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俺の背中を預ける人

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「昨日はご迷惑をおかけしてすみませんでした」
 ライアン少年は、深々と頭を下げる。
 遭難から一晩経ってすっかり元気になったライアン少年が、帰る前に謝罪がしたいと俺たちに会いにきた。挫いたらしい足も、サンドリオンさんの白魔法で治してもらったようだ。
「これからは無謀なことはするなよ。己の実力を見極めるのも大事なことだからな」
 ディランさんがライアン少年の肩を叩く。
「はい! もっと自分を鍛えて、立派な騎士になります! そして、改めてサフィラス様に婚姻を申し込むので待っていてください!」
「いや、それは、」
「駄目だ」
 俺が断るよりも早く、パーシヴァルが割って入った。
 パーシヴァルに視線を向ければ、いつになく厳しい視線をライアンへと向けている。
「立派な騎士になるのは結構だが、サフィラスは俺の婚約者だ」
「で、ですが!」
「婚約者に言い寄られ、いい顔をする者はいないと思うが」
 パーシヴァルにピシャリと言われ、ライアン少年は傷ついた顔をして俯く。ライアン少年がちょっと可哀想な気にもなったが、厳しく言うのは彼のためでもある。
 良識ある者なら婚約者のいる相手に言い寄ったりはしない。いくらライアン少年が俺たちよりも年下だって、それが褒められたことじゃないとわかるはずだ。
「ライアン」
「は、はい!」
 俺が声をかけると、ライアン少年は勢いよく顔を上げた。その顔には僅かに期待が滲んでいる。おいおい、たった今パーシヴァルに嗜められたばかりだろ。
 だけどどうしてそこまで俺を気に入ったのか、さっぱりわからないんだよな。彼とは一昨日のパーティの時が初対面だし、その時の俺は美味しい料理を食べていただけなんだけど。もしや俺の食べっぷりに惚れたのか?
「俺は将来冒険者になるんだ」
「冒険者ですか? だったら私も騎士ではなく冒険者になります!」
「お、おう……」
 まぁ、冒険者はなろうと思えば誰でもなれる。キルドで冒険者登録をするだけだからな。騎士になるよりずっと簡単だ。だけど、稼いで生き残るとなるとそう簡単なことじゃない。
「頑張って剣の腕を磨くので、私がギルドに登録できる年齢まで待ってもらえませんか……」
 隣に立つパーシヴァルから、冷え冷えとした気配が伝わってくる。パーシヴァルはもう何も言わないけれど、これだけ言ってもわからないのかってところだろうな。
「えーっと、安っぽい言い方になっちゃうけどさ、信用とか信頼って1日や2日で築くことはできないものなんだ。俺は今日までにパーシヴァルと一緒に多くの困難を乗り越えてきた。だからこそ俺が無条件で背中を預けるのはパーシヴァルだけで、それは生涯変わらない」
 俺はどんな状況でも、パーシヴァルになら命を預けられる。もちろん、パーシヴァルも同じように思っているはずだ。それだけの関係を二人で築いてきた自負がある。 
「だからライアンが冒険者になったとしても、俺が君の手を取ることはない」
 なにしろ俺ときたら、女神の差金かと思わざるをえないほどの騒動に見舞われている。どう考えても一介の学生じゃ手に余るようなことだってあった。だけどその度に、パーシヴァルは少しも迷うことなく、俺と行動を共にしてくれた。
 そんな俺たちにライアン少年が割り込める余地はないんだよと、しっかりと目を見て言い聞かせる。
「でも、それはパーシヴァル殿が私よりも先にサフィラス様に出会ったからであって、私が先に出会っていれば……」
「それこそが、君の言う運命っていうやつなんじゃないかな?」
「……っ!」
 ようやくこれっぽっちも望みがないと理解したんだろう。ライアン少年の目に、みるみると涙が溜まってゆく。ちょっと可哀想だけど俺の伴侶はパーシヴァルだけだ。
「俺はライアンのように根性のある奴は嫌いじゃないよ。次に会う機会があれば、友人として話ができればいいなって思ってる」
「は、い……」
 小さい声で返事をした拍子に、ライアン少年の頬を涙の粒がこぼれ落ちる。慌てて袖で顔を拭ったライアン少年は、くるりと背を向けると走って馬車に乗り込んだ。俺たちの様子を心配げに見守っていたフォスター伯爵夫人が深々と頭を下げ、馬車はゆっくりと城を離れていった。
 年齢が近いってだけで、なんとなくライアン少年にアクィラを重ねていたけど、今思うとあの性格は赤髪に似ていたな。思い込みが激しくて突っ走るところや、パーシヴァルにライバル心を抱くところなんかも。
「なんだか、旋風つむじかぜみたいな少年だったよ」
「ははっ、二人には災難だったよな。それにしても、パーシィがあそこまではっきりと言うとは思わなかったよ」
 ディランさんは笑いながらパーシヴァルと肩を組んだけれど、パーシヴァルは酷くムッとした顔をしている。
「いけないか?」
「いいや。ただ、いくらライアンが騒いだところで、二人の婚約が解消されるわけがないんだから放っておけばいいのにって思ってたんだが……そうか、なるほどな」
「ディランには関係ないだろう」
「いやぁ、あの無表情の三男坊が悋気を起こすとは」
 眉間にぐっと皺を寄せたパーシヴァルが、乱暴にディランさんの腕を払う。
「行こう、サフィラス」
「え? え?」
 さっと俺の手を握ったパーシヴァルは、笑っているディランさんを残して足早にその場を離れる。慌てて振り返ると、ディランさんはひらひらと手を振っていた。
 黙ったまま歩くパーシヴァルは別に怒っているわけじゃないみたいだけど、この様子なら何も聞かない方が良さそうだ。俺は手を引かれるまま歩く。

 足早に厩舎までやってきたパーシヴァルは、ぴたりと足を止めるとようやく俺を振り返った。今度はなんだか少し困ったような顔になっている。
「すまないサフィラス……みっともないところを見せてしまった」
「え?」
 みっともないだって? パーシヴァルはいつだって格好いいじゃないか。むしろ、みっともないところを見せているのは俺の方だ。
 さっきのディランさんとのやりとりに何かあったんだろうけど。俺には気安い友人同士のやり取りにしか見えなかったので、はて、いったいどこだっただろうかと首を傾げていれば、困り顔だったパーシヴァルの表情がふと緩んだ。
 パーシヴァルの視線の先で、マテオが馬房から首を伸ばしてしきりと俺たちを窺っている。どうやら仲間に入れて欲しいらしい。その様子がおかしくて思わず笑ってしまった。
「せっかくだから、少し遠乗りをするか?」
「いいね!」
 パーシヴァルは馬房からマテオを引いてくると手早く鞍を乗せて、遠乗りの準備を始めた。
 パーシヴァルが言うみっともないところはさっぱり分からなかったけど、まだまだ俺の知らないパーシヴァルの姿があるんだな。



 遠乗りから戻ったパーシヴァルは、午後からの鍛錬に参加してディランさんと白熱の打ち合いをした。キングスリーさん仕込みの泥臭い剣に押しまくられていたディランさんは、なぜか八つ当たりだと騒いでいたけど。
 それにしても、二人は本当に仲がいい。ただ見ているだけの俺としては、ちょっと妬けてしまった。
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