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大きな一歩
しおりを挟む会えば会うほど膨らむ、『好き』という気持ち。こんなに誰かを好きになることはもう無い、…そう思えるほどの恋だった。
だが、段々と綻びは見え始める。
新たに雇い入れたホール担当の女性たちが、徐々に店長の優しさに心を奪われるようになり。そうして、いつも通りのバトル勃発。
交際を隠していたので、私たちの関係を言えるワケも無く。激化していく争いに巻き込まれた店長は、頻繁に彼女たちから相談を受け出す。…時には朝まで飲み明かすことも。
いや、それだけでは無い。
気付かないフリをしていただけで、ホール担当の女性達以外でも店長は望まれれば会いに行くのだ。恋人とその他の女性との差なんて無い。彼にとっては全部同じなのである。
そう知った時に、心が壊れそうになり。
初めて抱いた強烈なまでの嫉妬という感情にどう向き合っていいのか分からず、持て余した時に店長の女友だちから呼び出された。美しいその人は私と店長の交際を知っていて、赤く縁どられたその唇を意地悪く歪めて言う。
「お世話になっているオーナーの娘から、付き合ってくれと言われれば、断れないでしょ。それを分かってて交際を迫るだなんて最低よ」
それからこうも言った。
「彼は誰にでも優しいの。それをアナタに勘違いされて困ってるみたいよ。大雅から別れを切り出すことは出来ないんだし、アナタの方から解放してあげなさいよ」
言い返すことも出来ずに私はただ頷くばかりで、その翌日、自分から別れを告げたのだ。
「…もうこれ以上、続けることは出来ません」
「そうか、分かったよ」
私の言葉に、店長は拍子抜けするほどアッサリ返事した。それに戸惑っていると、彼はこう補足したのだ。
「今までそう言われて何回もフラれているから、なんかもう慣れちゃったんだよね」
これほど魅力的な男性に彼女がいない理由が、ようやく分かったと思った。そして私自身、もう失敗しないようにしようと。
次に付き合う相手はまともな人を選ぶのだ。
優先順位の付け方が、まともな人を。
恋人とその他大勢が同じ扱いだなんて、どう考えてもおかしいではないか。
だって恋人だよ??
特別扱いしろよ!!
ああ、そうさ、私は全然悪く無い。
恩人の娘であることを笠に着たかもしれないが、それにイエスと答えた時点でヤツも同罪だ。
そう自分自身に言い聞かせ、ひっそり泣いた。
残念ながら私は歴代のホール担当の女子みたく、辞職が許されない身だ。毎日笑顔で接客し、時には店長に憎まれ口を叩いて周囲を沸かせて明るく振る舞い、
帰宅した途端、むせび泣く。
そしてまた緩やかに月日は流れ、店長はその間に凝りもせず何人かの女性と付き合い、別れ。
私だけがずっと1人だったのだ。
正直、鼻を明かしたいという気持ちも有ったが、そろそろ前に進もうかと。
浦くんは私と店長が別れた1年後に採用され、私たちが付き合っていたこと自体、知らない。もしかして誰かから聞かされているかもしれないが、それでも普通に接してくれている。
何より、実夕ちゃんへの態度でも分かるように店長とは真逆の性格で、もしかしてこの人なら上手くやれるかもしれないと。
そんな希望を抱かせてくれる男だったのだ。
「アヤさん、俺はどんな状況でも笑顔で明るい貴女を見ていると心が落ち着くんです。貴女は俺の精神安定剤だ!!
それに貴女ほどショートカットの似合う女性はいない!世界で一番似合うと思っています!俺はっ、ショートカットの女性が大好きです!だから俺と付き合ってください!!」
ほら、この素晴らしいズレっぷり。普通は告白場面で自分の性癖をバラさないよ?なのに真顔でショートカット好きだと叫ぶとか。ふふ、なんだか私、こういうのが許せるようになっちゃったんだよねえ。
「いいよ付き合っても。でも、お手柔らかにね」
ようやくの前進。でも、それは大きな大きな一歩だった。
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