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目覚めた時にはベッドの上だった。
実家の自室の天井が視界に映り、帰ってきた安心感に包まれる。
「お体は大丈夫ですか?」
ジオンの声が横からした。
顔をそちらへ向けると、彼は椅子に座り、私をじっと見つめていた。
こんなにも瞳が綺麗だったのかと、今になって気づく。
「ジオン……少し話してもいいかしら」
もう隠し通せる自信がなかった。
このままでは、私が壊れてしまう。
ジオンは小さく頷いた。
「ありがとう」
私は苦笑すると、あの日の出来事を語りだした。
私には自分と容姿がそっくりな双子の妹がいた。
白いサラサラの髪に、感情を忘れたような無表情。
しかし頭の回転が速く、記憶力に関しては右に出る者はいない。
子供ながらに将来を期待された天才だった。
彼女の名はアネモネ。
私の自慢の妹である。
アネモネは滅多に笑うことがなく、喜ぶこともなかった。
対して私はいつも愛想笑いばかりを浮べていた。
正反対の二人だったが、私たちはいつも一緒にいた。
家族だからということもあるかもしれないが、直感的に、アネモネといなければいけないと私は考えていたのだ。
あの日。
私はアネモネと祖父母の家へ遊びに行っていた。
森の中にひっそりと佇む、薄気味悪い屋敷。
それが祖父母の家だった。
祖父母は貴族にしては変わり者で、お金をあまり使いたがらなかった。
豪華な屋敷には興味もなく、使用人すら雇わなかった。
しかし孫には甘いのか、私とアネモネが欲しい物はすぐに買ってくれた。
夜になり、私とアネモネは一緒に寝ていた。
まだ七歳だったから、それが自然だったのだ。
加えてこの時は、両親は仕事があると一緒に来なかった。
耳の奥で何かがパチパチと燃える音がしていた。
熱風が顔にかかり、私は堪らず目を覚ました。
「うそ……」
部屋が業火に包まれていた。
ベッドから跳ね起きた私は、急いで部屋を出ようとした。
幸いなことに、扉付近にはまだ火の手が及んでいなかった。
しかし扉を開けた所で、アネモネの存在を思い出し、振り返った。
「アネモネ!!!」
アネモネが痙攣したように、体を起こした。
火の海を見て、無感情な顔が恐怖に染まる。
私は駆けだしていた。
アネモネの腕を掴みベッドから引きずりだそうとするも、なぜか体は動かない。
彼女は私に顔を向けて言った。
「足が……動かない……」
「え……そんな……」
瞬間、部屋の隅に屋根の木柱が落ちてきた。
私はびくっと体を震わせ、それに弾かれるように、アネモネを強く引っ張っていた。
今度は体を動かせたものの、彼女は頭から床に落ちてしまう。
「立ってアネモネ! 逃げるのよ!」
「うぅ……」
唸るような声を出して、何とかアネモネは立ち上がった。
「早く行くわよ!」
私はアネモネの手をしっかり掴み、部屋を飛び出した。
……やっと家の玄関が見えてきた。
だが炎に包まれていて、あと数秒もすれば通れなくなりそうだった。
玄関までの長い廊下を私たちは一生懸命に走った。
と、視界の右側に、木柱の下敷きになった祖父母が映った気がした。
そこを通り過ぎた時、掴んでいた手の感触が消える。
アネモネがいない。
「おじいちゃん! おばあちゃん!」
振り返ると、アネモネが声を上げて二人の元へ駆けていた。
もうとっくに二人は死んでいたが、アネモネにはそれが分からないようだった。
「アネモネ! 行くのよ!」
私は反射的に叫んでいた。
だが、アネモネは言うことを聞かず、既に息のない祖父母の傍で鳴き声を上げた。
「アネモネ!!!」
背後で残酷な落下音がした。
即座に振り返ると、玄関の前に木柱が落ちてきていた。
天井を見上げると、他の柱もぐらついていて、今にも落ちそうだ。
全て落ちた時には、玄関が完全にふさがれてしまうだろう。
「おじいちゃん……おばあちゃん……」
アネモネは相変わらず、泣き続けていた。
二人に縋るように手を伸ばし、炎に指が触れそうだった。
「ごめんね、アネモネ」
両目から炎よりも熱い涙がこぼれた。
私はアネモネに背を向けて、走りだした。
玄関を通ってすぐに、背後から落下音がした。
もう誰もそこからは出て来られない。
家の前には、野次馬がたくさんいた。
一人が私に駆け寄ってきて、鬼のような形相で声を飛ばす。
「大丈夫かい!? 他には誰かいるのかい!?」
心は玄関を通った時に、既に燃え尽きていた。
私は虚ろな目で、彼を見上げる。
「私以外は死にました」
実家の自室の天井が視界に映り、帰ってきた安心感に包まれる。
「お体は大丈夫ですか?」
ジオンの声が横からした。
顔をそちらへ向けると、彼は椅子に座り、私をじっと見つめていた。
こんなにも瞳が綺麗だったのかと、今になって気づく。
「ジオン……少し話してもいいかしら」
もう隠し通せる自信がなかった。
このままでは、私が壊れてしまう。
ジオンは小さく頷いた。
「ありがとう」
私は苦笑すると、あの日の出来事を語りだした。
私には自分と容姿がそっくりな双子の妹がいた。
白いサラサラの髪に、感情を忘れたような無表情。
しかし頭の回転が速く、記憶力に関しては右に出る者はいない。
子供ながらに将来を期待された天才だった。
彼女の名はアネモネ。
私の自慢の妹である。
アネモネは滅多に笑うことがなく、喜ぶこともなかった。
対して私はいつも愛想笑いばかりを浮べていた。
正反対の二人だったが、私たちはいつも一緒にいた。
家族だからということもあるかもしれないが、直感的に、アネモネといなければいけないと私は考えていたのだ。
あの日。
私はアネモネと祖父母の家へ遊びに行っていた。
森の中にひっそりと佇む、薄気味悪い屋敷。
それが祖父母の家だった。
祖父母は貴族にしては変わり者で、お金をあまり使いたがらなかった。
豪華な屋敷には興味もなく、使用人すら雇わなかった。
しかし孫には甘いのか、私とアネモネが欲しい物はすぐに買ってくれた。
夜になり、私とアネモネは一緒に寝ていた。
まだ七歳だったから、それが自然だったのだ。
加えてこの時は、両親は仕事があると一緒に来なかった。
耳の奥で何かがパチパチと燃える音がしていた。
熱風が顔にかかり、私は堪らず目を覚ました。
「うそ……」
部屋が業火に包まれていた。
ベッドから跳ね起きた私は、急いで部屋を出ようとした。
幸いなことに、扉付近にはまだ火の手が及んでいなかった。
しかし扉を開けた所で、アネモネの存在を思い出し、振り返った。
「アネモネ!!!」
アネモネが痙攣したように、体を起こした。
火の海を見て、無感情な顔が恐怖に染まる。
私は駆けだしていた。
アネモネの腕を掴みベッドから引きずりだそうとするも、なぜか体は動かない。
彼女は私に顔を向けて言った。
「足が……動かない……」
「え……そんな……」
瞬間、部屋の隅に屋根の木柱が落ちてきた。
私はびくっと体を震わせ、それに弾かれるように、アネモネを強く引っ張っていた。
今度は体を動かせたものの、彼女は頭から床に落ちてしまう。
「立ってアネモネ! 逃げるのよ!」
「うぅ……」
唸るような声を出して、何とかアネモネは立ち上がった。
「早く行くわよ!」
私はアネモネの手をしっかり掴み、部屋を飛び出した。
……やっと家の玄関が見えてきた。
だが炎に包まれていて、あと数秒もすれば通れなくなりそうだった。
玄関までの長い廊下を私たちは一生懸命に走った。
と、視界の右側に、木柱の下敷きになった祖父母が映った気がした。
そこを通り過ぎた時、掴んでいた手の感触が消える。
アネモネがいない。
「おじいちゃん! おばあちゃん!」
振り返ると、アネモネが声を上げて二人の元へ駆けていた。
もうとっくに二人は死んでいたが、アネモネにはそれが分からないようだった。
「アネモネ! 行くのよ!」
私は反射的に叫んでいた。
だが、アネモネは言うことを聞かず、既に息のない祖父母の傍で鳴き声を上げた。
「アネモネ!!!」
背後で残酷な落下音がした。
即座に振り返ると、玄関の前に木柱が落ちてきていた。
天井を見上げると、他の柱もぐらついていて、今にも落ちそうだ。
全て落ちた時には、玄関が完全にふさがれてしまうだろう。
「おじいちゃん……おばあちゃん……」
アネモネは相変わらず、泣き続けていた。
二人に縋るように手を伸ばし、炎に指が触れそうだった。
「ごめんね、アネモネ」
両目から炎よりも熱い涙がこぼれた。
私はアネモネに背を向けて、走りだした。
玄関を通ってすぐに、背後から落下音がした。
もう誰もそこからは出て来られない。
家の前には、野次馬がたくさんいた。
一人が私に駆け寄ってきて、鬼のような形相で声を飛ばす。
「大丈夫かい!? 他には誰かいるのかい!?」
心は玄関を通った時に、既に燃え尽きていた。
私は虚ろな目で、彼を見上げる。
「私以外は死にました」
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