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魔族大戦

第百二十二話 早すぎる再会

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 カンビアスの家族を私は、国王領の地方に移し、ウェリントンに恩赦を頂いて、移住していると村の住人に告げ、けっして、差別を受けないよう配慮をして、住まわした。

 そしてしめやかに、カンビアスの家族葬が行われた。私はそれに参加して、彼を弔った。彼には母と娘がいたため、私はそれに哀悼の意を表した。

「この度は、このような結果になり、わたくし非常に残念に思っています」

 その言葉にカンビアスの妻は答えた。

「いえ、すべては夫の咎、宰相閣下はお気になさらないでください」
「私は彼と対立することはあれど、彼は非常に、細やかに周りに配慮し、たいへんまじめなお方でした。過ちはあれど、決して、私は彼をそしることはできません。

 時代が時代であれば、よき宰相として、皆に慕われる、大人物となっていたでしょう」
「ミサ宰相閣下にそう言っていただけると、主人も天国で喜んでいると思います……」

 そう言って彼女はすすり泣きを始めた。それを見た幼い娘が母を心配していた。

「ママ、大丈夫? 泣いちゃだめだよ、パパは天国で幸せになっているんでしょう?」
「ええ、そうね、重責から解放されて、パパの好きな、鍵作りをしてるでしょうね。きっと楽しそうに、うっ、ううう……」

 そして私は葬儀を丁寧に悼み、ジャスミンとともに、参列を終えた。彼は帰り際、こうつぶやいた。

「彼もよき夫であり、よき父親だったんでしょうな……」
「ええ、そうね……」

 そうしてしめやかにカンビアスの葬儀が終わり、私はゆっくりと屋敷に戻った。私は、カンビアスと政治討論を交わし、ともにウェリントンを支えようと、奔走ほんそうする夢を見た。

 それがやけに心地よかった──。

「ミサ様、朝―、あさ、ですよー」
「ふぎゃー! 体が溶ける! とけちゃううううううっ!」

 私はいきなりカーテンを開けられてしまい、まぶしさに、ベッドから転がり落ちて、タンスに頭をぶつけた。

「いったい! いたい! いたい! 頭がつぶれたー!」
「大丈夫ですか? ミサ様。うん大丈夫、形変わってませんよ」

「少しは心配してよ!」
「僕が心配してるのは、ミサ様が大人になられても、こんなことするのかなーってことですよ。いま、幼女だからかわいいもんですけど、年取ってその反応だと、いつか本当に死んじゃいますよ」

「その前に死ぬのーいたいのー、レオ頭さすってー」
「はいはい、痛くない痛くない」

 レオはそう言って、私がぶつけた所をやさしくなでてくれた。あー痛かった。そうして朝食をとり終わったころにレオは私に興味津々に尋ねた。

「ミサ様、無事に宰相に返り咲いて、これでネーザンも安泰ですね」
「むしろ、課題は山積みよ。議会の混乱、進み続けるインフレ。魔族との戦争。どれをとっても、下手するとネーザン自体がつぶれかねないわ」

「ミサ様なら大丈夫ですよ」
「簡単に言ってくれるけどね、まあ、当面はネーザン国内の安定ね。魔族と戦争するにしても国内がこんな状況じゃ、陛下や、統一軍を支えきれない。

 もちろん宰相として最大の軍事支援はするけど、議会の安定、インフレの歯止めを止める必要があるわ」

「議会はどういった様子です?」
「国王院議会は再編中で、カンビアス亡き後、骨抜きになった自由党は権力争いで空中分解。そのあいだ、国王民主党がリードをして、国王院内閣を組閣したわ。貴方のお父様は副総理につくそうよ。内閣名誉顧問としても。

 おめでとう、レオ」
「ふう、父も経験豊かですからね、ミサ様のお役に立ってくれれば、息子の僕としても嬉しいです。貴族、平民の議会はどうです?」

「貴族院議会はもとより、私がさらわれる前と変わらないから、グリースやカーディフ公爵とともに、安定化に向かうわ。

 むしろ読めないのは平民院議会ね。首相である、ウェル・グリードは私の動向をうかがっているし、オリヴィアが最大野党の民主党となってから、独自行動をとっているわ、近いうちに二人ともに親しく接触しないと。

 まあ二つの対決路線を何とか調停しないとね」
「なるほど、新聞を毎日見てますけど、よくわからないんですよね、平民院議会。ウェルさんが仕切っているようで、オリヴィアさんが攻勢かけていたり。

 平民の暮らしが悪くなる一方で世論もわかれているようですし」
「ええだから、私の力が必要。問題はインフレの方よ」

「改革を再開すれば片付くんじゃないんですか?」
「むしろ中途半端にやめてしまったことで、経済が分裂してしまっていたわ、データを見ると。改革を推し進めながら、何とか物資が国民に行き届くよう、経済政策が必要よ。

 ねえ、経済って一番大事なのは何だと思う? レオ」
「お金ですか?」

「違うわ、流通よ。金は流通のわかりやすい形でしかないわ。経済というのは需要と供給そして消費で成り立っているわ。

 どんなに畑を耕しても、それを消費者に届かなければ意味がない。消費がなくては、供給があっても、どんどん在庫が増えるだけで、需要と供給のバランスはとれない。

 と同時に、消費したいという需要がなければ、売れないからどんどん供給量が落ちていく。作っても無駄だから。
 
 また、どんなに小麦を求める需要があっても、小麦など物資を供給しても、流通がおろそかで、消費できなければ、物が余っていって、食べ物とか腐る奴は、廃棄されていく。
 
 つまり、需要と供給と消費が効率よく健全に行われなければ、経済は回らない。それを結ぶのが流通。

 金とか道路、とか運河や川。インフラね。適切に需要供給消費のトライアングルが上手くいかないと、人間に必要なエネルギーは保てない」
「なんか難しくなってきましたね」

「例えば、ある地方では小麦が生産量が高く、実は今でも余ってて捨てているんだけど、インフラが止まっているせいで、健全にこのレスターに届かないとする。

 もちろんその地方に行くには道があり、川があり、それを金で売買している。すると、運ぶ馬、人、船が必要になるわね。となると、その小麦を輸送するのに、お金がかかり、労力がかかる。

 これは費用。つまりコストね。その地方が離れていればいるほど、遠くに運ばないといけないから、余計にコストがかかり、どんどんレスターでは小麦が高くなる。コストがたくさんかかるから。

 しかしこの生産する地方が一つだけでなく、多くの小麦の生産地とうまく流通していれば、エネルギー消費量の多いレスターでも、物が届き、インフレが収まり、小麦の値段が下がっていく。

 その一方で、この遠くの地方はコストがかかるから、高くてレスターで売れなくなる。

 ならどうするかというと、流通がその地方の周辺に網の目のようにつながっていて、別の地方で消費されるところで売れていくと、自然、周りの地方でも、値段は抑えられて、安くなり、どんどん作り手も小麦が余ることはなくなり、もっと儲けようと、生産が増えていく。

 つまり流通とは経済の生命線であり、血であり、経済の根本そのものよ。流通を整理、効率化することで、経済は強靭化し、戦争中でも、安定した経済成長を遂げることが出来る。

 健全なる需要供給消費のトライアングルが流通によって保って、経済を守る。これを『エネルギー経済防衛』と名付けたわ。

 エネルギー経済防衛の根幹である流通の活発化がこの難事を乗り越える、最も適切な手段よ」
「……なんとなくぼんやりとわかりました。とりあえず、その流通の活性化を、ミサ様がするってことですね」

「ええ、宰相府はこれから流通調整に励むことになるわ。そのためのデータを集めながら、必要なところにインフラを効率化して優先順位をつけて、改革を推し進めるわ」
「エネルギー経済防衛か……なんかすごいことになってきましたね」

「どんなときでも生き物が生きている限り、エネルギーは必要。それを忘れないでね。貴方の今後のために」
「はーい。エネルギー、エネルギー……」

 そう言って彼は私が言ったことを必死に思い出しながらメモりだした。それが何だか可愛くてほほえましく思った。

 そんな中、窓を見ると、親衛隊のジョセフがこちらにやってきた。何かと思って、客室に通すと、驚くべきことが告げられた。

「閣下、大変です」
「どうしたの、ジョセフ。女の相談なら、3分ぐらいなら聞いてもいいけど」

「違います、まじめな話です。魔族軍から亡命したいと申すものが現れました」
「な、なにそれ。しかもなんで私に言うの?」

「どうやらその者は、ミサ様の知り合いだと申しているそうです。いかがなさいます?」
「いま、私がレスターを離れるわけにはいかないし、ここに連れてきて。くれぐれも、扱いは丁寧に」

「かしこまりました、ではそのように」

 その者が一週間ぐらいたって、レスターに連れてこられ、私は軍の宿舎で会見することとなった。会ってびっくりした。

「ミリシア!? なんで……?」
「あら、ミサ、しばらくね、宰相に返り咲いたんですって、おめでとう」

「亡命したいってどういうこと……? エターリアはどうしたの?」
「けんかしちゃった」
「へっ!?」

「どうやら、私がいろいろやっちゃってたことがばれたみたい」
「なにしたの」

「うーん、例えば、人間に情報流したり、魔族の武器を横流ししたり、魔族軍に居た頃のミサの情報を人間側に教えたり、いろいろ」
「えっ! 内通者がいるって聞いていたけど、ミリシアだったの!?」

「うん、そう。はーあ、ばれちゃった」
「ば、ばば、ばれちゃったってなんでそんなことを、エターリアと仲睦まじいのに……」

「大人の女にはね、いろいろ秘密があるのよ」
「秘密ねえ……」

「ということで、こっちに来ちゃった。ねえミサ、私たち友達でしょ。お願い! 助けて」

 とにこやかにお願いするミリシアが美人可愛くて、胸が熱くなってしまった。なんかめっちゃ怪しいんだけど、でも、私がこちらに来れたのも、ミリシアのおかげみたいだし、なんか、裏がありそうなんだけど……。

 でも、私美人に弱いのよ! しかたない、どうにかするか。

「わかった、友達だしね、ミリシアの事は私が面倒みるわ、ジョセフあとは手配して」
「ええ、本気ですか!?」

「ありがとうミサ!」

 と、ミリシアは私に抱き着いた。可愛いんですけど、なんこれ! 美人が甘えてくるってグッとくるんだけど! 

 こうして私はミリシアの面倒を見ることとなった。怪しいけどね……。まあ、いいや。うん!
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