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魔族大戦
第百五十二話 激戦ウィンダミア
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チチェスタ―地方南部方面軍はどんどん南部を制圧していく。私はその中で予期しない快進撃に苦労していた。何しろ進軍スピードが速い。私の役目である補給路を作っていくことが追い付かなくなってきた。
現状を正確に知らせるため、司令官であるジェラードと彼の部屋で相談することとなった。
「ジェラード、進軍スピードを緩めることが出来ない? 最近物資を送るのにかなり輸送部隊が混乱しているわ。兵法にとってスピードが重要なのはわかるけど、このままだと戦争継続に支障が出てくる」
「そうか、ついにそこまで来たか……」
「どうしたの、ジェラード?」
「実は兵たちに内密にするよう言い含めておいたことがある」
「な、なに?」
「敵がこれまでにない強固な要塞を現在秘密裏に建設していることがわかった」
「なんですって!?」
「進軍を急いでいたのはそのためだ。密偵によると、もともと地形的に攻めにくい都市ウスターを要塞都市として改良するよう、おびただしい兵と民たちが駆り出されて、現在7割ぐらい完成しているようだ。
これまでバレなかったのは誤情報など敵のかく乱作戦によって、正確な位置がわからなかったためだ。
完成する前に敵の戦力を削るか、要地を確保しなければチチェスタ―地方を攻略するのは絶望的になるほどのものだ」
「うそ……。でも、流石魔王といったところね。これまでとは違って、したたかだわ」
「したたかなのはそれだけではない」
「というと?」
「今お前が報告しているように現在物資が不足しだしているのは、ミサや軍吏たちのせいではない。実は敵はわざと砦を明け渡して、我々の軍をチチェスタ―の奥に引き込んだためだ」
「引き込む……まさか!?」
「ああ、わざと我々に砦を明け渡すことで油断させつつ、傷病兵を面倒を見させることで物資を削ったり、砦防衛のために戦力をたびたび割かざるを得なかった。
おかげで想定していたよりも早いスピードで物資や戦力が損耗している。これはお前も知っているだろう。
さらに、奥に引き込まれたせいで脆弱となってしまった我々の補給線に対し、飛兵である女魔族が補給部隊を襲っており、物資輸送が滞ってしまっている。
兵たちに動揺あたえないためようお前にも黙っていてすまない。軍事情報は繊細に扱わなければならなかった。気に障ってなければよいが、これは必要な措置だった」
「そんな理由があるなら仕方ないわ。でも、これからどうするつもりなの?」
「東部方面軍のジョセフやルーカスたち本軍と合流を急ぎ、早期に敵の戦力を削るか、要地を押さえるかを詳しく相談したい。敵にまんまとハメられてしまったが、相手が魔王だということが私の自尊心を傷つけるのをかろうじて守ってくれているよ」
「貴方のせいじゃないわ。相手は魔王、エターリア。太古の昔、ヴェスペリア大陸を統一したアレクサンダーと渡り合った古強者だもの。強敵だから仕方ない」
「ミサがそう言ってくれると幾分か心が楽になる」
「合流地点はどこなの?」
「おそらくウェンダミア丘の近くだ。兵たちはともかく東部方面軍士官たちとそこで詳しい打ち合わせができそうだ。ここでこれからどうするかを決定する」
「わかったわ教えてくれてありがとう。これまで以上になるべく物資が届くよう、また部下たちに情報がばれないように努力するわ」
「そうしてくれると助かる」
「ええ、それじゃ、ジェラード」
と言って彼の部屋から私は出た。やはり相手はエターリア、一筋縄ではいかない。たぶん私たちの行動は計算づくね。敵の手の平で踊るのは癪だけど、これが戦争なんだ。
優秀な味方がいれば、優秀な敵もいる。当然のことながら、してやられたことに私は唇を噛まざるを得なかった。
チチェスタ―奥地に進めば進むほど、今度は抵抗が激しくなっていった。魔族の敵はよく統率されており、不利と見るや撤退しつつも、着実に私たちの軍に打撃を与えるゲリラ戦術をとってきて、どんどん戦力が摩耗し疲労も蓄積していく。
この地方に入ったときにいた6万越えの大軍も、4万5千ほどまで減少していた。だが、私は宰相として彼らを慰めるよう、物資と相談しながら宴を開いたり、兵たちの声を聴いていたことで、士気はかえって高まっていった。
これまで敵に対してボヤっとした感覚だったのが、手ごわい魔王相手と理解できて、戦いに慣れたものは勇ましく自分を奮い立たせる。戦場にいる兵たちはそういうもの。命のやり取りをする以上、戦争は数字だけでは計算できないものがあるのだ。
私たちは無事、東部方面軍の親衛隊や見知った士官たちと合流できた。お互い戦場で生きて出会えて何だか涙が流れ出そうになった。
ジェラードも感慨深く、親衛隊隊長のルーカスに向かって感傷的になりながら言った。
「ルーカス、久しぶりだな。こっちはミサももちろん無事だ。こうして再びルーカスやジョセフと顔を合わせると、なんだかカールトン会戦のことを思い出すな」
「ミサ様が当時、エジンバラの軍として一将であった貴方様を説得に行った時ですかな。ミサ様を護衛して以来、私やジョセフはずいぶんと、とんとん拍子に昇進してきました。いまでは一軍の将を実質務めさせていただいております。それもこれもミサ様のお引き立てによるもの。
おかげさまで、充実した日々を送っております」
「そうだな、私もミサのおかげで、こうやってネーザンの貴族の一員になり、立派に騎士として歴史に名を残す戦場を数々経験させてもらった。ありがとう、ミサ」
「べ、べつに私は自分の仕事をしただけで……」
私はあらためて感謝されるとなんだか照れてしまっていた。確かに今の私には実績が数々と残っているけども、面と向かって言われるとどうしても顔がほてってしまう。
前の世界では褒められることもまれだったし、仕事が評価されるのがまれだったから、褒め慣れていない。こんな私の様子に皆が笑顔になってくれた。
その瞬間が素直にとても誇らしくて、何よりも嬉しかった。
大きなテントの中に入り、チチェスタ―方面の最後の戦争方針を決めるべく、士官たちによる作戦会議が始まった。私たち南部方面軍と連絡をとっていたジョセフが、現状を説明しだす。
「まずこの度、名だたる士官たちと一緒に集まることが出来て光栄です。現在、魔王軍はウィンダミア丘で陣地を構築しております。
ここはウスター要塞に通じる唯一の開けた入り口となる土地です。よって、我々は第一目標としてここを押さえないと、ウスターを落とすために兵を展開することが出来ません。それを狙ってあらかじめ魔王は防備を固めているのでしょう」
ジョセフの説明に加えてジェラードが質問をした。
「当のウスター要塞はどうなっている。現在完成間近と聞くが」
「おそらく、ある程度は堅固の要塞となっているでしょう。しかし、敵がこうして出てくる以上、まだ完全というわけではないと思います。斥候部隊が偵察に向かっていますが、情報を得る前に撃退されており、守りは厳しいようです」
「流石だな、魔王は。今までにない相手で逆に奮い立つ」
今度はルーカスが東部方面軍の将として、南部方面の統率者であるジェラードに尋ねる。
「テットベリー伯爵の軍勢はいかがですか。こちらに来る際、敵の抵抗にあったと聞きますが」
「健在だ。野戦に出られるほど、戦力も士気も充実している。これもミサがそばで援助してくれたからだ。そちら東部はどうだ?」
「私たちは……言いにくいことですが、長い戦さ続きで、かなり戦力が損耗しており、士気も何とか保っているような状態です。兵数は南部方面軍より上ですが、頼りになるのはテットベリー伯爵が率いる南部方面軍でしょう」
「仕方あるまい、これまで苦労してきたのだ。援軍である我らが一層働くのは当然だ」
「お言葉痛み入ります。で、これからはいかがなさいましょう?」
「野戦で敵の戦力を削ぎたい」
「野戦で……!」
「要塞戦となれば、我らは兵を消耗せねばなるまい。これ以上の被害が出ると今後の戦争を左右しかねない。なるべく楽に事を進めるよう、大陸西部戦線の行方を決定づけたいのだ。
ここはウィンダミア丘で敵を引きずり出し、決着をつける……!」
皆が顔を険しくして頷く。そのタイミングを見計らって私は椅子から立ち上がって、彼らに向かって鼓舞するよう猛々しく宣言をした。
「統一国の興廃この一戦にあり! 諸君らの忠功誠に見事である。宰相としてそなたら丈夫たちと出会えたことを、誇りに思う。陛下も大層お喜びであろう。
こうなってしまっては神のご加護のもと大勝利の錦の旗を飾り、我らの母国に堂々と凱旋すべし! 各員一層奮励努力せよ!」
「ははっ!!!」
野戦で決着をつけるとなって、男たちは目を輝かせながら戦場に向かう。私は彼らとともに勝利を持ち帰らなくてはならない。そう改めて認識することが出来た。
戦さ前夜、私は慰労のためジェラードのテントを訪ねた。
「ジェラード。ちょっといい?」
「ああ、明日は戦さだから長くは話せないが、お前と話がしたいと思っていたところだ」
私はドアを閉めて、彼が座っている椅子の前に立ち、なるべく彼の緊張をほぐすよう優しく言った。
「遅くまでご苦労様。でも無理しちゃだめよ、明日が本番なんだから」
「ああ、でも、何かしていないとどうにかなってしまいそうだからな。明日は魔王と対決だ。昔話でよく聞いた、あの魔王だ。女だとは知らなかったが、実力は身に染みて理解しているつもりだ」
「ええ、それはとてもいいこと。敵を知り己を知れば、百戦危うからずと私の世界で古来からの言い伝えがあるわ」
「なるほど勉強になる。ところでだ、ミサ、そろそろどうするかを聞きたい」
「へっ、何を?」
「さみしいな、お前を妻に迎えたいと私は宣言したはずだが?」
「えっ、あっ、その……」
私は突然不得意な恋の話に持ち込まれて動揺してしまった。でも彼はさわやかに笑いながらそれを許してくれた。
「うん、悩んでくれていると確認できただけでも良い。私はそれほど急いてはいない。お前もまだ幼いし、結婚と言ってもずっと先の話だ。だが、戦争中だからな。
つい、相手の心を見定めてしまうことがあるんだ。許してくれ」
「貴方は死なないわ」
「私も死ぬつもりはない。何せ、恋の戦さの相手は名誉ある、ネーザン王ウェリントン陛下だからな」
「知ってたの!?」
「おいおい、私を見くびってもらっては困る。一応言っておくが、陛下より何か聞いたわけではないぞ。陛下も誇り高き男だ。私に手加減してもらおうと手回しするほど、器が小さいわけではない」
「もしかして、ウェリントン、じゃなかった、陛下もジェラードの事……」
「たぶん、あちらも感づいているだろうな。それっぽい素振りを昔したことがある。だがな、わかってほしいのが私たちは伯爵であり、彼は王だ。
あいまいなまま時間だけが過ぎて行けば、立場上お前に難が降りかかるようなことがあるかもしれない。私はそっちの方が心配だ」
「うん、その通りだと思う。だから……」
「だから……?」
「この戦争が終われば、きちっとした答えを返せると思う……」
「なるほど、そうか。なら、死んでも生きて帰らないとな。故郷が魔族に支配されたまま死ぬのは癪だし、私を待っている女性がいるにもかかわらず、遺体でただいまを述べるのは男の名誉にかかわる。
──ミサ、私は必ず生きて帰るよ」
「うれしい……! 私、その言葉が聞きたかった」
「ああ……」
私たちはそっと抱き合い、優しくキスを交わした。この戦さきっと上手くいく。私はそんな予感がして、星空を存分に眺めた後、笑顔のジェラードとウェリントンを想像しながらぐっすり眠りについた。
現状を正確に知らせるため、司令官であるジェラードと彼の部屋で相談することとなった。
「ジェラード、進軍スピードを緩めることが出来ない? 最近物資を送るのにかなり輸送部隊が混乱しているわ。兵法にとってスピードが重要なのはわかるけど、このままだと戦争継続に支障が出てくる」
「そうか、ついにそこまで来たか……」
「どうしたの、ジェラード?」
「実は兵たちに内密にするよう言い含めておいたことがある」
「な、なに?」
「敵がこれまでにない強固な要塞を現在秘密裏に建設していることがわかった」
「なんですって!?」
「進軍を急いでいたのはそのためだ。密偵によると、もともと地形的に攻めにくい都市ウスターを要塞都市として改良するよう、おびただしい兵と民たちが駆り出されて、現在7割ぐらい完成しているようだ。
これまでバレなかったのは誤情報など敵のかく乱作戦によって、正確な位置がわからなかったためだ。
完成する前に敵の戦力を削るか、要地を確保しなければチチェスタ―地方を攻略するのは絶望的になるほどのものだ」
「うそ……。でも、流石魔王といったところね。これまでとは違って、したたかだわ」
「したたかなのはそれだけではない」
「というと?」
「今お前が報告しているように現在物資が不足しだしているのは、ミサや軍吏たちのせいではない。実は敵はわざと砦を明け渡して、我々の軍をチチェスタ―の奥に引き込んだためだ」
「引き込む……まさか!?」
「ああ、わざと我々に砦を明け渡すことで油断させつつ、傷病兵を面倒を見させることで物資を削ったり、砦防衛のために戦力をたびたび割かざるを得なかった。
おかげで想定していたよりも早いスピードで物資や戦力が損耗している。これはお前も知っているだろう。
さらに、奥に引き込まれたせいで脆弱となってしまった我々の補給線に対し、飛兵である女魔族が補給部隊を襲っており、物資輸送が滞ってしまっている。
兵たちに動揺あたえないためようお前にも黙っていてすまない。軍事情報は繊細に扱わなければならなかった。気に障ってなければよいが、これは必要な措置だった」
「そんな理由があるなら仕方ないわ。でも、これからどうするつもりなの?」
「東部方面軍のジョセフやルーカスたち本軍と合流を急ぎ、早期に敵の戦力を削るか、要地を押さえるかを詳しく相談したい。敵にまんまとハメられてしまったが、相手が魔王だということが私の自尊心を傷つけるのをかろうじて守ってくれているよ」
「貴方のせいじゃないわ。相手は魔王、エターリア。太古の昔、ヴェスペリア大陸を統一したアレクサンダーと渡り合った古強者だもの。強敵だから仕方ない」
「ミサがそう言ってくれると幾分か心が楽になる」
「合流地点はどこなの?」
「おそらくウェンダミア丘の近くだ。兵たちはともかく東部方面軍士官たちとそこで詳しい打ち合わせができそうだ。ここでこれからどうするかを決定する」
「わかったわ教えてくれてありがとう。これまで以上になるべく物資が届くよう、また部下たちに情報がばれないように努力するわ」
「そうしてくれると助かる」
「ええ、それじゃ、ジェラード」
と言って彼の部屋から私は出た。やはり相手はエターリア、一筋縄ではいかない。たぶん私たちの行動は計算づくね。敵の手の平で踊るのは癪だけど、これが戦争なんだ。
優秀な味方がいれば、優秀な敵もいる。当然のことながら、してやられたことに私は唇を噛まざるを得なかった。
チチェスタ―奥地に進めば進むほど、今度は抵抗が激しくなっていった。魔族の敵はよく統率されており、不利と見るや撤退しつつも、着実に私たちの軍に打撃を与えるゲリラ戦術をとってきて、どんどん戦力が摩耗し疲労も蓄積していく。
この地方に入ったときにいた6万越えの大軍も、4万5千ほどまで減少していた。だが、私は宰相として彼らを慰めるよう、物資と相談しながら宴を開いたり、兵たちの声を聴いていたことで、士気はかえって高まっていった。
これまで敵に対してボヤっとした感覚だったのが、手ごわい魔王相手と理解できて、戦いに慣れたものは勇ましく自分を奮い立たせる。戦場にいる兵たちはそういうもの。命のやり取りをする以上、戦争は数字だけでは計算できないものがあるのだ。
私たちは無事、東部方面軍の親衛隊や見知った士官たちと合流できた。お互い戦場で生きて出会えて何だか涙が流れ出そうになった。
ジェラードも感慨深く、親衛隊隊長のルーカスに向かって感傷的になりながら言った。
「ルーカス、久しぶりだな。こっちはミサももちろん無事だ。こうして再びルーカスやジョセフと顔を合わせると、なんだかカールトン会戦のことを思い出すな」
「ミサ様が当時、エジンバラの軍として一将であった貴方様を説得に行った時ですかな。ミサ様を護衛して以来、私やジョセフはずいぶんと、とんとん拍子に昇進してきました。いまでは一軍の将を実質務めさせていただいております。それもこれもミサ様のお引き立てによるもの。
おかげさまで、充実した日々を送っております」
「そうだな、私もミサのおかげで、こうやってネーザンの貴族の一員になり、立派に騎士として歴史に名を残す戦場を数々経験させてもらった。ありがとう、ミサ」
「べ、べつに私は自分の仕事をしただけで……」
私はあらためて感謝されるとなんだか照れてしまっていた。確かに今の私には実績が数々と残っているけども、面と向かって言われるとどうしても顔がほてってしまう。
前の世界では褒められることもまれだったし、仕事が評価されるのがまれだったから、褒め慣れていない。こんな私の様子に皆が笑顔になってくれた。
その瞬間が素直にとても誇らしくて、何よりも嬉しかった。
大きなテントの中に入り、チチェスタ―方面の最後の戦争方針を決めるべく、士官たちによる作戦会議が始まった。私たち南部方面軍と連絡をとっていたジョセフが、現状を説明しだす。
「まずこの度、名だたる士官たちと一緒に集まることが出来て光栄です。現在、魔王軍はウィンダミア丘で陣地を構築しております。
ここはウスター要塞に通じる唯一の開けた入り口となる土地です。よって、我々は第一目標としてここを押さえないと、ウスターを落とすために兵を展開することが出来ません。それを狙ってあらかじめ魔王は防備を固めているのでしょう」
ジョセフの説明に加えてジェラードが質問をした。
「当のウスター要塞はどうなっている。現在完成間近と聞くが」
「おそらく、ある程度は堅固の要塞となっているでしょう。しかし、敵がこうして出てくる以上、まだ完全というわけではないと思います。斥候部隊が偵察に向かっていますが、情報を得る前に撃退されており、守りは厳しいようです」
「流石だな、魔王は。今までにない相手で逆に奮い立つ」
今度はルーカスが東部方面軍の将として、南部方面の統率者であるジェラードに尋ねる。
「テットベリー伯爵の軍勢はいかがですか。こちらに来る際、敵の抵抗にあったと聞きますが」
「健在だ。野戦に出られるほど、戦力も士気も充実している。これもミサがそばで援助してくれたからだ。そちら東部はどうだ?」
「私たちは……言いにくいことですが、長い戦さ続きで、かなり戦力が損耗しており、士気も何とか保っているような状態です。兵数は南部方面軍より上ですが、頼りになるのはテットベリー伯爵が率いる南部方面軍でしょう」
「仕方あるまい、これまで苦労してきたのだ。援軍である我らが一層働くのは当然だ」
「お言葉痛み入ります。で、これからはいかがなさいましょう?」
「野戦で敵の戦力を削ぎたい」
「野戦で……!」
「要塞戦となれば、我らは兵を消耗せねばなるまい。これ以上の被害が出ると今後の戦争を左右しかねない。なるべく楽に事を進めるよう、大陸西部戦線の行方を決定づけたいのだ。
ここはウィンダミア丘で敵を引きずり出し、決着をつける……!」
皆が顔を険しくして頷く。そのタイミングを見計らって私は椅子から立ち上がって、彼らに向かって鼓舞するよう猛々しく宣言をした。
「統一国の興廃この一戦にあり! 諸君らの忠功誠に見事である。宰相としてそなたら丈夫たちと出会えたことを、誇りに思う。陛下も大層お喜びであろう。
こうなってしまっては神のご加護のもと大勝利の錦の旗を飾り、我らの母国に堂々と凱旋すべし! 各員一層奮励努力せよ!」
「ははっ!!!」
野戦で決着をつけるとなって、男たちは目を輝かせながら戦場に向かう。私は彼らとともに勝利を持ち帰らなくてはならない。そう改めて認識することが出来た。
戦さ前夜、私は慰労のためジェラードのテントを訪ねた。
「ジェラード。ちょっといい?」
「ああ、明日は戦さだから長くは話せないが、お前と話がしたいと思っていたところだ」
私はドアを閉めて、彼が座っている椅子の前に立ち、なるべく彼の緊張をほぐすよう優しく言った。
「遅くまでご苦労様。でも無理しちゃだめよ、明日が本番なんだから」
「ああ、でも、何かしていないとどうにかなってしまいそうだからな。明日は魔王と対決だ。昔話でよく聞いた、あの魔王だ。女だとは知らなかったが、実力は身に染みて理解しているつもりだ」
「ええ、それはとてもいいこと。敵を知り己を知れば、百戦危うからずと私の世界で古来からの言い伝えがあるわ」
「なるほど勉強になる。ところでだ、ミサ、そろそろどうするかを聞きたい」
「へっ、何を?」
「さみしいな、お前を妻に迎えたいと私は宣言したはずだが?」
「えっ、あっ、その……」
私は突然不得意な恋の話に持ち込まれて動揺してしまった。でも彼はさわやかに笑いながらそれを許してくれた。
「うん、悩んでくれていると確認できただけでも良い。私はそれほど急いてはいない。お前もまだ幼いし、結婚と言ってもずっと先の話だ。だが、戦争中だからな。
つい、相手の心を見定めてしまうことがあるんだ。許してくれ」
「貴方は死なないわ」
「私も死ぬつもりはない。何せ、恋の戦さの相手は名誉ある、ネーザン王ウェリントン陛下だからな」
「知ってたの!?」
「おいおい、私を見くびってもらっては困る。一応言っておくが、陛下より何か聞いたわけではないぞ。陛下も誇り高き男だ。私に手加減してもらおうと手回しするほど、器が小さいわけではない」
「もしかして、ウェリントン、じゃなかった、陛下もジェラードの事……」
「たぶん、あちらも感づいているだろうな。それっぽい素振りを昔したことがある。だがな、わかってほしいのが私たちは伯爵であり、彼は王だ。
あいまいなまま時間だけが過ぎて行けば、立場上お前に難が降りかかるようなことがあるかもしれない。私はそっちの方が心配だ」
「うん、その通りだと思う。だから……」
「だから……?」
「この戦争が終われば、きちっとした答えを返せると思う……」
「なるほど、そうか。なら、死んでも生きて帰らないとな。故郷が魔族に支配されたまま死ぬのは癪だし、私を待っている女性がいるにもかかわらず、遺体でただいまを述べるのは男の名誉にかかわる。
──ミサ、私は必ず生きて帰るよ」
「うれしい……! 私、その言葉が聞きたかった」
「ああ……」
私たちはそっと抱き合い、優しくキスを交わした。この戦さきっと上手くいく。私はそんな予感がして、星空を存分に眺めた後、笑顔のジェラードとウェリントンを想像しながらぐっすり眠りについた。
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