上 下
45 / 89
第三章「聖女就任式」

45.うそつき。

しおりを挟む
 青く澄み切った空。快晴の空の下、王家主催のお茶会が開かれていた。
 ただそこに参加したのはロレンツとリリーのふたりのみ。そんなアンナの現状を表す寂しい席に、今や飛ぶ鳥を落とす勢いのジャスター家ミセルがやって来てロレンツに言った。


「よろしければ私達と一緒にお茶などどうでしょうか。ロレロレ様がお好きなおコーヒーもご用意してましてよ」

 アンナに対抗するように急遽開かれたジャスター家主催のお茶会。
 同じ場所、そしてアンナのお茶会に断りを入れた貴族達が多数集まって来ている。明らかな嫌がらせ。アンナの顔は昨日までと同じく生気を失い震えている。
 やれやれと言った顔でロレンツが何か言おうとした時、一緒にいたリリーが立ち上がって言った。


「ミセル様っ、これは幾らなんでも失礼ではございませんか!!」

 まだ少女のリリー。青いツインテールがその怒りを表すように左右に大きく揺れている。ミセルが言う。


「あら、あなたは確かティファール家の……」

「リリー・ティファールです!! ミセル様、今はキャスタール家のお茶会の真っ最中。この場所もすでに予約された場所。ここでジャスター家がお茶会を開くなど許されません!!」


(ほお)

 ロレンツはたとえ相手があのジャスター家でも全く臆することなく堂々と言い放つ目の前の少女を見て感心した。子供ではあるがそこらの貴族よりよっぽどしっかりしている。さすがこの歳で王家の侍女を務めるだけのことはある。一喝されたミセルが腕を組んで言い返す。


「そうそう、あなた。ええっと、確かリリーさんでしたっけ? あなたにもお伝えしなければならないことがございましてよ」

 その言葉を聞いたアンナに嫌な予感が襲う。ミセルが言う


「私が『聖女』に正式に就任し、素敵な方と成婚した暁には……」

 リリーが黙ってその言葉を聞く。


「あなたを私の侍女にして差し上げますわ」


(!!)

 アンナの震えが強くなる。
 呆然とその言葉を聞いていたリリーが、すぐにその意味を理解する。


(ミセル様がご結婚されれば新たな国王が誕生し、彼女は王家となる。そして王家に代々仕えるティファール家はその侍女を務めなければならない……)

 今はアンナが王家であるが故にリリーがティファール家から仕えるよう指示されているが、彼女が王家でなくなればもうリリーにその義務はなくなる。家の命によって新たな王家への奉公の変更は当然である。
 真っ青な顔になったリリーが震えながら答える。


「わ、私はアンナ様にずっとお仕えしたいから……」

「それを決めるのはあなたじゃなくてお家。リリーさんにその権利はございませんわ。おーほほほほっ!!!」

 爽やかな庭園にミセルの笑い声が響く。


(そんな、リリーまで、リリーまで私から奪うというの……)

 アンナは絶望の中で、その辛い事実に心が折れそうになっていた。
 ミセルによるロレンツの『護衛職』の変更、王家になったら侍女のリリーの指名。まさに今、自分が置かれている立場をそのまま奪い去ると言うものであった。


「うっ、ううっ……」

 アンナは下を向き、声を殺した涙を堪えた。
 このふたりを失えばアンナは完全に孤立化する。誰も声に出さないが、そこにいるすべての人間がその事を理解していた。リリーが言う。


「と、とにかく今日はアンナ様のお茶会。ご退出ください」

 思わぬ事実に気付いたリリーであったが、そこはすぐに切り替えてミセルに言い放つ。ミセルが答える。


「あら、ではここにお集まりなさった皆様に、に座ってお茶を飲めと仰るのでしょうか?」


「なっ!?」

 リリーはそれを聞いて言葉を失った。
 ミセルに呼ばれて集まって来ているのは上級貴族ばかり。その彼らにお茶会のイスがないから『地面に座って飲め』というのは死ぬことよりも屈辱的なこと。イスやテーブルが余っているのに使わせなかったと、キャスタール家が非難されるのは明白。そこまで計算した上でのミセル登場であった。


「嬢ちゃん、向こうの席に行くぞ」

 それまで黙って見ていたロレンツが下を向いて涙を堪えるアンナに言った。リリーがすぐに反応する。


「で、でも……」

「別にどこでもいいだろ。たくさん人がいるなら貸してやれ」

 貴族のプライドなど微塵もないロレンツがさらりと言う。それを聞いたミセルがロレンツに近付き甘い声で言う。


「ロレロレ様ぁ、あなた様の為にミセルはとっても美味しいおコーヒーを用意致しました。是非ご一緒頂けませんか~?」

 リリーは普段とは全く違う様子のミセルに驚きつつロレンツを見上げる。ロレンツが答える。


「そうか、そいつはすまねえ。でも……」

 ロレンツはテーブルの上に置かれた白色のティーカップを手にすると、すでに冷えてしまった紅茶を一気に飲み干した。


(あっ)

 アンナはそれを驚いた顔で見つめた。ロレンツが言う。


「俺は紅茶が好きでな。コーヒーはまた今度貰おう」

 ロレンツはそう言うとこちらを見上げていたアンナの頭をポンポンと叩き、リリーと一緒に一番奥のテーブルへと移動して行った。ひとり残されたミセルが顔を真っ赤にして思う。


(許しませんわ、許しませんわ、こんなこと、絶対にっ!!)

 そう思いながら奥でロレンツ達と一緒に座るアンナをギッと睨みつけた。



「ねえ」

「なんだ?」

 庭園の一番奥のテーブル。
 そこに座ったアンナがロレンツに尋ねた。


「あなた、紅茶は嫌いじゃなかったの?」

 ロレンツがぶっきらぼうに答える。


「知らん。忘れた」

 アンナは赤くなった目をこすりながら小さく言う。


「うそつき」

 そう言って紅茶をロレンツの前に置かれたティーカップに再び注ぎ始める。ロレンツはそれを小さく頷きながら見つめた。





 そして『その日』が訪れた。

 パン、パパパパーーーーン!!!!

 以前『剣遊会』が開催されたネガーベル王城内にある野外闘技場。
 その澄み切った青空に砲撃隊の空砲が幾度も響き渡る。何千人もの観客を収容できるその巨大施設に、貴族はもちろんのこと国軍、各大臣、そして抽選で選ばれたネガーベル民が新たな『聖女誕生』をこの目で見ようと集まって来ている。
 舞台の隣には国立遊楽隊による華々しい演奏が会場を包み、ある者は歓声を、またある者は既に涙を流しながらその瞬間を待っていた。ひとりの男が舞台に上がり、大きな声で叫ぶ。


「お待たせしました、皆様。これより『聖女就任式』を開催致します!!!」


「うおおおおっ!!!」
「きゃあああ!!!」

 場内から溢れんばかりの歓声が響く。
 数年ぶりの聖女誕生に狂喜乱舞して喜ぶ人達。警備にあたっていた兵士が言う。


「おい、新人!! 気をつけろ。興奮した人間が舞台に上がるかもしれん!!」

 その新人にしては少し歳を取った警備兵が答える。

「了解です!! 注意致します!!」

 上官が言う。

「よし、頼んだぞ。っ!!」

「はっ!!」

 ローゼルは敬礼をしてそれに答える。そして観客に注意を払いながら、舞台の上にいるジャスター家の人間達を見つめた。



「お父様、お兄様、いよいよですわ」

 舞台の上に立つミセルがふたりに微笑んで言った。
 いつもの真っ赤なドレスではなく、聖女を示す純白のドレス。真っ白な手袋をつけ紙をアップにしたミセルが中央に置かれた椅子に座っている。兄エルグと父ガーヴェルがそのミセルの傍に立つ。



(アンナ様……)

 舞台下、現王家であるアンナが座る椅子の隣にいたリリーが不安そうにその顔を除く。
 無表情。
 それは『氷姫』と揶揄された以前のアンナのよう。アンナの後ろには腕を組みじっと舞台を見つめるロレンツ。


 波乱の『聖女就任式』の幕がついに上がろうとしていた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

オッサン齢50過ぎにしてダンジョンデビューする【なろう100万PV、カクヨム20万PV突破】

山親爺大将
ファンタジー
剣崎鉄也、4年前にダンジョンが現れた現代日本で暮らす53歳のおっさんだ。 失われた20年世代で職を転々とし今は介護職に就いている。 そんな彼が交通事故にあった。 ファンタジーの世界ならここで転生出来るのだろうが、現実はそんなに甘く無い。 「どうしたものかな」 入院先の個室のベッドの上で、俺は途方に暮れていた。 今回の事故で腕に怪我をしてしまい、元の仕事には戻れなかった。 たまたま保険で個室代も出るというので個室にしてもらったけど、たいして蓄えもなく、退院したらすぐにでも働かないとならない。 そんな俺は交通事故で死を覚悟した時にひとつ強烈に後悔をした事があった。 『こんな事ならダンジョンに潜っておけばよかった』 である。 50過ぎのオッサンが何を言ってると思うかもしれないが、その年代はちょうど中学生くらいにファンタジーが流行り、高校生くらいにRPGやライトノベルが流行った世代である。 ファンタジー系ヲタクの先駆者のような年代だ。 俺もそちら側の人間だった。 年齢で完全に諦めていたが、今回のことで自分がどれくらい未練があったか理解した。 「冒険者、いや、探索者っていうんだっけ、やってみるか」 これは体力も衰え、知力も怪しくなってきて、ついでに運にも見放されたオッサンが無い知恵絞ってなんとか探索者としてやっていく物語である。 注意事項 50過ぎのオッサンが子供ほどに歳の離れた女の子に惚れたり、悶々としたりするシーンが出てきます。 あらかじめご了承の上読み進めてください。 注意事項2 作者はメンタル豆腐なので、耐えられないと思った感想の場合はブロック、削除等をして見ないという行動を起こします。お気を悪くする方もおるかと思います。予め謝罪しておきます。 注意事項3 お話と表紙はなんの関係もありません。

暗澹のオールド・ワン

ふじさき
ファンタジー
中央大陸に位置するシエラ村で、少年・ジュド=ルーカスはいつもと変わらない平穏で退屈な日々を過ごしていた。 「…はやく僕も外の世界を冒険したいな」 祖父の冒険譚を読み耽る毎日。 いつもと同じように部屋の窓際、お気に入りの定位置に椅子を運び、外の景色を眺めている少年。 そんな彼もいつしか少年から青年へと成長し、とうとう旅立つ日がやって来る。 待ちに待った冒険を前に高鳴る気持ちを抑えきれない青年は、両親や生まれ育った村との別れを惜しみつつも外の世界へと遂に足を踏み出した…! 待ち受ける困難、たくさんの仲間との出会い、いくつもの別れを経験していく主人公。 そして、彼らは平穏な日々の裏に隠された世界の真実を知ることとなる。 冒険の果てに彼らが選択した未来とは―。 想定外の展開と衝撃の最期が待ち受ける異世界ダークファンタジー、開幕!

愛しのお姉様(悪役令嬢)を守る為、ぽっちゃり双子は暗躍する

清澄 セイ
ファンタジー
エトワナ公爵家に生を受けたぽっちゃり双子のケイティベルとルシフォードは、八つ歳の離れた姉・リリアンナのことが大嫌い、というよりも怖くて仕方がなかった。悪役令嬢と言われ、両親からも周囲からも愛情をもらえず、彼女は常にひとりぼっち。溢れんばかりの愛情に包まれて育った双子とは、天と地の差があった。 たった十歳でその生を終えることとなった二人は、死の直前リリアンナが自分達を助けようと命を投げ出した瞬間を目にする。 神の気まぐれにより時を逆行した二人は、今度は姉を好きになり協力して三人で生き残ろうと決意する。 悪役令嬢で嫌われ者のリリアンナを人気者にすべく、愛らしいぽっちゃりボディを武器に、二人で力を合わせて暗躍するのだった。

ダンジョンマスター先輩!!(冒険に)付き合ってあげるからオカルト研究会の存続に協力してください 2!! ~闇乃宮と涙怨の巫女~

千両文士
ファンタジー
関東地方の豊かな自然に囲まれた某地方都市、迷処町(まよいがまち)。 運命のいたずらによりこの地に蘇った五武神の試練・マヨイガの儀に5人の高校生男女が挑んでから20数年後・・・それぞれの道を歩んでいた5人は新たな宿命に引き寄せられるようにマヨイガダンジョンに帰結する。神紋もののふ、六武神、眷族魔物&式神、マヨイガ三勢力連合チームが新たに挑みしは突如神域に現れた謎多き『闇乃宮』!? そこで待ち受ける新たな試練とは……!?

神々の間では異世界転移がブームらしいです。

はぐれメタボ
ファンタジー
第1部《漆黒の少女》 楠木 優香は神様によって異世界に送られる事になった。 理由は『最近流行ってるから』 数々のチートを手にした優香は、ユウと名を変えて、薬師兼冒険者として異世界で生きる事を決める。 優しくて単純な少女の異世界冒険譚。 第2部 《精霊の紋章》 ユウの冒険の裏で、田舎の少年エリオは多くの仲間と共に、世界の命運を掛けた戦いに身を投じて行く事になる。 それは、英雄に憧れた少年の英雄譚。 第3部 《交錯する戦場》 各国が手を結び結成された人類連合と邪神を奉じる魔王に率いられた魔族軍による戦争が始まった。 人間と魔族、様々な意思と策謀が交錯する群像劇。 第4部 《新たなる神話》 戦争が終結し、邪神の討伐を残すのみとなった。 連合からの依頼を受けたユウは、援軍を率いて勇者の後を追い邪神の神殿を目指す。 それは、この世界で最も新しい神話。

【書籍化進行中、完結】私だけが知らない

綾雅(要らない悪役令嬢1/7発売)
ファンタジー
書籍化進行中です。詳細はしばらくお待ちください(o´-ω-)o)ペコッ 目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。 優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。 やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。 記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2024/12/26……書籍化確定、公表 2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位 2023/12/19……番外編完結 2023/12/11……本編完結(番外編、12/12) 2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位 2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」 2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位 2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位 2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位 2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位 2023/08/14……連載開始

ユーヤのお気楽異世界転移

暇野無学
ファンタジー
 死因は神様の当て逃げです!  地震による事故で死亡したのだが、原因は神社の扁額が当たっての即死。問題の神様は気まずさから俺を輪廻の輪から外し、異世界の神に俺をゆだねた。異世界への移住を渋る俺に、神様特典付きで異世界へ招待されたが・・・ この神様が超適当な健忘症タイプときた。

チート能力「看守」を使って異世界で最強と言われる

唐草太知
ファンタジー
チートスキル:看守。 これを使って、神を殺さなければならないらしい。 そして、脱走した囚人たちも処罰しなければならない。 なんでも、その脱走した神は人間たちに力を与えて逃げてるらしい。 そのせいで人間社会が可笑しくなってると言う。 神の関与しない世界にするべく主人公は旅に出る。

処理中です...