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魔族大戦

第百二十一話 血の雨の月

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 カンビアスには議会の追及があり、それに基づいて、国王院司法裁判所が開かれ、彼の身柄は拘束されることとなった。私は再び宰相府において、宰相席に座った。次に、ジャスミンを呼んだ。

「やはり、その席にはミサ様が似合っていますね」
「私はこの国に戻ったとき、ちゃんと、上手くいってたらこの席に座らなかったわ。世の中はめぐりあわせと、縁。

 私がお役御免なら、すっぱり権力をすてて、平和に向かうために努力するつもりだったわよ」
「だが、カンビアスはその責にふさわしくなかった。と、いうことですね」

「ええ、そうね。彼がきちんとやっていれば、この国も荒れなかった。宰相はそれほど責任がある。政治家、権力とはそういうもの。

 ……カンビアスの裁判はどうなっているの?」
「有罪は確実だそうです」
「刑罰は何になりそう?」

「国王院議会の後押しや、事実を知った民衆は彼の死を望んでいます。戦時中ということで、国家反逆罪を適応されるそうです」
「そう……。でも、カンビアスが昔裁いた判例によると、本人のみならず、家族、一族も刑罰に値する、そうだったわね?」

「ええ、彼らの家族は彼とともに死刑となることでしょう」
「それはまずいわ。これ以上国政を混乱させることを私は望まない。必要のない血は流すべきではない。必要がなければね」

「彼自身が裁いた判例だからこそ、彼ら自身も甘んじて受けるべきではないでしょうか」
「先例を変えるのも、宰相の仕事よ。裁判所に、古い刑罰を持ち出さないように圧力をかけて、権利の章典でも、残酷な刑罰を科すべきではないとの誓いがあるわ」

「かしこまりました、そのように、法務大臣に……」
「貴方が差配しなさい」

「はっ? 私は現在閑職の身ですが」
「昇進よ。新しくできる、宰相府長官に貴方を命じるわ」
「私が長官……! ありがとうございます、この恩はいずれ」

「ええ、返してもらうわ、仕事でね、忙しくなるわよ、なにせ、宰相府の大掃除をしないとね。現在の大臣も一掃するわ。……なぜか辞任してないようだしね」
「ははっ!」

 私はジャスミンのもと、元のミサミサ団のメンバーを中心に功績のある者をあつめて、宰相府を立て直す。

 私は刑罰が確定した、カンビアスの牢獄のもとに行った。私自身が別れを告げるためだ。カンビアスは牢の中、静かに運命を受け入れた様子で、黙っていた。

「カンビアス、貴方の死刑の日取りが決まったわ」
「……いつです?」

「一週間後」
「ずいぶんと急ですね」

「何せ国家反逆罪が適応されたからね、汚職とはいえ、貴方が国政を混乱させたのは事実。もし、貴方が、まっとうに政治を行って、戦時中でなければ、ただの汚職として、懲役だったでしょうね」
「しかし、まっとうに政治をして、戦時中でなければ、私は宰相になれなかった。不相応に権力を求めてしまったのが、そもそもの間違いでしたね。

 そして私が作った法で、ギロチン行きですか。皮肉なものですね……」
「ええ、皮肉なものね……」

 私は彼が痩せこけているのを見て、権力にとりつかれたものの最後の顔をしっかりと記憶に刻み込む。彼は静かに私に尋ねた。

「ミサ殿、私の政治のどこが悪かったのでしょうか。私は先祖代々、宮宰の家柄。伝統にしたがい、まじめに、執り行ったつもりでした。

 しかし結果はこれです、何が──」
「それは、貴方が時代を読み違えていたのよ」
「時代?」

「民衆の力を、国王が、政府が集めて、国を動かす、これが今のネーザンよ。でもあなたの政治は、古いネーザンそのもの。

 もし貴方が、伝統貴族だけでなく、身分にとらわれず、まじめな官僚たちの意見を聞いて、議会を尊重していれば、私の付け入るスキはなかったわ。

 古い貴族が政治を執り行い、私利私欲にまみれた、彼らによって、彼らのために働く。貴方は古いネーザンそのもの。貴方はそう、時代に殺されるのよ」
「そうですか……なるほど。私はもう、必要のない人間なのですね……」

「ええ……同情はするけど……」
「無用です……。これも自業自得。時代を読み間違えた私が悪いのです。しかし、家族までは巻き込みたくはなかった……」

「それなら心配ないわ。私が国王陛下に恩赦を頂いて、国家反逆罪は本人の身のみに適応されることになったわ。

 貴方が残した家族も、私が静かなところに移すわ。心配いらない……」
「そう……! でしたか。最後までお世話になりました……」

「戦友だからね……。家族に言い残すことはない?」
「……恨みを忘れ、静かに暮らしてほしいと……それだけで」

「わかったわ、きちんと伝えておく。じゃあ、これで、さよなら、カンビアス……」
「ミサ宰相閣下、お元気で……」

 私はその言葉に何も返さず、牢獄を静かに去った。余計なことは必要ない。彼がそれを望んでいないだろうから。

 私が宰相府にもどったあと、ジャスミンと一緒に、仕事場を見て回った。そのなか、私にひざまずき懇願する者たちが大勢いた。

「ミサ様! どうかお助けを!」
「私たちはカンビアスに脅されて、いただけで、決して!」
「そうです、我らに罪はないのです!」

「罪……何の事かしら?」
「はい、私たちは、決して私利私欲にまみれていたわけではありません。カンビアスの政治にしたがってただけです。我らには到底、責任のないことなのです!」

「ばかばかしい、そんなもの、法廷で述べなさい。貴方たちに罪があるかどうかは、裁判所が決めるわ」
「そ、そんな! ぜひ、恩赦を! ミサ様より、国王陛下に取りなしてください!」

「さて、どうかしらね。気分がすぐれないわ。ジャスミン、宰相室に一緒に来て」
「ははっ!」

「ミサ様!」
「宰相閣下!」

 私は不機嫌になってしまいそのまま、宰相府でジャスミンと二人っきりになった。私が黙っていると、彼は私に尋ねた。

「いかがいたします、彼らを」
「政治は結果責任と誰かが言ってたわ。彼らはカンビアスに手を貸していた以上、法にてらして、事実を明らかにすべきだわ」

「しかし、こんな大規模な、汚職となると、官邸が混乱いたします」
「混乱は最小限に、必要性のない恩赦は必要ない。それだけよ。誰かが責任をとらないと民衆は納得しないわ、──ギロチンでね」

「かしこまりました、そのように」
「ええ」

 私は空を見上げると夕日が、この世界では珍しく、赤く染まっていた。そして一週間後、カンビアスはギロチンにかけられた。

 彼の最後の言葉は「ネーザンに栄光あれ」だったそう。彼が残した髪の毛などは民衆で高く、売買されたらしい。彼の血の付いた石も。

 そうして数瞬間の間に、汚職を行ったものは次々と裁判の判決のもと、ギロチンの刃が降ろされていく。のちにこの一か月は、血の雨の月といわれるようになった。
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