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俺が運命の人だって? 違います その3

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 だいぶ意気込んできたからな。獲物を深追いして、笛が聞こえなかったのかもしれない。
 おそらく、この雨は夜になっても止まないだろう。何処かで雨宿りができていればいいけど、ライアン少年が森で身を守る方法を知っているとは思えない。
「サンドリオンさん、横からすみません」
「サフィラス様?」
「ライアンを探すのは俺に任せてくれませんか?」
「ですが……」
「きっと俺が探したほうが早いと思うんです。それに、雨も酷い。ここにいても濡れるだけだから、サンドリオンさんはフォスター伯爵夫人と先に城に戻っててもらえますか?」
 ヴァンダーウォールの馬は力もあってしっかりしているから、悪天候の中でも問題なく馬車を引けるしね。どこにいても心配なのは変わらないんだから、ここにいるよりは城に戻ってもらったほうがいい。
 それに、ご婦人方がここで待っていると、護衛の兵士や騎士たちも城に戻ることができない。
「俺もサフィラスと共にライアン殿を探します。だから義姉上はサフイラスの言う通り、先に城へ戻ってください」
 サンドリオンさんは少し迷ってはいたものの、すぐに決断してくれた。
「わかりました。ライアン様のことはお二人にお任せいたします」
「俺はどうしたらいい?」
「ディランはテオドール兄上と先に戻ってくれ。この天気だ。万が一のために護衛は多いほうがいい」
「承知した」
 先に出発した馬車と間が空いてしまったけど、ディランさんとテオドールさんなら不測の事態が起きても対応できるだろうしね。
「フォスター伯爵夫人、ライアンの持ち物を何か持っていますか?」
「え? ええ……あの子の上着ならあります」
 フォスター伯爵夫人の侍女が上着を差しだす。
「城に戻ったらお返しするので、少しお借りしてもいいですか?」
「もちろんよ」
 フォスター伯爵夫人はここに残ってライアンを待つと言い張っていたけれど、ディランさんに説得されてなんとかサンドリオンさんと馬車に乗ってくれた。
「二人が残ったことは、俺からテオドールに伝えておく。それじゃ、二人とも後は頼んだからな」
「任せて!」
 馬に乗ったディランさんが、殿を務めるように最後に出発した馬車の後を追った。その姿を見送ると、俺は頼りになる仲間を召喚ぶ。
「妖精を守護するもの クー・シー!」
 召喚陣から深緑の大きな犬が飛び出すと、嬉しそうに尾を振った。こんな時に一番頼りになるのはクー・シーだ。雨が降っていたって、彼ならライアンの匂いを探し出せる。
「クー・シー、雨の中申し訳ないんだけど、この匂いを追って欲しいんだ」
 クー・シーは差し出したライアンの上着に顔を近づけて、数度鼻を鳴らすと雨の中駆け出していった。
「行こう、パーシヴァル」
「ああ」
 俺はパーシヴァルと一緒にマテオの背に跨ると、クー・シーの後を追う。雨よけのマントを纏ったけれど、森に入れば、茂った枝葉に遮られて雨はだいぶ弱まった。
 できればあまり動き回らずに、どこかで助けを待っているといいんだけど。これからどんどん暗くなるし雨で足元も覚束なくなる。下手に動き回れば、見つけるのに時間がかかるし、その分危険も高まるからね。
 クー・シーは時折足を止めて匂いを探している。雨のせいで匂いが流れてしまっているからか、少しばかり苦戦しているようだ。それでも匂いを追いかけることができるのは、妖精犬のクー・シーだから。
「雨で匂いを嗅ぎ取り難いようだな」
「うん。そうみたい」
 日暮の時刻になったのか、森の中はいっそう暗い。
 闇に溶け込む深い緑色のクー・シーの後を、マテオはしっかりと追ってゆく。雨のおかげで危険な獣が彷徨うろつくことはないだろうけど、周囲が良く見えるように光を灯して明るく照らす。万が一大型の獣が出てきたとしても、普段魔獣を相手にしているマテオなら全く動じることはないだろうけど。
 森の中は太陽の出ている昼間とは全く様子が違う。これだけ暗くなると、ライアンは今頃恐怖と不安に押しつぶされそうになっているかもしれない。一刻も早く見つけてあげたいけど……
「ライアンは一体どこまで行ったんだろう?」
「ライアンの足ではそれほど奥にはいけないと思うが、ただ森を知らない人間は誤った判断で危険な場所に足を踏み込む可能性もある」
 狩り中止の笛が鳴って、兵士たちも森に残っている人がいないか確認しながら天幕に戻ってきているだろうけど、ライアンに戻る気がなければいくらでも彼らの目をすり抜けることができる。
 俺に獲物を捧げるって意気込んでいたライアンのことだ。中止の笛が聞こえた時点で何も狩っていなければ、素直に天幕まで戻ることはしないだろうなぁ。
 この森は起伏が無く崖なんかの危険箇所はなさそうだから、転落の心配だけはないのが不幸中の幸いだ。
 クー・シーならすぐに見つけられると思っていたけど、こりゃ捜索は難航しそうだ。夜通しの捜索になるかもと思い始めた頃、遠吠えをしたクー・シーが滑るように走り出し闇の中に姿を消した。
 それからまもなく、森に悲鳴が響き渡る。俺は振り返って、パーシヴァルと頷きあう。
「見つけたみたいだ」 

 「く、くるな! あっちへ行け!」
 駆けつけてみれば、大きなクー・シーを追い払おうと必死に木の枝を振り回しているライアンを見つけた。ライアンを心配して近づこうとしているクー・シーは、困ったように彼の周囲をうろうろとしている。
「ライアン。クー・シーは君を襲ったりしないから、枝を振り回すのをやめてあげて」
「サフィラス様! っつ!」
 木の根元に座り込んでいたライアンは、俺たちに気がつくと勢いよく立ちあがろうとして顔を顰めた。どこか怪我をしているのかも。
「大丈夫? どこか怪我でもした?」
「……足を挫いたみたいで」
 俺たちはマテオから降りると、ライアンの様子を確認する。転んだんだろうか、すっかり泥だらけだ。
「君には狩りの中止を告げる笛が聞こえなかったのか?」
「……聞こえてました」
「ではなぜ、すぐに天幕に戻らなかった?」
「そ、それは……」
 パーシヴァルの問いかけに、ライアン少年は悔しそうに唇を噛む。
 まぁな。パーシヴァルは彼にとってライバルだ。その彼に、自分の行動の間違いを指摘されるのは、なかなかに受け入れられないものだろう。
「ライアン。フォスター伯爵夫人がたいそう心配しているよ。今回は運良くすぐに君を見つけられたけれど、もし俺たちが見つけることができなければ、大規模な捜索をすることになっただろう。君一人の無謀な行動のために、ヴァンダーウォール卿は多くの兵士や騎士を動かさなければならないし、そんな大事おおごとになればテオドールさんとサンドリオンさんのお祝いにけちがつく。それでも、君が無事に見つかればいいけど、万が一のことでもあったらどうなっていたと思う?」
「……っ、ご、ごめんなさ、い……」
 不満そうな表情を浮かべていたライアン少年だったけど、ようやく自分の行いが反省すべきものだったと理解できたのか、肩を振るわせながら大粒の涙をこぼした。
 なんだろうな。アクィラに年齢が近いせいなのか、どうにも放って置けない気持ちにさせられる。俺はため息を一つつくと、ライアン少年の頭を撫でた。
「まぁ、経験が浅いうちは自分の実力を高く見積りがちだ。痛い目を見て己を知ることもあるだろうけど、命を落としたらそこで終わりだ。だから、時には慎重になることも大事なんだよ。今回は一つ、いい勉強をしたな」
「はいっ……」
「……もういいだろう。帰ろう、サフィラス」
「そうだね」
 アデライン夫人がいるから大丈夫だろうけど、フォスター伯爵夫人は今頃お茶も喉を通らない状況だろうから早く安心させてあげないと。
 ともあれ、大した怪我もなくて良かったよ。
 俺たちが転移で城に戻ると、エントランスでジェイコブさんが待ち構えていた。
「お帰りなさいませ」
「ジェイコブさん、ただいま!」
「今戻った。ライアン殿は怪我をしている。治癒魔法までは必要ないとは思うが、デイヴィス先生に手当をお願いしたい」
「かしこまりました。ライアン様は私共がお預かりいたします。お二方はお部屋の方に湯を用意しておりますから、濡れた体を温めてくださいませ」
 準備がいいな! そんなに濡れていないけど、お湯に浸かれるのはありがたい。なにしろ、泥が跳ねて随分汚れているからね。
 突然城に移動したので何が起きたのかわからなかったのか、ライアンはぽかんとした顔をしていたけれど、そのまま騎士に背負われデイヴィス先生のところへと連れて行かれた。


 
 ゆっくりお湯に浸かって泥汚れを落とし、軽い食事の後のお茶を楽しんでいると、パーシヴァルが部屋にやってきた。
「今、いいだろうか?」
「もちろん」
 パーシヴァルを部屋に招き入れると、二人並んでソファに腰を下ろす。
「今日はサフィラスのおかげで、大事にならずにすんだ。ありがとう」
「いやぁ、元はと言えば俺が原因のような気がするし……」
 まさか婚約者がいるって言っているのに、あんなに執着されるとは思わなかった。もっとしっかりと言えば良かったんだろうけど、どうもアクィラを思い出して強くは言えなかったんだよな。
 ほとんど顔を合わすこともなかった弟だったけれど、最後まで俺を兄として見てくれていた。元伯爵夫妻やウェリタスがどうなろうとなんとも思わないけど、アクィラだけは不幸にならなければいいなと思う程度には情がある。
 今はガブリエルさんのところで頑張っているだろうから、心配はしていないけど。
「サフィラスのせいではない」
「うーん、そうなんだけどさ。ライアンを見ていると、なんとなくアクィラを思い出しちゃって。ちょっと情が湧いちゃったというか、あんまり厳しいことを言えなかったから」
「……そうか」
 不意にパーシヴァルに抱きしめられる。
「パーシヴァル?」
「……今夜は共に寝てもいいだろうか?」
 シュテルンクルストに留学していた時は、毎日同じ寝台で寝ていたしね。別に構わないと頷けば、パーシヴァルは徐に俺を横抱きにして、寝台まで移動する。
「え、え? もう寝るの?」
「ああ」
 やっぱり寝るんだ。
 ちょっと早い気もするけど、天幕でお茶を飲みながら待っていた俺と違ってパーシヴァルは朝早くから働いていたし、午前中は狩りをしていたし、きっと疲れているんだろう。
 横になった俺は相変わらずパーシヴァルの腕の中だったけど、これは甘やかしてくれてるんだなってなんとなく感じたので、遠慮なく頼り甲斐のある胸に顔を埋めた。アクィラを思い出したからと言って感傷的になんかならないけど、せっかくの気遣いだ。
 同じ石鹸を使っているから、レモネとミンタの香りがいっそう濃く香る。いい匂いだなって思っているうちに、俺はいつの間にか眠っていた。

 ……寝る魔法使いは育つのさ。
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