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魔族大戦
第百五十一話 勝利の宴のあと
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ティンタジェル要塞を落としたことで、チチェスタ―地方への主な輸送路を遮断することができた。大陸西部戦線本軍である親衛隊たちから礼として、ジョセフがこちらにやってきて、一緒に勝利の宴をすることとなった。
司令官であるテットベリー伯爵ジェラードとジョセフの二人は、グラスを合わせワインを口に含む。
「統一軍に勝利を!」
「統一軍に勝利を!」
「ジョセフ、チチェスタ―東部方面軍は苦労しているようだが、戦況はどうだ。報告は聞いているがじかに聞きたい」
「湿地帯ということもあり、大砲の移動が上手くいかずに魔族軍の要塞攻略に手間がかかってしまいました。ですが、テットベリー伯爵様が率いる南部方面軍のおかげで、敵の補給線を断てることが出来、魔族軍の抵抗が弱まっています。遠からず色よい報告をお届けすることが出来ます」
「うむ、それはよかった。だが、我が軍のめざましい働きは麗しきレディたちによってもたらされたものだ」
「ほう興味深い話ですね」
「ご紹介しよう、魔族と我ら人間の魂を受け継ぐ、大砲の乙女ナターシャ嬢だ」
「こここ、こんにちは、でございます! ごき、ごき、げんよろしくて、うれし……ふぎゃ!?」
ナターシャは舌を噛んでしまった。いつものロリータ服じゃなくドレスをミリシアに着せられたため、本来のシャイな女の子に戻っている。
後ろで肩を支えるミリシアが笑顔で「落ち着いて、ジョセフ中佐にご挨拶して」と優しく声をかけた。微笑ましいんだから。ジョセフは嬉しそうな笑顔でシャイロリータ伯爵嬢に礼をした。
「これはこれは、ナターシャ殿。ご活躍はかねがねうかがっております。なんでも、砲兵たちを指導し、革新的な砲兵戦術を編み出したとか。我が軍でも参考にさせていただいており、頼もしき力となっています。
ルーカス大佐とともに、大砲の乙女に深く御礼申し上げます」
「と……、とんでもない……です……!」
わーお、ナターシャったら顔真っ赤だなあ、可愛んだからもう。ジェラードは微笑みながら、今度は私を紹介した。
「そして、我が軍の勝利をもたらした勝利の女神、ミサ宰相閣下だ!」
みんなから拍手をもらい、幼女なのに赤いドレスを着せてもらった私は、気恥ずかしく火照ってしまいながらも、笑顔でジョセフに語り掛けた。
「ご機嫌麗しゅう、ジョセフ中佐。現在、チチェスタ―では我が国のために尽力をつくされていると聞きます。陛下もさぞお喜びでしょう。わたくし、宰相として、貴方がた軍人が民のために勇ましく戦ってくださることを誇りに思います」
「これはこれは、幼女宰相殿。光栄にございます。にしても、赤いドレスとは見違えました。大層美しく……なるには、あと数年が必要ですね」
「もう! ジョセフ。私がせっかくこういう場だからおめかししているのに、空気読んでよ!」
「ははは……!」
と、会場は笑いで包まれている。ジェラードは私の肩に手を置いて、ジョセフに誇らしげに語っていく。
「ミサ殿は、さっそうとオークニー男爵にこちらに味方するよう説得して、すぐさまティンタジェル要塞を包囲できるようお働きになった」
「おお、流石宰相殿の手腕は見事ですね、鮮やかかつ華麗。黒い瞳のレディとして我らネーザンの誇りです」
「それだけではないぞ。自ら命を顧みず戦場に出て、要塞内部の傭兵たちに翻意をうながした。おかげで、ティンタジェル要塞を素早く攻略できたのだ。
また、彼女の戦略眼も見事であった。わざと包囲網に穴をあけて、敵軍が逃げようと浮き足立てたとき、騎兵で攻撃すればよりよい成果が上がるとご提言なされ、見事その予言が当たったのだ」
「おお、なんと、宰相閣下は預言者でしたか! 救世主とはなにかと器用でございますな」
「そのとおり!」
と周りから声が上がった。みんなが和気あいあいとお互い勝利を喜びあっている。ジェラードは加えて続けていく。
「さらに、自ら要塞に残っている魔族兵の降伏使者に名乗りを上げ、見事大量の捕虜獲得に成功した。まさに救世主とはこのことだな。我が統一軍の未来は明るい!」
「その通り! その通り!」
と、周りから勇ましい声が上がっている。て、照れる……! まあ、こういう感じで、残る要地、チチェスタ―地方を攻略すべく、士官たちの士気を上げるようにまんまとジェラードに利用されてしまったのだ。
活躍したのが女性ということもあり、男たちの戦意が大きく盛り上がっていった。戦争とは男だけでやるものじゃない。歴史の影で女性たちが支えて、数多くの英雄たちが綺羅星のごとく輝いているのだ。
私たちはチチェスタ―地方への出陣の準備を整えて、行軍していく。レクスやレミィたち魔族軍の捕虜は要塞において行った。作戦にスピードが必要。捕虜を連れて行くと物資が減るし、何かと問題が起こる。
私は一応レクスとレミィに付いてこないかと誘ったが、彼らに同胞たちが心配だから、それはできないと断られた。ということで彼らは捕虜の労働として要塞周辺の農地耕作を行うこととして私たちは旅立った。
今やダスティン大佐など元傭兵、オークニー男爵など傭兵たちを加え、総勢6万を超える大軍勢となっている。私はその陰で補給路構築に精力を注ぐ。
本国ネーザンからストラトフォード要塞へと時間をかけて頑強な補給線を作ったこともあり、わりとスムーズに出陣が可能になった。
こうして私はジェラードの後ろにしがみつきながら馬に乗って移動することとなった。
「ジェラード、チチェスタ―地方は現在軍事的にどうなの?」
「相手がこちらが援軍としてくるのを警戒してか、要塞というよりも小さい砦をいくつも築いている。おそらく、我らへの時間稼ぎだな。
だが気になることはそこではない」
「どうしたの?」
「魔王がチチェスタ―地方で目撃されている。しかも何件もだ。士官たちによると、魔王が現在このチチェスタ―地方の指揮をとっているとのうわさだ」
「ついに来たの、魔王、エターリアが……」
エターリアは、過去の魔族大戦で人間勢力を降伏寸前まで追い込んだほどの手腕を発揮した女性だ。ウェストヘイムの統治をしていたのに、これまで目立った動きが確認されてないのが不気味だった。
何か不安を覚えると、側で馬に乗っているミリシアが私に語り掛けた。
「ミサ、気を付けなさい。彼女は優れた戦略家よ。とくに敵の裏をかくのが非常に得意。過去アレクサンダー軍を巧みに翻弄して、数々の戦果を挙げた魔王よ。彼女の優れた能力は私がよく知っている」
と、魔王の傍にいたミリシアが深刻そうに語った。たぶん、これまでのようには上手くいかないな。
「おーほほほほ!!!」
って、うっさいわい! 私がまじめに考えているのに!
「ナターシャ! 静かにして!」
ご存じのロリータ伯爵、現在、ロリータ服武装によって天下無敵のロリータ伯爵になり、彼女は大砲に乗りながら砲兵たちに牽引されて運ばれていた。
「わたくし、大砲の乙女である無想転生のロリータ伯爵がチチェスタ―の統一軍の皆様に勝利をもたらすべく華麗に戦場に参上しようというのですよ、ミサ! もっと、パーッと行くのですわ!
ほらもっと、声を上げて私の大砲を運びなさいな、砲兵たちの皆さん! さあ声を上げて!」
「わっしょい! わっしょい!」
「ほーほほほ! もっと声をお上げなさい、魔族たちに恐れを抱かせるように! ちょっと、アーノルド砲兵隊長! 何休んでらっしゃるの!? なに? 年には勝てないですって!? お酒を辞めて、もっと健康的なものをお食べなさいまし。
貴方は男の独り身ですから、何かと不精なんでしょう。こんどわたくしが料理をお教えして差し上げますわ!」
はあー、宴の事もあって調子に乗っちゃって、まあ。でもいいか、これくらいやる気に満ちて鼓舞してくれた方が、私みたいに辛気臭く悩む姿を兵たちに見せるよりましか。
こんな感じで不安を感じながらも、チチェスタ―奪還に向けて進軍することになった、私たち南部方面軍。予想に反して、次々と砦を攻略することが出来、ジェラードは魔王の意図をはかりかねていた。
「おかしい。戦略的にここチチェスタ―南部を固く守って、東部方面軍との連携を遮断するのが常道だ。だが、敵は半ば後退の勢いでどんどん砦を放棄している」
などと、とある砦で彼は作戦を振り返りながら私に言った。
「ねえ、ジェラード。魔族軍の戦力が尽きたという可能性は。補給物資とか」
「それはない。今までおびただしい物資がこのチチェスタ―に運ばれていたはずだ。すでに密偵が確認している。しかし、この砦や落とした砦に物資を残していない。なぜだ……?」
「戦線を引き直したの、また?」
「チチェスタ―はウェストヘイム統治のカギだ。ここを失うと、ワックスリバーまで後退する必要がある。東部方面では戦闘が激しいのに、南部で粘らない理由がわからない。
それに──」
「それに?」
「なぜ、砦に我が軍の負傷兵を置いて行ったのだ? 治療次第では現場復帰できそうな軽傷の捕虜まで置いて行っている。言っては悪いが、こういう場合、捕虜を殺害したり、戦闘不能にして、置いていくならまだしも、そのままにしているのは魔王が何を考えてるのかわからない」
「そう……たぶん、何か作戦が彼女の頭の中にはあるのかもしれない」
「そうだろうな、慎重に進軍せねば」
予想外の展開や拍子抜けした感じで砦を落としたのに兵たちの士気も上がるどころか、むしろ下がっている。張り詰めた空気感が薄らぎ、士官たちですら楽観論の声が上がる。
エターリア……何を考えているの……?
とりあえず私たちは、落とした砦で夜を明かし今後の状況を見ることとなった。私がベッドに入ってあれこれ考えていると、なんだか眠れずにいた。
そんなとき、扉が開く音がして、びっくりして、誰? と尋ねると「わ、私です……」といったので、誰だわからなかったけど少女の声だった。
誰かがいきなりもずもずとベッドに入ってきて、私はびっくりして、
「ちょっとやめてよ、パステル!」
といったが、暗闇の中、現れた顔はおびえ切った透き通った金髪セミロングのナターシャだった。
「え、パステル……? 彼女と、なにか……」
「なんでもない、なんでもない。彼女がたまに起こしに来るからそうだと思っただけ。どうしたのナターシャ。寝る時までもロリータ服が必要なの?」
彼女が寝間着だということがわかったため、本当の姿の、臆病なロリになってしまっていると気付いたのだ。彼女はモジモジしながら、たどたどしく言った。
「あの……聞いたんです、ミサ……。ここ、出るって……」
「え、何が?」
「オバケ……」
がっしゃーん! と物音がしたので、私とナターシャが、きゃ!? と声を上げて抱き合ってしまう。何かと思って様子を見ると、まだ、だれかいる……?
「だ、だれ? まさか……!」
「お、おばけ……?」
「キャ──ッ!!!」
私は誰かにゅっと暗闇から顔が見えたので、ナターシャとともに悲鳴を上げた。その声に何故かパステルの声が混じっていた。
「えっ、えっ、なに、なんです? 何かあったんですか──っ!?」
「あんたまでこっち来ないでよ、パステル!」
と私は親衛隊の郵便局員もとい、連絡係の少女パステルが枕を持って、寝間着を着て、ベッドにもずもずと入ってきたのに文句を言う。ナターシャは動揺して、「おばけ……」とつぶやいていたので、「違うわよ、パステルよ」となだめた。
私は気を取り直して、パステルに尋ねた。
「あんたもまさか、オバケが怖くて私のベッドに来たんじゃないんでしょうね、パステル?」
「だってオバケですよ! 顔がないオバケです!」
「顔がないオバケ!?」
「そうですよ、ミサさんナターシャさん。出るんですよ、魔族たちに薬で顔を焼かれた黒髪の女性の幽霊が」
「んなわけないでしょ、もう。オバケなんて。まあいいわ、怖いんなら私が付いていてあげる。ナターシャも枕を持ってきているようだし、狭いベッドだけど、一緒に寝る?」
「はい!」
と、パステルとナターシャの声が返ってきた。まったくもう。私たちは和気あいあいと、食事の話とか、花の話とか鳥の話とか、物語を語り合って夜の時間が過ぎようとしていた。
そんなとき、急にノックの音がして、私はまた誰と尋ねると、「私よ」とミリシアの声が聞こえた。ええ、ミリシアまで!? もう、いつまでたってもみんな子どもなんだから。仕方ないわね、と言いながらドアを開けると──。
そこには、顔のない長い黒髪の女性が、暗闇の中じっと立っていた──!
「ぎゃああああぁ──っ!!」
「キャ────!!」
「……ははは、ミサも怖いんだ、オバケって」
とのっぺらぼうは言いながら顔をべりべりとはがしてく、やめてー! ……ってミリシアじゃん。
「ちょっと! ミリシア、驚かせないでよ!」
「だって、ここ出るってうわさでしょ。ミサがどんな反応するか楽しみで……」
「大人げないことしないの!」
「はいはい……ってあれ、パステル、ナターシャなに泣いてるの……?」
「ひどいですー! 恐かったー!!!」
と、パステルがいい、ナターシャは、
「うう……、ちょっと漏らした……。うわーーーん!」
と泣き始める。ああもう仕方ない。
「もうみんな子どもなんだから。一緒に寝よう。もういい、寝よう寝よう!」
「はーーーい」
と仲良く私とナターシャ、パステル、ミリシアは女の子同士で川の字で狭いベッドで眠った。ミリシアが昔のおとぎ話を聞かせてくれて、なんだかロマンがあふれる話だから聞き入っていると、私たちはいつの間にかぐっすりと寝てしまっていた。
とまあこんな感じで朝起きて、ぼさぼさ髪の女同士の顔を見て、お互い笑い合ったのだった。
司令官であるテットベリー伯爵ジェラードとジョセフの二人は、グラスを合わせワインを口に含む。
「統一軍に勝利を!」
「統一軍に勝利を!」
「ジョセフ、チチェスタ―東部方面軍は苦労しているようだが、戦況はどうだ。報告は聞いているがじかに聞きたい」
「湿地帯ということもあり、大砲の移動が上手くいかずに魔族軍の要塞攻略に手間がかかってしまいました。ですが、テットベリー伯爵様が率いる南部方面軍のおかげで、敵の補給線を断てることが出来、魔族軍の抵抗が弱まっています。遠からず色よい報告をお届けすることが出来ます」
「うむ、それはよかった。だが、我が軍のめざましい働きは麗しきレディたちによってもたらされたものだ」
「ほう興味深い話ですね」
「ご紹介しよう、魔族と我ら人間の魂を受け継ぐ、大砲の乙女ナターシャ嬢だ」
「こここ、こんにちは、でございます! ごき、ごき、げんよろしくて、うれし……ふぎゃ!?」
ナターシャは舌を噛んでしまった。いつものロリータ服じゃなくドレスをミリシアに着せられたため、本来のシャイな女の子に戻っている。
後ろで肩を支えるミリシアが笑顔で「落ち着いて、ジョセフ中佐にご挨拶して」と優しく声をかけた。微笑ましいんだから。ジョセフは嬉しそうな笑顔でシャイロリータ伯爵嬢に礼をした。
「これはこれは、ナターシャ殿。ご活躍はかねがねうかがっております。なんでも、砲兵たちを指導し、革新的な砲兵戦術を編み出したとか。我が軍でも参考にさせていただいており、頼もしき力となっています。
ルーカス大佐とともに、大砲の乙女に深く御礼申し上げます」
「と……、とんでもない……です……!」
わーお、ナターシャったら顔真っ赤だなあ、可愛んだからもう。ジェラードは微笑みながら、今度は私を紹介した。
「そして、我が軍の勝利をもたらした勝利の女神、ミサ宰相閣下だ!」
みんなから拍手をもらい、幼女なのに赤いドレスを着せてもらった私は、気恥ずかしく火照ってしまいながらも、笑顔でジョセフに語り掛けた。
「ご機嫌麗しゅう、ジョセフ中佐。現在、チチェスタ―では我が国のために尽力をつくされていると聞きます。陛下もさぞお喜びでしょう。わたくし、宰相として、貴方がた軍人が民のために勇ましく戦ってくださることを誇りに思います」
「これはこれは、幼女宰相殿。光栄にございます。にしても、赤いドレスとは見違えました。大層美しく……なるには、あと数年が必要ですね」
「もう! ジョセフ。私がせっかくこういう場だからおめかししているのに、空気読んでよ!」
「ははは……!」
と、会場は笑いで包まれている。ジェラードは私の肩に手を置いて、ジョセフに誇らしげに語っていく。
「ミサ殿は、さっそうとオークニー男爵にこちらに味方するよう説得して、すぐさまティンタジェル要塞を包囲できるようお働きになった」
「おお、流石宰相殿の手腕は見事ですね、鮮やかかつ華麗。黒い瞳のレディとして我らネーザンの誇りです」
「それだけではないぞ。自ら命を顧みず戦場に出て、要塞内部の傭兵たちに翻意をうながした。おかげで、ティンタジェル要塞を素早く攻略できたのだ。
また、彼女の戦略眼も見事であった。わざと包囲網に穴をあけて、敵軍が逃げようと浮き足立てたとき、騎兵で攻撃すればよりよい成果が上がるとご提言なされ、見事その予言が当たったのだ」
「おお、なんと、宰相閣下は預言者でしたか! 救世主とはなにかと器用でございますな」
「そのとおり!」
と周りから声が上がった。みんなが和気あいあいとお互い勝利を喜びあっている。ジェラードは加えて続けていく。
「さらに、自ら要塞に残っている魔族兵の降伏使者に名乗りを上げ、見事大量の捕虜獲得に成功した。まさに救世主とはこのことだな。我が統一軍の未来は明るい!」
「その通り! その通り!」
と、周りから勇ましい声が上がっている。て、照れる……! まあ、こういう感じで、残る要地、チチェスタ―地方を攻略すべく、士官たちの士気を上げるようにまんまとジェラードに利用されてしまったのだ。
活躍したのが女性ということもあり、男たちの戦意が大きく盛り上がっていった。戦争とは男だけでやるものじゃない。歴史の影で女性たちが支えて、数多くの英雄たちが綺羅星のごとく輝いているのだ。
私たちはチチェスタ―地方への出陣の準備を整えて、行軍していく。レクスやレミィたち魔族軍の捕虜は要塞において行った。作戦にスピードが必要。捕虜を連れて行くと物資が減るし、何かと問題が起こる。
私は一応レクスとレミィに付いてこないかと誘ったが、彼らに同胞たちが心配だから、それはできないと断られた。ということで彼らは捕虜の労働として要塞周辺の農地耕作を行うこととして私たちは旅立った。
今やダスティン大佐など元傭兵、オークニー男爵など傭兵たちを加え、総勢6万を超える大軍勢となっている。私はその陰で補給路構築に精力を注ぐ。
本国ネーザンからストラトフォード要塞へと時間をかけて頑強な補給線を作ったこともあり、わりとスムーズに出陣が可能になった。
こうして私はジェラードの後ろにしがみつきながら馬に乗って移動することとなった。
「ジェラード、チチェスタ―地方は現在軍事的にどうなの?」
「相手がこちらが援軍としてくるのを警戒してか、要塞というよりも小さい砦をいくつも築いている。おそらく、我らへの時間稼ぎだな。
だが気になることはそこではない」
「どうしたの?」
「魔王がチチェスタ―地方で目撃されている。しかも何件もだ。士官たちによると、魔王が現在このチチェスタ―地方の指揮をとっているとのうわさだ」
「ついに来たの、魔王、エターリアが……」
エターリアは、過去の魔族大戦で人間勢力を降伏寸前まで追い込んだほどの手腕を発揮した女性だ。ウェストヘイムの統治をしていたのに、これまで目立った動きが確認されてないのが不気味だった。
何か不安を覚えると、側で馬に乗っているミリシアが私に語り掛けた。
「ミサ、気を付けなさい。彼女は優れた戦略家よ。とくに敵の裏をかくのが非常に得意。過去アレクサンダー軍を巧みに翻弄して、数々の戦果を挙げた魔王よ。彼女の優れた能力は私がよく知っている」
と、魔王の傍にいたミリシアが深刻そうに語った。たぶん、これまでのようには上手くいかないな。
「おーほほほほ!!!」
って、うっさいわい! 私がまじめに考えているのに!
「ナターシャ! 静かにして!」
ご存じのロリータ伯爵、現在、ロリータ服武装によって天下無敵のロリータ伯爵になり、彼女は大砲に乗りながら砲兵たちに牽引されて運ばれていた。
「わたくし、大砲の乙女である無想転生のロリータ伯爵がチチェスタ―の統一軍の皆様に勝利をもたらすべく華麗に戦場に参上しようというのですよ、ミサ! もっと、パーッと行くのですわ!
ほらもっと、声を上げて私の大砲を運びなさいな、砲兵たちの皆さん! さあ声を上げて!」
「わっしょい! わっしょい!」
「ほーほほほ! もっと声をお上げなさい、魔族たちに恐れを抱かせるように! ちょっと、アーノルド砲兵隊長! 何休んでらっしゃるの!? なに? 年には勝てないですって!? お酒を辞めて、もっと健康的なものをお食べなさいまし。
貴方は男の独り身ですから、何かと不精なんでしょう。こんどわたくしが料理をお教えして差し上げますわ!」
はあー、宴の事もあって調子に乗っちゃって、まあ。でもいいか、これくらいやる気に満ちて鼓舞してくれた方が、私みたいに辛気臭く悩む姿を兵たちに見せるよりましか。
こんな感じで不安を感じながらも、チチェスタ―奪還に向けて進軍することになった、私たち南部方面軍。予想に反して、次々と砦を攻略することが出来、ジェラードは魔王の意図をはかりかねていた。
「おかしい。戦略的にここチチェスタ―南部を固く守って、東部方面軍との連携を遮断するのが常道だ。だが、敵は半ば後退の勢いでどんどん砦を放棄している」
などと、とある砦で彼は作戦を振り返りながら私に言った。
「ねえ、ジェラード。魔族軍の戦力が尽きたという可能性は。補給物資とか」
「それはない。今までおびただしい物資がこのチチェスタ―に運ばれていたはずだ。すでに密偵が確認している。しかし、この砦や落とした砦に物資を残していない。なぜだ……?」
「戦線を引き直したの、また?」
「チチェスタ―はウェストヘイム統治のカギだ。ここを失うと、ワックスリバーまで後退する必要がある。東部方面では戦闘が激しいのに、南部で粘らない理由がわからない。
それに──」
「それに?」
「なぜ、砦に我が軍の負傷兵を置いて行ったのだ? 治療次第では現場復帰できそうな軽傷の捕虜まで置いて行っている。言っては悪いが、こういう場合、捕虜を殺害したり、戦闘不能にして、置いていくならまだしも、そのままにしているのは魔王が何を考えてるのかわからない」
「そう……たぶん、何か作戦が彼女の頭の中にはあるのかもしれない」
「そうだろうな、慎重に進軍せねば」
予想外の展開や拍子抜けした感じで砦を落としたのに兵たちの士気も上がるどころか、むしろ下がっている。張り詰めた空気感が薄らぎ、士官たちですら楽観論の声が上がる。
エターリア……何を考えているの……?
とりあえず私たちは、落とした砦で夜を明かし今後の状況を見ることとなった。私がベッドに入ってあれこれ考えていると、なんだか眠れずにいた。
そんなとき、扉が開く音がして、びっくりして、誰? と尋ねると「わ、私です……」といったので、誰だわからなかったけど少女の声だった。
誰かがいきなりもずもずとベッドに入ってきて、私はびっくりして、
「ちょっとやめてよ、パステル!」
といったが、暗闇の中、現れた顔はおびえ切った透き通った金髪セミロングのナターシャだった。
「え、パステル……? 彼女と、なにか……」
「なんでもない、なんでもない。彼女がたまに起こしに来るからそうだと思っただけ。どうしたのナターシャ。寝る時までもロリータ服が必要なの?」
彼女が寝間着だということがわかったため、本当の姿の、臆病なロリになってしまっていると気付いたのだ。彼女はモジモジしながら、たどたどしく言った。
「あの……聞いたんです、ミサ……。ここ、出るって……」
「え、何が?」
「オバケ……」
がっしゃーん! と物音がしたので、私とナターシャが、きゃ!? と声を上げて抱き合ってしまう。何かと思って様子を見ると、まだ、だれかいる……?
「だ、だれ? まさか……!」
「お、おばけ……?」
「キャ──ッ!!!」
私は誰かにゅっと暗闇から顔が見えたので、ナターシャとともに悲鳴を上げた。その声に何故かパステルの声が混じっていた。
「えっ、えっ、なに、なんです? 何かあったんですか──っ!?」
「あんたまでこっち来ないでよ、パステル!」
と私は親衛隊の郵便局員もとい、連絡係の少女パステルが枕を持って、寝間着を着て、ベッドにもずもずと入ってきたのに文句を言う。ナターシャは動揺して、「おばけ……」とつぶやいていたので、「違うわよ、パステルよ」となだめた。
私は気を取り直して、パステルに尋ねた。
「あんたもまさか、オバケが怖くて私のベッドに来たんじゃないんでしょうね、パステル?」
「だってオバケですよ! 顔がないオバケです!」
「顔がないオバケ!?」
「そうですよ、ミサさんナターシャさん。出るんですよ、魔族たちに薬で顔を焼かれた黒髪の女性の幽霊が」
「んなわけないでしょ、もう。オバケなんて。まあいいわ、怖いんなら私が付いていてあげる。ナターシャも枕を持ってきているようだし、狭いベッドだけど、一緒に寝る?」
「はい!」
と、パステルとナターシャの声が返ってきた。まったくもう。私たちは和気あいあいと、食事の話とか、花の話とか鳥の話とか、物語を語り合って夜の時間が過ぎようとしていた。
そんなとき、急にノックの音がして、私はまた誰と尋ねると、「私よ」とミリシアの声が聞こえた。ええ、ミリシアまで!? もう、いつまでたってもみんな子どもなんだから。仕方ないわね、と言いながらドアを開けると──。
そこには、顔のない長い黒髪の女性が、暗闇の中じっと立っていた──!
「ぎゃああああぁ──っ!!」
「キャ────!!」
「……ははは、ミサも怖いんだ、オバケって」
とのっぺらぼうは言いながら顔をべりべりとはがしてく、やめてー! ……ってミリシアじゃん。
「ちょっと! ミリシア、驚かせないでよ!」
「だって、ここ出るってうわさでしょ。ミサがどんな反応するか楽しみで……」
「大人げないことしないの!」
「はいはい……ってあれ、パステル、ナターシャなに泣いてるの……?」
「ひどいですー! 恐かったー!!!」
と、パステルがいい、ナターシャは、
「うう……、ちょっと漏らした……。うわーーーん!」
と泣き始める。ああもう仕方ない。
「もうみんな子どもなんだから。一緒に寝よう。もういい、寝よう寝よう!」
「はーーーい」
と仲良く私とナターシャ、パステル、ミリシアは女の子同士で川の字で狭いベッドで眠った。ミリシアが昔のおとぎ話を聞かせてくれて、なんだかロマンがあふれる話だから聞き入っていると、私たちはいつの間にかぐっすりと寝てしまっていた。
とまあこんな感じで朝起きて、ぼさぼさ髪の女同士の顔を見て、お互い笑い合ったのだった。
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