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俺が運命の人だって? 違います その2

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「サフィラス、どうした?」
 俺たちの様子を見ていたんだろう。パーシヴァルが足早にやってくると、俺の腰を抱き寄せるようにさりげなく手を添えた。
「なっ……!」
 少年は勢いよく立ち上がるとパーシヴァルを睨みつける。
「いくらパーシヴァル殿とはいえ、私の運命の人に気安く触れないで頂きたい」
 さすがに声を荒らげることはなかったが、語気が強い。というか、指輪を見せているんだから、この状況で俺の婚約者はパーシヴァルだってわかりそうなものだが。
「……君は確か、フォスター伯爵家のライアン殿だったか?」
 お、さすがパーシヴァル。この少年が誰か知っているんだ。
「ええ、そうですが……も、もしかして、その指輪を贈った相手は、パーシヴァル殿、ですか?」
 ライアン少年は戸惑うような視線を俺に向けた。
 ようやく気がついたか。
「うん、そうだよ」
 お披露目は王都でやったからな。あれは厄介そうな貴族に向けての会だったし、結婚式に呼ばれるような親族であっても、パーシヴァルの婚約をまだ知らない人もいるだろう。
「そ……そんな……」
 ショックを受けたのか、ライアン少年は無防備な状況で魔獣に出会ってしまったかのような悲壮な表情を浮かべた。
 悪かった少年。まさか俺が君のお目当てだとは思わなかった。骨は他の誰かに拾ってもらってくれ。
「明日の……明日の狩猟会で、僕はパーシヴァル殿よりも立派な獲物を必ず狩ってみせますので!」
 たった今まで肩を落としていた少年だったが、パーシヴァルに向かってそう言い放つと足早にその場を離れていった。
 この辺りの風習では、結婚式の翌日に親族や客人が参加する狩猟大会を行うんだそうだ。もちろんこの結婚式でも、その狩猟大会は開催される。一番大きな獲物を狩った参加者にはそれなりの賞品も出るとのこと。
 この土地らしい催しなので俺もぜひ参加したかったんだけど、魔法で狩るのは駄目なんだって。そうなると、弓か剣か槍ってことになるけど、どれも俺向きじゃない。弓は当たる気がしないし、剣も槍も俺の方が振り回される。それでも頑張れば何かしら獲れるかもしれないけど、せっかく狩るなら巨大な灰色熊くらいは狙いたい。
 ちょっと残念に思っていたけど、猟場では天幕を張ってお茶や軽食が楽しめるようになっているそうなので、狩りは諦めて大人しくお茶でも飲みながらパーシヴァルの帰りを待つことにしている。
「えーっと、彼は狩りでパーシヴァルと競うつもりってことか」
「それもあるだろうが、獲物をサフィラスに捧げたいのだろう」
「俺に?」
「ああ。狩猟大会で狩った獲物は伴侶や婚約者に贈るんだ。元々は、家族を養えるだけの腕があることを証明するための習慣だったらしいから、それの名残だ」
「え? それは困るな……どんな獲物を持ってこられても、俺が受け取っちゃいけないやつじゃないか」
「いいや、受け取って構わない」
「え? いいの?」
「ああ。伴侶や婚約者以外に獲物を贈ってはいけないという決まりもない。サフィラスに獲物を贈ることで彼の気が済むのなら、その方がいいだろう」
「お、パーシィ、余裕だな」
「ディランさん」
「じゃぁ、俺もサフィラスに狩った獲物を贈ろうかな?」
 悪戯っぽく笑ったディランさんは、ライアン少年を揶揄う気満々だ。
「何だかややこしいことになりそうなので、やめてください」
「まぁ、まぁ、いいじゃないか」
 変な方向にやる気になっているディランさんに、パーシヴァルも呆れたように肩をすくめた。



 猟場になっているのは、俺とパーシヴァルが水遊びをした湖の近くだった。
 馬車や馬で猟場まで移動すると、すでに大きな天幕がいくつも建てられていて、のんびりと寛げるようになっていた。これなら、ご婦人方も安心して狩りを見学できる。
 それに俺が思っていたよりも狩りに参加しない人たちがいた。ヴァンダーウォールの猛者たちにとっては、狩りなんて日常のことだろうけど、弓や槍を自在に使いこなすなんて誰でもできることじゃない。
 ヴァンダーウォール卿やお兄さんたちをはじめ、明らかにベリサリオの一族だなってわかる人たちは当然参加組だ。サンドリオンさん新婦側の親族と招待客の中からも、腕に覚えのありそうな人は参加している。
 ヴァンダーウォール卿が狩猟大会の開始を告げると、それぞれが得意な得物を携えて森に入って行く。
「パーシヴァルとディランさんも気をつけてね」
「ああ」
「獲物、楽しみにしていてくれよ!」
 二人は剣と弓を携えて、先に狩りに向かった人たちを追うように森に入っていった。パーシヴァルにしてみれば庭のようなものだし、何も心配することはないな。
「サフィラス様!」
 二人を見送っていると、大きな声で名前を呼ばれた。駆け寄ってくるのは昨日のライアン少年だ。相変わらずキラキラした目で俺を見つめてくる。
「私は今日一番の獲物を狩ってあなたに捧げます。だからどうか、その美しく輝くサファイアの瞳に私だけを映してください」
 ライアン少年、君は観劇のしすぎだと思うぞ。
 彼はサンドリオンさんの親族で、あのあとサンドリオンさんにめちゃくちゃ謝罪されたけど、ちょっとびっくりしただけで特に実害はない。背伸びをしたい年頃だろうし、いっときの熱病みたいなものだろうから、そのうち醒める。
 それでもって、熱が引いた時に己の行動が心底恥ずかしくなって、床を転げ回ることになるんだよな……
 歯が浮くような台詞にどう返事を返そうか迷っている間に、ライアンは出発の遅れを取り戻すように駆け出していった。その背中は、大物を狩るぞという気迫に満ちている。
「無茶しなきゃいいけどな……ま、でも、ヴァンダーウォールの兵士たちも森を見回っているっていうし、大丈夫か」
「サフィ、こちらで一緒にお菓子を頂きましょう」
「あ、はい!」
 そうそう、俺には美味しいお菓子とお茶が待っているんだった。
 アデライン夫人に呼ばれていそいそとお茶の席につくと、途端にご令嬢やご婦人方に囲まれる。ご令息も何人かいるけれど、これだけの人数に囲まれるとさすがにちょっと圧を感じるな。
 パーシヴァルの伴侶になりたい人はたくさん居ただろう。そんなパーシヴァルの相手が俺なんかですみませんとは思うけど、今更彼の隣を譲るつもりはない。
 多少の洗礼は覚悟しているので、何を言われても言われっぱなしじゃないぞと構えていたけれど……
「サフィラス様、こうしてお話しできるのを楽しみにしておりましたのよ」
「サフィラス様。甘いものがお好きと聞いておりますわ。こちらをお召し上がりになって。最近話題のお菓子ですの」
「こちらのお茶をどうぞ。果物の皮を使って香りをつけてあるので、爽やかな香りがお菓子ととても合いますわ」
「サフィラス様は魔法を使う際に杖を使用されるそうですが、杖を選ぶ際にはどのような点に重きを置かれておりますか?」
 次から次へと声をかけられてお菓子やお茶どころじゃないけど、何だか好意的に受け入れられている感じ。
 アデライン夫人とサンドリオンさんがうまく会話を取り持ってくれて、魔法談義や流行のお菓子の話題に花が咲き、気がつけば昼になっていた。
 この頃になると、狩りに向かった人たちも一人二人と戻ってきて、軽食を楽しんだりしていた。あちこちで両家の親族同士の交流なんかも行われていて、長閑な空気が流れている。
 ふっと空を見上げると、雷を運んでくる雲が空に立ち昇っていた。見ている間にも雲はみるみる成長して、時折低い音を響かせながら明滅している。これはまもなく大雨になるぞ。
 俺の視線に気がついたのか、アデライン夫人も空を見上げた。
「……あらまぁ、これは雨になるわね。狩りに出ている方々には戻ってもらった方が良さそうだわ。サンディ、天幕にいらっしゃるお客様を馬車に案内して差し上げて」
「はい、お義母様」
「サフィはここで待っていてちょうだい。すぐにパーシィを呼び戻しますから」
「はい」
 アデライン夫人は護衛騎士に狩りの終了を告げる笛を吹くように伝えると、給仕をしていた使用人たちにテーブルを片付けるように指示をだした。サンドリオンさんも澱みなく客人たちを馬車に乗るよう案内していく。相変わらず見事な差配。
 思ったよりも雷雲の成長が早いけど、この様子ならここにいる人たちは雨が降る前に馬車で城に向かうことができるだろう。
 護衛騎士が狩りの終了を告げる笛を吹いてまもなくすると、狩りに出ていた人たちが次々と戻ってきた。手ぶらの人もいるけど、中には猪なんて大物を狩った人もいる。一人では運べずに、数人がかりで運んできた。
 参加者の殿を務めるように、森で待機していた兵士やお兄さんたちと一緒にパーシヴァルも戻ってくる。どうやら、狩りに出ていた人たちは皆無事に戻ってきたみたい。
「サフィラス」
「パーシヴァル、おかえり!」
「我が婚約者にこれを」
「お、ありがとう! これはまた随分超えてるな」
 パーシヴァルが差し出したのは、丸々と太った山兎五羽。
 だが、たかが兎と侮るなかれ。素早く的が小さい兎を狩るには、それなりに弓の腕が必要となる。しかも、この山兎は特別な獲物だ。
 本来、狩りに一番適している時期は秋口から冬にかけて。その時期の獣は寒さに備えて体に脂を蓄えるし、毛皮も冬毛に変わって厚みも増すので、肉も毛皮も最もいい状態になる。
 逆に夏の獣は夏毛になるため毛皮は薄く、脂も少ない。だけど山兎だけは違う。この時期にたっぷり草を食べて、しっかり太っているのだ。毛皮は他の獣と同じように薄くはなるが、肉は食べ応えのある一級品。
 パーヴァルのことだ。狙おうと思えば、大きな獲物を狩ることもできただろう。だけど、大物を狙うのではなく、時期にあった獲物を狙った。
 そして、もう一つ山兎を狙った理由は、客人に花を持たせるため。太陽の騎士は本当にそつがないよ。
「お、なんだ。やっぱりパーシヴァルも兎だったか~」
「ディランさんもおかえり」
「ああ。どうも荒れそうな気配がしたから、急いで戻ってきた。それよりも、麗しの魔法使い殿にこれを」
 そう言ってディランさんが差し出したのはやっぱり山兎三羽。
「残念ながら数ではパーシヴァルに負けたが、大きさは俺の方が上じゃないか?」
 ディランさんが兎の大きさを比べようとした時、不意に周囲が白く光った。それから空気を震わせるような雷鳴が轟いたかと思うと、大粒の雨が天幕をたたき始め、あっという間に雨のカーテンで周囲が見えなくなった。
「あー、こりゃ酷いな。無理に帰るよりもしばらく様子を見たほうがよさそうだな」
「そのようだ」
 こうなってしまったら、ディランさんの言うとおり無理に帰るよりも雨が落ち着くまで待った方がいい。天幕の下で、ぼんやりと雨を眺める。馬車で先に戻った人たちはまぁ大丈夫だろう。ヴァンダーウォールの馬はこの程度の雨でへたるようなことはない。
「サンドリオン様、ライアンはもう馬車に乗りましたか?」
 一人のご婦人が慌ててやってきた。
「いいえ? 今朝森に向かってからは見ておりませんわ」
「そ、そんな……ああ、どうしましょう……サンドリオン様、ライアンがどこにもいないのです……」
「……え?」
 二人の会話を側で聞いていた俺たちは、顔を見合わせた。
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