紫の瞳の王女と緑の瞳の男爵令嬢

秋野 林檎 

文字の大きさ
上 下
5 / 78

しおりを挟む
あれは、二ヶ月前のこと。



妹のことを考えると、公爵家に帰らないわけには行かない。



だが…



毎夜、俺の部屋に忍び込んでくる義母にたまらず、王宮を出た足は屋敷とは反対方向の酒場に向けさせていた。何軒かの店を飲み歩き、酔いも回ってきた頃、ようやくお気に入りの酒場【銀の匙】に辿り着き、入ろうとしたときだった。



「こんな小さな子に、なにをするんですか!」と女性の声がした。



酒場の裏口にあたる道だろうか、細い路地に5~6歳ぐらいの少女を小さな体で庇う女性がいた。



真っ赤な髪、灰色のドレスに白いエプロン…そして緑色の瞳。

その瞳は3人の男達を睨んで…いや睨むと言うのとは少し違う、まるで体の芯が凍ってしまうような冷たい目と、そして凛とした声で相手を圧等していた。



それはまるで王が臣下を跪かせる…そんな畏敬を感じさせ、一瞬、騎士団長の俺も体が膠着するほどだった。



彼女の迫力の前に、3人の男らは呆然として戦意を失っていたが、ハッとしたようにようやく「ふ、ふざけやがって」「女のくせに!」と口々に罵っていたが、完全に腰が引けていた。



そこに俺が出てきたものだから、男らは蜘蛛の子を散らすように、四方八方に散り散りに逃げていった。

男らの逃げていった様を彼女は可笑しそうに笑うと、俺に顔を向けると、ほんのり赤くなった頬と緑色の瞳で俺を見つめ



「アークフ…、ブランドン公爵様、危ないところ助けて頂き、ありがとうございます。」



「…俺を知っているのか…」



「もちろんです、第一騎士団の団長でもあるブランドン公爵様をこの国で知らない人なんておりません。」



「……君の…」



「はい?」



「名前は?」



「ミーナ=コンウォールでございます。」



「コンウォール…?、コンウォール男爵家のご息女なのか?!」



彼女は小さく「はい」と言うと、彼女の腕の中で震えている少女の髪に口付けると



「いくら、優しい言葉をかけられても付いて行ってはいけないわ。もう泣かなくていいから…。さぁ、助けてくださった公爵様にお礼を言って、もうお帰りなさい。」



少女は俺にお礼を言って、走り去っていったが、その間俺はミーナ嬢から目が離すことができなかった。



それから後は、何を話したかあまり覚えていない…いやくだらない事を言ったのを覚えている、彼女が俺の名前を途中でやめ、二度もブランドン公爵と言い直したことがなぜだかもやもやして…。



「公爵位を拝命して間もないから、慣れていないんだ……できればアークフリードと呼んでくれ。」



何を言ってるんだ俺は…そう思っても彼女に名を呼んで欲しかった。



彼女は大きな緑の瞳をより大きく見開いて、一瞬戸惑うような表情を見せたが、にっこりと笑って



「はい、アークフリード様」と言ってくれた。





そんな彼女をただ見ていた。



どのくらいたったのだろう。 気がついたときには店の前まで出て、彼女の後姿を見送っていた。







ミーナ=コンウォール男爵令嬢。



あの凛とした姿、どこかで…そうだ…似ているんだ。



普段は無邪気な笑顔を振りまき、庭園の木に登ったり、衛兵にいたずらを仕掛け困らせた王女。

だが王族として、国民の前に出るとき…とても幼い王女とは思えない

神々しさで国民の心を掴んでいた王女に…。





…エリザベス…。



13年ぶりにその名を俺は口にしていた。







*****



その頃、酒場(銀の匙)を飛び出したミーナは店の裏口で膝を抱え、鼻を啜りながら半泣き状態だった。





ーやってしまった…。



彼が店に来ていると聞いて、お店の厨房からそっと覗いていたら、聞こえてきた彼の結婚話。

公爵の身分と年齢を考えれば、遅いぐらいの結婚話だ。

でも、その話を持ってきたのがバクルー国から嫁いできた義母なら、何か裏がある。

でも、妹のフランシス様を大事になさっている事を考えれば、お金の為に、義母からの偽りの結婚話を承諾されるかもしれない。

そう思った瞬間、私はもう動いていた。何も考えられなかった。





「でも…。」



そう口にして唇を噛んだ。



ー準備は整っていない。

何年もかけて来るべき日に向けて、準備をして来たけれど…まだだ。まだ動くには早い。



でも…嫌だった。

結婚なんてして欲しくなかった。





ミーナは崩れるように地面に腰を落とすと膝を抱え、ぼんやりと通りに目をやり、大きなため息をついた。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【掌編集】今までお世話になりました旦那様もお元気で〜妻の残していった離婚受理証明書を握りしめイケメン公爵は涙と鼻水を垂らす

まほりろ
恋愛
新婚初夜に「君を愛してないし、これからも愛するつもりはない」と言ってしまった公爵。  彼は今まで、天才、美男子、完璧な貴公子、ポーカーフェイスが似合う氷の公爵などと言われもてはやされてきた。  しかし新婚初夜に暴言を吐いた女性が、初恋の人で、命の恩人で、伝説の聖女で、妖精の愛し子であったことを知り意気消沈している。  彼の手には元妻が置いていった「離婚受理証明書」が握られていた……。  他掌編七作品収録。 ※無断転載を禁止します。 ※朗読動画の無断配信も禁止します 「Copyright(C)2023-まほりろ/若松咲良」  某小説サイトに投稿した掌編八作品をこちらに転載しました。 【収録作品】 ①「今までお世話になりました旦那様もお元気で〜ポーカーフェイスの似合う天才貴公子と称された公爵は、妻の残していった離婚受理証明書を握りしめ涙と鼻水を垂らす」 ②「何をされてもやり返せない臆病な公爵令嬢は、王太子に竜の生贄にされ壊れる。能ある鷹と天才美少女は爪を隠す」 ③「運命的な出会いからの即日プロポーズ。婚約破棄された天才錬金術師は新しい恋に生きる!」 ④「4月1日10時30分喫茶店ルナ、婚約者は遅れてやってきた〜新聞は星座占いを見る為だけにある訳ではない」 ⑤「『お姉様はズルい!』が口癖の双子の弟が現世の婚約者! 前世では弟を立てる事を親に強要され馬鹿の振りをしていましたが、現世では奴とは他人なので天才として実力を充分に発揮したいと思います!」 ⑥「婚約破棄をしたいと彼は言った。契約書とおふだにご用心」 ⑦「伯爵家に半世紀仕えた老メイドは伯爵親子の罠にハマり無一文で追放される。老メイドを助けたのはポーカーフェイスの美女でした」 ⑧「お客様の中に褒め褒めの感想を書ける方はいらっしゃいませんか? 天才美文感想書きVS普通の少女がえんぴつで書いた感想!」

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

三度目の嘘つき

豆狸
恋愛
「……本当に良かったのかい、エカテリナ。こんな嘘をついて……」 「……いいのよ。私に新しい相手が出来れば、周囲も殿下と男爵令嬢の仲を認めずにはいられなくなるわ」 なろう様でも公開中ですが、少し構成が違います。内容は同じです。

それぞれのその後

京佳
恋愛
婚約者の裏切りから始まるそれぞれのその後のお話し。 ざまぁ ゆるゆる設定

【完結】忘れてください

仲 奈華 (nakanaka)
恋愛
愛していた。 貴方はそうでないと知りながら、私は貴方だけを愛していた。 夫の恋人に子供ができたと教えられても、私は貴方との未来を信じていたのに。 貴方から離婚届を渡されて、私の心は粉々に砕け散った。 もういいの。 私は貴方を解放する覚悟を決めた。 貴方が気づいていない小さな鼓動を守りながら、ここを離れます。 私の事は忘れてください。 ※6月26日初回完結  7月12日2回目完結しました。 お読みいただきありがとうございます。

好きでした、さようなら

豆狸
恋愛
「……すまない」 初夜の床で、彼は言いました。 「君ではない。私が欲しかった辺境伯令嬢のアンリエット殿は君ではなかったんだ」 悲しげに俯く姿を見て、私の心は二度目の死を迎えたのです。 なろう様でも公開中です。

人生を共にしてほしい、そう言った最愛の人は不倫をしました。

松茸
恋愛
どうか僕と人生を共にしてほしい。 そう言われてのぼせ上った私は、侯爵令息の彼との結婚に踏み切る。 しかし結婚して一年、彼は私を愛さず、別の女性と不倫をした。

あなたの秘密を知ってしまったから私は消えます

おぜいくと
恋愛
「あなたの秘密を知ってしまったから私は消えます。さようなら」 そう書き残してエアリーはいなくなった…… 緑豊かな高原地帯にあるデニスミール王国の王子ロイスは、来月にエアリーと結婚式を挙げる予定だった。エアリーは隣国アーランドの王女で、元々は政略結婚が目的で引き合わされたのだが、誰にでも平等に接するエアリーの姿勢や穢れを知らない澄んだ目に俺は惹かれた。俺はエアリーに素直な気持ちを伝え、王家に代々伝わる指輪を渡した。エアリーはとても喜んでくれた。俺は早めにエアリーを呼び寄せた。デニスミールでの暮らしに慣れてほしかったからだ。初めは人見知りを発揮していたエアリーだったが、次第に打ち解けていった。 そう思っていたのに。 エアリーは突然姿を消した。俺が渡した指輪を置いて…… ※ストーリーは、ロイスとエアリーそれぞれの視点で交互に進みます。

処理中です...