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その日は、数日前と同じ大雨が降っていた。
コートが愛人を作りたいと言った日だ。
街に降り注ぐ雨の槍をぼうっと見つめながら、彼とのこれからについて考えていると、ふいに扉がノックされた。
「ティナ。ちょっと話があるんだけど、応接間まで来てもらっていいかな?」
それはコートの声だった。
「わかった」と私が返事をすると、言葉を返すこともなく、足音だけが遠ざかっていく。
何かあったのだろうか……嫌な予感を覚えつつも、私は簡単に支度をして部屋を出た。
……応接間に入った私は文字通り唖然とした。
そこにはコートと見知らぬ女性が、ソファに隣り合って座っていた。
「コート、そちらの女性は……?」
震える声でそう尋ねると、コートが向かいのソファに手をやった。
「ティナ。とりあえず座って話そう。な?」
私は頷くと、二人の向かいのソファに腰を下ろした。
恐る恐る女性に目を移すと、どうやら貴族令嬢のようで、とても美しい女性だった。
長い黒髪に、キリっとした細い目、スタイルも良いし……ん?
と、そこで私はそんなことをこの前誰かから聞いたことを思い出す。
そうだ、確かコートから聞いたのだ。
「ティナ。紹介するよ」
コートはそう口火を切ると、まるで自分の恋人を両親に紹介するような緊張感と共に話し始めた。
「彼女はマリアンヌ。この前言っていた、僕の愛する人だ。身分は男爵令嬢だが、良い意味でそれに似合わない人格者だ。見た目の美しさに加えて、内面も完璧……」
「え? いや、ちょっと待って……なんで? 彼女がマリアンヌだって分かったけど、どうしてこの場にいるの?」
疑問ばかりが奔流のように口から飛び出した。
あんなに耳障りだった雨の音が、今は何も聞こえなかった。
コートは決心を固めた瞳になると、ゆっくりと口を開いた。
「彼女が妊娠したんだ……僕の子だ。ティナ、お願いだ、どうか彼女の子供を育ててほしい。そして彼女と僕が関係を続けるのを承諾して欲しい」
「……は?」
殴られたような衝撃が走った。
マリアンヌと愛人関係になりたいと言ってきたのが、数日前、その日から関係を持ったとしてもこんな短期間に妊娠などするだろうか。
「コート……ま、待って、本当に彼女は妊娠しているの?」
「君の言いたいことは分かっているよ。こんな数日じゃ妊娠しないって言ってるんだろ。そのことについては本当に申し訳ないと思っている。実は……数日前話した時には、既にマリアンヌと男女の仲になっていたんだ」
「え?」
マリアンヌがすかさず口を開く。
「奥様。私からも謝罪をさせてください。本当に申し訳ありませんでした。しかし、これも仕方のないことなのです。コートは今まで誰にも愛情を持ったことがない純粋無垢な子でした。しかし悩んでいたんです。そんな自分を受け入れてくれる人が本当にいるのかと」
私は彼女を睨みつけると、「それで?」と怒気を込めた声を出す。
彼女は怯みながらも、はっきりとした口調で言葉を続ける。
「コートは思いました。奥様ではその気持ちを分かってくれないと。だから私と関係を持ったのです。私なら彼の気持ちを理解して、癒してあげられる。しかし私たちの関係が公になれば双方にとって不利益になるのは確実です。ですので、関係を続けたまま、子供だけを奥様にお渡しするのが賢明な判断かと思ったのです」
彼女の言いたいことが理解できなくもなかった。
確かに現状、私とコートの間には子供ができるはずもないし、それが体裁を悪くするものだとも知っている。
ならばいっそのこと愛人を作って子供を作り、子供だけを貰い、私とコートの子として育てる。
そうすれば丸く収まるのではないか……それと同義なことをマリアンヌは言っているのだ。
「マリアンヌ。あなたの言いたいことは理解できたわ。でもね、そういう考えは人としてどうかと思うし、契約上許されないのよ」
コートが愛人を作りたいと言った日だ。
街に降り注ぐ雨の槍をぼうっと見つめながら、彼とのこれからについて考えていると、ふいに扉がノックされた。
「ティナ。ちょっと話があるんだけど、応接間まで来てもらっていいかな?」
それはコートの声だった。
「わかった」と私が返事をすると、言葉を返すこともなく、足音だけが遠ざかっていく。
何かあったのだろうか……嫌な予感を覚えつつも、私は簡単に支度をして部屋を出た。
……応接間に入った私は文字通り唖然とした。
そこにはコートと見知らぬ女性が、ソファに隣り合って座っていた。
「コート、そちらの女性は……?」
震える声でそう尋ねると、コートが向かいのソファに手をやった。
「ティナ。とりあえず座って話そう。な?」
私は頷くと、二人の向かいのソファに腰を下ろした。
恐る恐る女性に目を移すと、どうやら貴族令嬢のようで、とても美しい女性だった。
長い黒髪に、キリっとした細い目、スタイルも良いし……ん?
と、そこで私はそんなことをこの前誰かから聞いたことを思い出す。
そうだ、確かコートから聞いたのだ。
「ティナ。紹介するよ」
コートはそう口火を切ると、まるで自分の恋人を両親に紹介するような緊張感と共に話し始めた。
「彼女はマリアンヌ。この前言っていた、僕の愛する人だ。身分は男爵令嬢だが、良い意味でそれに似合わない人格者だ。見た目の美しさに加えて、内面も完璧……」
「え? いや、ちょっと待って……なんで? 彼女がマリアンヌだって分かったけど、どうしてこの場にいるの?」
疑問ばかりが奔流のように口から飛び出した。
あんなに耳障りだった雨の音が、今は何も聞こえなかった。
コートは決心を固めた瞳になると、ゆっくりと口を開いた。
「彼女が妊娠したんだ……僕の子だ。ティナ、お願いだ、どうか彼女の子供を育ててほしい。そして彼女と僕が関係を続けるのを承諾して欲しい」
「……は?」
殴られたような衝撃が走った。
マリアンヌと愛人関係になりたいと言ってきたのが、数日前、その日から関係を持ったとしてもこんな短期間に妊娠などするだろうか。
「コート……ま、待って、本当に彼女は妊娠しているの?」
「君の言いたいことは分かっているよ。こんな数日じゃ妊娠しないって言ってるんだろ。そのことについては本当に申し訳ないと思っている。実は……数日前話した時には、既にマリアンヌと男女の仲になっていたんだ」
「え?」
マリアンヌがすかさず口を開く。
「奥様。私からも謝罪をさせてください。本当に申し訳ありませんでした。しかし、これも仕方のないことなのです。コートは今まで誰にも愛情を持ったことがない純粋無垢な子でした。しかし悩んでいたんです。そんな自分を受け入れてくれる人が本当にいるのかと」
私は彼女を睨みつけると、「それで?」と怒気を込めた声を出す。
彼女は怯みながらも、はっきりとした口調で言葉を続ける。
「コートは思いました。奥様ではその気持ちを分かってくれないと。だから私と関係を持ったのです。私なら彼の気持ちを理解して、癒してあげられる。しかし私たちの関係が公になれば双方にとって不利益になるのは確実です。ですので、関係を続けたまま、子供だけを奥様にお渡しするのが賢明な判断かと思ったのです」
彼女の言いたいことが理解できなくもなかった。
確かに現状、私とコートの間には子供ができるはずもないし、それが体裁を悪くするものだとも知っている。
ならばいっそのこと愛人を作って子供を作り、子供だけを貰い、私とコートの子として育てる。
そうすれば丸く収まるのではないか……それと同義なことをマリアンヌは言っているのだ。
「マリアンヌ。あなたの言いたいことは理解できたわ。でもね、そういう考えは人としてどうかと思うし、契約上許されないのよ」
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