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その日の練習が終わり、夜、チームメイトや監督にコーチたち、代表関係者全員で食事を取った後、トレーニングセンター内にあるラウンジで、レインは一人でくつろいでいた。ラウンジは各フロアに設置されているリラックススペースで、選手たちが練習の疲れや緊張を少しでも和らげられるようにと、パブのような雰囲気をコンセプトに設計された場所で、選手たちからの評判もいい。
レインはふかふかのソファーに背を埋め、携帯をいじっていた。初めての代表合宿に呼ばれた緊張感からか、疲れが一気にきていた。
――あっという間の一日だったなあ。
気持ちは両腕を上に伸ばして背伸びしたいが、いかんせん、練習のミニゲームでシュートを一つも決められなかったことが、心に引っかかっていた。
「余計な力が入っている、レイン」
練習終了後、ハーツは見るからに落ち込んでいるレインに近寄ると、背中を軽く叩いた。
「ここが特別だと思い込む必要はない。君はいつも通りの練習をしていけばいい。それが一番重要なことだ」
力強い声に励まされて、レインはいくらか元気を取り戻したが、気落ちした気分は中々去らなかった。
「お前は空回りし過ぎだ」
その後、センター内のロッカールームで着替えながら、ゲイリーも監督と同じことを喋った。
「もっと肩の力を抜けよ。シュートが決まらなくても、人生は続くんだ」
「そうそう、ゲイリーを見ろよ。シュートを何度も外したって、全然人生に困ってないだろ」
隣にいたスターンが明るく混ぜっ返す。
「お前はもっとリラックスしろよ。緊張し過ぎだろ。前しか見てないぞ」
「そのとおりだ」
ゲイリーは仲の良いスターンの背中をどついて、しょぼくれるレインを元気づける。
「落ち込むのは、三日後の試合で負けてからにしろ。今から予行練習してもしょうがないぞ」
――力み過ぎていたのかなあ。
携帯をいじりながら、レインは今日のミニゲームの内容を省みる。普段のクラブでの練習と代表での合同練習とでは、やはり勝手が違うような気がした。
――でもおっさんもニースも変わらないよなあ。他のチームメイトもさ。
ロッカールームを出る時に、キャプテンのヴェールにも声をかけられた。少々案じるような顔になっていたので、逆にそんなに変な様子をしていたのかと心配になったが、気にかけてくれたのが嬉しかった。
――ここで悩んでても、しょうがないや。
レインは携帯を切ると、ソファーから立ち上がって大きく背伸びをした。悩んでもくよくよしない性格なので、部屋に戻って寝る準備に入ることにした。
ラウンジを出て、自由に歩きながら、宿舎のあるフロアを目指す。トレーニングセンターは広く、夜でも各通路は照明がついていて明るい。途中にある別のラウンジで、バートンとモーリスが向かい合って座っているのが見えた。モーリスは元々ノーザンプールFCの下部組織出身なので、バートンとはユース仲間だった。笑顔を浮かべて親し気に話し合っている二人の雰囲気に、レインもにこにこしながら通り過ぎた。決められた就寝時間まではまだ時間がある。選手たちは各々有意義に時間を過ごしているに違いない。
部屋に戻ったら音楽を聞こうかなと考えながら、ロビーの近くを通りかかると、話し声が聞こえてきた。その声のする方へ振り返ると、ロビーのすみにある円卓のテーブル席に、監督のハーツとギルフォードがいた。先程のバートンやモーリスと同じく、ハーツがレインのいる方へ向いて、テーブルを挟んで座っているギルフォードは後ろ姿だけ見える。
――何をしているんだろう。
会話の内容まではわからないが、レインから見えるハーツの表情はとても穏やかで、親しい相手と会っているような感じだ。
――へえ、知り合いなんだ。
ここで、思い出した。ハーツはアリーナのユースコーチをしていたのだ。ギルフォードはアリーナのユース出身なので、ハーツの指導を受けていたのかもしれない。
――ギルはそういうこと、喋らないもんなあ。
ロビーから目を離して、レインはすっかり忘れていたことを思い出した。練習時でのアレックスである。
自分のシュートが決まらなかった件で頭がいっぱいだったが、心が平静になってきて、ポッとそれが浮かんだ。
――でも、その後は全然変じゃなかったし。食事の時だって普通だったし。
ロビーを過ぎて、宿舎のフロアへ続く階段をのぼる。
レインは軽く首を曲げて、肩を回した。アレックスは優しいルームメイトだ。
――深く考えるべきじゃないな。
うんと頷いて、自分にそう言い聞かせると、まっすぐに部屋へ向かった。
翌日も、午前中は練習だった。
軽くランニングをした後で、レインはゲイリーたちと一緒にブリストルコーチの元で、シュート練習をした。昨日のミニゲームでシュートが一つも決まらなかったレインは、特にゴールに集中していた。
「おい、息を吸うのも忘れるなよ」
レインの真剣な眼差しに、ゲイリーはからかうことでリラックスさせようとする。
「わかっているよ、おっさん。オレが息をしていなかったら、すぐに教えてよ」
レインも明るく返事をしながらも、白いゴールポストから目を離さない。
ゴールポスト前には、カラーコーンやポールを置き、それらをディフェンダーに見立てて、シュートを打つ。レインはゴールキーパーの位置も確かめながら、繰り返し、ボールを蹴る。
「よし、ゲイリーと交代」
ブリストルコーチが手前で両手をくるくると回した。少し離れた場所でレインの様子を見守っていたゲイリーは、コーチの動作を真似ながらレインと代わる。
「俺たちも、ハムスターみたいにリズミカルに回れれば楽なんだけどな」
「何言っているのかわからないよ、おっさん」
レインは気安くゲイリーの腕を叩いて、後ろに引きさがる。頭の中では、ゴールを狙うポジショニングや、シュートを打つ際の足の角度を確認する。どうも調子があがらない。
――代表合宿に来てからだ。
ゴールに対する感覚が鈍っているような気がするのだ。
レインは珍しく溜息をつく。
そんなレインを尻目に、ゲイリーがシュートを打った。ボールは勢いよくゴールネットに入る。その力強いゴールに、レインはますます思い悩む。
――オレ、やっぱり緊張し過ぎて……
突如、後方から言い争う声が聞こえてきた。
レインはびっくりして振り返る。すると、もう片方のペナルティエリア内でセットプレーの練習をしていたアレックスとハーツが、顔を突き合わせて口論していた。
「僕はちゃんとマークしています」
「君のマークは、チョコレートのように甘くて、すぐ溶けるんだ」
周りにいる選手たちやコーチも、呆気に取られたように二人に注目している。
レインはアレックスを心配して駆け寄ろうとしたが、先にフィールドの外でウォーミングアップをしていたヴェールが慌てて走ってきて、ハーツとアレックスの間に割って入った。
「何をやっているんだ、あいつは」
その冷たい声に、レインは横を向く。いつのまにかギルフォードが側にいて、エリア内の様子を冷笑するように見ていた。
レインはふかふかのソファーに背を埋め、携帯をいじっていた。初めての代表合宿に呼ばれた緊張感からか、疲れが一気にきていた。
――あっという間の一日だったなあ。
気持ちは両腕を上に伸ばして背伸びしたいが、いかんせん、練習のミニゲームでシュートを一つも決められなかったことが、心に引っかかっていた。
「余計な力が入っている、レイン」
練習終了後、ハーツは見るからに落ち込んでいるレインに近寄ると、背中を軽く叩いた。
「ここが特別だと思い込む必要はない。君はいつも通りの練習をしていけばいい。それが一番重要なことだ」
力強い声に励まされて、レインはいくらか元気を取り戻したが、気落ちした気分は中々去らなかった。
「お前は空回りし過ぎだ」
その後、センター内のロッカールームで着替えながら、ゲイリーも監督と同じことを喋った。
「もっと肩の力を抜けよ。シュートが決まらなくても、人生は続くんだ」
「そうそう、ゲイリーを見ろよ。シュートを何度も外したって、全然人生に困ってないだろ」
隣にいたスターンが明るく混ぜっ返す。
「お前はもっとリラックスしろよ。緊張し過ぎだろ。前しか見てないぞ」
「そのとおりだ」
ゲイリーは仲の良いスターンの背中をどついて、しょぼくれるレインを元気づける。
「落ち込むのは、三日後の試合で負けてからにしろ。今から予行練習してもしょうがないぞ」
――力み過ぎていたのかなあ。
携帯をいじりながら、レインは今日のミニゲームの内容を省みる。普段のクラブでの練習と代表での合同練習とでは、やはり勝手が違うような気がした。
――でもおっさんもニースも変わらないよなあ。他のチームメイトもさ。
ロッカールームを出る時に、キャプテンのヴェールにも声をかけられた。少々案じるような顔になっていたので、逆にそんなに変な様子をしていたのかと心配になったが、気にかけてくれたのが嬉しかった。
――ここで悩んでても、しょうがないや。
レインは携帯を切ると、ソファーから立ち上がって大きく背伸びをした。悩んでもくよくよしない性格なので、部屋に戻って寝る準備に入ることにした。
ラウンジを出て、自由に歩きながら、宿舎のあるフロアを目指す。トレーニングセンターは広く、夜でも各通路は照明がついていて明るい。途中にある別のラウンジで、バートンとモーリスが向かい合って座っているのが見えた。モーリスは元々ノーザンプールFCの下部組織出身なので、バートンとはユース仲間だった。笑顔を浮かべて親し気に話し合っている二人の雰囲気に、レインもにこにこしながら通り過ぎた。決められた就寝時間まではまだ時間がある。選手たちは各々有意義に時間を過ごしているに違いない。
部屋に戻ったら音楽を聞こうかなと考えながら、ロビーの近くを通りかかると、話し声が聞こえてきた。その声のする方へ振り返ると、ロビーのすみにある円卓のテーブル席に、監督のハーツとギルフォードがいた。先程のバートンやモーリスと同じく、ハーツがレインのいる方へ向いて、テーブルを挟んで座っているギルフォードは後ろ姿だけ見える。
――何をしているんだろう。
会話の内容まではわからないが、レインから見えるハーツの表情はとても穏やかで、親しい相手と会っているような感じだ。
――へえ、知り合いなんだ。
ここで、思い出した。ハーツはアリーナのユースコーチをしていたのだ。ギルフォードはアリーナのユース出身なので、ハーツの指導を受けていたのかもしれない。
――ギルはそういうこと、喋らないもんなあ。
ロビーから目を離して、レインはすっかり忘れていたことを思い出した。練習時でのアレックスである。
自分のシュートが決まらなかった件で頭がいっぱいだったが、心が平静になってきて、ポッとそれが浮かんだ。
――でも、その後は全然変じゃなかったし。食事の時だって普通だったし。
ロビーを過ぎて、宿舎のフロアへ続く階段をのぼる。
レインは軽く首を曲げて、肩を回した。アレックスは優しいルームメイトだ。
――深く考えるべきじゃないな。
うんと頷いて、自分にそう言い聞かせると、まっすぐに部屋へ向かった。
翌日も、午前中は練習だった。
軽くランニングをした後で、レインはゲイリーたちと一緒にブリストルコーチの元で、シュート練習をした。昨日のミニゲームでシュートが一つも決まらなかったレインは、特にゴールに集中していた。
「おい、息を吸うのも忘れるなよ」
レインの真剣な眼差しに、ゲイリーはからかうことでリラックスさせようとする。
「わかっているよ、おっさん。オレが息をしていなかったら、すぐに教えてよ」
レインも明るく返事をしながらも、白いゴールポストから目を離さない。
ゴールポスト前には、カラーコーンやポールを置き、それらをディフェンダーに見立てて、シュートを打つ。レインはゴールキーパーの位置も確かめながら、繰り返し、ボールを蹴る。
「よし、ゲイリーと交代」
ブリストルコーチが手前で両手をくるくると回した。少し離れた場所でレインの様子を見守っていたゲイリーは、コーチの動作を真似ながらレインと代わる。
「俺たちも、ハムスターみたいにリズミカルに回れれば楽なんだけどな」
「何言っているのかわからないよ、おっさん」
レインは気安くゲイリーの腕を叩いて、後ろに引きさがる。頭の中では、ゴールを狙うポジショニングや、シュートを打つ際の足の角度を確認する。どうも調子があがらない。
――代表合宿に来てからだ。
ゴールに対する感覚が鈍っているような気がするのだ。
レインは珍しく溜息をつく。
そんなレインを尻目に、ゲイリーがシュートを打った。ボールは勢いよくゴールネットに入る。その力強いゴールに、レインはますます思い悩む。
――オレ、やっぱり緊張し過ぎて……
突如、後方から言い争う声が聞こえてきた。
レインはびっくりして振り返る。すると、もう片方のペナルティエリア内でセットプレーの練習をしていたアレックスとハーツが、顔を突き合わせて口論していた。
「僕はちゃんとマークしています」
「君のマークは、チョコレートのように甘くて、すぐ溶けるんだ」
周りにいる選手たちやコーチも、呆気に取られたように二人に注目している。
レインはアレックスを心配して駆け寄ろうとしたが、先にフィールドの外でウォーミングアップをしていたヴェールが慌てて走ってきて、ハーツとアレックスの間に割って入った。
「何をやっているんだ、あいつは」
その冷たい声に、レインは横を向く。いつのまにかギルフォードが側にいて、エリア内の様子を冷笑するように見ていた。
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