紫の瞳の王女と緑の瞳の男爵令嬢

秋野 林檎 

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ノーフォークのケイト王妃とマールバラのミランダ王妃、そして幼い頃に亡くなった俺の母ローズとは幼馴染で仲が良かったと聞いていた。特にミランダ王妃は母が亡くなった後も、まるで我が子のように可愛がってくださり、マールバラ国は、第二の故郷と言っても良いくらいにこの国にたびたび招かれていた。





マールバラ国は不思議な国だった。



王にはたったひとりしか子供は授からない。例え王にたくさんの妃がいたとしても、妃のひとりが子を産めば、その後は誰ひとりとして子を孕む事はないという。

それは魔法を使う為の呪文が、魂に刻み込まれて生まれてくるからだと言われていた。



だが魔法は、魂に刻み込まれた呪文を読み解く事ができないと使えない。

その読み解く力を王の魔法…《王華》といった。



《王華》は即位の折に、父王から子である新国王へと渡される。

その時《王華》を受け渡した父王の髪と瞳は、生まれた時の本来の色に戻り、受け取った新国王の髪と瞳は本来の色から紫色を纏う事となる。



王になる事で変わる髪と瞳の色、それまるで王冠を戴くようだと、子供心に俺は思っていた。





だが、エリザベスの場合は違った。





彼女は生まれながら、紫の髪と瞳を持って生まれてきたのだ。それは彼女が生まれなから魔法が使える事を意味していた。



マールバラ王は混乱を招くことを恐れ、エリザベスの髪と瞳の色を幻覚魔法で隠していたが、俺が9歳の折、初めてエリザベスを会った時、満面の笑顔で俺を迎えてくれた彼女の髪と瞳の色が、一瞬にして紫色へと変わったのだ。

その色を持つ意味を知っていた俺が、呆然とする中、マールバラ王がため息をつきながら

『まだ4歳になったばっかりだというのに…その笑顔といい…まさか魔法まで…全く…。アークフリード、どうやらエリザベスは、君がお気に入りらしい、仲良くしてくれるかい?』



俺はあの時、言葉が出てこなくて、ただ茫然とエリザべスを見ていた。





エリザベス・シャーロット・マールバラ王女。

幼いながらも目を引く美貌とその魔力…まさしく生まれながらの女王。

神から選ばれたそんな彼女の治世を俺は密かに楽しみにしていた。





だがその日が来る事はなかった。





あれは初めてエリザベスと会ってから、4年後の穏やかな春の日だった。例年催されるマールバラ王国の祭りに、当時13歳だった俺はノーフォーク王国のケイト王妃と一緒に訪れていた。



今でもあの日のことは…忘れたことはない。



突然、上位貴族が内乱を起したのだった。



今思えば、内乱を画策した上位貴族たちが、秘密裡にバクルー国の兵士を国内に入れていたのだ。魔法で国全体を結界で守っていたマールバラ王国には軍というものがなかった為、 内部から国を裏切る者が出ると、それはあっという間だった。



国王の魔法で国は守られていたが故に、安全と豊な暮らしがあったのに、長い時の流れはいつしか、上位貴族らにそんな絶対君主を疎ましく思い、憎しみさえ抱かせたのだろうか。



そんな中、俺だけが奇跡的に助かった。



ここから、俺の運命が…いやノーフォーク国の運命も転がり落ちていった。なぜならバクルー国の真の狙いは、ノーフォーク国だったからだ。



だからノーフォーク国のケイト王妃は騒動の中、何者かに殺された。



側妃をひとりも取らず王妃だけを溺愛していたノーフォーク王は、 抜け殻のようになり呆然とする中、バクルー王はこの機に逃さず仕掛けてきた。

『内乱に巻き込まれ王妃を亡くされ、お寂しいであろう。』と親身な素振りを見せながら、『わが娘カトリーヌを後添えに。』と打診してきた。



マールバラ王国の王、王妃、そしてエリザベスが亡くなった事で、マールバラ王国、ノーフォーク国の両国の結界は崩れ、マールバラ王国はバクルー国に実権を握られることによって、ノーフォーク国は軍事大国であるバクルー国の脅威にさらされる事となったそんな状況下では、ノーフォーク王が出せる返事は、バクルー国から後添えを貰うしかなかった。



…悔しかった。

マールバラ王国の内乱には、バクルー国が嚙んでいたと声を張り上げても、当時13歳の子供の言う事に耳を傾けてくれる者はおらず…マールバラ王国の内乱後、半年もしないうちに、ノーフォーク王はバクルー王の第一王女カトリーヌを迎えた。





カトリーヌ王女は存在感が薄い女性だったが、 付き添ってきたバクルー国の伯爵令嬢パメラは銀色の髪に赤い瞳で、18歳とは思えない官能的な肢体をもった女性だった。



俺の運命は、この女パメラによって、また地の底に沈んでいった。



それは俺の父ブランドン公爵が、わが子とそう変らない年齢の少女パメラに求婚したのだ。俺は反対した。それは若い女だと言う理由だけではなく、パメラから発せられる異様な雰囲気が危険だと幼い俺にも感じられたからだった。だが俺の言葉を父は、まるで熱に浮かされたようで聞き入れてはくれず、13歳の俺には何も出来ないまま、パメラを義母として屋敷に迎え入れなくてはならなかった。



不安だった。

俺には体が弱いうえに、足が不自由な妹フランシスがいる。

フランシスのその体には、高額な薬はもちろん世話をしてくれる侍女が必要で、もし公爵家の令嬢でなければ、成人する目にその命は燃え尽きていただろうと言われるくらい、莫大なお金が掛かっていた。フランシスは、そんな自分の存在を負い目に感じ、ひっそりと暮らしていた。そんな妹フランシスに、あの異様な雰囲気を持つパメラがやさしい気持ちで接するとは到底思えなかった…いやあの女は、俺の想像より悪女だった。義母になったパメラには、フランシスのことどころか、公爵家の財産を湯水のように使い、男まで囲うほどだった。



あっという間に公爵家は火の車になってしまった。だが、それでもどうにかやってこられたのは、父ブランドン公爵の力だった。

だが…その父も1年前に亡くなり、俺は追い詰められていた。

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