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魔族大戦

第百三十二話 王宮襲撃

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 共和党と民主党の大連立が破綻の兆しの報を知った後、私は政府経由でそこらへんの探りを入れると、やはり確かのよう。どうやら、政策の違いでお互いに妥協ができずに、大連立は暗礁あんしょうに乗り上げてしまったらしい。

 平民の地位向上と救済が目的としている共和党と、平民たちの経済を強固にしようとする民主党。支持層も貧民中心に、貧困階級の団体が支持母体の共和党に対し、企業や元ギルドの中産階級から、資本家を支持母体にする民主党。

 わかってはいたけど、ネーザン国でのインフレ混乱をおさめるために両者が一致するかと思った、でも私の見通しが甘かった。ブルーリリィ革命以降、平民階級の政治参加が活発化し、にわかにネーザンは政治ブーム。

 カンビアスの失政とラットフォール公爵の暗躍がおおやけになったことで、国民全員の政治熱が高い。当然、議論は先鋭化していた。

 動向を探ろうと、平民院議会の補正予算会議を私は傍聴した。平民院内閣首相のウェル・グリードの演説を聞いていると、私はすっかり驚いてしまった。彼いわく、

「今回の予算規模は、わたくし平民内閣首相として満足のいくものではありません。現在、平民階級はろくな仕事もなく、また、仕事にいても低賃金重労働ばかり。このままでは民衆の地位向上はおろか、貧困層はさらに増えてしまう。

 平民内閣では政府のように湯水のように国債を刷るわけにもいかず、平民債という乏しい信用では、ただの政府の借金が増えるだけです。ならば、私、ウェル・グリードは決心をいたしました。

 すべての平民階級の経済状態の向上のために、今、金の余っている資本家など富裕層を中心に税金を徴収することをここに宣言する。

 このネーザンから貧民をなくすために、いまこそすべての英知を結集し平民たちの力をあわせるのだ!」

 とさ。増税!? いま経済混乱が収まってない中で、増税って……。いやいや、何考えてるの! 経済を立ち直らさせるためには、むしろ減税してもいいくらいなのに、増税って。

 下手に減税するとインフレがひどくなるから私は部分的にしか行わなかったけど、これはひどい。グリードは何考えてるの!

 私は頭にきたから議会が終わった後、本人に直接言ってやろうと、グリードを探していた。

 平民議会場の廊下で、私よりも先に顔を真っ赤にしたオリヴィアが、ウェル・グリードと激しくやり取りをしているのを見つけてしまった。

 オリヴィアは怒った口調でまくし立てていた。

「何を考えてるの! 今インフレで経済が混乱している中、増税なんてしたらさらに経済が混乱するわよ!」
「私は富裕層に税金を課すと言っただけだ、オリヴィア。いま民衆の教育格差が広がってる。このままだと、今度は平民階級で貴族が産まれるだけだ。階級が流動的な今こそむしろチャンスだ。

 もし、民衆に教育を施し、理性をきちんと学ばせなければ、愚民化が進んでしまう。カンビアスやクリストファーのような下賤な輩と対抗するために、平民は団結しなければならない。だから、金の余っている上流平民に身を削ってもらうだけだ」

「馬鹿なことを言わないで! 富裕層や資本家に増税すれば、ネーザンに対する投資は誰がするの! この魔族との戦争の中、どこも余裕がないじゃない。

 政府はインフレを生産力向上により解消しようとしている。だから、企業家たちが経済を活発化するために投資を行っている最中なのに、増税なんてしたら余計に経済が混乱して、不景気がひどくなる一方よ!」

「経済は政府に任せておけばいい。僕たちは平民だ。君みたいな企業家の娘にはわからないだろうけど、貧困層の経済環境は政府の改革のおかげで、今までみたいに飢え死にすることは減っていったが、まだまだ貧しい。

 それは教育の格差によるものだ。ろくに字も読めない貧困層が職に就くにしても、工場でつらい作業をしてわずかな小銭しか残らない。

 庶民の地位向上のために、今が大切なんだ。皆が理性を学び、愛し、話し合う素晴らしさを知れば、争いなんてめったに起こらなくなる。これからの市民は政治や経済に進出し、皆が豊かにならなきゃいけない。

 君にはこの理想がわからないのか!」
「わかるもなにも、今がその時じゃないって言ってるの! 確かに政府には不満点がある。でもね、経済というものは皆が同じ方向にむかっていけば、巨大なエネルギーになる。

 それが経済発展の力の源よ。今の状況が不透明なのに、未来の話をしないで! 順番ってものがあるでしょ! 今増税すれば、企業家たちは投資をやめ、事業を縮小し、余裕のない部門の労働者を解雇するわ。

 それこそ貧困が広がっていく元よ。こんな時に増税だなんて、ただの馬鹿だわ」
「君には理性の素晴らしさがわからないんだよ、オリヴィア! 人々はわずかな金のために、妬み、争い、嫉妬する。

 貧民の苦しさをわからない君には、平民議員の資格がないとしか言いようがない。僕の足ばっかり引っ張って、金、金、金。まるで君が貴族みたいだな。もう平民の苦しさを忘れたのか、オリヴィア。

 貴族に産まれただけで、すべてを持っていたブルーリリィ革命以前の事を。僕らは搾取されるだけの物だったじゃないか。その恨みを忘れて貴族ごっこなんて片腹が痛いね。

 君は理想も何も持っていないただの俗人だ。自分の事しか考えていない。未来の事なんて考えない。ただ、金を集めて札束並べてあおって、自己満足させる下賤な女だよ。

 未来のネーザン国には、君みたいな娘が政治家になるだなんて、ありえなくなってる。そうしなければならない。わかるかい、僕には使命があるんだよ、使命が!」
「……! もう、あなたには……。何を言っても無駄なの、ウェル・グリード……!」

 そう言って、オリヴィアはこちらの方へ走って行ってしまった。彼女は涙を浮かべながら、私の制止を振り切って走り去ったようだ。口論とはいえ、あんな言い方って……。

 どっちの方に行こうか迷っていると、官僚たちが私に用があるらしく、走ってこちらに向かってくる。私が「どうしたの?」と聞くと、官僚は、

「大変です、王宮に平民たちが押しかけています。至急、メアリー殿下の元へ閣下はお急ぎください」

 と述べた。もうー! そんな場合じゃないのに、なんなのよ! 私は急いで馬車で王宮に向かった。そこでは民衆が大勢集まって叫んでいた。

「増税ってどういうことだ!」
「お前ら王族のために、平民が搾取されているんだぞ!」
「そんなにお菓子が食べたいのか! このメスブタ!」
「王族なんてギロチンにかけろ!」

 なにこれ、増税案の発表ってさっき議会で行われたんだけど、もう平民に伝わったの? いやでも、あの増税案は富裕層から税をとるって話だったのに、何でこんな貧しそうな身なりの人が怒ってるの。

 労働階級にも関係はあるけど、すぐさま派手に怒らなくても……。さては扇動者がいるな。しかも、共和派内部に。あの増税案をあらかじめ知っていたのは、共和党周辺だけでしょうに。

 オリヴィアとかあんなにブチギレていたんだから、事前に話しはあったんだろうけど、まだこんなに派手に動くような段階じゃないし、暴徒をよこすなら、共和党本部にカチコミ入れるだろうしね。

 なるほどさてはたぶらかされてるな。もう……、こんなときに。ほんとこんな時だよ! 親衛隊たちが半ば力づくで暴れている民衆を制圧している。

 私は馬車から降りて、護衛の親衛隊たちに無理やり道を作らせて、暴徒たちをかき分けて王宮に入った。中ではメアリー達、王宮貴族がてんやわんやで、みんな顔が真っ青だ。

 すぐさま、メアリーに駆け寄り、彼女に正気を保つように私は冷静に話しかけた。

「メアリー姫殿下、大事ないですか?」
「は、はい! ……ってミサか。そんな堅苦しい言い方で話しかけないでよ、誰かと思ったじゃない」

「ごめんね、メアリー。こんな状態だから、身の安全を確保するように、王宮貴族たちに指示しておいて。私は宰相とはいえ、王宮貴族とはそんなに仲がいい方じゃないから、貴女が言った方が彼らは安心すると思う」

「わ、わかったわ。それより、何でこんなことになったのよ、もうさっぱりなんだけど」
「なんか平民議会で、ウェル・グリード首相が増税案を発表したんだけど、どこからか漏れたみたい」
「へっ、そう……こんな大変な時に。平民も大変でしょうに。貧しいらしいし」

「ま、まあ、そうだけど、なんか誰かがわざと民衆をたきつけているようね。たぶん、共和派の内部分裂じゃない?」
「それ、私、関係ないじゃん! こっちこないでよ! ああ、やかましい。穏やかなティータイムがこんな騒ぎになって台無し。はーあ、王族ってホント大変ね。めんどくさい」

「……。そ、そうね。ウェリントン陛下がいない今は、貴女が王宮を守らないといけないから、しゃんとして、しゃんと。私が助言するから」
「助かるわ。王宮の奴らって、こんな時に役立たずなんだから」

 ほんと、この娘は……。ま、もともとメアリーは王族とかどうでもよさそうだし、こんなもんか、実際の姫様は。私が支える中、徐々に王宮内部は安定化し始め、日が暮れるころだった。ウェル・グリードがメアリーに謝罪しに来たのは。

 彼は顔を蒼くしながらなるべく冷静な口調で述べた。

「この度は平民首相としてまことに申し訳なく……」
「ほんと、迷惑よ! これ。で、なにがあったの?」

「……はい、実は我が共和党議員の中にイリ―ヴというものがおり、彼は共和理念に熱すぎるきらいがあり、ネーザン国は王政を廃止して共和制にするべきだと毎日語っており、なんとか私が押しとどめていたのですが……。

 どうやら、我ら共和党の平民富裕層への増税案を逆手に取って、王政を打倒しようとたくらんでいたようで……」

「じゃあ、共和制でいいじゃん! 私、姫様やめるわ」
「は? いま、なんと……」

「ちょっとまって、メアリー……姫殿下。私に彼に話させて」
「あ、まかせた。私、大変だから」

 と、私が口をはさんで、これ以上メアリーに余計なことを言わないように会話を遮った。とりあえず、状況を打開しないと。

「グリード首相、この状況にどう責任を取るつもり。我らはさんざん国王陛下の恩顧を受けながら、このような失態など到底、許されるものではないわ」
「申し訳ございません。すべては私の不徳の致すところです」

「詫びはいいです。そのイリ―ヴとやらを貴方が説得できないの? 同じ共和党でしょう」
「すでに行いましたが、彼はそれを蹴って、この機会に王政を打倒すべきだと、こちらの言うことを聞きません。

 もちろん、私も直接、民衆たちに暴力的なデモは解散するように説得しましたが、失敗に終わりました」
「貴方の弁力をもってしても彼らは聞く耳を持たないの……。そう、なら、こうなったら彼らの怒りが静まるまで、持久戦ね」

「誠に申し訳ございません。姫殿下、宰相閣下、並びに、王宮貴族の皆様にはご迷惑をおかけします。私は責任をとって、彼らを精いっぱい説得し続けます。では」

 と、急いで民衆をなだめにグリードはこの場を去った。可愛そうに、極端な思想の持ち主が内部にいると、党首の彼も大変だわ。この事件は絶対あとで、彼に責任を取らせろと言ってくる人間が、いっぱい出てくるでしょうに。

 やっかいなことに、こういう極端なこと言うやつに限って、魅力があったり、口だけが達者だったりするから、ホント大変。私、宰相やってて、こういう輩を相手するのはホント疲れる。

 上の人間って大変だよ。こういう時は田舎で、オレンジでも作っていたいわー。

 こうして夜になりそうなころ、突然、民衆に王宮内部に侵入するものも現れた。ちょっと待っておかしい。これ絶対おかしい。王宮内部に彼らを手引きした奴がいる。もしかして、私たちはめられてる? 誰かに。

 そして民衆たちを親衛隊が何とか制圧していくが、メアリーの前まで突破する者もおり、ぼさぼさな頭で、破けた服装をした明らかな貧困階級の男が、メアリーに向かって怒鳴った。

「この王族が! ただ飯食らい! 俺たちの税金がそんなにもおいしいか! この売女!」
「うそ……。平民が……襲ってくる……。私が売女、なんで……。きゅうー」

 って、メアリーが気絶しちゃった! どうすんのこれ! 暴言を吐いた男は親衛隊に手荒に殴られて引きずりだされていく。もう、勘弁してよ……。こういうの後が大変なんだから。暴れる方は楽しいだろうけどね、そりゃ。

 責任取るこっちのこと考えてよ。はあー、もう、やだ。

 私が頭を抱える中、夜が更けるころには民衆たちも目が覚めたのか、やることやって気が済んだのか、勝手に帰っていった。何だったんだ、いったいこれは。ほんとやれやれだわ。
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