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次の日、すっきり目覚めた俺はいつものように朝ご飯の支度をする。今日は二人増えたのでそれなりの量を作っているとかたんっと音がした。そこに誰がいるのか気配で分かっているのでくるっと振り返る。すると俺と目が合って彼は気まずそうにしながらも近づいてきた。



「手伝います……」

「それじゃあ、作り終わったその大皿から運んでくれますか? 場所は分かります?」

「大丈夫です。昨日ご飯食べたところですよね?」

「はい」



お客様だからと手伝いを拒むこともできたが、保護されている手前何もしないわけにはいかないと言う気持ちも十分に分かるのでそうお手伝いを頼んだ。

彼はこくんと頷いてせっせとそれを居間まで運ぶ。

それから匂いにつられて紫さんや叢雲さんがやってきてご飯を作り終えたころに久遠がやってきた。



「しーちゃん、おはよぉ……」

「おはよう、くーちゃん。顔洗った?」

「まだぁ……」

「こっちおいで」

「ん~……」



寝ぼけ眼で久遠がふらふらと歩いてくるのでしっかりと手を繋いで井戸に案内する。そして水をくんで固く絞った手ぬぐいで久遠の顔を拭いた。



「ふふ、くすぐったい」

「我慢して。ほら綺麗になった」

「うん」



自分だったら豪快に水でバシャバシャ顔を洗うが久遠にそんなことはできない。丁寧に玉のような肌を優しく撫でて洗顔は終わりだ。



「しーちゃんのご飯! しーちゃんのご飯!」

「そんな凄いものはないよ」

「しーちゃんのご飯は何でも美味しいから好き!」

「ありがとう」



にこにこ笑顔の久遠を引っ張りながら二人で居間に入る。挨拶をする前に久遠と紫乃君の分を器に移した。二人の大人は容赦がないからだ。



「……しーちゃんは?」

「俺はとれるから大丈夫」

「しーちゃんも慣れてきて、この前は俺が狙ってたおかずとられたよ」

「もう見えなかったよね! しかも食べ終わるの早いし!」

「はいはい。お腹空かせてる子がいるので早く食べますよ。いただきます」



俺の声に続き「いただきます」と言った瞬間、おかずが宙を舞う。毎回毎回、このやりとりは飽きないのかと最近はそんなことを思えるくらいには順応してきた。

ひょいひょいっと合間を縫って自分の分を確保しつつ、紫乃君の器を見る。二人のおかずの取り合いにあっけにとられつつも彼も彼でもぐもぐと必死に食べていた。とりあえず、残しても俺が食べれば良いから、新しいのを入れていこうとそちらにも箸を伸ばす。それに気づいた紫乃君と目が合うと彼は恥ずかしそうに顔を赤くした。

しまった、余計な世話だっただろうか。



「しーちゃん。僕も欲しい」



そんなことを考えていたら運良く、久遠に話しかけられたのでそちらに集中する。見ると、まだ残ってはいるがもっと食べたいおかずがあったようだ。



「どれが良い?」

「あれ」

「分かった」



久遠に言われて彼の食べたいおかずをかすめ取って彼の器に入れる。

するとにこっと笑った久遠が「ありがとう」とお礼を言った。それに「どう致しまして」と返すとくいっと遠慮気味に裾が引っ張られた。そちらを見るといつの間にか近づいてきていた紫乃君がいる。今の席の並びはおかずをとらなければならないという都合上二人の間に俺がいるので何ら不自然なことはない。



「あの、ぼ、僕も、欲しい食べ物が……」

「どれですか?」

「あの、卵焼き……」



紫乃君がそう言うのでこれもささっと彼の器に移したが、最初に盛り付けた卵焼きは一口だけ食べて端に寄せられている事に気づく。



あれ、嫌いなのかな……?嫌でも嫌いなものをわざわざとらせることはないと思うし……?



少し不思議に思いつつもそれには言及しないで他にはないか確認しようとしたが、その前に久遠が彼にこういった。



「卵焼き、残してるじゃん」

「え」

「残してるのに、なんでしーちゃんにとらせたの?」



びしっと久遠が箸でそれを差すと紫乃君はささっと慌てたようにそれを隠した。そのちょっと怪しい行動に久遠がむっとしてばんっと箸を机にたたきつける。それにひっと紫乃君が体を震わせた。



「しーちゃんの作った食べ物残すつもり?」

「くーちゃん」



明らかに紫乃君を責め立てているような声に俺は彼の名前を呼んだ。彼はむうっと不満げに唇をとがらせるとそれからぷいっとそっぽを向く。ひとまず、これ以上は話をするつもりはないようだ。

俺はそう思って今度は紫乃君に優しく話しかける。



「ごめんなさい。俺も少し気になって……。卵焼き、美味しくなかったですか?」

「い、いえ、その……」



俺がそう聞くと紫乃君はまたしても顔を赤くした。それから小さな声でこういう。



「と、とっておこうと、思って……」

「とっておく?」

「お、美味しいから……」

「なるほど」



美味しい食べ物だから保存しようと思ったのか。確かにその気持ちは分かる。食べてしまったら終わりだけどとっておけばまた別の機会に食べれるかもしれないから。しかし、食べ物が傷む可能性があるので卵焼きを食べないでとっておくのはあまりおすすめできない。



「明日も作るから、それは食べてください」

「あし、た……」

「はい。それはあまり保存の利く食べ物じゃないので」



お腹を壊したら大変だ。俺は丈夫だが、この子もそうとは限らない。だからそう促すと分かってくれたのかどうか分からないが彼はうつむいてそれから小さく頷いた。

そして一口だけ食べていた卵焼きに口をつける。どうやら納得して貰えたようだ。



「僕だって、僕だって、しーちゃんのご飯が美味しいこと知ってますけど……」

「うん、ありがとうくーちゃん。それから俺のために言ってくれてありがとう。嬉しかった」



拗ねたような表情を浮かべる久遠に素直に自分の気持ちを伝える。すると彼はぱあっと明るい顔になった。



「うん! 不届き者は僕が成敗するから!!」

「い、いや、そこまで気負わなくていいよ」



それに、紫乃君は別に不届き者というわけではないだろう。彼を取り巻く環境がそうしたのだ。だから責められるべきは彼ではない。

自分でも自然とその言葉が出て少し苦笑する。

恐らく、前であれば自分が悪いと思っていた。でも同じような境遇の子を見たら、そんなことはないとそう思える。



ただ、復讐をしたいかどうかと聞かれたらそうでもないと答える。

もうあれは過ぎたことで、今は実際に起きていない。いや多少は虐げられていたが今はこんなに色んな人に恵まれているのだ。そんなことをしたら、確実にこの人達を巻き込む。だから、彼らとは関わらずにこれから生きていけばきっと今のような穏やかな日々が続くだろう。



俺はそう信じていた。
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