交際0日同棲生活

おみなしづき

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怒ってるの?

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『マサ? その……げ、元気?』
「…………切るよ」
『ま、待って! マサに話があるんだ……』
「俺にはない」
『マサ! 頼むよ……話そう』

 くそ……声を聞きたくなかった……。
 裏切られたという事実はずっと消えなくて無性に苦しい。

『俺はずっと後悔してる……マサが出て行ってから何もかもが虚しい……』
「新しい彼氏がいるだろ?」
『違うんだ! あいつとはそういうんじゃない。試しにって誘われて……ズルズルとそういう関係になってしまって……でも、今は会ってない! こんなに後悔するなら浮気なんてしなきゃ良かったって思ってる!』

 こんな所で元彼の浮気の言い訳を聞かされるとは思ってもいなかった。
 そんなこと、俺には関係ない……。
 目を閉じて、くしゃりと自分の前髪を掴んだ。
 
『ごめん! もう二度と浮気はしない! マサじゃないとダメなんだ! 本気なんだ……今でも好きだ。戻ってきてくれないか?』

 付き合っていた時に言われたなら嬉しい言葉も今は辛いだけだ。
 自分勝手だな……。

「だったら……浮気なんてすんなよ……俺はもうケンちゃんを好きじゃない」
『マサ……』
「せっかく忘れてたんだ……電話して来ないで……」
『そう簡単に忘れられるのか⁉︎ 忘れてもいないし、今でも俺を好きだろ⁉︎』
「自惚れんなよ!」

 まだ俺がケンちゃんを好きだと思っているのか。

 前髪を握っていた手にたっつんがそっと触れてきた。
 ハッとして手を離して目を開けて、たっつんに顔を向ければ視線が絡み合う。
 俺を心配そうに見つめていた。

「正親さん……」

 大丈夫だと笑ってみせた。
 俺の手に触れていたたっつんの手を握り返した。
 それだけで心が穏やかになって安心した。

「もういいだろ? 切るぞ」
『わかった……今は仕方ない。それとは別で……荷物を取りに来ないか? そのままにしてある』
「全部捨ててくれていい」
『そういう訳にはいかない。会社の資料だって置きっぱなしだろ? 今すぐに使わなくても必要になるかもしれない』

 う……確かにその通りだ。
 俺が新入社員の時に使っていたファイルもあるかもしれない。
 村住にそれを見せてあげたいと思ったんだよな。
 ケンちゃんには会いたくない……でも、置いてきた荷物の中に大事な物もあるかもしれない。

「そうだな……」
『マサのこと待ってるから、来る前にこの番号に電話くれ』
「わかった──また連絡する」

 電話を切ってふぅっと息を吐いた。

 ケンちゃんは、同い年の美容師だった。
 通っていた美容室で髪を切ってくれていた。
 話が合って、すぐに意気投合した。
 あの器用な指先が好きだった。

 告白はシャンプーの練習がしたいからと家に呼び出されてケンちゃんからだった。

『俺はマサの事が好きだ……』

 驚いて見つめたら、真っ赤になって笑ってくれた。
 俺も好きだと言ったのは、遠い昔の記憶……。

 すると、繋いでいた手をたっつんにギュッと握られてビクッとした。
 俺がケンちゃんの事を考えていたのを見抜かれたんだろうか。

「何か……約束したんですか?」
「えっと……荷物取りに来いって……」
「え? 行くつもりなんですか?」
「まぁ……必要なものもあるかもしれないからな……」

 一人で行くのはちょっと勇気がいるな……たっつんに一緒に来てもらえないか聞こう。

 そんな事を考えていれば、タクシーがマンションの前に着いた。
 タクシーから降りて、家に向かおうとすれば、またも手を繋がれた。

 心なしか歩くスピードが早い。

「おい……どうした?」
「どうもしません」

 声音が低い……。

「な、何か……怒ってる?」
「…………」

 先を歩くたっつんは、こちらを見ない。
 やっぱり怒ってる⁉︎

 あれか……? タクシーでケンちゃんの事を考えていたからか?

 謝るべきなのか⁉︎
 なんて言うんだ⁉︎ 元彼の事考えていてごめんって言うのか⁉︎
 原因がそれじゃなかったら元彼の事考えたって自分で暴露する事になるじゃないか!

 内心で慌てていれば、家に入った途端に両腕を取られてドアに押し付けられた。
 初めてここにきた時と同じシチュエーション。

 違うのは、たっつんが俺を睨んでいるという事……。

「正親さん……抱かせて下さい」
「え……」

 セリフも同じだった。

「いや、違いますね。ダメって言っても抱きます」
「ま、待って──んんっ!」

 ガブっと食べられてしまいそうなキスは、俺の頭を真っ白にする。
 口内を蹂躙された後に、見つめ合う。

「こうすると……すぐにそんな可愛い顔をするんですから……」

 自分がどんな顔をしているかなんてわからない。
 それに対してたっつんは、欲望に塗れた雄の顔だった。でも、それだけじゃなくて……。

「たっつん……やっぱり……怒ってるの?」
「わからないんですか? なら、わからせてあげますよ──」

 グイッと引っ張られて歩かれた。
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