253 / 254
No.253 鼻歌
しおりを挟む
物心ついた頃には家に母と二人で暮らしていました。
母は基本的に家に居ません。仕事だったり、彼氏に会っていたり。もともと私に関心がなかったみたいです。小学校も行ったり休んだり勝手に決めていましたが、怒られた事はありませんでした。
マンションに一人でいると鼻歌が聞こえてきました。母はいないし、テレビやラジオもありません。誰も居ないはずの家のどこかから人の気配がするのは不思議でしたが、怖くはありませんでした。今日も聞こえるな、と思っていました。
たぶん女性で、優しくゆったりとした鼻歌です。何の歌かは今でも判りません。
あんまり小学校に行かない私にも高学年になると友達は出来ました。友達は同じマンションの上階に住んでいました。はじめて遊びに行った日、友達の両親はまだ帰っておらず二人でゲームをしていました。ゲームの時間が終わると、友達は
「親が帰ってくるまでに宿題を終わらせる」 と言い出しました。
私は帰っても、どうせ夜中まで母は帰ってこないし、友達が宿題をしている間に漫画を読ませてもらう事にしました。
しばらくすると友達が解答に悩み始めたのか鉛筆の音が止まりました。静かでとても居心地が悪くなりました。同時に無性に寂しくなって机に向かっている友達の背中を叩きました。友達はびっくりして振り返り
「どうしたの?」
と聞いてきました。
「なんか、静かすぎない?」
友達はピンとこないようでした。
「普通、鼻歌とか聞こえない?」
「別に、聞こえないよ」
「本当?」
「だって誰も居ないし」
そう微妙にかみ合わない話をしているうちに友達はいらだち、私は自分のおかしさに気づきました。そのまま変な空気になって解散しました。
家に帰っても、やっぱり一人でした。いつもの事なのにそわそわと部屋を回っていると、いつも通り鼻歌が聞こえてきたんです。
私ははじめてそれを探しました。思うとそれまで関心を持つ事を本能的に拒絶していたのかもしれません。探し回るとき、心臓が痛いほどドキドキしていました。
母の寝室は普段入りませんが、他の部屋は見たのでそこしかありませんでした。そっと覗き込むと、カーテンが閉まって薄暗く何も見えません。しばらくすると目が慣れて影が動いているのが見えました。鼻歌と併せて丸い物がゆらゆら揺れています。それが、徐々に近づいて来て、細く開けたドアから漏れた光ではっきり見えました。
髪のない女性がこっちを見ていました。首からまっすぐ一本の腕が伸び、手のひらが逆立ちしているように床に付いていました。私を見て鼻歌を歌っていました。
そこから記憶が曖昧なんですが、気がついたら小学校にいました。残っていた先生が保護してくれたそうです。いろいろ聞かれましたが何も言えませんでした。そこから10年くらい私は言葉を失っていました。今はこうやって人にあの体験を話せるようになりました。
私は児童養護施設に入り、母は一度も会いに来てくれませんでした。どうしたかは知りません。養父母のおかげでやっとまともな人間になり、今はなんとか社会人として自律しています。
――役田さんはうろ覚えの鼻歌を披露してくれた。役田さんが帰り一時間ほどして別の方が怪談を持ってきた。その方が来訪早々言った。
あれ? 女性の鼻歌が聞こえたんですが、あなた一人?
母は基本的に家に居ません。仕事だったり、彼氏に会っていたり。もともと私に関心がなかったみたいです。小学校も行ったり休んだり勝手に決めていましたが、怒られた事はありませんでした。
マンションに一人でいると鼻歌が聞こえてきました。母はいないし、テレビやラジオもありません。誰も居ないはずの家のどこかから人の気配がするのは不思議でしたが、怖くはありませんでした。今日も聞こえるな、と思っていました。
たぶん女性で、優しくゆったりとした鼻歌です。何の歌かは今でも判りません。
あんまり小学校に行かない私にも高学年になると友達は出来ました。友達は同じマンションの上階に住んでいました。はじめて遊びに行った日、友達の両親はまだ帰っておらず二人でゲームをしていました。ゲームの時間が終わると、友達は
「親が帰ってくるまでに宿題を終わらせる」 と言い出しました。
私は帰っても、どうせ夜中まで母は帰ってこないし、友達が宿題をしている間に漫画を読ませてもらう事にしました。
しばらくすると友達が解答に悩み始めたのか鉛筆の音が止まりました。静かでとても居心地が悪くなりました。同時に無性に寂しくなって机に向かっている友達の背中を叩きました。友達はびっくりして振り返り
「どうしたの?」
と聞いてきました。
「なんか、静かすぎない?」
友達はピンとこないようでした。
「普通、鼻歌とか聞こえない?」
「別に、聞こえないよ」
「本当?」
「だって誰も居ないし」
そう微妙にかみ合わない話をしているうちに友達はいらだち、私は自分のおかしさに気づきました。そのまま変な空気になって解散しました。
家に帰っても、やっぱり一人でした。いつもの事なのにそわそわと部屋を回っていると、いつも通り鼻歌が聞こえてきたんです。
私ははじめてそれを探しました。思うとそれまで関心を持つ事を本能的に拒絶していたのかもしれません。探し回るとき、心臓が痛いほどドキドキしていました。
母の寝室は普段入りませんが、他の部屋は見たのでそこしかありませんでした。そっと覗き込むと、カーテンが閉まって薄暗く何も見えません。しばらくすると目が慣れて影が動いているのが見えました。鼻歌と併せて丸い物がゆらゆら揺れています。それが、徐々に近づいて来て、細く開けたドアから漏れた光ではっきり見えました。
髪のない女性がこっちを見ていました。首からまっすぐ一本の腕が伸び、手のひらが逆立ちしているように床に付いていました。私を見て鼻歌を歌っていました。
そこから記憶が曖昧なんですが、気がついたら小学校にいました。残っていた先生が保護してくれたそうです。いろいろ聞かれましたが何も言えませんでした。そこから10年くらい私は言葉を失っていました。今はこうやって人にあの体験を話せるようになりました。
私は児童養護施設に入り、母は一度も会いに来てくれませんでした。どうしたかは知りません。養父母のおかげでやっとまともな人間になり、今はなんとか社会人として自律しています。
――役田さんはうろ覚えの鼻歌を披露してくれた。役田さんが帰り一時間ほどして別の方が怪談を持ってきた。その方が来訪早々言った。
あれ? 女性の鼻歌が聞こえたんですが、あなた一人?
0
お気に入りに追加
19
あなたにおすすめの小説
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
本当にあった怖い話
邪神 白猫
ホラー
リスナーさんや読者の方から聞いた体験談【本当にあった怖い話】を基にして書いたオムニバスになります。
完結としますが、体験談が追加され次第更新します。
LINEオプチャにて、体験談募集中✨
あなたの体験談、投稿してみませんか?
投稿された体験談は、YouTubeにて朗読させて頂く場合があります。
【邪神白猫】で検索してみてね🐱
↓YouTubeにて、朗読中(コピペで飛んでください)
https://youtube.com/@yuachanRio
※登場する施設名や人物名などは全て架空です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる