蒼の箱庭

葎月壱人

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第二章

秘密と秘匿【1】

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綺羅に転送してもらった王李の部屋は電気をつけていなかった。
雑に開かれたカーテンから覗く窓から入る夜に溶け込もうとする仄かな灯りを頼りに夜目が効いてきた瞳で室内を見渡せば、女子寮とは違い悠々自適に使える一人部屋のベッドの上にシーツを被った大きな物体が目に止まった。

「綾瀬?」

声を掛けると身体を震わせただけで返事をしないものの、どうして、という動揺が空気から感じられる。
姫椿は仕方なくベッドの上に上がり、そのシーツを取ろうと手を伸ばした時だった。

「触るな!!見るな!!」

怒号と一緒にシーツを強く引いて取る事を拒絶された。

「来るな……出てけ!!!」

威嚇して大きな声を出しているものの、シーツに包まっている時点で怖くも何ともない。

「誰に向かって口聞いてるの?」
「っ!?!?」

わざととしか思えない強がりな言葉を聞き流し、姫椿の鋭く命じる声に怯んだ瞬間を見逃さず容赦なくシーツを剥ぎ取ると、隠れていた赤い瞳が困惑して揺れ視線が混ざり合う。
捕まえた、と言わんばかりに目を細めてみせれば綾瀬はもう視線を反らせない。

「く、……っ、」

悔しそうに口ごもる姿を見て、姫椿は静かに微笑んだ。

「どうしたの?綾瀬、ちゃんと言わなきゃわからないよ?」

とても優しい声だった。
言っても……いいのだろうかとすぐに気持ちが揺らぐ。
手を伸ばせば届く距離にいて、下手すれば吐息まで届く距離で見つめ合っているのに自制してるのはいつも自分だけ。
欲しくて、欲しくて堪らない桃色の瞳が自分を見て微笑み掛けているのに、甘い誘惑に抵抗したくなる自分が常に邪魔をする。
抗いたい、振り回してやりたいと思っていても結局、姫椿の掌で転がされて終わると知っているのに。

「っ、話す事はない」
「何も?」
「そうだよ!!」

意思が揺らがない様に顔を背けた。
言い返してこない優越感から、皮肉混じりの言葉が飛び出す。

「使役がないと、何も出来ないくせに」

口をついて出た本音に自分で驚いた。
慌てて取り繕うとする意志の弱い口を両手で抑えると、そんな事かと姫椿のあっけらかんとした声が届いた。

「え?もう、使わないよ?」

「…………え?」

自分でも情け無い位、弱い声が出た。

「や、っ、な、なんで」
「何でって……見てたでしょう?綺羅に使ったの」 

ドクン、と心臓が跳ねた。
真白の行方が気になってテラスに出た後に森で見た光景が今も目に焼きついている。
俺の身体を縛っていたものが無くなっていると知った時の喪失感。
もう要らないと言われたような疎外感。
いつも俺の意志など関係なく残酷な事をやってのける姫椿が……凄く憎い。

憎いのに、求めてる。
矛盾した気持ちが苦しくて、自分の希望が通らないのが悔しくて、感情が昂ったあまり唐突に一粒だけ涙が落ちた。

「何で泣くの?」

顔を背けても遅かった。
絡めとる視線から逃げられないけど、逃げたくて後づさるが、獲物を狙う動物みたいに両手をついた姫椿にぐいぐい距離を詰められてしまった。

「見るな」

表情を読まれない為に伸ばしている赤い髪が、顔を背けるだけでカーテンの役割を果たしてくれる。
ようやく視界から姫椿が消えた事に安堵する間もなく、いきなり胸を押された綾瀬は簡単に押し倒されてしまった。

「なっ!?」

逃げない様に綾瀬の上に馬乗りになった姫椿は、顔を背けるのを忘れている綾瀬の顔を両手に閉じ込め、その意表をつかれた顔を満足そうに眺めた。

「悲しいの?綾瀬」

あぁ、悲しい。

「どうして?」

俺だけに、して。

「ん?」

口が裂けても、言葉にしたくなかった。
声にして認めたくなかったが、優しく問い詰める声から逃げられない。

「………他の奴に使わないで」

懇願する弱くて小さな声は、下手したら聞き逃してしまう程だった。

さて。
聞こえなかったフリをしてやろうか。
もう一度、言わせてみようか。

先の展開が自分に委ねられているのを楽しみながら、姫椿は自分に呆れる。
何だかな、綾瀬を前にするとどうしてもいじめたくなってしまうのは悪い癖だ。

「え?何?聞こえない」

屈辱に歪む綾瀬の顔を見ながら姫椿は微笑んだ。
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