ったが、そろそろ前に進もうかと。

 浦くんは私と店長が別れた1年後に採用され、私たちが付き合っていたこと自体、知らない。もしかして誰かから聞かされているかもしれないが、それでも普通に接してくれている。

 何より、実夕ちゃんへの態度でも分かるように店長とは真逆の性格で、もしかしてこの人なら上手くやれるかもしれないと。

 そんな希望を抱かせてくれる男だったのだ。

「アヤさん、俺はどんな状況でも笑顔で明るい貴女を見ていると心が落ち着くんです。貴女は俺の精神安定剤だ!!

 それに貴女ほどショートカットの似合う女性はいない!世界で一番似合うと思っています!俺はっ、ショートカットの女性が大好きです!だから俺と付き合ってください!!」

 ほら、この素晴らしいズレっぷり。普通は告白場面で自分の性癖をバラさないよ?なのに真顔でショートカット好きだと叫ぶとか。ふふ、なんだか私、こういうのが許せるようになっちゃったんだよねえ。

「いいよ付き合っても。でも、お手柔らかにね」

 ようやくの前進。でも、それは大きな大きな一歩だった。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

闘う二人の新婚初夜

宵の月
恋愛
   完結投稿。両片思いの拗らせ夫婦が、無意味に内なる己と闘うお話です。  メインサイトで短編形式で投稿していた作品を、リクエスト分も含めて前編・後編で投稿いたします。

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~

恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」 そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。 私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。 葵は私のことを本当はどう思ってるの? 私は葵のことをどう思ってるの? 意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。 こうなったら確かめなくちゃ! 葵の気持ちも、自分の気持ちも! だけど甘い誘惑が多すぎて―― ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

大好きな幼馴染と結婚した夜

clayclay
恋愛
架空の国、アーケディア国でのお話。幼馴染との初めての夜。 前作の両親から生まれたエイミーと、その幼馴染のお話です。

振られた私

詩織
恋愛
告白をして振られた。 そして再会。 毎日が気まづい。

なし崩しの夜

春密まつり
恋愛
朝起きると栞は見知らぬベッドの上にいた。 さらに、隣には嫌いな男、悠介が眠っていた。 彼は昨晩、栞と抱き合ったと告げる。 信じられない、嘘だと責める栞に彼は不敵に微笑み、オフィスにも関わらず身体を求めてくる。 つい流されそうになるが、栞は覚悟を決めて彼を試すことにした。

一夜の男

詩織
恋愛
ドラマとかの出来事かと思ってた。 まさか自分にもこんなことが起きるとは... そして相手の顔を見ることなく逃げたので、知ってる人かも全く知らない人かもわからない。

双子の事情

詩織
恋愛
顔がそっくりな私達。 好きな食べ物、好きな服、趣味、そして好きな人、全て同じな私達。 ずっと仲良くいたいけど、私はいつも複雑で…

甘すぎるドクターへ。どうか手加減して下さい。

海咲雪
恋愛
その日、新幹線の隣の席に疲れて寝ている男性がいた。 ただそれだけのはずだったのに……その日、私の世界に甘さが加わった。 「案外、本当に君以外いないかも」 「いいの? こんな可愛いことされたら、本当にもう逃してあげられないけど」 「もう奏葉の許可なしに近づいたりしない。だから……近づく前に奏葉に聞くから、ちゃんと許可を出してね」 そのドクターの甘さは手加減を知らない。 【登場人物】 末永 奏葉[すえなが かなは]・・・25歳。普通の会社員。気を遣い過ぎてしまう性格。   恩田 時哉[おんだ ときや]・・・27歳。医者。奏葉をからかう時もあるのに、甘すぎる? 田代 有我[たしろ ゆうが]・・・25歳。奏葉の同期。テキトーな性格だが、奏葉の変化には鋭い? 【作者に医療知識はありません。恋愛小説として楽しんで頂ければ幸いです!】

処理中です...