2 / 20
貴族
しおりを挟む
市場の奥からやってくるのは金ピカの乗り物を大きな馬が引いている、貴族様の馬車だった。周りの人が素早く端に寄って道を開け、その馬車に向かって頭を下げている。
もし貴族様の馬車に轢かれても文句は言えないし、頭を下げないとその場で殺されてしまうかもしれないからだ。
僕もビクビクしながら路地裏の更に奥に引っ込んだ。
バクバク鳴る心臓を落ち着かせるように呼吸をゆっくりにする。
貴族様を見たのは久しぶりだ。最後に見たのは季節がまだ寒い頃だったから。
僕みたいな獣は、たとえ頭を下げようと何をしようと、貴族様の視界に入った途端に殺されてしまう。それは「駆除」というらしい。
だから貴族様を見ると、見つかっていないかドキドキしてしまうのだ。
貴族様は市場を通り抜けただけらしく、馬車の去った市場は次第に先ほどまでの賑わいを取り戻していた。僕も見つかっていなかった事にホッとしてもう一度さっきの場所まで戻る。
しかしその時、貴族様に見つからなかった安心で気が抜けていたのか、「あ!獣人!」という声に体をビクつかせる。
どうやら尻尾が見えてしまっていたらしい。まずいと思って走り出すが、「待て!!」という声と共に尻尾を掴まれてそのまま持ち上げられてしまう。
「っん゛にぃ゛!!!!」
尻尾の付け根が痛いくて喉から引き攣った声が漏れる。尻尾が引きちぎれそうになり、反射的に目に涙が浮かんだ。
「きったねぇ!!おい!早く捨ててこいよ!」
「あんなもん見るな!」
「うわっ、初めて見たけど...気持ち悪い...。」
「鳴き声も鼠みたいじゃない?」
よく聞こえてしまう耳に、嫌悪に塗れた声が散々突き刺さる。
そしてパッと尻尾が離されると、うまく着地できなくて頭を地面に打ち付ける。怖くて奥歯を噛み締めていた口からはもう何も声が出ず、それよりも咄嗟に立ち上がって路地裏に逃げる。
「あ、おい!逃げるぞ!!」
「やだ、はやく駆除してほしいわ。」
「やなモノ見ちゃったわね。」
必死に足を動かししてその声から逃げる。たまに足の裏に尖ったものが刺さって痛かったけど、虎くんを抱えながら目的なんて考えずがむしゃらに走った。
殺されたくない、その一心で。
そして僕の体は小さくて見つけにくかったのか、なんとか逃げ切れて、橋の下で息をつく。
「っはぁ、はぁ、はぁ...!」
体の全てが痛かった。
ゴロンと寝転がって呼吸を整える。
ドクンドクンと全身に血がめぐるのを感じて、まだ生きてる事を実感した。
虎くんを抱え直してごめんね、怖かったね、と心の中で謝る。
こうやって人間に見つかってしまった日の後は、どこかで存在がバレるんじゃないかと思って声が出なくなってしまうのだ。物音一つすら立てるのが恐ろしくなってしまう。
しばらくは身を縮ませて大人しくするしかない。
息切れもだんだんと落ち着いてくると、僕はいつの間にか寝てしまっていた。
不安からか、いつもより強く尻尾に噛みついてしまったけど、その痛みが気にならないほどに僕は限界だった。
▼
「___さぁ、聞いた?」
「___っしょ!あれ____。」
「____ぇー!!_____た!」
「___る、_______よな。」
ピクッと耳が揺れ、目が覚める。
考える間もなく身を固くして息を止める。
もうあたりは真っ暗だった。
...近くに人間がいる。
そう思うだけで昼間を思い出して怖かった。
どうか見つかりませんように。
どうか、この心臓の音が聞こえていませんように。
虎くんを抱きしめながら願う。
しかし、その願いは叶わなかった。
パッと僕の方が照らされる。
「(あっ...........。)」
「...あ?あれ獣人じゃね?」
「うわ本当だ。初めて見た。こっわ。」
「まじで耳生えてる。」
「きめぇ~!!!」
「(ごめんね、とらくん。)」
僕は君と、お別れしなくちゃいけないかもしれない。
「おい。」
「っ、」
グイッと腕が引っ張られ、体が宙に浮く。
体も視界も口もおかしいくらい震えてた。
息がうまくできない。
いつか、こうなるって分かってたのに。
「かっる。」「めっちゃ震えてるわ。おもしろ。」「うわ!しっぽ!尻尾動いてるって!!きもいきもい!!」「ボロッボロじゃん。骨みたいだし。」「おい、これ貴族の馬車の前に置いといたらおもしろくね。」「なんか今日ここら辺よく通ってたらしいぞ。」「いいじゃんそれ!縛って道端に置いとこうぜ!」「あ?こいつなんか持ってね?」
「...ぁっ。」
ギュッと守るように虎くんを抱きしめていたけど、それでも人間の大人には敵わなかったようで、簡単に奪われてしまった。
どうしようどうしようどうしよう。
パニックで何も考えられなくなっていた。
「ゃ、やめ...。」
喉からやっと出た声はあまりにか細く、音になったかも怪しい。
「なに、きったね。」
「ぬいぐるみかよ。」
「人間様が作ったの盗んだか~?」
「大事そうに抱えちゃって。」
「ほぼゴミじゃん。」
「おら!」
ぁ、
_______ぶちっ
虎くんの、首が、取れて。
地面に、ころがった。
真っ黒な目が、助けを求めるように僕を見上げていた。
「ぁ、ぁあっ.........ぁあぁぁあぁああ゛あ゛!!!!」
腹の底から、どうしようもないものを吐き出すように声をあげる。
常に隠れて生活する僕にとって、人生で初めて出す大声だった。
もし貴族様の馬車に轢かれても文句は言えないし、頭を下げないとその場で殺されてしまうかもしれないからだ。
僕もビクビクしながら路地裏の更に奥に引っ込んだ。
バクバク鳴る心臓を落ち着かせるように呼吸をゆっくりにする。
貴族様を見たのは久しぶりだ。最後に見たのは季節がまだ寒い頃だったから。
僕みたいな獣は、たとえ頭を下げようと何をしようと、貴族様の視界に入った途端に殺されてしまう。それは「駆除」というらしい。
だから貴族様を見ると、見つかっていないかドキドキしてしまうのだ。
貴族様は市場を通り抜けただけらしく、馬車の去った市場は次第に先ほどまでの賑わいを取り戻していた。僕も見つかっていなかった事にホッとしてもう一度さっきの場所まで戻る。
しかしその時、貴族様に見つからなかった安心で気が抜けていたのか、「あ!獣人!」という声に体をビクつかせる。
どうやら尻尾が見えてしまっていたらしい。まずいと思って走り出すが、「待て!!」という声と共に尻尾を掴まれてそのまま持ち上げられてしまう。
「っん゛にぃ゛!!!!」
尻尾の付け根が痛いくて喉から引き攣った声が漏れる。尻尾が引きちぎれそうになり、反射的に目に涙が浮かんだ。
「きったねぇ!!おい!早く捨ててこいよ!」
「あんなもん見るな!」
「うわっ、初めて見たけど...気持ち悪い...。」
「鳴き声も鼠みたいじゃない?」
よく聞こえてしまう耳に、嫌悪に塗れた声が散々突き刺さる。
そしてパッと尻尾が離されると、うまく着地できなくて頭を地面に打ち付ける。怖くて奥歯を噛み締めていた口からはもう何も声が出ず、それよりも咄嗟に立ち上がって路地裏に逃げる。
「あ、おい!逃げるぞ!!」
「やだ、はやく駆除してほしいわ。」
「やなモノ見ちゃったわね。」
必死に足を動かししてその声から逃げる。たまに足の裏に尖ったものが刺さって痛かったけど、虎くんを抱えながら目的なんて考えずがむしゃらに走った。
殺されたくない、その一心で。
そして僕の体は小さくて見つけにくかったのか、なんとか逃げ切れて、橋の下で息をつく。
「っはぁ、はぁ、はぁ...!」
体の全てが痛かった。
ゴロンと寝転がって呼吸を整える。
ドクンドクンと全身に血がめぐるのを感じて、まだ生きてる事を実感した。
虎くんを抱え直してごめんね、怖かったね、と心の中で謝る。
こうやって人間に見つかってしまった日の後は、どこかで存在がバレるんじゃないかと思って声が出なくなってしまうのだ。物音一つすら立てるのが恐ろしくなってしまう。
しばらくは身を縮ませて大人しくするしかない。
息切れもだんだんと落ち着いてくると、僕はいつの間にか寝てしまっていた。
不安からか、いつもより強く尻尾に噛みついてしまったけど、その痛みが気にならないほどに僕は限界だった。
▼
「___さぁ、聞いた?」
「___っしょ!あれ____。」
「____ぇー!!_____た!」
「___る、_______よな。」
ピクッと耳が揺れ、目が覚める。
考える間もなく身を固くして息を止める。
もうあたりは真っ暗だった。
...近くに人間がいる。
そう思うだけで昼間を思い出して怖かった。
どうか見つかりませんように。
どうか、この心臓の音が聞こえていませんように。
虎くんを抱きしめながら願う。
しかし、その願いは叶わなかった。
パッと僕の方が照らされる。
「(あっ...........。)」
「...あ?あれ獣人じゃね?」
「うわ本当だ。初めて見た。こっわ。」
「まじで耳生えてる。」
「きめぇ~!!!」
「(ごめんね、とらくん。)」
僕は君と、お別れしなくちゃいけないかもしれない。
「おい。」
「っ、」
グイッと腕が引っ張られ、体が宙に浮く。
体も視界も口もおかしいくらい震えてた。
息がうまくできない。
いつか、こうなるって分かってたのに。
「かっる。」「めっちゃ震えてるわ。おもしろ。」「うわ!しっぽ!尻尾動いてるって!!きもいきもい!!」「ボロッボロじゃん。骨みたいだし。」「おい、これ貴族の馬車の前に置いといたらおもしろくね。」「なんか今日ここら辺よく通ってたらしいぞ。」「いいじゃんそれ!縛って道端に置いとこうぜ!」「あ?こいつなんか持ってね?」
「...ぁっ。」
ギュッと守るように虎くんを抱きしめていたけど、それでも人間の大人には敵わなかったようで、簡単に奪われてしまった。
どうしようどうしようどうしよう。
パニックで何も考えられなくなっていた。
「ゃ、やめ...。」
喉からやっと出た声はあまりにか細く、音になったかも怪しい。
「なに、きったね。」
「ぬいぐるみかよ。」
「人間様が作ったの盗んだか~?」
「大事そうに抱えちゃって。」
「ほぼゴミじゃん。」
「おら!」
ぁ、
_______ぶちっ
虎くんの、首が、取れて。
地面に、ころがった。
真っ黒な目が、助けを求めるように僕を見上げていた。
「ぁ、ぁあっ.........ぁあぁぁあぁああ゛あ゛!!!!」
腹の底から、どうしようもないものを吐き出すように声をあげる。
常に隠れて生活する僕にとって、人生で初めて出す大声だった。
336
お気に入りに追加
2,236
あなたにおすすめの小説
継母から虐待されて死ぬ兄弟の兄に転生したから継母退治するぜ!
ミクリ21 (新)
BL
継母から虐待されて死ぬ兄弟の兄に転生したダンテ(8)。
弟のセディ(6)と生存のために、正体が悪い魔女の継母退治をする。
後にBLに発展します。
【完結】役立たずの僕は王子に婚約破棄され…にゃ。でも猫好きの王子が溺愛してくれたのにゃ
鏑木 うりこ
BL
僕は王宮で能無しの役立たずと全員から疎まれていた。そしてとうとう大失敗をやらかす。
「カイ!お前とは婚約破棄だ!二度と顔を出すんじゃない!」
ビクビクと小さくなる僕に手を差し伸べてくれたのは隣の隣の国の王子様だった。
「では、私がいただいても?」
僕はどうしたら良いんだろう?え?僕は一体?!
役立たずの僕がとても可愛がられています!
BLですが、R指定がありません!
色々緩いです。
1万字程度の短編です。若干のざまぁ要素がありますが、令嬢ものではございせん。
本編は完結済みです。
小話も完結致しました。
土日のお供になれば嬉しいです(*'▽'*)
小話の方もこれで完結となります。お読みいただき誠にありがとうございました!
アンダルシュ様Twitter企画 お月見《うちの子》推し会で小話を書いています。
お題・お月見⇒https://www.alphapolis.co.jp/novel/804656690/606544354
謎の死を遂げる予定の我儘悪役令息ですが、義兄が離してくれません
柴傘
BL
ミーシャ・ルリアン、4歳。
父が連れてきた僕の義兄になる人を見た瞬間、突然前世の記憶を思い出した。
あれ、僕ってばBL小説の悪役令息じゃない?
前世での愛読書だったBL小説の悪役令息であるミーシャは、義兄である主人公を出会った頃から蛇蝎のように嫌いイジメを繰り返し最終的には謎の死を遂げる。
そんなの絶対に嫌だ!そう思ったけれど、なぜか僕は理性が非常によわよわで直ぐにキレてしまう困った体質だった。
「おまえもクビ!おまえもだ!あしたから顔をみせるなー!」
今日も今日とて理不尽な理由で使用人を解雇しまくり。けれどそんな僕を見ても、主人公はずっとニコニコしている。
「おはようミーシャ、今日も元気だね」
あまつさえ僕を抱き上げ頬擦りして、可愛い可愛いと連呼する。あれれ?お兄様、全然キャラ違くない?
義弟が色々な意味で可愛くて仕方ない溺愛執着攻め×怒りの沸点ド底辺理性よわよわショタ受け
9/2以降不定期更新
兄たちが溺愛するのは当たり前だと思ってました
不知火
BL
温かい家族に包まれた1人の男の子のお話
爵位などを使った設定がありますが、わたしの知識不足で実際とは異なった表現を使用している場合がございます。ご了承ください。追々、しっかり事実に沿った設定に変更していきたいと思います。
悪の皇帝候補に転生したぼくは、ワルワルおにいちゃまとスイーツに囲まれたい!
野良猫のらん
BL
極道の跡継ぎだった男は、金髪碧眼の第二王子リュカに転生した。御年四歳の幼児だ。幼児に転生したならばすることなんて一つしかない、それは好きなだけスイーツを食べること! しかし、転生先はスイーツのない世界だった。そこでリュカは兄のシルヴェストルやイケオジなオベロン先生、商人のカミーユやクーデレ騎士のアランをたぶらかして……もとい可愛くお願いして、あの手この手でスイーツを作ってもらうことにした! スイーツ大好きショタの甘々な総愛されライフ!
【完結】王子に婚約破棄され故郷に帰った僕は、成長した美形の愛弟子に愛される事になりました。──BL短編集──
櫻坂 真紀
BL
【王子に婚約破棄され故郷に帰った僕は、成長した美形の愛弟子に愛される事になりました。】
元ショタの美形愛弟子×婚約破棄された出戻り魔法使いのお話、完結しました。
1万文字前後のBL短編集です。
規約の改定に伴い、過去の作品をまとめました。
暫く作品を書く予定はないので、ここで一旦完結します。
(もしまた書くなら、新しく短編集を作ると思います。)
転生令息は冒険者を目指す!?
葛城 惶
BL
ある時、日本に大規模災害が発生した。
救助活動中に取り残された少女を助けた自衛官、天海隆司は直後に土砂の崩落に巻き込まれ、意識を失う。
再び目を開けた時、彼は全く知らない世界に転生していた。
異世界で美貌の貴族令息に転生した脳筋の元自衛官は憧れの冒険者になれるのか?!
とってもお馬鹿なコメディです(;^_^A
異世界に転移したショタは森でスローライフ中
ミクリ21
BL
異世界に転移した小学生のヤマト。
ヤマトに一目惚れした森の主のハーメルンは、ヤマトを溺愛して求愛しての毎日です。
仲良しの二人のほのぼのストーリーです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる