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「ああ、そうなるとお前は化け物の兄を持つことになるな」
「! お前なんか僕の兄じゃない!!」
「そーかよ。でも俺は毘沙門の血を引いている。お前がどう思おうが、俺は毘沙門の一族の一人だ」
「うるさい! お前なんかすぐに……っ!!」
「……なんの騒ぎですか?」


 ――と、声がした。知り合いの声である。そう思って彼の方を見るとそこには雫さんがいた。
 確か雫さんは帝の式神である事を公言しているのでそれなりの立場を持っている。彼の登場に皆が萎縮していた。雫さんは顔も整っているし、言動も柔らかそうに聞こえてきついことを言うので普通の人は少し近寄りがたいのだろう。前と一緒だ。
 雫さんがちらりと俺の方を見て、それから痛ましげな表情を浮かべる。そしてそっと俺の肩を撫でた。


「大丈夫ですか? 傷が塞がっていますが、血が……」
「平気です」


 そんな俺のやりとりを見て、弟が嘲る。


「まさか、帝の式神様がいらっしゃるとは思いませんでした。でも、良いんですか? 兄はもしかしたら妖魔が人に化けているかもしれませんよ」


 化け物だと言われるのは予想できていたが、妖魔が人に化けているとまで言われるのは予想外だった。そこまでして俺を陥れたいらしい。


「どうして、そのように思うのですか?」
「見てください! そいつは、強い妖魔みたいに自然と傷が治るんです! 普通の人だったらあり得ない!」


 弟がそう言うと、周りのものが同調するように頷いた。雫さんではない人であれば弟の言葉を信じただろう。恐らく。
 ちらりと雫さんを見ると彼はにこやかな笑みを浮かべている。そしてゆっくりと首を傾げた。


「なんと、まあ、もしや知らないのですか?」
「え……?」
「毘沙門の一族には法術が使えない者が生まれ、その者は代わりに自己治癒が優れているということを」
「な……っ、そんなでたらめ誰が信じるとでも!?」
「でたらめではありませんよ。よければご自分の書庫を調べたらいかがでしょう?」


 その話は寝耳に水であったが、彼がそう言うならばきっとそうなのだろう。そう思っていると弟がぽかんとした表情を浮かべる。完全に予想していなかったのだろう。俺もそうだ。屋敷の書物を全部読んでいた俺も知り得なかったものだ。弟が知っているはずがない。
 帝の式神と言うこともあって周りのものがそうなのか?と思い始める。そんな空気に弟はすぐさまこう言いつのる。


「だ、騙されないで! 大体にして、そいつは帝の愛人だから……っ!!」
「調べればすぐに分かりますし、帝様の愛人だからといって事実無根な事は話しません。皇宮の書庫にもあるので皆さんも調べられますよ」
「そ、そんなはず、そんな……。どうしてっ!」


 雫さんが最後にそう言うと、弟はそう言った。
 俺のことを化け物に仕立て上げるつもりだったようだが失敗に終わった。それを嘆いているようにも聞こえるが、どういうわけか、ずっと弟は雫さんを見ている、気がする。ちらりと俺は雫さんの方を見ると彼は冷ややかな眼を弟に向けていた。


「少しは自分で調べたらいかがです? 周りの言葉を鵜呑みにしすぎでは?」
「――っ!!」


 完全に口を閉ざしてうなだれてしまった弟に周りの術師達も擁護できずにいると雫さんが俺の肩を掴んだ。


「ところで、お話が終わったならばもうよろしいですか?」
「あ、は、はい」
「じゃあ行きましょうか」


 弟の代わりに誰かがそう返して俺と雫さんはその場を立ち去る。俺は軽く彼らを一瞥した後にこっそり雫さんに耳打ちをした。


「そんな資料、本当にあるんですか?」
「安心してください。ありますよ。今の毘沙門の当主が売り物にしていたので買って保管しております」
「ああ、成る程……」


 兎に角金になりそうなものを売っていたあの人ならばやりかねない。毘沙門の秘密とも言えるその書物を売ろうだなんて正気の沙汰ではないが、そんな書物よりも大事なものが彼にはあったのだろう。置物とか、着物とか、そういうものだ。

 雫さんの言葉に納得しながらも、これは毘沙門の血を受け継ぐ俺の力なのだと自覚した。本当は、少しだけ毘沙門の血族ではないのかも知れないなんて思った時期もあったが、これは決定的なものだろう。

 そのことにほっとしつつも、他の一族にはそういう力は受け継がれていないのだろうかと考える。
 聞いたことがないから、恐らく毘沙門だけなのだろう。確か、武人の神の名前を貰っている家名で俺が幼い頃から刀を扱えるのもそのお陰かもしれない。そういえば、最後の一柱は毘沙門天だったような……。思わぬところで繋がりを得てしまい、そんな神様の恩恵を受けているのかと思うと少し複雑だ。
 そこまで考えて、ふと俺は気になった事を言葉にした。


「雫さんって何の神様なんですか?」
「……と、いいますと?」
「え? いや、神様にも色々何かを司ってるじゃないですか。だから、雫さんも何かあるのかな、と……」


 ただ世間話程度に言っただけだったが、もしかしたら聞いてはいけない事だったのかもしれない。最近雫さんの雰囲気も何となく怖い気がして、気まずい気持ちもあり何も考えずにそう口にしてしまったのが悪かった。神様にとっては、聞かれたくないような話だったようだ。


「あ、い、いや、答えにくいなら別にいいです!」
「うーん、そうですね」


 慌ててそう言うが、雫さんは気分を害したわけでもなくただ微笑んだ。


「秘密です」
「あ、は、はい!」


 その後俺は雫さんに屋敷まで送って貰った。勿論、叢雲さん達の屋敷だ。


「あ、ここで大丈夫です」
「そうですか。それじゃあ私もここで」
「はい、ありがとうございます」


 ぺこりと頭を下げると、「あれ」と中から声が聞こえた。


「しーちゃん? お帰りな……」
「あ、紫さん」


 出迎えに来てくれたのは紫さんだった。雫さんと会うのは二回目だ。気づいた雫さんがニコッと笑顔を見せてお辞儀をすると紫さんも同じように頭を下げる。


「……しーちゃんを見送っていただいてありがとうございます」
「いえいえ。それじゃあ失礼しますね」


 そう言って雫さんは去って行った。じっと紫さんはそんな雫さんの後ろ姿を見つめている。


「紫さん……?」
「ん? ああごめん。なんでもないよ。中に入ろう?」


 紫さんはそう言って中に入る。俺は少しだけ気になって同じように雫さんの去った方を見るが冷たい風が吹いて身震いをした。
 少し冷えてきたかもしれない。そう思いながら紫さんの後を追って俺も中に入っていった。
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