蒼の箱庭

葎月壱人

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第三章

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愕然としている王李の肩から手を離し、姫椿は目の前にいる白椿と数年ぶりに対峙した。
自分と瓜二つの片割れは、昔の面影なんて何処にもなく自分よりも妖艶さと気品さが相まった普通の美女だった。
此方を侮蔑する眼差しすらも息を飲むほど綺麗で、こんな人と本当に血を分けた双子なのかと疑問にすらなる。

「真白ちゃんにボタン盗られちゃったけど、あらかた押した後だし?ふふっ、満身創痍で笑えるわぁ」

その通りだと思いながら、痛みを通り越した身体の中がどうなっているのか考えるのはやめておいた。
何か言いたくても口の中が血の味しかせず、息も血生臭くて喋る気が起きない。

「こうして会話するのは久しぶりよね?姫椿。元気?あ、元気な訳ないじゃーん!!んもう、しぶといんだから!!潔く死ねばいいのに!!」

はしゃぐ白椿に、どうしてこんなに嫌われているのだろうかと不思議に思う。
幼い頃はただただ白椿が好きだった。
自分の分のお菓子やおもちゃも渡していたし、代わりに怒られる事もあった。
白椿が世界の中心で、憧れで、絶対的な存在。
今にしてみれば、ずっと自分を卑下してただけと分かるのに……
思い出の苦しさに溜息をもらすと、此方に余裕があると勘違いした白椿が非常な剣幕で睨んできた。

「いい加減、私の綾瀬を返しなさいよ。私から綾瀬を奪って隠して、いつまでも私達の愛を邪魔して……一体何が目的なの?好きなの?」
「ハッ」

乾いた笑い声が溢れた。
そんな気持ちが、ここまで人を狂わせるのなら“施錠”しておいて良かったと心底思う。

「彼を、失踪する前の健康な状態に戻したまでよ。せっかくだから聞いてみたら?昔も今も彼の気持ちを聞いてみた事ないんじゃない?」
「はぁ?今更ぁ?そんなの……アンタに洗脳されてる答えを言うに決まってるじゃない」
「なるほど。本心を聞くのが怖いのね?だから薬漬けにして従わせてた、と。従順な子が好みだものね?」

わざと含みを持たせた物言いに、白椿の声のトーンが低くなる。

「白馬は関係ないわ」
「でも、これ以上は手の施し様がないんじゃない?逆転を狙うならそれこそ……愛の力、なんて物が実在するなら話は別だけど」
「ふふっ、ふふふ!傲慢な子!!この場において、私に勝った気でいるなんて!!」

得意気に指をパチンと鳴らす仕草が合図だったのか、ステージだけではなく建物全体に白い霧が天井から降り注ぐ。
異様な光景にざわつく観客達の声が徐々に小さくなって、至る所でバタバタと人が倒れていった。

「……っ、!」

真白と綺羅の無事を確認しようとした姫椿も、自分の身体の違和感に顔を歪ませ、その場で盛大に吐血した。
床に飛び散る血液を見て全身を寒気が襲う状態に、流石にヤバいんじゃないかと霞んできた瞳を細めて顔を上げると床に座り込んだままの王李と目があった。
好きにしたらいいと言った手前、二人を連れて逃げて欲しいと自分勝手な願いを口にするのは躊躇われるし、あの発言から微動だにしていない姿を見ると、また傷つけてしまった様だ。
無様な姿を晒しておいてこんな事を伝えても説得力がないのは承知の上で、姫椿は口元を動かした。

「………だいじょう、ぶ」


何だよ、それ。
俺のあずかり知らぬ所で勝手な事をしておいて、守ってるつもりか?
誰が頼んだ?昔と変わらず、今も弱い存在だと思われているなら心外だ。
屈辱なのか悲しみか怒りなのか……それら全てが混ざり合った行き場を無くした気持ちを歯痒く思っている時に真白の呼び声が王李を現実に引き戻す。

「王李!!王李ってば!!ねぇ、光ってる!!それ、何?」
「は?何処……」
「腰の辺りのやつ」

何か持ってただろうかとポケットの中に手を入れて“黎明の鍵”を取り出した。
何の変哲もない鍵は光など放ってはいない。
不審に思いつつも一つの仮説が脳裏を過ぎる。
王李は真白に見えるように“黎明の鍵”を持ちながら、一か八かで聞いてみた。

「真白。これと同じ様に光ってる所……ない?」

“黎明の鍵”を、膝をついた姫椿を見下しながら笑っている白椿に向けると真白もそっちを見た。

「……あるよ、谷間の辺り」

心臓が高鳴る。
利き手で大鎌を掴み、静かに立ち上がった。

「ありがとう」
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