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獣人

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この世界は大きく二つの身分に分かれる。
貴族とその他。

その他の中にも色々序列があるが、貴族との差に比べれば微々たるものだ。

貴族とは、生活環境も法律も全て違う。貴族に生まれれば、一生働かなくて良い生活が手に入り、一生遊んで暮らせると言われている。

貴族からしてみればその他の人間などドブにいる鼠と同じだ。そもそも眼中になどなく、機嫌が悪ければすぐに殺されてしまう。その他の人間の中には、貴族を神だと思ってる人も少なくはない。
その姿は金や宝石で着飾られており、お目に掛かることすら烏滸がましいからだ。











そんな世界で僕は、その他の人間の、それも“獣人”という最底辺の身分に生まれた。
僕には動物と同じ耳としっぽがついている。
だから僕は動物だった。



ただ生まれ。
ただ呼吸し。
自分は動物と同じだと知り。
ただゴミを食べ。
ただ泥水を啜り。
この世界の事を何も知らずに。
ただ叩かれ。
ただ蹴られ。
“人間のような“体を持ち。
ただ懸命に生き。
ただ死んでいく。



それが僕の全て。




ぐぅとなるお腹をさすって、ボサボサの尻尾の先をカプリと噛む。そして、ずっと前に拾ったお友達の虎のぬいぐるみを抱いて、路地裏のゴミ箱の横で丸まって眠る。


「(明日は何か食べられますように。)」


お月様はにっこり笑って僕を見ている。

おやすみないさい。

















僕が何歳か。
生憎それは分からないんだ。僕は”かれんだー“というものの見方も分からないから、自分がいつ生まれたのかもそれからどれだけ経ったのかもわからない。

もしかしたらお月様の光の中でぽん!と突然生まれたのではないだろうか。それか、りんごの木に僕の実がなって、それがポトリと地面に落ちた時に目を覚ましたのかも!

色々考えながらくふくふ、と笑う。
そんな素敵な生まれ方をしてたら、どんなに楽しいだろう。

あ!もしかしたら...貴族様の飼ってる虎が変身して猫になっちゃったのかも!僕の耳は猫っぽいし、尻尾も猫のように長い。前に貴族様の飼虎が脱走して5人が死んじゃった事があったけど、その時の張り紙に書かれていた虎はなんだか猫みたいだったのだ。それからここら辺では虎のモノが流行って、その流行りもすぐに次へ移った時に、道端に捨てられていたのが、僕の唯一の友達のこの虎くんだったのだ。
ボロボロだけど、僕自身より頻繁に川の水で洗うから僕より綺麗だ。

そんな虎くんと僕が一緒だったら...。

「(すごい...!)」

虎はがおー!って吠えて、鋭い牙と爪を持っててとっても強いらしい。僕ももしかしたらそんなかっこいい動物だったら、いいなぁ。

虎くんを両手で抱えながら、ぽてぽてと路地裏を歩く。

今日も食べ物を探しに行こう。雨が降りそうだから屋根のある場所も探そう。
空に大きな怪物が出るかもしれないから見つからない場所にしなければいけない。

「とらくんは、ぼくが、まもるからね。」

虎くんの耳にぽそっと呟く。
本当は虎の方が強いけれど、虎くんはぬいぐるみだから僕が守ってあげなくちゃいけなんだ。
なにより、大切な友達だからね。

路地裏を抜けるギリギリまで行くと、その先では7日に一回の市場が開かれている。市場が開かれると、りんごの芯や、野菜の切れ端が捨てられるから、僕にとってはご馳走の日だった。

今日はここで日が暮れるまで虎くんと一緒に待とう。



市場はお日様が高くなるにつれて賑わいを見せる。

みんな笑顔で、お肉にかぶりついたり、大きな荷物を抱えながら歩いたり、顔を真っ赤にしながら何かを飲んでいたりする。僕には一生届かない世界だけど、それは仕方ないんだと 自分を納得させる。
これは全部仕方ないことなんだ。僕にはお金がないし、人の目に入ってしまうだけで殴られてしまうから。

僕は、獣人だから。

「...でも、しぬまでには、いっかいくらい、たべてみたいな。」

ギュッと虎くんにも市場が見えるように抱きしめながら、しっぽの先を噛んで空腹を紛らわせながら目の前の光景を見つめる。
お肉とか、砂糖の入った食べ物とか、そんな幸せを口に入れたら、僕はどうなってしまうんだろう。きっと美味しすぎて死んじゃうかもしれない。

いっそ、殺されてしまう覚悟で一つ盗んで食べてみようかと何度思った事か。

でもその考えがよぎるたびに、だめだめ、と首を振るんだ。
僕がいなくなたったら虎くんが悲しんじゃう。それに虎くんを一人にしちゃったら一体誰が虎くんのお世話をしてくれるというのだろうか。
ちゃんと洗ってあげないと汚くなってしまうし、虎くんは一人じゃ動けないから雨に濡れてしまうかもしれない。

だから僕は死ねない。


「おとーさん!あのジュース飲みたい!」
「ああ良いぞ。何味にする?」
「うーん、ぶどう!」
「じゃあおじちゃん、ブドウ一杯。」
「まいど!」

ブドウ。
まだ食べたことがない果物だ。
あんな黒に近い色の果物が本当に美味しいのだろうか。毒でも入ってるんじゃないだろうか。でも食べた人はみんな笑顔になっている。

「ね、とらくん。...ふしぎだねぇ。」

虎くんの真っ黒な目も僕を見て不思議だね、と言ってる気がした。

この世界は僕の知らない事で溢れている。
教えてくれる人は居ないから、全部人の会話を聞いて知るしかないんだ。

前に居た路地裏は、近くの建物から女の人の高い声がずっと響く場所で、なんだか怖くて逃げてしまったけど、人はいっぱい喋るからそれを聞きながら寝ると僕も頭が良くなった気になれるんだ。
だからお金の単位くらいは知ってるんだよ。数は数えられないけど。1と2と3はよく聞くから分かるんだ。でもろく?とかきゅう?っていうのはどれくらいのことかわからない。きっと、とーーっても多いのだろう。

そんな事を考えていたらふと、市場の方が騒がしくなる。

「(あ...あれは...。)」
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