血よりも赤い瞳

奈々野圭

文字の大きさ
27 / 40

第27話 警察③

しおりを挟む
 ――翌日。この日は休日だ。だが、警察には関係ないことだ。人の命がかかっているとなれば尚更だ。
 ――肝心の捜索者の命は、もう既にないのだが――。

 何はともあれ、警察と向き合わねばならない。爽やかな陽気とは対照的に、智也の気は重い。

「ふふふ」
 のっぴきならない状況だが、不適な笑みをこぼす。まるで、勝算でもあるかのように。智也はベッドから出て、身支度を整えた。

 警察が来るとなると、だらしのない格好では示しがつかない。かといって、きっちりし過ぎるのも余計な疑いを招く。

 小綺麗に見えればいいだろう。智也は白のTシャツを着ると、その上に紺のカーディガンをはおる。ボトムスはゆったり目のジーンズにする。

 支度を済ませると、リビングに向かう。純はまだソファーの上で眠っている。

 そんな純を尻目に、キッチンへと向かう。棚からゼリー飲料のパックを二つ取り出すと、リビングに戻った。

「起きろ」

 今だ眠っている純に、声をかける。その声に反応して、純は目を開けた。

「餌だ」
 智也がパックを一つ渡す。純はそれを受け取る。蓋を開けると、その中身をすすり始める。

「まさか俺がこいつ用の餌をすする羽目になるとは……」

 智也もパックの蓋を開け、中身をすする。

 警官はいつ来るのか分からない。外食している間に来る可能性だってある。そうなると、警官は自宅前に張り込むような形になるだろう。

 ――警官に待ち構えられるのであれば、こっちから待っていた方がよい――。

 智也があえて純用の食事に手をつけたのは、そういう算段があったからである。もちろん、近頃はもっぱら外食してたので、自宅には食べるものがろくにないという事情もあるのだが。

「やっぱり、非常食は常備した方がいいな」
 智也はひとりごちた。

 朝食を済ませてすぐのこと、部屋にチャイムの音が鳴り響いた。智也に緊張感が走る。
 とりあえず、応答すると決めた。

「高橋智也さんですね。警察です。申し訳ありませんが、少しお時間をいただけますか」

 案の定、警察が来た。智也は覚悟を決め、ドアを開ける。警官は二名だ。一人はベテラン、もう一人は若く、経験が浅そうに見える。

「山田健太さんのことです。昨日、妻である愛美さんから捜索届けを承りました。その日にお伺いしたのですが、お留守だったので。本日、改めて来させていただいた次第です」

 ベテランの方の警官が、そう説明した。口調こそ穏やかだが、智也は凄みを感じた。

「そうでしたか……無駄足を踏ませたようで、申し訳ありません……」
 慎重に言葉を選んで話す。

「いえ。ご友人が失踪したとあっては、気が気ではないでしょうから」

 ベテラン警官が言う。だが、その口調は優しいながらも冷ややかだ。智也は萎縮しそうになる。ここでへこたれてはおしまいだ。そう言い聞かせ、どうにか持ちこたえる。

「昨夜、山田愛美さんは友人である鈴木美奈さんとインターネットのライブ配信を行っていました。時間は二十一時から二十三時までの二時間。ライブ配信を終えても健太さんが帰って来ず。連絡も取れない。翌日になってもその状態が続いたため、捜索届けを出したそうです」

 若い警官が状況を説明した。

「山田さんは高橋さんのお宅に行かれたんですよね。何時頃、お宅を出ていかれたのでしょうか」
 今度はベテラン警官が口を開いた。

「何時頃……確か……二十時頃だったような……そうだ。我が家にはもう一人、同居人がおりまして。その者に確認させましょうか」
 智也はこんな提案をしてみた。

「それは助かります」
 警察官は了承する。心なしか、良好な反応に見えた。

「今呼んでまいります。少々、お時間を取らせてしまいますが、よろしいでしょうか」

 警官は肯定の返事をする。それを受けると、智也はリビングに向かった。

「おい、警察が来たぞ。昨日言ったこと、覚えてるな」
 警官に聞こえぬよう、小声で話す。

「警官を追い払えばいいのだったな」
 純は確認するように、口にする。

「そうだ。あくまで追い払うんだ。バラバラにするなよ。絶対にだっ」
 智也は強く念を押す。

「それから、認識阻害は解いてくれ。これから人と会わせるんだから。お前の姿が見えなかったら、俺は嘘つきになっちまう。そうなったら、余計面倒なことになる」

「嘘つきと見なされたら事態はより複雑になるということか。確かに、智也は健太に嘘をついたから事態が混乱した」

「なんでお前はいちいち余計なことを言わないと気がすまないんだ。いいからこい」

 智也は純を引っ張るようにして、リビングを出た。こうして、智也と純は警官の前に立つことになる。

「この方が高橋さんの同居人ですね」
 純の姿を見たベテラン警官が、智也に確認を取る。智也は「はい。そうです」と返す。

「では、早速ですが、お話を……」
 ベテラン警官と純の目が合う。話を聞き出そうとしたが、途中でやめた。

「どうかされましたか……」
 怪訝けげんに思った若い警官が声をかけるが、彼も話を途中で止める。

「……お時間を取らせていただき、大変失礼しました。ご協力、感謝します。では、私たちはこれにて」

 二人の警官は頭を下げると、智也宅を出ていった。

 警官がいなくなったのを見るや、智也は玄関ドアを閉める。施錠せじょうしながら、智也はほくそ笑んだ。


***

 ――昨夜。智也宅リビングにて。

 これからどうすればいいのか。一人呻吟していた智也。その時、あることを思い出した。

「あの時の健太、妙にぼんやりしてたな。目の前にコウモリが飛んでたってのに」

 それは、健太の最後である。思索しているうちに、爆発四散まで想起しそうになった。思考を追い払うように、頭を左右に振る。

「お前、健太になにかやったのか」
「殺せと命じたのは智也ではないか」

「そうじゃねぇよ。コウモリ飛ばす前に何かやったのかって聞いてるの」
「コウモリを飛ばす前か」

 純は遠くの方を見る。その時のことを思い返しているようだ。

「催眠術をかけたんだ」

「さいみんじゅつぅ?」
 智也は間抜けな声をあげた。ここに来て、立て続けに純の新能力が発覚している。頭がパンクしそうになったのだ。

「催眠術ってのはあれか。人を催眠状態にするってやつ」
「そうだ」

「催眠状態にして……意のままに操るってこと?」
 智也の疑問に、純は「そうだ」と答えた。

 人体を爆発四散させる能力に目を奪われるが、催眠術も大概である。

 一度人を殺すと決めたら、徹底的にやるのだ。命を奪うだけではなく、足止めも怠らない。純に目をつけられたら、誰も逃れることはできないのだ……。智也は身震いした。
 震えが止まらないなか、ここではたと閃いた。

「そうだ。警官に催眠術をかければいいんだ」

 口からハハハと笑いが漏れる。目は血ばしり、焦点が定まらない。

「よし、決めた。これでいこう」
 智也は高笑いした。勝利を確信したかのように。
 しばし哄笑していたが、突如、真顔になる。正気に返ったようだった。

「おい、お前。俺に催眠術かけてないよな」
 眉をひそめ、純を睨みつけた。

「智也には催眠術をかけてないぞ」
 純は平然と答える。智也から鋭い目でい抜かれているにも関わらず。

「本当か」
「本当だ。私には嘘をつく能力はないと言ったはずだが」
 純は真っ直ぐな目で答えた。

 催眠術をかけていないという。では何故、自分は純に劣情を催すのだ。美咲という恋人がいるにも関わらず。智也は疑念の目を向けた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

意味が分かると怖い話(解説付き)

彦彦炎
ホラー
一見普通のよくある話ですが、矛盾に気づけばゾッとするはずです 読みながら話に潜む違和感を探してみてください 最後に解説も載せていますので、是非読んでみてください 実話も混ざっております

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

屈辱と愛情

守 秀斗
恋愛
最近、夫の態度がおかしいと思っている妻の名和志穂。25才。仕事で疲れているのかとそっとしておいたのだが、一か月もベッドで抱いてくれない。思い切って、夫に聞いてみると意外な事を言われてしまうのだが……。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

騙されて快楽地獄

てけてとん
BL
友人におすすめされたマッサージ店で快楽地獄に落とされる話です。長すぎたので2話に分けています。

【完結】退職を伝えたら、無愛想な上司に囲われました〜逃げられると思ったのが間違いでした〜

来栖れいな
恋愛
逃げたかったのは、 疲れきった日々と、叶うはずのない憧れ――のはずだった。 無愛想で冷静な上司・東條崇雅。 その背中に、ただ静かに憧れを抱きながら、 仕事の重圧と、自分の想いの行き場に限界を感じて、私は退職を申し出た。 けれど―― そこから、彼の態度は変わり始めた。 苦手な仕事から外され、 負担を減らされ、 静かに、けれど確実に囲い込まれていく私。 「辞めるのは認めない」 そんな言葉すらないのに、 無言の圧力と、不器用な優しさが、私を縛りつけていく。 これは愛? それともただの執着? じれじれと、甘く、不器用に。 二人の距離は、静かに、でも確かに近づいていく――。 無愛想な上司に、心ごと囲い込まれる、じれじれ溺愛・執着オフィスラブ。 ※この物語はフィクションです。 登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。

吊るされた少年は惨めな絶頂を繰り返す

五月雨時雨
BL
ブログに掲載した短編です。

処理中です...