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第三章
勇気の源
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「……っと、まぁ、うん。こんな感じです」
伏目がちに経緯を話し終えた綺羅は、最後ぎこちなく笑った。
「その後は本当に、色々と運が良かったんだ。林檎の国は陸の孤島だから脱出は無理だって思ってたら実は干潮時にだけ陸地が対岸まで細々と出現しててね。距離はかなりあったけど人間の時より脚が速いから成功したんだ」
その道すがら林檎の国へ潜入調査に来ていた姫椿達と出会い、“天狼”本拠地まで行けた部分は伏せて強制的に話を終わらせる。
口を結んだまま耳を傾けている真白の反応を見る勇気が持てないまま沈黙を持て余していると短く鼻を啜る音が聞こえて綺羅は顔を上げた。
「え、ま、真白?」
狼狽する綺羅に真白は小さく手を振って大丈夫だと合図したつもりが、近寄るなと拒絶の意味に捉えた綺羅の顔がみるみる青くなっていく。
「ごめん、気味が悪いよな。馬になる人間なんて……ごめん、怖がらせるつもりはなかったんだ」
「ち、違う!怖いとかじゃない!!怖くないよ!!」
真白は申し訳なさそうにしている綺羅の傍に駆け寄って、その手を握り締めた。
自分の手より一回り大きくて冷たい手は緊張した様に固まったまま動かない。
「謝るのは私の方よ。綺羅は何回も助けてくれたのに……」
真白は、溢れ出た涙をそのままに続けた。
「私、ずっと誤解してた。綺羅がいなくなったのは愛想尽かされたからだって思い込んで勝手に傷ついてた自分が恥ずかしい。それだけじゃない、綺羅が突然いなくなって凄いショックだったのに……こうして会うまで忘れてたの。今もまだ頭の中が靄かかっていて、何か忘れているのかもしれない。薄情でしょう?私、自分が許せない」
無理もない、そう口をついて出ようとした言葉を綺羅はそっと飲み込んだ。
学園に住まう者全員が薬漬けにされている状態では記憶の操作も造作ない事だろう。上手い具合に学園に馴染んでいる姫椿達や白馬を見ても強力な力が働いていると疑っていい。
真白が気に病む事じゃないと分かっているから、綺羅は繋がれたままの手をそっと握り返した。
「相変わらず、泣き虫だなぁ」
「綺羅」
「ん?」
「こんな私を助けてくれて、ありがとう。背中の痣、痛い?」
「大丈夫だよ。真白が無事で良かった」
綺羅の朗らかな笑顔を見て、今度はこの笑顔をずっと覚えていたいと思った。
優しくて頼もしくもあり、いつも傍で支えてくれる人。
忘れたくなくて繋いだままの手に力を込めると、同じくらいの力で握り返され笑ってしまった。
「真白はさ、今も外に出たい?」
唐突な質問に、答えを躊躇う。
「……今は怖い」
“朱の大会”は、非公開の大会なので勝手に体育祭や文化祭の様なものだと想像していた真白は、目前に迫った大会に恐怖すら感じていた。
仮面をつけた知らない人達の好奇に満ちた瞳。
学園にいた頃とは明らかに変わってしまった雪乃も、あんなに近くにいた白馬ですら遠い存在みたい。
知らなかった事、忘れている事、そんな不確定要素が常に蠢いて、着実に自分をも飲み込もうとしている未来が息を潜めている。
どうしてこんな事になったんだろうという後悔までもが加わり、計り知れない位に大きな恐怖になってしまった。
外の世界に出てみたいって夢を抱いただけなのに、その夢自体が悪いことにしか思えなくなった今、もう何処にも救いを見出せない。
俯く真白の額に綺羅は自分の額を軽く当てた。
「諦めないで、真白」
綺羅の声に顔を上げると、金色の瞳と目が合う。
「怖くないよ。大丈夫、ここを出よう」
欲しかった言葉がどんどん自分の中に流れてきて、また目頭が熱くなった。
「………うん!」
本当は、お礼を言いたかったけど声が震えて上手く伝えられないから、ありったけの元気で返事をした。
伏目がちに経緯を話し終えた綺羅は、最後ぎこちなく笑った。
「その後は本当に、色々と運が良かったんだ。林檎の国は陸の孤島だから脱出は無理だって思ってたら実は干潮時にだけ陸地が対岸まで細々と出現しててね。距離はかなりあったけど人間の時より脚が速いから成功したんだ」
その道すがら林檎の国へ潜入調査に来ていた姫椿達と出会い、“天狼”本拠地まで行けた部分は伏せて強制的に話を終わらせる。
口を結んだまま耳を傾けている真白の反応を見る勇気が持てないまま沈黙を持て余していると短く鼻を啜る音が聞こえて綺羅は顔を上げた。
「え、ま、真白?」
狼狽する綺羅に真白は小さく手を振って大丈夫だと合図したつもりが、近寄るなと拒絶の意味に捉えた綺羅の顔がみるみる青くなっていく。
「ごめん、気味が悪いよな。馬になる人間なんて……ごめん、怖がらせるつもりはなかったんだ」
「ち、違う!怖いとかじゃない!!怖くないよ!!」
真白は申し訳なさそうにしている綺羅の傍に駆け寄って、その手を握り締めた。
自分の手より一回り大きくて冷たい手は緊張した様に固まったまま動かない。
「謝るのは私の方よ。綺羅は何回も助けてくれたのに……」
真白は、溢れ出た涙をそのままに続けた。
「私、ずっと誤解してた。綺羅がいなくなったのは愛想尽かされたからだって思い込んで勝手に傷ついてた自分が恥ずかしい。それだけじゃない、綺羅が突然いなくなって凄いショックだったのに……こうして会うまで忘れてたの。今もまだ頭の中が靄かかっていて、何か忘れているのかもしれない。薄情でしょう?私、自分が許せない」
無理もない、そう口をついて出ようとした言葉を綺羅はそっと飲み込んだ。
学園に住まう者全員が薬漬けにされている状態では記憶の操作も造作ない事だろう。上手い具合に学園に馴染んでいる姫椿達や白馬を見ても強力な力が働いていると疑っていい。
真白が気に病む事じゃないと分かっているから、綺羅は繋がれたままの手をそっと握り返した。
「相変わらず、泣き虫だなぁ」
「綺羅」
「ん?」
「こんな私を助けてくれて、ありがとう。背中の痣、痛い?」
「大丈夫だよ。真白が無事で良かった」
綺羅の朗らかな笑顔を見て、今度はこの笑顔をずっと覚えていたいと思った。
優しくて頼もしくもあり、いつも傍で支えてくれる人。
忘れたくなくて繋いだままの手に力を込めると、同じくらいの力で握り返され笑ってしまった。
「真白はさ、今も外に出たい?」
唐突な質問に、答えを躊躇う。
「……今は怖い」
“朱の大会”は、非公開の大会なので勝手に体育祭や文化祭の様なものだと想像していた真白は、目前に迫った大会に恐怖すら感じていた。
仮面をつけた知らない人達の好奇に満ちた瞳。
学園にいた頃とは明らかに変わってしまった雪乃も、あんなに近くにいた白馬ですら遠い存在みたい。
知らなかった事、忘れている事、そんな不確定要素が常に蠢いて、着実に自分をも飲み込もうとしている未来が息を潜めている。
どうしてこんな事になったんだろうという後悔までもが加わり、計り知れない位に大きな恐怖になってしまった。
外の世界に出てみたいって夢を抱いただけなのに、その夢自体が悪いことにしか思えなくなった今、もう何処にも救いを見出せない。
俯く真白の額に綺羅は自分の額を軽く当てた。
「諦めないで、真白」
綺羅の声に顔を上げると、金色の瞳と目が合う。
「怖くないよ。大丈夫、ここを出よう」
欲しかった言葉がどんどん自分の中に流れてきて、また目頭が熱くなった。
「………うん!」
本当は、お礼を言いたかったけど声が震えて上手く伝えられないから、ありったけの元気で返事をした。
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