幼女救世主伝説-王様、私が宰相として国を守ります。そして伝説へ~

琉奈川さとし

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魔族大戦

第百五十三話 激戦ウィンダミア②

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 夜が明け、合戦初日。ジェラード軍団本陣へと私は控えることになった。ここでも私は幸福の女神として、兵たちの士気を上げるために、一種の旗となり戦地を見渡す。

 ここまできたら兵たちは神に祈るしかない。魔王相手に、しかも野戦築城を施された強固な敵の陣を見ればそうなる。

 最近できた双眼鏡で魔王軍の陣を見て、私と司令官ジェラードは驚きを隠せなかった。私は動揺のあまり悲鳴のような叫び声をあげた。

「なんで、魔族軍に大砲があるのよ!」
「どんなに宰相令で兵器輸出を禁じても、欲に目をくらんだ商人たちは利益を優先する。伝統ある我がブレマー家の言い伝えにある話だ」

「つまり戦争が長引けば、もっと儲かるから死の商人たちは金のために国を売るっていうの! どれだけ死人が出るかも考えずに!」
「そういうことだ。人は目に見えない殺人には鈍感だ。彼らにとって人の死など、数字の誤差に過ぎない」

「私、なんだか人間であることが情けなくなるわ……」

 ふと、側にいたミリシアを私は見た。彼女はこっちに来る前、魔族の武器を人間たちに横流しをしていたと聞いた。それを何故行ったかは彼女は私にいまだに教えてくれなかった。ただ必要だからとしか。

 腹の底からため息が出ていく。これが人間の業ってやつなのかな……。

 敵陣を見たジェラードは、士官たちと話をして当面の作戦を決める。

「まず、我々は敵の右翼側で突出している丘陵地帯を目標に進出する。ここを足掛かりにカノン砲が敵の本陣に届くよう、砲撃地点を確保する。ん? なんだ、騒がしいぞ」

 双眼鏡を除いていた士官たちの顔が蒼くなり、驚きの声を上げ、ぼそりとジェラードに「司令官、魔王が現れました……」と告げた。遠くから魔族軍たちの歓声が聞こえ、兵たちに動揺が走る。私は急いで双眼鏡を奪い取って、確認をした。

「まちがいない、魔王エターリアよ。ジェラード」
「そうか、やはり魔王が指揮をしていたか。敵の砲兵がここまで我らに知られてなかったことを考えると、彼女が徹底的に情報封鎖をしていたのだな。

 おかげで我が軍の兵たちにかなり動揺が走っている」
「ねえ、昨夜言った件のことを覚えてる?」

「ああ、すでに工作兵が作戦に入っている」
「そう……。こっちも手段を選んでいる場合じゃないってことね」

 私とジェラードはお互い顔を見合わせて頷いた。手段を選んではいられない、相手は敵なのだ。勝利を獲得するためにいかなる手段でも使うのが戦争だ。

 作戦が決まったところで、ジェラードは戦列歩兵たちに命令を出す。

「第一陣、目標地点へとゆるりと進軍せよ!」

各隊前進フォワード!!」

 歩兵たちは例の丘陵をめがけて横列をなして進みだす。この地域を押さえないと、のちの要塞戦すら開始できない。相手からおびただしい砲撃をもらい、食らった兵が文字通りばらばらになりながらも、血の道を歩んでいく。

 勇敢なる彼らは一糸乱れず、目標に向かって愚直に太鼓の音とともに前進する。また続いてジェラードは新たな命令を告げる。

「第二陣、塹壕を掘りつつ前進! 敵の砲撃から守りつつ、少しずつ掘り進め銃撃が届くまで近づけ! 可能なら、第一陣を援護しろ!」

 つまり、第一陣はおとりだ。砲撃が来る以上、こちらの被害を抑えることが出来ない。なるべく敵に近づき、相手の陣地近くまで進まないと、銃撃が届かないしどうにもこうにもならない。

 兵たちの血が流れるのを私はじっと複雑な気分で見つめていた。目をそらしてはならない。私は宰相なのだ。彼らの命が報われるかどうかは私次第。じっと命の終焉を眺めていた、名もなき英雄たちの最期を。

 そんな私の表情を見てなのか、ジェラードは気をつかってくれたようだ。

「奥で待っているか? ここから先は軍人の仕事だ」
「いえ、ここでいいわ。決して彼らの命を無駄にするわけにはいかない。戦場から目をそらして勝利を得ることなんてできない。私は政治家なんだから」

「そうか……もはや何も言うまい。ナターシャはいるか?」

 彼は周りの人間に学者兼砲術顧問のナターシャを呼びつけた。テントから現れた幼い彼女は、血まみれの戦場を見て言葉を失っていた。だが、ジェラードは司令官として彼女に尋ねなければならないことがある。

「ナターシャ、あの丘陵の相手の陣地までこちらからの砲撃が届くか?」
「……ちょっとお待ちなさいませ」

 彼女は測量機を持ってきて、弾道計算するため、空を見上げ、敵を見つめ、風の方向を確認して彼女は断言した。

「無理ですわ、残念ながら。こちらからは角度がありますし、風向きも向かい風に近い、たぶん、魔王様がこの陣地を作ったのでしょうね。

 魔王様は魔族にもかかわらず、私の学問的な話を真摯しんしに聞いて、よく実施なさるもの。むしろ、彼女じゃなければ、このぐうの音が出ないほどの強固な野戦築城を可能にできませんもの。例えヴェルドーであっても、こんな芸当は実質不可能でしょう」
「そうか、わかった。手段は限られているか……」

 ジェラードは落胆しつつも、兵たちの行く末を見守りながら冷静に指示を出していく、だが、事態は全然好転しない。おびただしい死体が積みあがっていくのを見ながらも兵たちは勇敢に命令通り、敵地に少しずつ近づいていく。

 日が落ち始め、ジェラードはすぐさま撤収の命令を出した。

「第一陣は第二陣が作った塹壕の中に身を隠せ! よくやったと伝えろ!」
「ははっ!!」

 砲撃が飛び交うなか陣地へと前進を続けていたのは、塹壕を掘り進めるため、砲撃を食らわないように的となる対象が必要だったのだ。

 とはいえ、動く人相手になかなか当たるものでもない。それより塹壕を掘っている地点に砲弾が撃ち込まれると兵が生き埋めになりかねない。ひどい言い方だけど、第一陣を囮として塹壕を守っていたのだ。

 野戦は次の日も続く。ここから目標まで8キロぐらいだと思うけど、塹壕を掘りながらだと進軍速度が遅い。しかし少しずつ相手に接近できている。地道な戦いだけど、派手な戦場がむしろまれで、リアルの戦争はこんなものだ。

 とくに味方も敵も優秀だと、戦いは地味になりやすい。じりじりとしたつばぜり合いでお互い決定打を探していく。目立った成果はなく、二日目が終わる。

 戦況が動いたのは三日目だ。ついに塹壕を掘り進めていた、第二陣が火縄銃アーキバスの射程まで近づいたのだ。ジェラードはここぞとばかりに指令を出した。

「よし! 射程内まで塹壕が近づいた。第一陣は第二陣と合流して、一斉射撃を浴びせてやれ!」
「はっ!!!」

構えレディ……」
発射ファイア──!!!」

 ようやく銃撃戦が始まった。魔族たちは合成弓コンポジットボウを操って応戦する。合成弓とはいえ、人間のものとは比べ物にならないくらい、威力がすさまじく、クロスボウよりも貫通力があり、正直この時代の火縄銃より威力は高いし連射速度はよっぽど上だ。

 だが、銃の利点は装備さえあれば訓練がたやすく、多くの射撃手を用意できる。相手の弓兵1500ほどに対し、我が軍の銃兵は8000丁ほど。数が違いすぎる。

 戦国時代で有名な戦い、長篠の戦いで、織田徳川連合軍が武田軍に対し用意した銃の数は3000~3500丁といえば、どれだけネーザン国が銃兵を用意できるか理解しやすいと思う。

 威力では劣りながらも、おびただしい銃撃が浴びされ相手の陣地は混乱を始める。ジェラードはこぶしを固く握り胸元に寄せた。

「よし! これまでは作戦通りだ」
「おめでとう、ジェラード!」

「ネーザン国の工場化が上手くいったからだ。ミサの努力なくしてここまでの軍備をそろえることはできなかった」
「そう言ってくれると助かるわ。でも、これだけじゃあ勝利は遠い」

「ああ、例の策を現在準備中だ」

 私はうなずき、やっと好転し始めたことの実感を得た。とある兵がジェラードのもとに向かって走ってくる。来たか……!

「ジェラード、もしかして準備できたの?」
「ああ、ちょうどいいタイミングだ。相手も気づいていない。よし、敵の陣地の地下を爆破せよ!」

「ははっ!!!」

 伝令が走って行き、少し時間が経つと、ドーンという音とともに地震が起こった! 何が起きたのかと、戦場が騒然とする。さて、どうなる……? どうなる?

 すこし地面が揺れた後、目標地点の丘陵の南側がずるりと地滑りのように崩れていく……!

「やったあ! 成功よ!」
「ああ、新開発の爆弾の威力を理解させてもらったぞ、ミサ!」

 実は合戦前日、技術部より爆薬の改良が上手くいったと報告があったのだ。もちろん今まで爆薬はあったけど、扱いづらく、すぐにしけったり、勝手に爆発する不安定なものだった。

 度重なる実験の結果、戦場で実用可能な爆弾が完成したのを聞き、急いでジェラードに報告すると、ティンタジェル要塞で城壁を地下から崩した経験から考えて、敵の陣地を地面から部分崩壊させようと地下坑道を掘っていたのだ。

 幸いウィンダミア丘は地盤が固くなく、雨が降ると湿地帯のようにぬかるむ。豪雨で地表が崩れてしまうほどのもろさ。なら、地下で爆破が起これば、どんな陣地を構築しても、地面が崩れてしまうのも当然だ。

 地表では歩兵はゆっくり前進して、地下では工兵は連動して坑道を掘り進め、敵が射撃を食らい混乱したタイミングを見計らって、陣地の地下を崩せるよう準備を進めていた。

 抜群のタイミングで陣地が崩されたを悟って、敵は大混乱に陥る。ここぞ好機とばかりにジェラードは素早く命令を下した!

「いまだ! 歩兵は塹壕から出て陣地に向かって一斉突撃をせよ!」
「ははっ!!」

突撃チャージ────っ!!!」

 突撃のラッパの音のもと、塹壕から飛び出た歩兵は雄々しくサーベルを持って、敵陣地へ、崩れた地面を足場にして、敵の弱くなった抵抗をものともせず、大声を出して、襲い掛かる!

 ある者はサーベルが折れてもスコップを持って殴って襲い掛かり、鬼気を帯びた兵の数を武器としてどんどん魔族を倒していく。そして、合戦三日目の夕暮れになるころ、目標の丘陵に統一軍の旗が上がった!

「ウォォォォォ──ッ!!!」

 兵たちから湧き上がる歓声。ウィンダミア丘の攻略の足掛かりとなる陣地を確保できた。ジェラードは喜びを抑えながらも、士官たちに命令をした。

「明日からはあそこを陣地としてカノン砲を運べ、ここからが本番だ!」
「はっ!」

 彼がひそかに笑顔でため息をついたのを見て、私は背中を押した。

「おめでとう! 魔王に勝ったわよ!」
「まだまだこれからだ、喜ぶのは早い。切り替えが大事だ」

「でも今晩くらいは良いでしょ、持ち込んだワインを飲まない?」
「ふっ、幼女のくせに酒を進めるとはな。そうか、なら私も悪い大人になろう。一本だけだぞ。一緒に飲むか!」

「ええ、そうね!」

 ひと先ず第一段階が上手くいったことで、私たちは少し勝利の美酒を味わったのだった。
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