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幕間
-幕間-
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ダンピールという生き物がある。
簡単にいうと、ヴァンパイアと人間の混血だ。
しかし同じ混血でも、ハーフ・ヴァンパイアとは異なる。
彼らはある意味、純血のヴァンパイアをも超える存在であるからだ。
ヴァンパイアから疎まれ、忌むべき血として蔑まれる。
同族殺し。
それがヴァンパイアからダンピールに与えられる呼称だった。
ダンピールはヴァンパイアの眷属でありながら、ヴァンパイアを殺すことができる。
ヴァンパイアの血はダンピールにとって食事になり得るが、対してダンピールの血はヴァンパイアにとって毒以外の何物でもない。
リュシアン・ジンがそのダンピールだった。
ダンピールであるがゆえに、太陽も十字架もニンニクも恐怖の対象ではなく、人間の食事でも十分に空腹を癒すことができる(ただし雑食は勘が鈍るため、あまりしないほうがいいとされている)
とはいえ血を欲しがらないこともないわけで、頻繁でないにしろ、ときどきヴァンパイアの血が体をむずむずさせることがある。そういう状態は決して我慢できないものでもないので、これまでリュシアンは上手くやり過ごしてきた。
ところが今回は違う。
はっきりと違いがわかる。
獲物は、ミロ・アレオッティ。
そう血が告げた。
頭の中は赤一色に染め上げられ、獲物以外なにも考えられなくなっている。
欲しい。
欲しい。
欲しい。
あの白い首に、牙を突き立て、その赤い血の興奮に酔いしれたい。
欲しい…欲しい…欲しい……
この身体の滾りは本当に恋情に似ている。
これほどまでに特定の人物の血を渇望したのは、リュシアンの長い生において、まだ二度目だった。
一度目は、母親。
狂った父親に襲われ、吸血される姿を目撃したときだ。
死の恐怖に顔を歪ませながらも、母親の目は恍惚と見開き、淫靡な光に煌めいていた。
まなじりから零れた涙は背徳の塵埃を押し流し、爪の折れた手は、自身の生命を奪う最愛の魔物の首にまわり、最後まで落ちることはなかった。
両親の姿は、リュシアンの目には、さがなら一幅の宗教画のように映った。
父親は我に返ったのか、悲痛の叫びを残して家を飛び出し、以来、生死不明。
まだ死に切れていない母親の肉体を前にして、残された子供は己が血のささやきの導くままに、その首へと牙を突き立てた。
あのときの感覚が再び甦ってきた。
忘れて久しい衝動は、忘れられてしまうくらい、リュシアンの生に関わり薄かったのに。
ダンピールにとっては、生きるうえでなくても一向にかまわないものなのに。
それでも、甦った。
甦って、思い出して、驚愕し、感嘆する。
あれはこんなにも甘美で、抗いがたいものだったのか、と。
こんなにも強欲で、節操がなくて、だだをこねる子供のように身体じゅうを巡り、そしてリュシアンを急かすのだ。
速く……速く……
もう待ちきれない。
待たせないで。
あの血で満たして――…
リュシアンは自分自身を宥めにかかる。
ああ、わかっている。
少しは待て。
獲物は逃げないのだから。
「そう」
――私は、彼を、逃がしません。
簡単にいうと、ヴァンパイアと人間の混血だ。
しかし同じ混血でも、ハーフ・ヴァンパイアとは異なる。
彼らはある意味、純血のヴァンパイアをも超える存在であるからだ。
ヴァンパイアから疎まれ、忌むべき血として蔑まれる。
同族殺し。
それがヴァンパイアからダンピールに与えられる呼称だった。
ダンピールはヴァンパイアの眷属でありながら、ヴァンパイアを殺すことができる。
ヴァンパイアの血はダンピールにとって食事になり得るが、対してダンピールの血はヴァンパイアにとって毒以外の何物でもない。
リュシアン・ジンがそのダンピールだった。
ダンピールであるがゆえに、太陽も十字架もニンニクも恐怖の対象ではなく、人間の食事でも十分に空腹を癒すことができる(ただし雑食は勘が鈍るため、あまりしないほうがいいとされている)
とはいえ血を欲しがらないこともないわけで、頻繁でないにしろ、ときどきヴァンパイアの血が体をむずむずさせることがある。そういう状態は決して我慢できないものでもないので、これまでリュシアンは上手くやり過ごしてきた。
ところが今回は違う。
はっきりと違いがわかる。
獲物は、ミロ・アレオッティ。
そう血が告げた。
頭の中は赤一色に染め上げられ、獲物以外なにも考えられなくなっている。
欲しい。
欲しい。
欲しい。
あの白い首に、牙を突き立て、その赤い血の興奮に酔いしれたい。
欲しい…欲しい…欲しい……
この身体の滾りは本当に恋情に似ている。
これほどまでに特定の人物の血を渇望したのは、リュシアンの長い生において、まだ二度目だった。
一度目は、母親。
狂った父親に襲われ、吸血される姿を目撃したときだ。
死の恐怖に顔を歪ませながらも、母親の目は恍惚と見開き、淫靡な光に煌めいていた。
まなじりから零れた涙は背徳の塵埃を押し流し、爪の折れた手は、自身の生命を奪う最愛の魔物の首にまわり、最後まで落ちることはなかった。
両親の姿は、リュシアンの目には、さがなら一幅の宗教画のように映った。
父親は我に返ったのか、悲痛の叫びを残して家を飛び出し、以来、生死不明。
まだ死に切れていない母親の肉体を前にして、残された子供は己が血のささやきの導くままに、その首へと牙を突き立てた。
あのときの感覚が再び甦ってきた。
忘れて久しい衝動は、忘れられてしまうくらい、リュシアンの生に関わり薄かったのに。
ダンピールにとっては、生きるうえでなくても一向にかまわないものなのに。
それでも、甦った。
甦って、思い出して、驚愕し、感嘆する。
あれはこんなにも甘美で、抗いがたいものだったのか、と。
こんなにも強欲で、節操がなくて、だだをこねる子供のように身体じゅうを巡り、そしてリュシアンを急かすのだ。
速く……速く……
もう待ちきれない。
待たせないで。
あの血で満たして――…
リュシアンは自分自身を宥めにかかる。
ああ、わかっている。
少しは待て。
獲物は逃げないのだから。
「そう」
――私は、彼を、逃がしません。
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