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母の想いと魂の行方……

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「は!?そんなまさか!」
「ルシアン様?どうしたんですか?」

 俺は奥のテーブルに駆け寄った。
 そこに置いてある二つの水晶玉は確実に割れている。一つは割れていて当然だった。ゲーム通り、レイチェルの母親であるウェルシアの物だからだ。
 娘の水晶玉を手に入れた彼女が、この場所で自らの魂を解放して死んでしまう事はゲームの設定である。

 しかし、レイチェルの物だけは割らずに残していた―――――筈だった。そう。いつか彼女が自分の意思で命を終らせる為に。
 ところが割れているのだ。

 水晶は、割れてから再び時間が動き出すのでは無い。
 割れた瞬間。今まで魂だけで生きた歳月がその肉体に戻り、一気に歳をとり死を迎える。
 レイチェルの水晶玉も割れているならば、既に四百年生きている彼女が死なない事がおかしいのだ。

(レイチェルの水晶玉じゃないって事か?)

 そう思い。その手掛かりを求め、俺はその横にあった書き置きを手に取った。


 ゛親愛なるレイチェル――――

 全ては私のせいです。
 あなたに正しい魔法の使い道を教えられなかった私の。
 魔王が討たれ、この世を去って百年。

 私は漸く取り戻した。あなたの魂を。あなた自身を。
 三百年以上もかかったけれど、今こそ共に眠りましょう。全てを忘れて。

 ただ。もう一つの可能性を考え、ここにこの書き置きを残します。
 この宝玉があなたの物で無かった場合。
 あなたは今も生き続けているでしょう。そして、やがてこの手紙を読んでいるかもしれない。
 その時はごめんなさい。バカな母を許してレイチェル。

   ――――ウェルシアより  ゛


「先生?それは何ですの?」

 不思議そうに問い掛けてくるレイチェルに、俺は黙って書き置きを渡した。

「よし、外に戻ろうぜ」
「え!?ルシアン、ドラゴンボールってそれ?割れちゃってるの?」
「あぁ。そうだな」
「レイチェル様の魔力はどうなるのですか?」
「これから考える。――――レイチェル。外で待ってるぞ」

 レイチェルを残して俺達は外へ戻る。突然追い出されるように退室を促されるベネットは驚いていた。ルカは何となく察したのか、黙って従った。

 その間にも俺は色々と考えていた。
 おそらく、ウェルシアは二つとも割ったのだろう。娘と同時に死ぬ事無き肉体を終わらせるつもりで。

 ゲームでは魔王以外で魂を封じられていたのは、自分で魔法をかけたウェルシアを除けばレイチェルだけだ。
 つまり割れた宝玉の一つが、レイチェルのでは無いとしたら。それは魔王の物だという事になるのだが。
 それならば、最初のメインイベントの内容が違ったのも頷ける。

 ウェルシアが割った事で、魔王は既に復活していたのだ。
 と、言うこ事は。ゼクルートに最初攻めてきた奴らの狙いは宝玉じゃなかったという事になる。
 たった三体のガーゴイルで来た理由は何なのか分からないが……それは今どうでも良かった。

「ルシアン様?レイチェル様どうするの?」
「せっかく見つけた可能性が割れてたら誰でもショックだろ?悲しむ時間くらい与えてやらないと」
「そ、そうか。まだあるんですよね?玉……」

 女の子がタマ、タマ、言うんじゃない!と、言いたい所をグッと我慢する。

「ドラゴンボールなら、七つくらいはあるんじゃね?」
「そ、そんなにあるんですか!?」

 まぁ。七つは冗談だが。
 とりあえず、一つは確実にある。
 そして、ここで割れたのが本当に魔王の再起の宝玉ならば。ゼクルート王国にあるのは魔王の宝玉ではなく、レイチェルの宝玉という事になるのだ。
 
 だが、宝玉は中身が誰の魂なのかが分からない。
 王国にあるのがレイチェルの魂だと証明する事が出来ないのだ。
 まして、俺みたいな奴が国王に話を聞いてもらえる筈がない。
 詰まる所。場所は分かるが手の出しようが無い。

「ルシアン。これからどうするの?」
「レイチェルと相談だな。もう一ヶ所アテはあるんだが、簡単にはいかない。彼女が今後どう判断するかだよ」
「レイチェル様の目的も合わせて、これからも一緒に旅すれば良いのではないですか?」

 ベネットの申し出には問題がある。
 レイチェルは魔王の配下だ。一緒にいれば俺達にもレイチェルにもメリットは無い。むしろ……

「レイチェルの様子を見てくる。外で待っててくれ」

 ―――――――――――

「大丈夫か?」
「母の事はショックですが、済んだ事。ただ、一つ聞きたいのです。私は何故死なないのか」
 
 俺は単純な可能性の話を告げた。

 おそらく魔王の水晶とレイチェルの水晶は、何者かの手によって入れ替えられていたのだ。
 レイチェルが死なないのはゼクルート王国にある、魔王の宝玉こそがレイチェルの魂である可能性が高い。
 しかし国王は、下手すれば魔王が復活する可能性があると思っている以上。簡単に宝玉を渡してはくれないだろう。
 ――――という事を。

「そう……後は自分でなんとかいたしますわ」
「どうするつもりだ?ゼクルート王国を攻撃する気なら、俺は君を止めるしかない」
「分かってますわ。今は結論を出せないし、考えたくもないの。でも、ごめんなさい、先生。次会う時は敵同士かもしれませんわ」

 レイチェルは寂しげに微笑んだ。
 元々、敵同士なのだ。こうなる事は必然かもしれないが、今となってはそうならない事を願ってしまう。
 レイチェルは静かに俺の脇を通り過ぎて部屋を去った。
 
 俺は割れた水晶玉を手に取ってみた。
 何処かに誰の魂か判断出来るがあるのではないか?と、そう考えて探してみたが。
 そんなものはない。

 俺は無力だ。
 無能は、王への謁見すら難しい。
 剣を使えた所で、魔力で無能は全てで無能なのだと実感してしまう。
 ため息を一つ吐き、俺も上へと戻る事にした。

 ――――――――――

 外に出て俺は絶句した。

 俺が居ない少しの間に館の外で非常事態が起きていた!
 少し離れた所でベネットが倒れている。
 傷だらけで地べたに座り込むのはルカ。
 そのルカを守るように、前に立ち尽くすレイチェルがいて。そのレイチェルの腹部を長い槍が貫いていた。
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