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世界統一編

第四十六話 リヴィングストンの陰謀②

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 私は襲撃の陰謀があるということで、親衛隊の兵で屋敷を固めることにした。これは本当に戦さをはじめるということではなく、来るなら来いという心構えで、相手を畏怖させるためだ。

 米軍が敵国に対して大規模な軍事演習をするのはそう言う理由だ。一般人には左から右に流れてしまうニュースだけど、これは相手国からすると、大きな意味合いがある。米軍の軍事規模の大きさと、練度、軍隊の強さを示すことで、恐怖で相手を震えあげさせて、戦争を未然に防ぐことができる。

 私も、きっちり精鋭の親衛隊を集めることに成功し、私の支持の強さと権力で、私を襲撃しようとする不届き者の心を折ることができるだろう。

 横にいたレオはあわただしく親衛隊の騎士が屋敷をうろついているのを見てびっくりしていた。

「ミサ様、すごい……ことになってますね」
「ええ、ちょっとここ数日は王宮内が荒れるから、しばらくは貴方も安全のため屋敷を出ないでね。私が事を片付けるから」

「は、はい……」

 実際武装した大人たちを見て、レオも気後れしているのだろう、子どもだ、仕方ない、だがこれも経験だ、いずれは彼らをあごで使うような人物に私はなってもらいたい。

 私の護衛部隊を組織してくれたジョセフが私のもとにひざまずいて言った。

「閣下、護衛部隊の編成や、屋敷での配置が終わりました」
「ありがとう、数はどれくらい集まった?」

「閣下の王宮への護衛隊を含めて、総勢1000名です」
「1000名! これはありがたい話ね」

「私も含めて、皆が閣下のご寵愛ちょうあいを受け、閣下を害するような不埒者ふらちものは、我が手で蹴散らそうと、声を大にして閣下の支持を訴えております、日ごろの行いですね」
「ありがたいこと、皆に礼を言ってちょうだい」

「ははっ!」

 だが、レオが不安げにしていると、ジョセフは笑って彼をからかった。

「おい、坊主、これが戦争だ、よく覚えておけよ」
「戦争……!」

「なーにミサ様や、お前さんは俺が守ってやる、お前さんはお母ちゃんの名前でも、唱えていれば勝手に終わるさ」
「僕はそんな子どもじゃありません!」

「じゃあ、ほかに女の名前がお前さんに思いつくのか?」
「えっと……。ミサ様……」

「おいおい、頼りないな、それじゃあ好きな女も守れねえぞ。もっと女を知れよ、俺がいい店を紹介してやろうか?」

「ちょっと、ジョセフ! レオに変なことを教えないでよ!」

 私は余計なことをジョセフが口走り始めたのですぐさま止めた。レオは真っ赤になってジョセフに文句を言った。

「僕はミサ様一筋です! 他の女なんかに興味ありません!」
「えっ……」

 私はその言葉に顔を赤らめてしまったのだろう、それを見たジョセフは笑い出した。

「これはこれは閣下も経験不足のご様子ですね。恋の手ほどきが必要ですな、二人の御仁には」

「ミサ様、このひと僕、嫌いです!」
「こら、レオ!」

 レオが失礼なことを言ってしまったので私は思わず、しかった。ジョセフはそれを笑い飛ばした。

「よろしいですよ、閣下。子どもは正直が一番。きっとこいつもいい男になるでしょう。それでは王宮に向かう際、声をおかけください」

 そう言ってジョセフはウィンクをした。私はレオと顔を見合わせて照れ笑いをお互いに浮かべた。そうして私は王宮に向かいウェリントンへの謁見えっけんが始まった。

 謁見の間は騒然としていた。私が兵を連れて王宮に向かったのを知っているためだ。宮宰カンビアスはおびえた様子だった。事態を知っているのか知らないのか、今の私には判断がつかないが、政敵である彼は気が気でないだろう。

 私は陛下に挨拶を済ませた後、開口一番に言った。

「陛下、この度はおいとまをいただきたく存じます」
「何!? 何を言っている! お前のいないネーザンなど考えられぬ、理由を申せ!」

「実は、私は戦さの準備をしております」
「何……?」

 王宮貴族が動揺し始める。事態の重さを理解したのだろう。そしてウェリントンは厳しい口調で問いただした。

「ミサ、理由を聞いておらぬぞ」
「はっ……。しかし、仔細しさいは申しかねます」

「何故だ!」
「私も貴族の端くれ、名を挙げられて、兵を向けられるとなると、それに応じなければなりませぬ。例え女子おなごと言えども誇りがございます。だまって、討ち果てるつもりはございません。

 故事にならい、華々しく、一人のレディとして、散りましょう」

「ミサを害するような不届き者は、私が誅する、お前の出る幕ではない!」
「しかし、事が事に……」

「どういうことだ……」

 自体が飲み込めぬ貴族たちは動揺が広がる。これが政治だ、ナイフと言葉をもって制する。そのような覚悟がないものが政治の舞台に立つな。ウェリントンは、少し思案を巡らせていたあと、鋭敏な頭脳を巡らせて、私に尋ねた。

「お前の戦さの相手とは誰だ……?」
「この場では……」

「よい、申せ!」
「ジャスミン、あの者をこちらに!」

 私は手はず通り、彼に申し付けて、陰謀事件の証人をここに呼び寄せた。彼はシェフィールド子爵を連れてくる。名高い王宮貴族の一人が入ってきて場は騒然とした。事態を徐々に理解できたためだ。私は彼をウェリントンに紹介した。

「陛下、彼はご存じの通り、シェフィールド子爵です。彼が私に事の次第を知らせてくださいました。シェフィールド卿こちらへ」

 私はシェフィールド子爵、トーマスは私の側に来て一緒にウェリントンにひざまずく。ウェリントンは威風堂々と言った。

「トーマスではないか」
「はっ、陛下、ご機嫌麗しゅう」

「機嫌など良うはない、申せ」
「はっ……」

「構わぬ、事の次第を申せ」
「……実は4日前のことにございます、ある所で、ポーツマス卿が、先ごろ、ミサ宰相閣下が王族のような振る舞いをしてけしからぬと、おっしゃりまして、身分をわきまえぬ、不届き者だと、申しまして。わたくし、その言葉を聞いて耳を疑いました。

 陛下のご寵愛ちょうあいを受けて、それにふさわしき功績を上げて、陛下に許可されて、王家に準ずる、扱いを受けるのは当然でございますのに……」

「ああ、そうだ、ミサの身分は私が保証している、つまりポーツマスがミサを害するといったのだな?」

「いえ、その言葉を受けた、ジリンガム子爵が兵を挙げて誅するべきだと言って、皆がそれに賛同したのです。酒が入っていたとはいえ、ミサ宰相閣下に兵を挙げることは、王家に兵を挙げることに等しい。私は恐ろしくなりまして、事の次第を宰相閣下にお伝え申し上げたのです」

「なんだと! 子爵とあろうものが、宰相を害するだと! 不忠者め! で、その場にいた者の名を申せ! 構わぬ、遠慮などするな、名指しで良い!」

「……はっ、では、まずはリンカン伯爵、グリムズビー伯爵、ホヴ子爵、バーンズレイ子爵、キャノック子爵……」

 トーマスは名を挙げ始める。皆が目を白黒させる。ウェリントンは怒りで震えていた。王宮貴族の名だたる面々だったからだ。しかし、私はトーマスに、あえて、侯爵以上や、王宮に権力がある伯爵以下の名を伏せさせた。

 もちろん、これから政治の駆け引きの、わなを仕掛けたのだ。ウェリントンは手を震わせながら言った。

「……それで全部か?」
「いえ、大規模なパーティーだったゆえ、すべての人物を私は把握しておりません」

「どこでだ! どこで行われた、その不忠者どものたむろしたところは!?」
「それは……」

 トーマスはちらりと宮宰カンビアスを見た。その時カンビアスはハッと気づいたようで、やはりはめられたのだろう、事態の大きさを呑み込めてしまったようだ。だが、ウェリントンはそんな遠慮はしなかった。

「ここまできて、何の遠慮がいる、どこで、密儀が行われたのだ!」
「リヴィングストン荘でございます……」

 王宮内は騒然とした。その名を知らぬものなどいなかったからだ。もちろんウェリントンもだ。彼はカンビアスに詰問した。

「カンビアス貴様!」
「いえ、私は!」

「貴様の屋敷だろうが!」
「い、いえ、ここ最近、私の別荘は大層、景色が良く、皆が酒の席によいと、おおっぴらに貸し出ししておりまして……」

「今更、責任逃れをするつもりか!」
「そのような……。陛下、お許しを……!」

 ことが窮したようなので、私は冷徹に言った。

「陛下。事が大ごとになった以上、王家を巻き込むつもりは私は到底ございません。陛下にいただいた、誇りと名誉と共に、私の屋敷を枕に勝敗を決したく存じます」
「ならぬ! ミサ、お前は私の大切な右腕だ、お前なくして、私が、王家が、ネーザン国が成り立つはずもない。こうなったら国王である私が自ら裁いてくれよう!」

 彼からその言葉を引き出したうえで、私はわざととぼけた。

「それは、弱りましたな……」
「何がだ!?」

「王宮貴族のことは宮宰が裁く、先の私の襲撃事件の先例があったはず。たしか、あの者たちは国家反逆罪として、怖ろしき顛末てんまつとなったとか……」

「なっ……!」

 カンビアスは声を上げた。場がざわつき始めた。私の言葉にウェリントンは、眉をひそめた。

「しかし、カンビアスは当事者だぞ」
「いえ、宮宰殿は、何も、まったく、知らなかったとおっしゃったではありませんか。なら、潔白を示すために、この大事件を上手く裁いてくれるのではないかと」

「宰相殿……貴女は……!」

 そう、カンビアス。困るよね、貴方は知ってるものね、本当はその場に誰がいたか、持ち主である貴方は知っているはず。それが上級貴族だと。彼らを裁いてもらわなければならないの、あなた自身の手で責任をとってね。

「陛下私は……」

 カンビアスは逃げようと、懇願こんがんしたが私はそれを逃がさない。

「何か不都合でもありますか、宮宰カンビアス卿?」
「……。い、いえ、陛下のお許しがなければ、そのような……」

 カンビアスの願いとは裏腹に、ウェリントンは冷静だった。

「私はそれで構わぬぞ、王と言えども、法を揺るがすわけにいかぬし、先例にならって裁くのは当然だ。無論、カンビアスがどうしても拒否するなら、事の次第を私自身が調べるが」
「なっ!? いえ、わかりました。私が責任をもって、事をまとめたく存じます……」

 カンビアスが怒りで震えていた。私へというよりも、自分の不始末加減だろう。そしてウェリントンは優しく私に言った。

「ミサ、しばらく、お前は休暇をとれ。屋敷で身の安全を確保しろ。事態が起こってしまっては遅いからな、自宅で休んでいろ。ことが上手く運んだら、王宮に帰ってくるがよい」
「ははっ、ありがたきお言葉、この宰相痛み入ります」

 そうして私は、無表情で立ち去った。私が表情を変えて笑ったのは馬車の中で一人の時だった。
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