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Chap.7 墜落サイレントリリィ
Chap.7 Sec.5
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ライ麦パンを薄くスライスして、バターをたっぷりとぬりぬり。スモークサーモン、ゆでエビ、ハム、チーズ、ゆで卵、アボカド、トマト、オニオン、フリルレタス、レモン。せっかくだから具材をいっぱい用意して、あとはディルとケッパーも。
調理室の中央、大きなボードの上に並べた食材の香りが、それぞれの完璧な組み合わせを囁いている。けれど彼女——アリスの好みはわからないから、自分で好きに選んでもらおう。大丈夫、食材が余っても、全部のせたらセトがきれいに食べてくれると思う。
ここまで用意してしまうと、料理とは言えないかもしれないけれど。こんなことは初めてだから、正解が分からない。誰かと一緒に作る日がくるなんて、思ってもいなかった。
手指洗浄した彼女は、準備万端といったようすで待っていた。食材をパンにのせる作業を頼むと、のせ方を確認するような言動があった。〈自由に〉を伝えるのに時間がかかってしまったが、無事にスモーブロー作りを開始できた。
「これ……いい?」
「いいと思います。アクセントに、ケッパーを入れても美味しいと思います」
「これ、と……これは?」
「いろどりが綺麗です。僕は好きです」
「……めるうぃんは、どれが、すき?」
「ええっと……どれも、好きだと思います」
ひとつひとつ確認して、こちらの顔色をうかがう姿に、また親近感。メルウィンの心は、もうかなりの範囲で彼女への好感を覚えていた。二割くらいは、もちろんまだ様子見している。彼女のほうも、ほんの少しだけれど、こちらを怖がっているらしき雰囲気があった。メルウィンにとって、怖がられるというのは初めての体験だった。
「……これで、全部ですね。いっぱいできましたね」
「……いっぱい。これは、たべる、できる? ……ふたりで」
「大丈夫です。セトくんが、食べます」
セトへの堅固な信頼(?)は、彼女にも身に覚えがあるのか納得してもらえた。その大食漢なセトはすぐに戻ると言っていたので、できあがったスモーブローのプレートは、食堂のリフェクトリーテーブルのほうへと運ぶことにした。ロボやワゴンではなく、彼女が運んでくれるそうだ。
「僕は、ポタージュを用意しますね」
窓ぎわの丸テーブルに置いてあったカップを見せる。ポタージュを目にした彼女は頷いた。
「それ……とても、おいしい」
「アリスさんは、カボチャが、好きですか?」
「……かぼちゃ?」
「えーっと……こういう、感じの」
保存庫から取り出すか迷ったが、時間を考えてやめた。ブレス端末からカボチャの映像を引き出す。この丸々とした形を知っているかどうか。念のため半分に切った映像も。映し出されたそれらを見た彼女は、ピンときたようだった。
「かぼちゃ……ちがう。……めるうぃん、ごはんが……おいしい。……つくる、アリガトウ」
並んだ単語を頭の中でくりかえし、整理し、彼女の伝えたいことを悟った。
ちょっと、これは——身体中に電気が走るみたいな衝撃だった。
「……ぇえっと、あの、それは……こちらこそ、ありがとうございます?」
「……?」
「……ぁ、光栄です……?」
「……コウエイ?」
「ぅ……えっと……うれしい、です」
とてもシンプルな形容詞。伝わったようで、彼女は表情をやわらげた。
いろんな感情が、鍋から吹き出す水蒸気みたいにあふれている。ひとつひとつを拾えないくらい、どれも曖昧だった。ほんとうに水蒸気みたい。
プレートを順々に運んでいく彼女から目を外して、ポタージュをカップにそそいでいく。ロボにもできることだが、盛り付けをしたかったので手ずからよそっている。表面にクリームで模様をえがき、食感の変化を生み出すため、パリパリに焼いたチーズをカップの縁へと飾った。
手を動かしながら、考えているようでいて、頭の中は何もまとまっていない。立ちこめる感情を突きつめると、泣きたい気持ちになってしまう気がした。……けれど、そんな感傷に浸る間もなく、食堂から声が届いた。
カップをワゴンに載せる。ワゴンは自動でそれらを運んでいった。その後を追って食堂に入ると、そこにいたのはセトとティアだった。
「おはよう、ティアくん。早いね?」
ティアがこの時間にいるのはとても珍しい。声をかけると、「おはよ。うん、ちょっと今まで、ロン君に囚われてたから」物々しい返しがあった。
「ぇ……?」
「——ね、ちょっとこれどういうことかな? アリスちゃんがアリスちゃんじゃなくなってるんだけど。なにその服……や、いいよ分かってる。どうせセト君だ。……お人形さんみたいで可愛かったのに……こんなシンプルで脱がせやすそうな服……自分本位すぎる……」
「おい、聞こえてるぞ」
「聞こえてるなら否定してみせてよ。脱がせやすくていいよね? 脱がせても自分で簡単に着てくれそうだしね?」
「……お前、寝ろよ。テンション変なうえに心が荒んでるぞ」
「うん、わかってる……でもお腹すいたから何か食べさせて……」
怒濤の勢いで喋ったかと思うと、こちらまでやって来て席に着いた。窓側の列の端っこで。しおれた野菜みたいに。
「……ティアくん、大丈夫?」
「うん……いいの、僕のことは気にしないで」
「お腹すいてるなら、スモーブロー、食べる?」
「……なるほど、アリスちゃんが言ったのはこれのことだったんだ。うん、食べる。野菜多めのそれ、もらっていい?」
「どうぞ」
「ありがと」
顔色が悪いような。ティアはもともと白いけれど、今は青白いというか。
心配していると、セトが「俺も貰っていいか」複数のプレートを攫っていこうとするので、あわてて止めた。
「だめだよ! アリスさんが取ってから!」
「……は?」
蜂蜜色の眼が、鋭くこちらに向いた。セトは怒っていなくても、ものすごく怖い目をする。慣れていても、ときおり怖い。でも、本人に悪気はないので、すこし可哀相なことだと思っている。
「……セトくんは、なんでも食べられるでしょ? だから、アリスさんが選んでから……選んでほしい」
「……まぁ、いいけど。つぅかまだ食べてねぇのか? 何してたんだよ?」
「……朝食を作ってたよ。アリスさんと、一緒に」
セトの眉が、片方だけ持ち上がった。そんな顔をした理由は分からない。座っていたティアが、「アリスちゃん、どれ食べる? 座って一緒に食べようよ」彼女にプレートを示した。
どれを選ぶのか気になって見ると、彼女は自分から一番近いプレートを取った。好みだからではなく、セトのために早く選んだだけな気がした。
「……もう、セトくんのせいで……」
「あ?」
「なんでもない。どうぞ、食べて」
ティアに呼ばれて、彼女はティアの隣の席に腰かけた。セトはティアの向かいに座ったので、メルウィンはバランスを考えてセトの隣に座った。はからずしも、彼女の正面。
掌を合わせる。口を開いて、
「では、いただきます」
「「いただきます」」
ティアとセトが復唱した。彼女も、はっと意識を取り戻したように反応し、
「……いただきます」
遅ればせながら、唱える。
それぞれフォークとナイフを手に、おのおの違った食材の載せられた食事へと、手をつけた。
調理室の中央、大きなボードの上に並べた食材の香りが、それぞれの完璧な組み合わせを囁いている。けれど彼女——アリスの好みはわからないから、自分で好きに選んでもらおう。大丈夫、食材が余っても、全部のせたらセトがきれいに食べてくれると思う。
ここまで用意してしまうと、料理とは言えないかもしれないけれど。こんなことは初めてだから、正解が分からない。誰かと一緒に作る日がくるなんて、思ってもいなかった。
手指洗浄した彼女は、準備万端といったようすで待っていた。食材をパンにのせる作業を頼むと、のせ方を確認するような言動があった。〈自由に〉を伝えるのに時間がかかってしまったが、無事にスモーブロー作りを開始できた。
「これ……いい?」
「いいと思います。アクセントに、ケッパーを入れても美味しいと思います」
「これ、と……これは?」
「いろどりが綺麗です。僕は好きです」
「……めるうぃんは、どれが、すき?」
「ええっと……どれも、好きだと思います」
ひとつひとつ確認して、こちらの顔色をうかがう姿に、また親近感。メルウィンの心は、もうかなりの範囲で彼女への好感を覚えていた。二割くらいは、もちろんまだ様子見している。彼女のほうも、ほんの少しだけれど、こちらを怖がっているらしき雰囲気があった。メルウィンにとって、怖がられるというのは初めての体験だった。
「……これで、全部ですね。いっぱいできましたね」
「……いっぱい。これは、たべる、できる? ……ふたりで」
「大丈夫です。セトくんが、食べます」
セトへの堅固な信頼(?)は、彼女にも身に覚えがあるのか納得してもらえた。その大食漢なセトはすぐに戻ると言っていたので、できあがったスモーブローのプレートは、食堂のリフェクトリーテーブルのほうへと運ぶことにした。ロボやワゴンではなく、彼女が運んでくれるそうだ。
「僕は、ポタージュを用意しますね」
窓ぎわの丸テーブルに置いてあったカップを見せる。ポタージュを目にした彼女は頷いた。
「それ……とても、おいしい」
「アリスさんは、カボチャが、好きですか?」
「……かぼちゃ?」
「えーっと……こういう、感じの」
保存庫から取り出すか迷ったが、時間を考えてやめた。ブレス端末からカボチャの映像を引き出す。この丸々とした形を知っているかどうか。念のため半分に切った映像も。映し出されたそれらを見た彼女は、ピンときたようだった。
「かぼちゃ……ちがう。……めるうぃん、ごはんが……おいしい。……つくる、アリガトウ」
並んだ単語を頭の中でくりかえし、整理し、彼女の伝えたいことを悟った。
ちょっと、これは——身体中に電気が走るみたいな衝撃だった。
「……ぇえっと、あの、それは……こちらこそ、ありがとうございます?」
「……?」
「……ぁ、光栄です……?」
「……コウエイ?」
「ぅ……えっと……うれしい、です」
とてもシンプルな形容詞。伝わったようで、彼女は表情をやわらげた。
いろんな感情が、鍋から吹き出す水蒸気みたいにあふれている。ひとつひとつを拾えないくらい、どれも曖昧だった。ほんとうに水蒸気みたい。
プレートを順々に運んでいく彼女から目を外して、ポタージュをカップにそそいでいく。ロボにもできることだが、盛り付けをしたかったので手ずからよそっている。表面にクリームで模様をえがき、食感の変化を生み出すため、パリパリに焼いたチーズをカップの縁へと飾った。
手を動かしながら、考えているようでいて、頭の中は何もまとまっていない。立ちこめる感情を突きつめると、泣きたい気持ちになってしまう気がした。……けれど、そんな感傷に浸る間もなく、食堂から声が届いた。
カップをワゴンに載せる。ワゴンは自動でそれらを運んでいった。その後を追って食堂に入ると、そこにいたのはセトとティアだった。
「おはよう、ティアくん。早いね?」
ティアがこの時間にいるのはとても珍しい。声をかけると、「おはよ。うん、ちょっと今まで、ロン君に囚われてたから」物々しい返しがあった。
「ぇ……?」
「——ね、ちょっとこれどういうことかな? アリスちゃんがアリスちゃんじゃなくなってるんだけど。なにその服……や、いいよ分かってる。どうせセト君だ。……お人形さんみたいで可愛かったのに……こんなシンプルで脱がせやすそうな服……自分本位すぎる……」
「おい、聞こえてるぞ」
「聞こえてるなら否定してみせてよ。脱がせやすくていいよね? 脱がせても自分で簡単に着てくれそうだしね?」
「……お前、寝ろよ。テンション変なうえに心が荒んでるぞ」
「うん、わかってる……でもお腹すいたから何か食べさせて……」
怒濤の勢いで喋ったかと思うと、こちらまでやって来て席に着いた。窓側の列の端っこで。しおれた野菜みたいに。
「……ティアくん、大丈夫?」
「うん……いいの、僕のことは気にしないで」
「お腹すいてるなら、スモーブロー、食べる?」
「……なるほど、アリスちゃんが言ったのはこれのことだったんだ。うん、食べる。野菜多めのそれ、もらっていい?」
「どうぞ」
「ありがと」
顔色が悪いような。ティアはもともと白いけれど、今は青白いというか。
心配していると、セトが「俺も貰っていいか」複数のプレートを攫っていこうとするので、あわてて止めた。
「だめだよ! アリスさんが取ってから!」
「……は?」
蜂蜜色の眼が、鋭くこちらに向いた。セトは怒っていなくても、ものすごく怖い目をする。慣れていても、ときおり怖い。でも、本人に悪気はないので、すこし可哀相なことだと思っている。
「……セトくんは、なんでも食べられるでしょ? だから、アリスさんが選んでから……選んでほしい」
「……まぁ、いいけど。つぅかまだ食べてねぇのか? 何してたんだよ?」
「……朝食を作ってたよ。アリスさんと、一緒に」
セトの眉が、片方だけ持ち上がった。そんな顔をした理由は分からない。座っていたティアが、「アリスちゃん、どれ食べる? 座って一緒に食べようよ」彼女にプレートを示した。
どれを選ぶのか気になって見ると、彼女は自分から一番近いプレートを取った。好みだからではなく、セトのために早く選んだだけな気がした。
「……もう、セトくんのせいで……」
「あ?」
「なんでもない。どうぞ、食べて」
ティアに呼ばれて、彼女はティアの隣の席に腰かけた。セトはティアの向かいに座ったので、メルウィンはバランスを考えてセトの隣に座った。はからずしも、彼女の正面。
掌を合わせる。口を開いて、
「では、いただきます」
「「いただきます」」
ティアとセトが復唱した。彼女も、はっと意識を取り戻したように反応し、
「……いただきます」
遅ればせながら、唱える。
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