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夢のはじまり

第33話 エスニアの気持ち

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「それではアリスお姉様、エリスちゃんお世話になりました」
 そう言って丁寧に挨拶してくれたのは公爵家のご令嬢ユミナ様。

 あれ? アリスお姉様って何?

 あの後すっかり仲良しになったエリスとユミナ様。
 二人に何の共通点があったのかは知らないが、部屋から聞こえる笑い声に私とジーク様はひたすら待たさせた。ええ、もう気まずいまま待たされたのだ。

 さすがに公爵家の方を放っておいて仕事に戻る事もできず、『お、お茶のお代わり入れますね』『あ、ありがとう』し~~~~ん。

 分かってもらえるだろうか、会話が続かないのだ……。
 自慢じゃないが彼氏いない歴40年(前世含む)、生まれてこのかた歳近い男性と話した事なんて殆どないのだ。
 そんな私がいきなり婚約してい方もしれない男性といきなり二人っきりになってしまった。しかもだ、はっきり言おうジーク様はカッコイイ、ぶっちゃけちょびっと好みだったりするのだ。ちょっぴりだからね!

 私絶対顔赤くなってるぅ! って状態が続いたのだから私の心境も分かってほしいと言うもの。
 そしてようやく部屋から出てきたユミナ様は私の耳元でこうささやいたのだ、『お兄様と二人っきりはどうでしたか?』

 か、確信犯かぁ!!

 どうやらユミナ様は思っていた以上にやり手のようだ。

 いったい私に何を期待しているというのだろう、先ほどの話では私の爵位の事も謎に包まれてしまったし、ハルジオン公爵様とそのご婦人は私の事を調べられたと言う話だ。
 つまり叔父たちの事も調べられており私たちを追い出して爵位を奪ったという推測が成り立つ。

 実はこの国では爵位を無理やり奪った場合死罪と決まっている。
 まぁ、そうならない為に契約書をチラつかせ、私たちが有利に運ぶよう話が進められたのだか……いや、もうよそう終わった事だ。私自身爵位になんの未練もないのだから。


「ユミナちゃんまた会える?」
「うん、また絶対に遊びに来るから。シロもまたね」
「みゃぁー」

「アリスお姉様、また来てもいいですか?」
「いつでも歓迎しますよ、ユミナ様」
 そう言ってお二人は帰って行かれた。
 エリスはよほどユミナ様と仲良くなったのか姿が見えなくなるまで手を振り続けていた。

 疲れた。でも私にはまだやり残した事がある。



 その日、リリアナとエスニアには最後まで残ってもらって私たちの事を話す事にした。

「ごめんね今日はいろいろバタバタさせちゃって」
 お店を閉めカフェスペースの一画を使い今日の出来事を振り返る。

「エスニア、今日はありがとうリリアナを守ってくれて」
「いいえ、私こそもっと早く助けてあげればよかったのに……」
 最初がどのような状況だったかは知らないが、真っ先に駆けつけてくれたのは間違いなくエスニアだ。

 そして私は語り出す、流石にあんな現場を見せてしまっては話さないわけにはいかないだろう、リリアナに関しては被害者なのだから。

「私とライナスとのやり取りでだいたいの予想はついていると思うけれど、私の本当の名前はアリス・アンテーゼ、1年半程前に亡くなったアンテーゼ伯爵家の娘よ。そしてライナスは現アンテーゼ伯爵の子息で私の従弟にあたるわ」

 その後、当たり障りのない範囲で二人に説明した。
 両親が亡くなり叔父夫婦を一緒に暮らすようになって、勝手に決められた婚約が妹と屋敷を出てこの店を始めたと。貴族の間で広まっているであろう私の噂をそのままに。
 ジーク様の話はかなりボカしたがそれは仕方がないと言うもの、私自身未だに信じられないと言う気持ちが多いからだ。



「まぁ、私の話こんなところかしら」
「だから何だというのですか?」
 一通りの話を終え、私の話に続けて聞いてきたのはエスニア、雰囲気としてはあまり良くない感じね。

「どう言うことかしら?」
「あなたは爵位を放棄すると言う意味を分かっているのですか? あなたが爵位を放棄する事で困る人たちがいるとは思わなかったのですか!」

 エスニアの言葉は私の胸を大きく切り裂いた。考えなかった訳ではない、叔父が領民の事を大事に思っているとは到底考えられない、また王都で働いてくれている商会の人たちにも無理難題を押し付けていると言う話も聞いていた。

 私はそれらから逃げたのだ、我が身可愛さに。

「エスニアさん待ってください。お嬢様にはどうする事も出きなかったのです、ケーレス様の罠にはめられて……」
「よしなさいエレン。それは関係ないわ、これは私の力なのさが招いてしまった結果よ」
 例えどんな形であれ私は爵位を放棄した、あの時婚約を受け入れたとしても現状は変わっていなかったかもしれないが、私は自身と妹と使用人を守るためにそれ以外を切り捨てたのだ。

「何ですか罠って」
「あなたには関係のない事よ」
 やけにエスニアが絡んでくるそれも私に怒りすら向けて。それもそうだろう、彼女は……。

「関係あります。私は……」
「あなたと、貴方の両親、それにクロノス商会には悪い事をしたと思っているわ
「っ!」

 エスニア、いえエスターニアの事は始めから知っていた。
 屋敷にいる間グレイからいろいろ教わっている過程でクロノス商会の事を知った。お父様が好意にしていた友人でり、アンテーゼ領の輸出物を王都で扱ってくれていた商会。
 そしてエスターニアはその商会の娘だ。

「いつから知っておられたんですか?」
「始めからよ、あなたの事は貴方の両親からも聞いていたわ」
「えっ?」

「私が爵位を放棄する前に一度お会いしたのよ、これから起こるである事を伝える為とお詫びを兼ねてね。
 言い訳かもしれないけどあの頃の私は無力だったわ、だからと言って許されるとも思っていない。あなたが私に何を求めているのか分からないけれど、今はまだ立ち止まれないの。私にはまだやり残した事があるから」

 そう、あの日グレイとエレンを交えて伝えた私の計画はまだ終わっていない、最近ようやく目処が付いてきたところなのだ。

「両親は何て言ったんですか?」
「私の心配をしてくれたわ、自分達がこれから境地に立たされると分かった上で私の事を気遣ってくれた。
 お二人がアンテーゼ領に戻られる時にここに尋ねてこられたわ、領地に戻ってもう一度最初からやり直すんだと言ってね」

「もう一度やり直す? 両親がそう言ったんですか?」
「ええ、そうよ。うちの店に入っているほとんどの果物が、あなたの両親からインシグネの商業ギルドを通し、王都へ入ってきた物よ」

 インシグネ領は熱帯地方と王都との間に位置する領地である、その為アンテーゼ領もインシグネ領を経由しなければ王都へとたどり着けないのだ。

 インシグネ領はこの立地を利用し他領と比べて輸送技術がずば抜けて高い。お父様がコーヒーを開発される際も、今後の輸送量が増えるのを見越し共同開発という名目で資金を貸してくれたのだ。

 エスターニアの両親はもともとアンテーゼ領で商会を運営していた事もあり、昔取った杵柄きねづかで王都への輸出業を始めたというわけ。まぁ、輸送に関して叔父に気づかれないよう、インシグネ伯爵様に便宜をはかってもらったのは私からのせめてもの償いだ。

「両親が仕事を……」
「あなたの事も心配なさっていたわ、でも私にはどうする事も出きなかったから時々グレイに様子を見に行ってもらっていたのだけれど、あなたが面接にきた時は本当に驚いたのよ。うふふ」

「それじゃ私は」
「違いしないでよね、ちゃんと公平に面接した結果で採用したのだから、別に融通したってことはないわよ」
 これは半分嘘だ、グレイからエスターニアが面接に来たと聞かされ無条件で採用した。とは言っても他の面接したメンバーより頭一つ分ずば抜けていたのは間違いない。

「私としては優秀なスタッフを手放したくないし、あなたには私を恨む道理もあるわ」
「私をこのまま雇い続けると?」

「もちろんそのつもりよ、あなた次第ではあるけれど」
 まぁ、自分を偽ってある種の復讐ために私のところに来たんだもの、そう簡単には納得できないわよね。

「じゃこう言うのはどうかしら? エスターニア、私からこの店を奪ってみせないさい」
「えっ?」
「ちょっ、お嬢様何をおっしゃっているのですか!」

「何を驚いてるのよエレン、私は大真面目よ。このを私から奪って見なさい。そして、そんな程度も出来なようであれば私への復讐なんて諦めて両親の元へ帰りなさい」
 これはエスターニアがこの店に残ってくれる為の言葉遊びであり、私からの挑戦状でもある。
 復讐したいんだったら力を示しなさい、自分が仕えるべき人物を見定めなさい。私は逃げも隠れもしないのだから。

「わかりました。店長、いえお嬢様からこのを奪ってみせますわ、私自身の為に」
「「ふふふ」」
 私の想いを汲み取ってくれたのか自然とお互い笑い合う事が出来た。

 さて、これから忙しくなるわね。
 エスターニアの為にも早く二号店の準備を進めないと。

「それじゃ改めてよろしくね、

 この日エスニアが本当の意味でローズマリーのスタッフになった。
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