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魔族大戦
第百五十話 ティンタジェル要塞包囲戦④
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夜が明け、要塞戦の最期の一幕が上がった。私たちテットベリー軍団はティンタジェル要塞を攻略するため有利な陣地を獲得でき、砲撃準備を着々と整えていく。
しかし、包囲網とは一朝一夕でできるものじゃない。この時代、要塞攻略のための大型カノン砲を設置するのにかなり時間がかかる。運ぶのもそうだし、角度を整えたり、相手の防御態勢に合わせて、軍事的に厳しくチェックされる。
砲術顧問学者と実質なっていたナターシャは砲兵たちを応援するため厳しく声をかけていく。
「ほら、そこの貴方! 何やってらっしゃるの! そんなことをすれば大砲が曲がってしまいますわ! 女性を扱うように繊細に扱いなさいませ!
ちょっとお待ち、アーノルド砲兵隊長! なんで、酒を飲んでいるのよ! 戦争中ですわよ。隊長の貴方がのんだくれで、酔っぱらっていたら、だれが指揮を執るの!」
と大忙し。私はというと、作戦管理監査として作戦会議に出席していた。指揮を執るジェラードは冷静に簡潔に攻略作戦を告げる。
「我らは、迅速な要地確保により、有利な包囲陣を敷こうとしている。しかしながら、相手も優秀な将軍だ。ブルッツェンとか言ったか、我らが包囲を固める前に、すでにいくつもの地下坑道を掘っていて、妨害してきており、積極的防御戦術をとっている。
完璧に陣地を整えるにはまだ時間がかかるだろう。その間にノーリッジ伯爵が率いる東部軍が我らの包囲へと加わるであろう。すでに斥候部隊がこの付近で接触しており、近日中に布陣が可能だそうだ」
「おおっ!!」
ジェラードの言葉に会議が一気に熱を帯びている。援軍が到着することで、より心理的に私たちが有利となり、兵たちの士気が上がって行く。ジェラードは静まるのを待って話を続けた。
「我らの作戦だが、敵要塞に向かって砲兵たちが準備砲撃を行う。これによって、相手の兵器を破壊しつつ、榴弾砲、迫撃砲による轟音と火を燃え上がらせることで、相手の士気をくじく。
つづいて、歩兵たちは己たちの身を守るため塹壕を掘っていき、相手の攻撃をなるべく受けないよう、身を隠しながら近づいていく。
そして、砲撃によって破壊された城壁を足場にして、槍兵が突入。銃兵、砲兵はそれと連携して援護する。
また、要塞内で蜂起した傭兵と連絡を取り、相手の内部の要地である山の上の教会地点に強固な陣地を構築して、そこから砲撃をおこない相手の本陣である砦を攻略する。
これが作戦の全体像だが、何か質問があるか?」
作戦士官たちがどんどん積極的に細かいところを詰めていき、より実戦的な戦術となる。ジェラードの人柄もあって、彼を信頼して忌憚なく声が上がっている。
そんな中私は別の視点の言葉で作戦において戦略的なアプローチを試みた。
「ジェラード司令官、私からもよろしいでしょうか?」
「ミサ宰相閣下。どうぞ。なにも遠慮はいりません」
「堅固な包囲網を築くことはわかりました。しかしながら、包囲陣にわざと穴をあけてくれないでしょうか?」
「包囲に穴をあける? なぜだ」
私の言葉に士官たちが動揺した。私は大局的な観点から作戦をサポートしていく。
「こちらにアリの入る隙もなく包囲網を敷かれたとなっては、敵は逃げる道が無しとして、腹を決め、死力を持って防衛に魔族兵たちは当たるでしょう。
空を飛べる女魔族はともかく、歩兵の大半は男魔族とクリミィ族で、陸上戦闘が主です。ならば、彼らは背水の陣で我らと戦い、こちらの被害は甚大になることでしょう。
この戦闘で戦争が終わるわけではなく、これから先のことを考えて優秀な兵力をなるべく温存せねばなりません。
よって被害を減らすため、あらかじめ相手に知れるように包囲に穴をあけて、逃げ道を用意してやるのです。これで相手が心理的に追い詰められず、弱腰になり、容易に敵に当たることが出来るでしょう」
「しかし、逃げられてしまえば戦力が温存されるのは相手も同じだ」
「そこでさらに、相手が逃げ腰になって退却する魔族兵たちに騎兵で執拗に追撃するのがよいでしょう。
たやすく敵を追い詰め、よりベターな結果を導き出す、軍事効率が良い方法だと」
「なるほど、確かにな。では宰相殿の意見に反論ある者はいるか?」
士官たちは考え込んだが、結局のところ私に賛同してくれた。こうやって作戦が整い、ノーリッジ伯爵の援軍も合流し、包囲網が整ったところで要塞攻略戦の主戦の火ぶたが上がった。
作戦開始に合図として、ジェラードが号令をかける。
「敵の防御設備を破壊しろ! 大砲用意!」
「はっ!」
「撃ち方よし」
「はじめ──!!」
まずは砲兵たちの準備砲撃が行われた。私たちテットベリー軍が外壁を攻撃するのに有利な陣地を取っているため、こちらの砲撃は相手の防衛拠点によく当たり、ティンタジェル要塞の壁を壊していく。
ティンタジェル要塞は古い城塞を改良したものだが、設計が現在の科学技術に追いついておらず、高い壁を築いていた。高い壁と聞けば一般人は防御が安心だと思うが、近世要塞にとってはそうではない。
壁が高ければ高いほど、建築上、壁を支えるための自重が重くなる。これによって、壁を支える部分に砲撃などの衝撃が加わると、もろくも崩れてしまう。
また、高い城壁は地下からの攻撃に弱い。先ほど述べた通り、巨大な石の壁を支えている以上、壁を支えている土台の木材を壊されてしまえば、壁の重みで、波打つように壊れてしまう。
ジェラードは同時に砲撃と地下を掘り進めて工作兵を進ませ、どんどん外壁を壊していく。これによって、壁周辺の抵抗が和らいだ。
そのすきに歩兵たちが塹壕を掘り進め、相手へと近づいていく。銃兵の射程範囲内まですすんだ兵は銃撃を行い、魔族たちの防御側の兵を撃ちとっていく。
そして、相手の抵抗が弱まったところへ、槍兵たちが大声をあげながら崩された城壁を足場にして、要塞内部に侵入した!
私はこれを遠くから見ていて、カールトン会戦とは違う、時代の移り変わりに半ば感動していた。テットベリー軍の勝利の雄たけびが聞こえ始めこちらへと響いてくる。
時間が経つと伝令である兵が、ジェラードのもとへ報告にやってきた。
「司令官、報告します!」
「ん!」
「現在要塞内部に突入、歩兵は魔族軍と激しい攻防を広げています!」
「内応していた傭兵たちはどうなった?」
「依然健在です。傭兵と接触したものによると、オークニー男爵も無事のようです!」
「そうか、やはり生きていたか。オークニー卿はよくやった! 兵たちにいっそう猛攻撃をかけ、勢いのまま教会地点まで進出しろと伝えろ!」
「はっ!」
こちら側の伝令が指揮官に伝えに行く。そのあいだ、こっちに来た伝令兵は少し休憩を挟んで、報告へと戻っていった。
数日が過ぎ、教会地点と万全なルートが確保されたこととなって、私はジェラードと共に向かった。傭兵たちが勇ましい顔つきをしながら我ら援軍をもろ手を上げて喜び、そのなかにオークニー男爵がいた。
「これは、ジェラード司令官、ミサ宰相閣下、再びお会いできて光栄です」
「オークニー男爵か」
とジェラードと私は返事をして、司令官であるジェラードが受け答えをする。
「無事であって何よりだ。オークニー卿」
「はっ、実は、わたくし宰相閣下に命を救われました」
「ん? どういう意味だ」
「実は、私は作戦通りに傭兵たちをまとめ、統一軍に参加するよう人間たちをまとめていたところ、魔族側に漏れたようで、投獄されてしまいました。それで激しい拷問を受けたところ、教会の修道士たちがひそかに私を助けてくださりました。
彼らに話を聞くところによると、宰相閣下はあらかじめこのことを想定して、私に何か異変があれば救うよう伝えられていたとのことです。彼らがいなければ、いまここに首と胴が離されて晒されていたかもしれません。
ミサ宰相閣下にあつく御礼を申し上げます」
として、オークニー男爵は私に片膝をついて頭を下げてきた。だが、私は笑顔で彼を立つよう促す。
「私は国を守るよう、使命を帯びたもの。礼を申すには及びません。もし、貴方がこれを恩義と思うなら、ネーザン国王陛下に忠功を捧げなさい」
「はっ! 必ずや軍功を立て、ネーザン国王陛下へと捧げたてまつります!」
彼は満足げに立ち上がり、ジェラードに現状を報告した。政治とは軍事との裏表で支えるもの。金だけ工面しても、勝利をもたらさないのだ。
教会地区に砲門の設置が行われ、その地点から直接砲撃を行うことが可能になった。これは相手の士気を大きく下げ、砦の抵抗がどんどん失われていく。
ついに、わずかな兵を残し魔族軍は撤退するようだ。ジェラードは掃討戦の命令を指示をしていく。
「砦内にいる魔族たちに降伏を促せ! それと同時に逃げていく魔族兵たちに追撃を行え。戦さはこれで終わりじゃない。これからが軍功の挙げ時だ! 勲章が欲しければ、最後まで気を抜くな!」
「ははっ!!」
ジェラードが命令を伝えた後、私が彼に自ら志願した。
「ジェラード、降伏の使者は私がやるわ」
「わざわざ宰相がやるべき仕事ではないだろう」
「いえ、今回は大量の捕虜を獲得できるチャンスよ。捕虜の使い道は政治的に大きい。これから先、うまく捕虜を得るために前例が必要よ。ここは交渉に長けた私が行くべきよ」
「確かに理屈は通っている。過去にエジンバラ降伏へつながった功績がミサにはある。しかし相手は魔族だ、思っているより困難だぞ」
「私に良い策があるわ……」
とジェラードに腹案を打ち明けた。さて、要塞戦の大仕上げだ。私は降伏の使者として、砦の中に強靭な護衛と共に入っていった。
中に入っていくと死を覚悟した魔族兵たちがこちらをにらんでくる。私は彼らに向かって尋ねた。
「現在ここを指揮しているのは誰だ!?」
「俺だ、ミサ……!」
声がしたところを見ると、良く見知った顔だった。
「レクス!」
「ミサ!」
「レミィも……。二人が残ったの」
彼ら魔族兄妹が残ったことで、安心もあり不安があった。私の一言で彼らの命を左右する。外交は時に命そのものを扱ってしまう。私は彼らをなだめるように誠実に降伏を進めた。
「再び会えてうれしいわ。あんな形じゃなく、きちんとこうして話ができて」
「あれは意外だったな。まさかミサが最前線まで来ているとは」
とレクスは笑った。彼の笑顔を見て、私を殺そうとしたのは本心ではなかったことを悟った。
「ねえ、レクス。私は貴方たち、砦防衛に残った兵たちに降伏するよう伝えに来たの」
「やはりか、今度は逆の立場になったな、ミサ。お前を捕らえたあの頃とは」
レクスは懐かしそうに遠い目をしていた。あれから時間が経つ。いろんなことが起こって、私が彼らと一緒にいることで、魔族や戦争への価値観が大きく変わっていった。
そのうえで絶対に譲れないものがある以上、彼らを説得する。
「お願い、レクス。これ以上の抵抗を辞めて。貴方も仲間の命が大切なはずよ」
「それはできない」
「なぜ?」
「俺たちは、ブルッツェン司令官より、本軍が退却する間、この砦で死守するよう命を受けた」
「貴方たちに死ねって言ったの!? あの人は!」
「命令は絶対だ。だが、ここにいるほとんどの奴らは自ら志願して、この砦に残った。俺たちが稼ぐ時間が多くの仲間の命を救うなら、安いものだ」
「それは本末転倒よ」
「どういう意味だ?」
レクスの目が険しくなる。彼らにとって今の言葉は捨て置けないだろう。
「レクス、考えてみて。貴方たちの戦争の目的は、魔族たちの子どもたちの未来を考えて、豊かな土地が必要ということでしょ」
「そうだ。そのために俺たちは軍に志願した」
「でも、それって、戦争の果てに勝ち得るものかしら?」
「つまり、何が言いたい」
「というのもね、魔王様、エターリアと親密に話したことがあるの、魔族の未来について。彼女はこう言っていたわ。やりたくて戦争をやっているんじゃない。
仕方なく戦争を始めた。魔族が納得いくまで人間たちと争った先に、子どもたちに未来が与えられるように」
「何? 俺のきいていた話と違うぞ」
「魔王様は政治を熟知している方よ。戦争を続けても、怨恨が残るだけで平和は訪れることはないと悟っていた。両軍が納得するまで戦ったのちに、お互いこの大陸ヴェスペリアでの共存の道を探さなければならないと」
「共存……。夢物語だな、それは」
「現に貴方たちは、ウェストヘイムを治めていたじゃない。支配していたとはいえ、相容れぬ存在だったら、統治なんてできっこない。必要なのはお互いが生きること。
戦争の果てにじゃなく、生きた先に平和があるのよ。死体の上には草木は生えても、命は生まれない。魂も。
私はそのことを悟ったから、魔族から去ることを考えていた。自分なりに人間と魔族の共存を考えていたから。今あなたたちが死んだところで、戦争自体にほとんど影響はない。
なら、生き延びたところで勝利を失うものでもないでしょ。そもそも、この戦争が破滅的なものになれば、何のために貴方たちは命を投げ出して戦ったことになるの。
私はこの戦いの先を見ている。終わりを見ている。永遠の平和なんてないかもしれないけど、本当に望ましいのは、命を捨てることではなく、命を生むことでしょ。違う、レクス?」
「……」
「返事をして、今じゃなくてもいい。じっくり考えて。貴方は賢いはずよ。無意味な戦争の愚かさも内心では理解しているはず。冷静になって、貴方たちの未来を考えて」
「……時間をくれないか?」
と彼が言うと同時にレミィが「レクス!」と声を上げるがレクスは「ここは俺に任せろ」と言って、彼女をなだめた。魔族の兵たちは私たちの話を聞いて迷っているようだ。
だが、彼らの生きる道は彼ら自身で選ばないと成功しない。強制的に戦うのをやめて生きろと言っても空理空論だ。
私は陣地に戻った。待つ時間のとき、私の策である昼夜大砲の砲撃の音が鳴り響く。戦争の無意味さを肌で伝えるためだ。これは大坂夏の陣で徳川家康がとった作戦のひとつで、籠城側を疲れさせるための心理戦だ。
最初は意気揚々と抵抗するためにこもっていても、生き物だから疲れは当然襲ってくる。心の移り変わりは体とともに襲うもの。すでに降伏が告げられていればなおさらだ。
数日が過ぎて、続々と追撃で退却兵をしとめる中、ついに砦からの使者がやってきた。レミィだ。彼女は鼻を鳴らしながら、私たちに降伏条件を告げた。
「ジェラード司令官、および、ミサ宰相閣下に申し上げる! 我らの砦を奪いたければ、以下の条件を飲まれたし。
一つ、我らだけではなく、今回緒戦闘によって獲得した捕虜の命を保証すること。
二つ、捕虜はあつくもてなすこと。
三つ、我らの忠誠心をそこなわないこと。
四つ、魔族、人間、お互いの未来を考えた行動を行うこと。
五つ、誓約に偽りがないこと。
六つ、約束を破った場合、我らはいかなる手段も行使することを認めること。
以上だ!」
「委細承知した! 諸君らの奮闘天晴れである! 国王陛下に上奏し、諸君らの命及び、その他の条件において保証すると誓おう! 人間と魔族に平和を!」
とのジェラードの言葉に、レミィは安心した表情で、「よかった、レクスが無事で……」とつぶやいた。私は彼女の背中に手を伸ばし、私たちの未来へと向かう手を、良い方向に結べるよう切に祈った。
しかし、包囲網とは一朝一夕でできるものじゃない。この時代、要塞攻略のための大型カノン砲を設置するのにかなり時間がかかる。運ぶのもそうだし、角度を整えたり、相手の防御態勢に合わせて、軍事的に厳しくチェックされる。
砲術顧問学者と実質なっていたナターシャは砲兵たちを応援するため厳しく声をかけていく。
「ほら、そこの貴方! 何やってらっしゃるの! そんなことをすれば大砲が曲がってしまいますわ! 女性を扱うように繊細に扱いなさいませ!
ちょっとお待ち、アーノルド砲兵隊長! なんで、酒を飲んでいるのよ! 戦争中ですわよ。隊長の貴方がのんだくれで、酔っぱらっていたら、だれが指揮を執るの!」
と大忙し。私はというと、作戦管理監査として作戦会議に出席していた。指揮を執るジェラードは冷静に簡潔に攻略作戦を告げる。
「我らは、迅速な要地確保により、有利な包囲陣を敷こうとしている。しかしながら、相手も優秀な将軍だ。ブルッツェンとか言ったか、我らが包囲を固める前に、すでにいくつもの地下坑道を掘っていて、妨害してきており、積極的防御戦術をとっている。
完璧に陣地を整えるにはまだ時間がかかるだろう。その間にノーリッジ伯爵が率いる東部軍が我らの包囲へと加わるであろう。すでに斥候部隊がこの付近で接触しており、近日中に布陣が可能だそうだ」
「おおっ!!」
ジェラードの言葉に会議が一気に熱を帯びている。援軍が到着することで、より心理的に私たちが有利となり、兵たちの士気が上がって行く。ジェラードは静まるのを待って話を続けた。
「我らの作戦だが、敵要塞に向かって砲兵たちが準備砲撃を行う。これによって、相手の兵器を破壊しつつ、榴弾砲、迫撃砲による轟音と火を燃え上がらせることで、相手の士気をくじく。
つづいて、歩兵たちは己たちの身を守るため塹壕を掘っていき、相手の攻撃をなるべく受けないよう、身を隠しながら近づいていく。
そして、砲撃によって破壊された城壁を足場にして、槍兵が突入。銃兵、砲兵はそれと連携して援護する。
また、要塞内で蜂起した傭兵と連絡を取り、相手の内部の要地である山の上の教会地点に強固な陣地を構築して、そこから砲撃をおこない相手の本陣である砦を攻略する。
これが作戦の全体像だが、何か質問があるか?」
作戦士官たちがどんどん積極的に細かいところを詰めていき、より実戦的な戦術となる。ジェラードの人柄もあって、彼を信頼して忌憚なく声が上がっている。
そんな中私は別の視点の言葉で作戦において戦略的なアプローチを試みた。
「ジェラード司令官、私からもよろしいでしょうか?」
「ミサ宰相閣下。どうぞ。なにも遠慮はいりません」
「堅固な包囲網を築くことはわかりました。しかしながら、包囲陣にわざと穴をあけてくれないでしょうか?」
「包囲に穴をあける? なぜだ」
私の言葉に士官たちが動揺した。私は大局的な観点から作戦をサポートしていく。
「こちらにアリの入る隙もなく包囲網を敷かれたとなっては、敵は逃げる道が無しとして、腹を決め、死力を持って防衛に魔族兵たちは当たるでしょう。
空を飛べる女魔族はともかく、歩兵の大半は男魔族とクリミィ族で、陸上戦闘が主です。ならば、彼らは背水の陣で我らと戦い、こちらの被害は甚大になることでしょう。
この戦闘で戦争が終わるわけではなく、これから先のことを考えて優秀な兵力をなるべく温存せねばなりません。
よって被害を減らすため、あらかじめ相手に知れるように包囲に穴をあけて、逃げ道を用意してやるのです。これで相手が心理的に追い詰められず、弱腰になり、容易に敵に当たることが出来るでしょう」
「しかし、逃げられてしまえば戦力が温存されるのは相手も同じだ」
「そこでさらに、相手が逃げ腰になって退却する魔族兵たちに騎兵で執拗に追撃するのがよいでしょう。
たやすく敵を追い詰め、よりベターな結果を導き出す、軍事効率が良い方法だと」
「なるほど、確かにな。では宰相殿の意見に反論ある者はいるか?」
士官たちは考え込んだが、結局のところ私に賛同してくれた。こうやって作戦が整い、ノーリッジ伯爵の援軍も合流し、包囲網が整ったところで要塞攻略戦の主戦の火ぶたが上がった。
作戦開始に合図として、ジェラードが号令をかける。
「敵の防御設備を破壊しろ! 大砲用意!」
「はっ!」
「撃ち方よし」
「はじめ──!!」
まずは砲兵たちの準備砲撃が行われた。私たちテットベリー軍が外壁を攻撃するのに有利な陣地を取っているため、こちらの砲撃は相手の防衛拠点によく当たり、ティンタジェル要塞の壁を壊していく。
ティンタジェル要塞は古い城塞を改良したものだが、設計が現在の科学技術に追いついておらず、高い壁を築いていた。高い壁と聞けば一般人は防御が安心だと思うが、近世要塞にとってはそうではない。
壁が高ければ高いほど、建築上、壁を支えるための自重が重くなる。これによって、壁を支える部分に砲撃などの衝撃が加わると、もろくも崩れてしまう。
また、高い城壁は地下からの攻撃に弱い。先ほど述べた通り、巨大な石の壁を支えている以上、壁を支えている土台の木材を壊されてしまえば、壁の重みで、波打つように壊れてしまう。
ジェラードは同時に砲撃と地下を掘り進めて工作兵を進ませ、どんどん外壁を壊していく。これによって、壁周辺の抵抗が和らいだ。
そのすきに歩兵たちが塹壕を掘り進め、相手へと近づいていく。銃兵の射程範囲内まですすんだ兵は銃撃を行い、魔族たちの防御側の兵を撃ちとっていく。
そして、相手の抵抗が弱まったところへ、槍兵たちが大声をあげながら崩された城壁を足場にして、要塞内部に侵入した!
私はこれを遠くから見ていて、カールトン会戦とは違う、時代の移り変わりに半ば感動していた。テットベリー軍の勝利の雄たけびが聞こえ始めこちらへと響いてくる。
時間が経つと伝令である兵が、ジェラードのもとへ報告にやってきた。
「司令官、報告します!」
「ん!」
「現在要塞内部に突入、歩兵は魔族軍と激しい攻防を広げています!」
「内応していた傭兵たちはどうなった?」
「依然健在です。傭兵と接触したものによると、オークニー男爵も無事のようです!」
「そうか、やはり生きていたか。オークニー卿はよくやった! 兵たちにいっそう猛攻撃をかけ、勢いのまま教会地点まで進出しろと伝えろ!」
「はっ!」
こちら側の伝令が指揮官に伝えに行く。そのあいだ、こっちに来た伝令兵は少し休憩を挟んで、報告へと戻っていった。
数日が過ぎ、教会地点と万全なルートが確保されたこととなって、私はジェラードと共に向かった。傭兵たちが勇ましい顔つきをしながら我ら援軍をもろ手を上げて喜び、そのなかにオークニー男爵がいた。
「これは、ジェラード司令官、ミサ宰相閣下、再びお会いできて光栄です」
「オークニー男爵か」
とジェラードと私は返事をして、司令官であるジェラードが受け答えをする。
「無事であって何よりだ。オークニー卿」
「はっ、実は、わたくし宰相閣下に命を救われました」
「ん? どういう意味だ」
「実は、私は作戦通りに傭兵たちをまとめ、統一軍に参加するよう人間たちをまとめていたところ、魔族側に漏れたようで、投獄されてしまいました。それで激しい拷問を受けたところ、教会の修道士たちがひそかに私を助けてくださりました。
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として、オークニー男爵は私に片膝をついて頭を下げてきた。だが、私は笑顔で彼を立つよう促す。
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「砦内にいる魔族たちに降伏を促せ! それと同時に逃げていく魔族兵たちに追撃を行え。戦さはこれで終わりじゃない。これからが軍功の挙げ時だ! 勲章が欲しければ、最後まで気を抜くな!」
「ははっ!!」
ジェラードが命令を伝えた後、私が彼に自ら志願した。
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「わざわざ宰相がやるべき仕事ではないだろう」
「いえ、今回は大量の捕虜を獲得できるチャンスよ。捕虜の使い道は政治的に大きい。これから先、うまく捕虜を得るために前例が必要よ。ここは交渉に長けた私が行くべきよ」
「確かに理屈は通っている。過去にエジンバラ降伏へつながった功績がミサにはある。しかし相手は魔族だ、思っているより困難だぞ」
「私に良い策があるわ……」
とジェラードに腹案を打ち明けた。さて、要塞戦の大仕上げだ。私は降伏の使者として、砦の中に強靭な護衛と共に入っていった。
中に入っていくと死を覚悟した魔族兵たちがこちらをにらんでくる。私は彼らに向かって尋ねた。
「現在ここを指揮しているのは誰だ!?」
「俺だ、ミサ……!」
声がしたところを見ると、良く見知った顔だった。
「レクス!」
「ミサ!」
「レミィも……。二人が残ったの」
彼ら魔族兄妹が残ったことで、安心もあり不安があった。私の一言で彼らの命を左右する。外交は時に命そのものを扱ってしまう。私は彼らをなだめるように誠実に降伏を進めた。
「再び会えてうれしいわ。あんな形じゃなく、きちんとこうして話ができて」
「あれは意外だったな。まさかミサが最前線まで来ているとは」
とレクスは笑った。彼の笑顔を見て、私を殺そうとしたのは本心ではなかったことを悟った。
「ねえ、レクス。私は貴方たち、砦防衛に残った兵たちに降伏するよう伝えに来たの」
「やはりか、今度は逆の立場になったな、ミサ。お前を捕らえたあの頃とは」
レクスは懐かしそうに遠い目をしていた。あれから時間が経つ。いろんなことが起こって、私が彼らと一緒にいることで、魔族や戦争への価値観が大きく変わっていった。
そのうえで絶対に譲れないものがある以上、彼らを説得する。
「お願い、レクス。これ以上の抵抗を辞めて。貴方も仲間の命が大切なはずよ」
「それはできない」
「なぜ?」
「俺たちは、ブルッツェン司令官より、本軍が退却する間、この砦で死守するよう命を受けた」
「貴方たちに死ねって言ったの!? あの人は!」
「命令は絶対だ。だが、ここにいるほとんどの奴らは自ら志願して、この砦に残った。俺たちが稼ぐ時間が多くの仲間の命を救うなら、安いものだ」
「それは本末転倒よ」
「どういう意味だ?」
レクスの目が険しくなる。彼らにとって今の言葉は捨て置けないだろう。
「レクス、考えてみて。貴方たちの戦争の目的は、魔族たちの子どもたちの未来を考えて、豊かな土地が必要ということでしょ」
「そうだ。そのために俺たちは軍に志願した」
「でも、それって、戦争の果てに勝ち得るものかしら?」
「つまり、何が言いたい」
「というのもね、魔王様、エターリアと親密に話したことがあるの、魔族の未来について。彼女はこう言っていたわ。やりたくて戦争をやっているんじゃない。
仕方なく戦争を始めた。魔族が納得いくまで人間たちと争った先に、子どもたちに未来が与えられるように」
「何? 俺のきいていた話と違うぞ」
「魔王様は政治を熟知している方よ。戦争を続けても、怨恨が残るだけで平和は訪れることはないと悟っていた。両軍が納得するまで戦ったのちに、お互いこの大陸ヴェスペリアでの共存の道を探さなければならないと」
「共存……。夢物語だな、それは」
「現に貴方たちは、ウェストヘイムを治めていたじゃない。支配していたとはいえ、相容れぬ存在だったら、統治なんてできっこない。必要なのはお互いが生きること。
戦争の果てにじゃなく、生きた先に平和があるのよ。死体の上には草木は生えても、命は生まれない。魂も。
私はそのことを悟ったから、魔族から去ることを考えていた。自分なりに人間と魔族の共存を考えていたから。今あなたたちが死んだところで、戦争自体にほとんど影響はない。
なら、生き延びたところで勝利を失うものでもないでしょ。そもそも、この戦争が破滅的なものになれば、何のために貴方たちは命を投げ出して戦ったことになるの。
私はこの戦いの先を見ている。終わりを見ている。永遠の平和なんてないかもしれないけど、本当に望ましいのは、命を捨てることではなく、命を生むことでしょ。違う、レクス?」
「……」
「返事をして、今じゃなくてもいい。じっくり考えて。貴方は賢いはずよ。無意味な戦争の愚かさも内心では理解しているはず。冷静になって、貴方たちの未来を考えて」
「……時間をくれないか?」
と彼が言うと同時にレミィが「レクス!」と声を上げるがレクスは「ここは俺に任せろ」と言って、彼女をなだめた。魔族の兵たちは私たちの話を聞いて迷っているようだ。
だが、彼らの生きる道は彼ら自身で選ばないと成功しない。強制的に戦うのをやめて生きろと言っても空理空論だ。
私は陣地に戻った。待つ時間のとき、私の策である昼夜大砲の砲撃の音が鳴り響く。戦争の無意味さを肌で伝えるためだ。これは大坂夏の陣で徳川家康がとった作戦のひとつで、籠城側を疲れさせるための心理戦だ。
最初は意気揚々と抵抗するためにこもっていても、生き物だから疲れは当然襲ってくる。心の移り変わりは体とともに襲うもの。すでに降伏が告げられていればなおさらだ。
数日が過ぎて、続々と追撃で退却兵をしとめる中、ついに砦からの使者がやってきた。レミィだ。彼女は鼻を鳴らしながら、私たちに降伏条件を告げた。
「ジェラード司令官、および、ミサ宰相閣下に申し上げる! 我らの砦を奪いたければ、以下の条件を飲まれたし。
一つ、我らだけではなく、今回緒戦闘によって獲得した捕虜の命を保証すること。
二つ、捕虜はあつくもてなすこと。
三つ、我らの忠誠心をそこなわないこと。
四つ、魔族、人間、お互いの未来を考えた行動を行うこと。
五つ、誓約に偽りがないこと。
六つ、約束を破った場合、我らはいかなる手段も行使することを認めること。
以上だ!」
「委細承知した! 諸君らの奮闘天晴れである! 国王陛下に上奏し、諸君らの命及び、その他の条件において保証すると誓おう! 人間と魔族に平和を!」
とのジェラードの言葉に、レミィは安心した表情で、「よかった、レクスが無事で……」とつぶやいた。私は彼女の背中に手を伸ばし、私たちの未来へと向かう手を、良い方向に結べるよう切に祈った。
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