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第1章 幼少期(7歳)

12 婚約の申し出

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 自分よりも身分の高い方の前で意識を失った挙句、目が覚めたのが翌朝の場合。

 どう、謝罪をしたら、許されるのかしら……?


「おはようございます、お嬢様。身支度を整えさせていただいてもよろしいでしょうか?
「え、ええ」
 
 カトリーナでもルナでもない年嵩の侍女に尋ねられ、戸惑いつつも返す。

 カトリーナはどうなったのかしら。
 ルナは……ここの侍女ではないというし、あの時限りだったのよね?
 分からないことだらけだわ!

 ……とにかくレイオス殿下に謝罪して、許しを請うて、それから詳しい話をもう一度教えてもらえるよう頼まなければ。
 ああ、もう!どうして気絶なんてしてしまったの、私!仕方ないとは思うけれど!

 本当に、本当に、どうしたらいいの……?



「ドレスはこちらをお召しください」
 
 手慣れた様子でぱぱっと着替えさせられる。
 淡い色合いの緑のドレスだ。

 前は髪の色に合わせて青色か、シュベーフェル家の黄色ばかり着ていたから少し新鮮だわ。
 一応婚約者としてロバート殿下の赤色や王族の白色も選択肢にあったんだけれど、差し色にしか使わなかった。赤色は合わないし、白色は流石に使いづらい。だから装飾品の色に使うくらいだった。
 きっともう、この2色を身に纏うことはない。断固お断りだわ。
 というか今回の問題で王族を夫として迎えるには相応しくないとなるんじゃないかしら。うん、きっとそう。
 家としては恥だけれど私としては何も問題ないし好都合よ。
 ……その前に、レイオス殿下への不敬を謝罪しないといけないけれど。

「食事はこちらにお持ちします。その後第一王子殿下が訪れになられますのでお待ちください」
「はい。分かりました」

 促されるままテーブルに移動し、席に着く。
 よく考えたら昨日の昼から何も食べていない。流石にお腹が空いたわ。
 食事のあとレイオス殿下と対面すると考えると気が滅入るけれど、食事の間は考えないようにしましょう。むしろゆっくり食べて時間を引き延ばそうかしら。

 …………なんて考えていたのだけれど。


「悪いね、碌なものも出せなくて」
「え、あ、いえ、こちらに原因があると思うので、大丈夫です……」

 どうしてレイオス殿下と朝食を共にしているのかしら!?

 給仕が下がったと思ったら入れ替わりに部屋に入ってきたということは最初からそうすることが決まっていたということよね?
 それに!
 ああもう、なんですぐに気付かなかったの?気付いたところで拒否なんてできなかったけど!

 緑色は、レイオス殿下の髪と目の色。
 完全に彼の色じゃない!


「さて。昨日の話の続きをしたいんだけどいいかな」
「は、はい。よろしくお願いします」
「まず昨日話したことの確認だけど、シュベーフェル家存続のため君の父君は被害者ということになること、君と父君の身柄は私の下にあるということは分かっているね」
「はい」
「うん。それで君の父君の時点でおかしいということはその親が怪しい。つまり君の父方の祖母だ。祖父は既に亡くなっているから除外で、母方も絶縁しているから今回は除外」
「えっ」

 母方の、つまりお母様の生家。水属性の大貴族オードスルス家。
 え、絶縁されていたの?
 言われてみればオードスルス家とは一切交流がない……だけどまさか絶縁されていたなんて。
 とはいえ、納得もできるわ。だから前も今も、私のこの状態が表に出なかったのね。誰も諫める者がいなかったから。

「お母様が絶縁されていたなんて知りませんでした」
「それは当然のことかな。対外的には完璧に隠されていたから。知っていたのは当事者達と王家くらいだ。7大貴族のうち2家が仲違いしているなんて広がったら大変だろう?」
「はい……」

 大変どころじゃないわ。大問題よ。
 しかもそれが光のシュベーフェル家と水のオードスルス家。他家とは群を抜いて不味い。
 王家の信頼を得、政治を司る家と河川や水路など、生活の必需である水を司る家……大惨事でしかないわ。

 でもその割に前の時、2家の衝突は見られなかったのよね。
 どちらかがどちらかを蔑ろにしている感じもなかったと思う。
 異常事態であることは確かなのに何も起きていないっておかしいわ。
 前は気付かなかったけれど……嫌な感じがする。

「さて。話を続けるけど、君の祖母のことだ」
「はい」
「君の祖母は現在シュベーフェル家の分家を取り仕切る分家頭となっている。元々彼女は君の父君が当主になるまでの繋ぎでしかなくてね。彼が当主となると同時に分家頭になった」
「そうなんですね」
「ああ。……彼女が当主となった理由は中々複雑だ。それもあって当主としての矜持は強かったようだけど、繋ぎに過ぎなかった。息子を愚かに育てるくらいには、心中穏やかではなかったのだろうね」
「そう、だったのですか……」

 お婆様は、お父様が当主になるまでの繋ぎ。
 レイオス殿下の言い方からそれは最初から決まっていたみたい……予言かしら?

 この国の貴族家当主は、当主を正式に受け継ぐ時、国王陛下から予言をいただく。
 それは家のことだったり、領地のことだったり、自身の事だったりと色々パターンがあるそう。
 聖属性を持つ者だけが聞くことができるという、神の御言葉。
 前は胡散臭いなと思っていたけれど、今はそういうこともあるだろう、程度には思える。
 全てが真実だとは思わないけれど、神の予言というものは存在するんでしょう。
 私が今、ここにいるように。

 それはそれとして。

 もし本当にお婆様が予言で繋ぎだと最初から決められていたというのなら、なんと言うか、ご愁傷様というか。
 プライドがズタズタになるわね。努力したのなら、尚更。
 お婆様がどんな人柄かは知らないけれど、大抵の人はそうなんじゃないかしら。
 だからと言って、跡継ぎとなる我が子を愚かに育てるなんて。

「お父様は本当に、被害者でもあったのですね」

 まあそれでも、許すつもりはないけれど。

 だってお父様が私にしたことはどんな経緯があれど非道なことよ。表に出れば普通に極刑ものだわ。
 今はまだ起きていないし、そうなるつもりもないから罪には問えないけれど。
 許さないわ。絶対に。
 だから私のために利用されてちょうだい。

「お婆様が事の元凶である可能性が高いことは理解しました。故に、お父様が被害者ということになることも。その上で更に問題があるとすれば、他家の介入、ですね?」
「その通り。話が早くて助かるよ」

 にっこりと笑うレイオス殿下。

 一方で私は、頬が引き攣らないよう必死に真顔を作っていた。
 だってつまり今、7大貴族が裏で関係が悪化していると認めたようなものよ!?
 せっかく過去に戻れたのに、やり直せると思ったのに。
 問題しかないじゃない!

「それでね。君の手を借りたい」
「は、……私の、ですか?」
「うん。シュベーフェル家直系の唯一の子であり、次期当主になることがほぼ確定している君の、ね」

 にっこりと。笑う。
 その有無を言わせない笑顔は、私が唯一勝てないどころか敵対してはならないと思っていた国王陛下に、よく似ていた。

「っ、……」

 威圧は陛下のそれを知っているから耐えられるけれど、つまり言おうとしていることは相当のことなのよね?
 そして仮に無理難題であれ私は断れない、と。
 相手は王族だもの。それに私の現状を打開するには要求を飲むしかない。
 だけど――、悪いことだけではないわ。

「私、は。なんの力もない子供です。それでも何かの力になれるのなら、どうかお使いください」

 一度深呼吸をし、なんとかそう口にした。

 7歳の子供の言い回しではないと思うけど、他になんて言えばいいのか分からなかった。
 前は殆ど関わらなかったし、大切なのはシュベーフェル家とお父様だけで誰が王になるのかなんてどうでも良かった。
 そういう風にされていたから知らなかった。

 レイオス殿下は正しく王族なのだ。今の時点で、既に。
 王太子としての地位が全く揺らがなかったことも頷ける。
 この方は次代の王に相応しい方。
 ならばこの方に少しでも恩を売ることができればこの後に有利に働くはず。

「そこまで固くならなくていい、と言っても仕方ないよね。でも了承してくれて良かった。それじゃあこれからよろしくね。婚約者として」
「え」

 えっ。

 え?

 待って、聞き間違いでないのなら今確かに婚約者として、と言った?
 それはつまりだからえっと、待って上手く頭が回らない。
 
 私はシュベーフェル家の後継者。これはほぼ確定しているはず。
 その私と、レイオス殿下が婚約?
 彼は王太子になる。その婚約者は王太子妃、そして王妃となる。
 シュベーフェル家の当主となる私は、王妃にはなれない。
 でもレイオス殿下はその私に婚約者と言った。
 つまり、それは。ええと。

 レイオス殿下が王籍を抜け、シュベーフェル家に入る、ということ?

 ………………は??

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