紡ぐ、ひとすじ

しばらく、ほのぼの。

「窓、開けるよ。」
一言、許可を得てから車の後部座席の窓を、少しだけ開ける。
心地よい風が車内の空気を総入れ替えされた。

東京湾を横切ってかけられた橋は、何とも冒険感があってワクワクする。
横須賀の方からフェリーで千葉に行く方法もあるらしいが、そっちは帰り通るらしい。

「実流の傷心旅行なのに、柚流が１番楽しんでんな。」
「だって、親がいない個人旅行なんてさ、初めてだよ？……ちなみに、俺的には尚澄の誕生旅行と、把握しています。」
海を見続けたまま、浮かれた声で柚流は答える。
なぜなら、傷心旅行というほど、実流が落ち込んでないからだ。

「あ、あの。実流さん。……その、彼女さんとは？」
尚澄は、あえて別れた理由ついて聞かないつもりだったが、どうやら話の流れで聞いておいた方が良いと察したらしい。
武流は陽射しが眩しいらしく、サングラスをかけながら、実流の代わりに答える。
「尚澄、気にしないで。それね、無料でマッサージしてあげる代わりに、彼女のして付き合って貰ってただけなの。でも、他に好きな人が出来たんだってさ。」

実流は、横須賀で理学療法士をしている。
仕事はリハビリが専門だが、人体の作りは学んでいるので、マッサージも勉強しているらしい。
たまに、実流の部屋から女性の艶めかしい声がしてきていると思ったら、ただのマッサージだったらしい。
「何で、それで、実流くんも付き合ってるって思ってたんだろう。」
「そ。５年間もね。しかも、そのせいで、まだ童貞。」
薄情な兄弟は、完全にネタとして、楽しそうに話している。

「そうですか。それも、純愛ですよね。見返りを求めない愛。すごいと思います！………俺には出来ないですけど。」
何とか、必死になぐさめようと、尚澄は言葉を考える。

実流はそんな尚澄を見て、気を使える子だねぇ、とニコニコする。
そして、いつもと変わらないフワフワした様子で答えた。
「良いよぉ。こっちだって、顔が好きなだけだったし。まだ、友達だしぃ。」
どうやら、マッサージをしなくなっただけで、現状維持らしい。
よくわからない関係だが、大人とはこういうものなのだろうか。

「ほら、柚流、そろそろ橋が終わるぞ。」
「本当だ。やった！」
海に反射した光の眩しさに、パチパチとまばたきをしながら、歓声を上げた。


今回の旅の費用は、俺達が行きたいだけだし、高校生から金は取れないと言われ、全額の費用を兄が出してくれるらしい。
きっと傷心旅行というのは、理由付けなだけだ。
年の少し離れた兄たちは、いつも気を遣わせないように、色々してくれる。
だから、今回も感謝の気持ちを述べて、ありがたく旅行に行くことにした。

どこへ行くか会議した時の事。
「やっぱり、海かなぁ。尚澄と行った時、楽しかったなぁ。島と猫。」
「……それは、俺とだけで、また行こう？」
「そこ、甘い雰囲気を出さないようにー。でも、僕は、横須賀通勤で海は見飽きてるからなぁ。武流もでしょ？」
「確かに嫌だな。ちなみに山も嫌だ。休みまで見たくない。」
「そしたら、どうする？」
四者四様、言い分があって、なかなか進まない。

鎌倉の高校教師である武流が、コピー用紙を、ビリビリに破き、各自に配った。
「これに、行きたい場所を各自、書くように。その書いた場所の紙の中から、みんなで消去法で決めよう。」
そう、提案してきた。

その結果、関東の牧場になったのだ。
確かに、美味しいものも食べられるし、嫌な所がなかった。
自分たちには最適な選択な気もする。

陸に着いた後も、車でしばらく走る。
すると、人が増えてきて、果てしなく大きい広場が現れてきた。
「やったぁー。来たー！」
いまにも駆け出しそうな、柚流を尚澄は後ろから抱きしめて止める。
なんだか、尚澄も嬉しそうだ。
一緒に来れて良かった。
そう思って、尚澄と幸せな気分で見つめ合う。
「じゃ、まずは、牛の乳しぼりに行くか。」
武流が、何故か必須事項のように宣言する。
「………何で？」
ハテナが浮かぶが、旅の主催者がやりたいなら行くかと、向かうことにした。