怪談レポート

久世空気

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№94 お水

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――慶田さんは最近離婚して実家に帰ってきたという。

 結婚したのは20代の頃、卒業して3年務めた会社で出会った男性と結婚しました。先輩で頼りになる人でした。彼に言われるまま仕事をやめ専業主婦になり、二人で穏やかに暮らしていたのですが、突然彼の両親から田舎に帰ってくるように言われました。
 彼の両親は農産業を営んでいました。それを継げと言ってきたのです。私は寝耳に水でしたが、彼はそろそろか、というように転職と転居の準備を始めたんです。まさかそんなにあっさり仕事を辞めるとは思わず止めたんですが、長男と結婚したんだからわかっていたでしょ、と。
 確かに私の考えが足りなかったのでしょう。そして、そんな状況でも「まあ、なんとかなるか」と付いていったのも間違いだったと思います。

 私は農業どころかガーデニングすらやったことがなく、まったく知識がありませんでした。それでも手伝いをするように言われ、もたついているとお姑さんに怒鳴られました。優しそうだと思っていたので最初はかなりショックでした。そのうえ家事はすべて私にゆだねられ、それも彼の家のやり方と少しでも違うと腕や足をつねられました。
 始めのうちは彼もお姑さんをとがめて止めてくれたのですが、途中からめんどくさくなったのか見て見ぬふりを始めました。お舅さんはもっと前、結婚したあたりから私に関心がないらしく、全く話したことがないし、私が泣いていても気にならないようでした。

 でもそんな生活は5年ほどで終わりました。お姑さんが亡くなったんです。癌で進行が速かったそうです。あっという間でした。あんなにいじめられたからいなくなって嬉しいはずなのに、あまりにあっさり消えてしまった拍子抜けしたというのが本心でした。それにお姑さんがいなくなっただけで、彼との間の溝は開いたまま、ただぎくしゃくした日常が過ぎました。

 ある夜、隣で寝ている彼がうなされているのに気付きました。一応起こしたところ、お姑さんの夢を見ていたそうです。苦しそうに、水が欲しい、水が欲しいと呻いていたとか。私は何となく
「地獄に落ちておいしいお水が飲めないんだろうなぁ」
 と思いましたが、彼はあまり仏壇を手入れしないせいだと思ったらしく、次の日から自分で仏壇を磨きコップに水を入れて供えるようになりました。
 始めは冷めた気持ちで見ていたんですが、ふと悪戯心が湧いて、こっそりとその水に農薬を混ぜてみたんです。色が変わらない程度に。その日の夜、彼は悲鳴を上げて起きました。どうしたのかと聞きましたが、何か恐ろしいものを見るかのような目で私を見たまま、動かなくなってしまいました。
 そして次の日に離婚となりました。

 ひょっとして、死んだ人にも毒って効くんでしょうか?
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