紫の瞳の王女と緑の瞳の男爵令嬢

秋野 林檎 

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苦い思い出が、喉に絡みついたような気がして、アークフリードは一気にグラスを開け、空になったグラスを力いっぱい握ると、倒れるようにテーブルに伏した。



そんなアークフリードを店に入ってきた男が眉を顰めた。彼こそがアークフリードの待ち人ライドであった。ライドは茶色い髪に、琥珀色の瞳でちょっと下がり気味の目が人の良さをかもし出し、誰からも好かれる容姿だったが、そんな彼が眉間に皺を寄せ厳しい表情で、周りを見回すとより厳しい顔でアークフリードを見た。





―6つあるテーブル席の2つに、酔いつぶれた3人と大騒ぎしている4人のグループ、そしてカウンターの10席にはアークだけか。…閉店間際でよかった。騎士団長が酒場で倒れている姿を見せられないからなぁ。





ライドはゆっくり近づきアークフリードの横に座ると、通りがかった店の女性に

「閉店間際にすまない、注文はいいだろうか?」



女性は緑色の柔和な瞳をライドに向けると

「大丈夫です。何になさいますか?お酒類はカウンターでも注文できますが。」



「じゃぁ、適当なつまみを2皿ほど頼む。」



「はい、少々お待ち下さい。」



ライドは女性からアークフリードへと視線を移すと、小さなため息をついた。





―このところ、こいつが荒れていることに気がついたから飲もうと誘ったのだが、屋敷から父上が呼んでいるとの連絡で、屋敷に一旦戻ったことで遅くなってしまった。

こんなに落ち込んでいるのなら、屋敷に戻ることはしなかったのに。おそらくあの話だ。



琥珀色の瞳を曇らせ、少し迷ったようだったが口を開いた。

「おい…アークフリード。」



肩を揺すられ、アークフリードは焦点が定まらない青い瞳を向けたが、ライドだとわかると安心したように笑みを浮かべながら体を起こした。



「おまえが大変なのはわかってるが、団長が町中で酔い潰れるな。指揮に関わる。」



「そうだな、すまない。」



騎士団長のアークフリードと副団長のライドは、騎士団の中では、もちろん上下関係を意識した話し方をしていたが、日頃はお互いの名を呼び合う親友という仲だった。ライドは、アークフリードの不器用な生き方をからかってはいたが、本当はその不器用さがたまらなく好きだった。いつもその不器用さが笑える程度の事柄だったら…良かったが…ここ数年は…笑えるような事柄ではなかった。





ライドはカウンター内のバーテンダーに水とビールを頼むと…額に手をやった。



「お客様。」

長い時間、どう話しを切り出したらいいのか考えていたわけではなかったのに、バーテンダーの声に、ライドの体がビックと震えた。



―しっかりしろ!アークフリードの話を聞いてやれるのは俺だけなんだ!



バーテンダーの差し出すビールと水に、無理矢理笑みを浮かべ「ありがとう」と言いながらビールを飲み干し、両手に握り節をつくると重い口を開いた。



「なぁアークフリード、お前…縁談どうなった?」と言って、横に座っているアークフリードに水が入ったグラスを差しだした。



アークフリードは、どうして知っているんだと驚いた顔を一瞬見せたが、頭を大きく横に振ると、グラスに付いた水滴を見ながらポツリと言った。



「本当は言いたい。義母が…いやあの女が勧めるバクリー国の令嬢とは結婚しませんと…だが…結婚すれば、令嬢の家から金がくるんだ。」



「えっ…?」



「金が欲しい…。恥ずかしい話だが…ブランドン公爵家は火の車だ。」



「ま、まさか、公爵家は我が国の中でも裕福な…」



ライドの驚く様子にアークフリードは頭を横に振ると

「あの女が嫁いでくるまではそうだった。だがあの女の散財のせいで…公爵家は火の車だ。このままだと、人の手を借りないと動けないフランシスとふたりでは暮らせない。 だから正直…迷っている。」



「おまえ…」と顔を曇らせたライドの視線を避けるようにアークフリードはバーテンダーにウオッカを頼むと、額に掛かった黒い髪をかきあげて



「あの女は本当に最悪だ。結婚を勧めながら、俺に自分の愛人になれとほざきやがる。」



口に出した汚らわしい言葉を、酒で清めるかのようにバーテンダーが差し出したウォッカを一気に飲み干した。



ライドはなんて事を…と顔を歪めたが、項垂れるアークフリード姿に励ます言葉が出なかった。





―くそっ!なんにも言葉が出てこない。何かないか、何か出て来いよ、俺の口!



ライドはこの立ちこめる重い空気を、今だけでもいいから祓いたくて、無理矢理口元に笑みを浮かべ

「や…やっとおまえが!…その…」



「やっと?俺がなんだ?」



酔いが回って少しぼんやりしているアークフリードの顔に、ライドはハッとすると、ニヤリと笑い

「13年前の辛い初恋から立ち直り、新しい恋を見つけたというのに…。」



「えっ?」



「おいおい何を驚いてんだよ?!2ヶ月前だったか、この店の真ん前でお前が顔を赤くして、ぼんやりと女性の後姿を見ていたのを俺は見たぞ。あれは間違いなく恋する男の姿だったぞ。」



「いや、あれは柄の悪い男たちに絡まれていたから、 騎士として彼女を助けただけだ…だからその…」



「一目ぼれか?」



「ライド!」



「巷では、きっと恋という文字さえ知らないんだと言われる無粋なおまえが、ようやく恋という文字を覚えたんだなぁ…俺はうれしい!」



「おまえなぁ~。」



アークフリードの心が少しでも、いや今だけでもと軽くしたくて、ライドが口にした軽口だったが、予想以上に2人の周りを囲んでいた重苦しい雰囲気を緩ませた。



その時だった。







ガタン!!





先ほどライドの注文に笑顔で答えていた緑色の瞳の女性が、両手にトレーを抱え、勢いよく厨房からホールへと飛び出すと、つんのめりそうになりながら 、ライドとアークフリードの前に現れた。



大きなリボンでひとくくりした、真っ赤な髪はどこかに引っ掛けたのだろうか…ところどころ大きなリボンから外れて、陶器のような白い顔に掛かっている。



普通、髪の乱れた女性というのは、少しだらしなく見えるものだが…とライドは思った。

だが緑色の大きな瞳でまっすぐにこちらを見る姿は、町娘なのだが、凛とした強い眼差しが、女性を高貴な存在に見えて、一瞬ライドは目を見開いた。



―さっきの…女性だよな。でもなんだか…雰囲気が…。



だが…。





「すみません!!普段は決してお客様の話を盗み聞きしているんじゃないんです!バーテンダーのルイスが…ぁ……ルイスは、あ、あの悪くありません!!おふたりの様子が只ならぬ雰囲気だったので、店主である私に…連絡がきたんです!」

そう一気に言った女性は、ゴクリと息を呑み



「あ、あの!突然ですが!わ、私ならお助けすることが出来ます!義母上様の無理難題も、お金のことも…私なら必ずお役に立てます。いろいろ商売をしておりまして、繁盛しているこの店も我が家のものです!だ、だから大丈夫です!だから私と結婚してください!も、も、もちろん偽装ですから!大丈夫です!!」





凛とした美しい女性だと一瞬思った自分を恥じるかのように…ライドは頭を抱え天を仰いだ。



ー凛とした美人だと思ったら…何言ってんだこの娘。



ライドは溜め息をつくと、アークフリードにそんな簡単な話じゃない事を言えと視線をやって…固まった。



なぜならアークフリードは赤くなった顔で、その娘を見つめていたからだった。



「…なんだ?…なに赤くなってんだよ…。偽装結婚しようと言われてんだぞ。どこにときめく要素があるだよ。」

ライドの言葉に、アークフリードは更に顔を赤くし、そんなアークフリードを見た女性は、赤毛の自分の髪よりも顔を赤くした。



だが、パンと両頬を叩くと



「私の父は人様から商工会の大物とありがたくも言われております、コンウォールと申します。私はどこにもいるような娘ではございますが、父の財力と、商売のために広げた人脈は必ずやアークフリード様のお役に立つと存じます。」



そう一気に話した少女の緑色の瞳に、じわじわと涙の膜が覆った。



「このままノーフォーク王国の剣であり、盾であると言われるアークフリード様を雁字搦めにするバクルー国が図った縁談と言う罠に、みすみすと捕らわれるのを私は見ておられません。 私はこの国を愛しております。この国をマールバラ王国のようにはしたくありません。この国の為、どうぞ私を、コンウォールを、お使いください。」



と言って綺麗な淑女の礼をとった。





女性の戯言だと思っていた偽装結婚の言葉の裏には、国を想う女性の熱い気持ちがあったことに、言葉が出てこないアークフリードとライド、そしてふたりの言葉を待っている女性。

この3人の間に流れた沈黙に、先に女性が居たたまれなくなってそっと顔を上げた。

だが茫然としているふたりの姿に、真っ赤だった女性の顔が次第に青くなって行き、女性はがっくりと項垂れると声を震わせ



「マールバラ王国の滅亡後、次はノーフォークだと言うかのように無理難題を言ってくるバクルー国の所業に、多くの民は思っているのです、いつかバクルー国に一泡吹かせ、この国から手を引かせたいと、そのためにできることはなんでもやってやると…私もそのひとりです。

ルイスからおふたりの話を聞いた時、思ってしまいました。我が家ならきっとお力になれると…ずうずうしくもそう思ってしまいました。…出過ぎた真似をいたしました。申し訳ありません!」



何度も頭を下げると、慌てて店から出て行った。





その瞬間、アークフリードの赤い顔が…少し歪んだのを、ライドは見逃さなかった。



「アークフリード?おい…」



「ライド……彼女だ。」



「なにが?」



「……2ヶ月前、柄の悪い男達から助けたのは…」



「えっ-------!!!!!]







―間違いない彼女だ…あの凛とした緑色の瞳は…。







その少女はノーフォーク国、いやこの大陸一番の商工会の大物、コンウォール男爵の一人娘ミーナだった。
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