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魔族大戦

第百三十一話 平民内閣分裂

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「──以上が公爵の件でのすべての報告でございます」

 元公爵を葬った後、私はリングから公爵がやってきたことの詳細の報告を宰相室の中、口頭で受け取った。クリスは狂った母親だけでなく、周りの貴族たちにもはやし立てられて、どんどん権力に執着するようになったらしい。

 幼少期からの家庭環境で、彼の価値観がゆがんでしまったのも納得できた。しかし、私はウェリントンのため、王家のため、ネーザンのために彼を始末したのだ。私は毅然きぜんとした態度でリングに、

「ありがとう、下がっていいわ」
「失礼いたします」

 と言って、彼を追い払おうとした。横にいたラングレーが少し不自然な様子だった。彼はそっと今回の報告書をまとめて私に渡した。それを見るなり、冷静に彼に言った。

「ちょっとわからないところがあるから、ラングレー少しここに残って」

「何かございましたか?」

 など言って不思議そうにリングは振り返るが、私は、

「書類の事なの、貴方は行っていいわ」
「は、では……」

 と自然にリングを帰す。次に彼の足音が遠くなった後、私は早口でラングレーに尋ねた。

「これはどういうことよ!? 説明して頂戴、ラングレー!」
「はっ、どうやら、リング局長は王党派を扇動して、公爵、いえクリス殿を襲わせた様子です」

「何のために!? クリスが王党派に殺されてしまえば、政府のメンツは丸つぶれよ!」
「おそらく……、局長なりの演出でしょう」

「演出!?」
「民衆にクリス殿のことを知らせ、王党派に襲われて、民に彼が悪であることを示したかったのでしょう」

「馬鹿なことを! 勝手の事をしないでほしいわ。あそこにたまたまジェラードがいなければ、クリスは殺されていたのよ!」
「どうなるにしろ、局長はクリス殿の悪辣さを誅罰という形で、民の目の前で見せつけたかったようです」

「……。そう、ラングレー。仕事ご苦労様。リングの事はこれからも見張っておいて。あいつ、今度勝手なことをやったらただじゃおかない」
「はっ、かしこまりました!」

 と言ってラングレーは敬礼をする。リングめ……。はやくも、私の顔に泥を塗りそうなことをして。組織を何だって思っているのよ。責任取るのは私なのよ。

 私はやや不機嫌になりながら、職務をさっさと終わらせて自宅に帰り、やけ酒を呑んだ。

 次の日、私は宰相府の立場を答弁をするために平民院に向かった。議会場に足を踏み入れた時、雰囲気がピリピリしていた。宰相府に質問するのは平民院首相であり、同与党の共和党の党首であるウェル・グリードだった。

 本議会が始まると、彼は静かに弁を述べて、書類を示しながら民の窮状を訴えかけた。

「宰相にお尋ねいたします。現在宰相府は貧民救済として、経済投資の政策を推し進めていますが、詳しい政策をお尋ねいたします」

 私が手を上げ、議長が私を示したので、答弁台に立った。

「グリード首相にお答えします。現在、政府は物価高騰に対する政策として、国民に対する一時給付金や、経済活発化と物資生産量を増やすために、インフラ整備に対する投資を行っています。

 具体的な政策としてはインフレ安定化担当大臣や経済産業大臣よりお答えします」

 と、議会方針を示した後、各大臣が答弁する。それらについてウェル・グリードは不満そうで、宰相府の答弁が終わると、彼はすぐさま手を上げた。

「私が申し上げたいのは、平民に対する政府の救済が足りないのではないかと申しているのです。私は平民院首相として、宰相閣下に申しておきたいのが、平民内閣に対する予算編成が限られているのです。現憲法で。

 確かに宰相府と平民院の仕事の違いや役割の違いを、現法内でわたくしは理解しております。しかしながら、あまりにも我々平民たちに取れる政策が限られている。宰相閣下に申したいのが、平民救済のために憲法を変えることはあるのかどうか、その意思はあるかお答えください」

 その質問に私が端的に答えた。

「グリード首相にお答えします。現在宰相府で予算の許す限り平民救済事業を行っており、また、政府と各院一体で、インフレやそれによる失業者救済事業を行っており、また、平民院からの政策提議があれば政府は中身を勘案して、いっしょにこの難事を乗り越えたいと思っております。

 加えて、現憲法ができてまだ数年もたっていない状況です。このまま現憲法を変えるべきなのか、それとも今のままで行くべきか、長い目で見て考える必要がございます。

 まずは、宰相府は平民院による政策提議を待っています。宰相府だけでは現在の国民状況を完全に知ることはできません。宰相府は平民状況を何とかするために、いかなる案でも、真摯しんしにお話しをさせていただく用意がございます」

 その言葉に待っていましたと言わんばかりに、グリードが意気揚々と手を挙げた。

「まことにご立派な態度かと存じます。前宰相ではこうもいきませんでした。では共和党として政府に提案したいことがございます。まず……」

 こうして私たちは平民院で政策討議を行った。彼の政策が良い案なら政府でやらせてもらうし、悪い案なら却下する。誠実に説明しながら、現在のネーザン状況を踏まえたうえで、平民を救済するため有意義な答弁時間を送った。

 午前の討議が終わって私は議員食堂で食事をとっていた。初めに、オフの時間に話しかけてくる議員がいないか探していた。食堂の異様な雰囲気の中、私は声をかけられないか待っていたのだ。

 その様子を見たのか民主党の党首であるオリヴィアが話しかけてきたようだ。

「宰相閣下。今日の答弁は誠に素晴らしいです。いやあ、勉強になりましたよ。私、演説下手ですから、閣下の弁は参考にさせていただいております」
「別に国民のために政府の立場を明らかにしただけよ。オリヴィア、正面の席が空いているけど立っていても疲れるだけでしょ。よかったら座って」

「失礼いたしまーす」

 と、オリヴィアは前の席に座った。これは二人とも政治感覚でコミュニケーションをとっているのだ。議員たちに気軽に聞く姿勢を見せ、どんなアイディアも聞き逃すつもりはない。周りの議員たちもかたずを飲んで、私たちに注目している。

 狙い通りの展開に私は優しくオリヴィアに尋ねた。

「仕事の方はどう? 今共和党と大連立が決まって、貴女、平民内閣大臣に内定してるって話だけど」
「ええ、ウェル君が平民たちへの経済面の強化が必要ですから、私たち民主党の人材を求めています。今うかがっている話では、私を経済方面に使って共和党は民主党の意見を聞く耳を持っているようです」

「おめでとう。やったじゃない! これで平民院の安定につながるわ。ところでどこまで話ししてるの、共和党と民主党では。大連立いけそう?」
「ええ、新聞の報道の通り、グリード内閣改造に合わせて、私たち民主党も内閣に参与させていただく予定です。

 共和党からはいい返事をもらっています。ただし、それはそれ、これはこれ。私たち民主党には共和党と違う意見を持っています。

 特に経済面では私たちが提議させていただく形で、私たち平民のため、国のために働くつもりです。今、具体的な政策内容をすり合わせている最中です」

「そう、よかった。頼もしくなったわね。オリヴィア」
「ありがとうございます、閣下。おや、周りを見ると、閣下とお話がしたそうな議員もいっぱいいそうですね。

 閣下のお忙しい時間を私個人が削ってはだめですね。反省反省。では、今日はありがとうございました。午後の討議、我が民主党議員から質問をさせていただきますので、お手柔らかにお願いしますね」
「そう、なるべくそうするわ」

「ふふふ……」

 私とオリヴィアが笑い合って、彼女がこの場から立ち去ろうとすると、恐る恐ると私に話しかける議員が現れた。

「閣下、お時間よろしいでしょうか!?」
「大歓迎。ほら席が空いているから座りなさい。そこの立っているあなたも、見てるだけじゃなくて、お話ししましょ」

「閣下、なら私も!」
「私もお願いします! 閣下!」
「閣下! 政府政策でわからないことが……!」

 私のもとに議員たちがどっと押し寄せてくる。私はその様子に難儀しながらもみんなに気さくに受け答えをし、休み時間を有意義に過ごす。これも政府の役目だ、前宰相府と違うことを議員に示さないと。

 こういった日々を過ごしていた。ある日の朝、ジェラードが私の屋敷でいっしょに食事をとっていた。

「ミサ、最近忙しいらしいな。宰相でもそんなに多忙なものか」
「うん、今ネーザンがどうなるかが大切な時期だからね。少しずつ上手く行き始めて、西部戦線も落ち着いてきたし。東部戦線も陛下がヴェルドー相手に粘っている。

 武器開発も上手くいって、情勢が人間側に傾きつつある中、内政をしっかりしないと。今働かないで、いつ働くのって感じだし」
「少しお疲れだな。やせたか?」

「ちょっと、いつもは私が太っているみたいな言い方をしないで」

 私の返事にジェラードがどう反応していいか戸惑っていると、そばで音楽を奏でていたミリシアは笑いながら言った。

「ええ、最近ちょっとスリムになったわね、ミサは。魔族のところにいた時よりすっかりいい顔になってるわ」
「ちょっと、ミリシアまで!」

「ははは……」

 私たち三人はお互いに笑い合った。慣れ親しんだ雰囲気に私はいやされた気分で、紅茶を飲んでいた。突然バタバタと足音が聞こえてくる。誰かと思っていると、その音はレオだった。彼は息を切らし、慌ててこう述べた。

「ミサ様! 大変です!!!」
「もう何? 忙しい中、今ゆっくり休んでいるのよ」

「この、し、新聞……!!」
「後で読むわよ。でさあ、ジェラード……」

「急ぎです。これを……」
「わかったって」

「ミサが嫌がってるなら私が読もう」

 とジェラードがレオから新聞を受け取った。彼がそれを見た瞬間、一気に血相を変えて私にこう言った。

「ミサ、新聞を確認しろ。その落ち着きようを見ていると、お前も知らないんだろ?」
「え、なに?」

 私もあわてて、新聞の見出しを読むとそこにはとんでもないことが書いてあった。

「え……何々。平民内閣分裂か。へっ? えっと、共和党と民主党が政策で争い、新内閣で議員間で激しいやり取りが……。は? 何それ、ちょ、ちょっと待ってそれ困る! 困るよ!」

 ようやく平民院の二つの党が一緒になって内閣を組んで、内政が軌道に乗り始めてときに、これ以上騒乱の種をまかないでよ。ウェル・グリードとオリヴィアの馬鹿―――――!!!
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