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 全てを話し終えると、私は息をはいた。
 恐る恐るジオンの顔を見ると、彼はとても悲しい顔をしていた。

「じゃあ……あなたの本当の名前はアネモネではないのですね?」

 私は頷き、口を開く。

「シラユリ。それが私の名前よ」

「そうですか……」

 互いに何を言えばいいのか分からなかったと思う。
 少なくとも私はそうだったから、口を結び黙っていた。
 そのまま音のない時間がしばらく続き、ジオンが口を開いた。

「あなたは救いました」

「……え?」

 話をよく聞いていなかったのだろうか。
 私は妹を、アネモネを見捨てたのだ。
 
「ジオン。私は誰も救ってなんかいない。アネモネは……」

「確かにアネモネ様はもういません」

 ジオンの目には決意のような強い光が灯っていた。
 あの日の炎よりも煌々と輝いている。

「しかしあなたは、自分自身を救ったのです。もしアネモネ様を助けていたら、今頃あなたは死んでいたでしょう」

「だ、だけど!」

 言葉に詰まった。
 アネモネが死んだ祖父母に泣きつき、顔をくしゃくしゃにしている場面が、ありありと脳裏に浮かぶ。

 私は呼吸を整え、さえずるように言った。

「とにかく、私は最低な人間なの。ライラック様に不倫をされるのも、離婚をされるのも当然な、生きる価値のない人間なのよ」

 ジオンは首を横に振るが、言葉を紡がない。
 また無音の時間が流れたが、今度はすぐに止んだ。
 口火を切ったのはジオンだった。

「あなたは価値のない人間なんかじゃない。他人のために、自分を犠牲にできる人だ」

「違う……」

「いや、違わない。だからアネモネのフリをしていたんじゃないのですか? シラユリという自分を犠牲にして、彼女を生かそうとしたのではないのですか?」

「それは……」

 あの事件の後、私は自分がアネモネになると誓った。
 死に物狂いで勉強して、彼女になろうと必死になった。
 子供の自分が考えたことだ。
 大した理由なんてなかったが、心が狂っていたことは確かだった。

 今にして思えば、ジオンの言う通り、アネモネを生かしたかったのかもしれない。
 たとえそれで、シラユリが存在しなくなったとしても。

 目頭が熱くなった。
 あの時と同じ、炎よりも熱い涙が流れた。

 しかし心はどこか晴れ晴れとしていた。
 それが本当に不思議だった。

「ごめんなさい……アネモネ……」

 顔をくしゃくしゃにして泣く私を、ジオンはそっと見守ってくれた。
 いつまでも隣にいてくれた。

 ようやく泣き止むと、私はベッドから抜け出し、窓に近づいた。
 そこから見える青空には、一点の雲も存在していなかった。
 ふいにジオンが隣に立った。

「ジオン……私、両親に本当のことを話そうと思う」

「そうですか」

 ジオンの返答は短い。

「それでね、もし私が家を勘当されたら……ついてきてくれる?」

「ええ、もちろん。最初からそのつもりでしたし」

「え?」

 ジオンに顔を向けると、彼は頬を赤らめていた。

「僕は……この家というか、あなたについていきたかったのです。その……だからライラック様にも歯向かったのです」

 長い間アネモネでいたからか、彼の言っていることがよく理解できない。
 しかし心が温かくなるのは分かった。
 私は再び窓に目を向けると、呟く。

「ありがとう」
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