戦国異伝~悠久の将~

海土竜

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臥薪嘗胆の天下人

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 何となく、助けた縁で千絵の家にかくまってもらう事になった。
 おさない弟と二人で暮らしている町娘の家に身を隠さねばならないとは、何たる屈辱、それもこれも徳川家康の狸爺のせいだ。
 しかし、天下人たるもの一宿一飯の恩は返さねばなるまい。

「どれ、薪でも割ってやるか」

 町人は薪があれば大抵の事は事足りるらしい。
 真田信繁も逢坂城に来て直ぐは毎日憑りつかれたように薪を割っていたからな。
 あの禿げに出来るのだ、天下人にとっては造作もない事よ。
 確か、木を立てて、斧を振るえば……。
 ……斬れてない?
 何だこの斧は、刃がなまっているんじゃないか?
 道具も碌に手入れできんとは、余程貧しい生活をしているのかもしれん。
 それもこれも、豊臣の天下で皆が平安に暮らしていたというのに、狸爺が戦を始めたからだ!
 大人しく隠居して、即身仏にでもなってればいいものを!
 考えただけで腹立ってきた!

「こうなれば、名刀ヨシミツで一刀両断にしてくれよう!」

 ふはは、細切れになるがよい! 見たか! 薪が豆腐の様だ! いや、トコロテンだ!

「秀頼にーちゃんスゲー!」

 おっ何だ、弟の六三四か。
 ずっと、そこで見てたのか?

「ふっふっふ、これこそが二天一流を極める鍛錬よ」

「そうなんだー、カッコいいなー」

 こいつ暇なのか?
 まぁ、子供だしする事もないのだろう。

「よし、六三四お前もやって見ろ」

「いいの?!」

 六三四は目を丸くして跳び上がった。
 そんなにうれしいのか?
 信繁も毎日飽きもせずに割っていたし、町人とは薪割りが楽しいのかもしれん。
 生活のための労働が娯楽になるとは、まさに生まれながらにしての町人よ!
 さぁ、存分に天下人のために薪を割るがよい!

「六三四、邪魔しちゃだめよ。秀頼様、お茶が入りました」

「うむ、千絵か。では、いただくとしよう」

 ――美味い!
 体を動かした後のお茶は実に美味いな。
 しかし、お茶と言えば、父上の入れたお茶は不味かったな。
 三茶道の千利休に習ったと言っていたが、緑色の皮膚に纏わりついてくる瘴気が立ち上るドロドロとした物体のようなあのお茶は毒でも入っていたんじゃないかと思うほど不味かった。
 いや、実際毒だった。
 飲んだ後しばらくは腹の調子がおかしかったしな。
 あのお茶を毎日百人に振る舞おうとしたなど、新手の拷問であろう。

「千絵の入れたお茶は美味いな」

「ホントですかっ。ありがとうございます」

 頬を赤らめるほど喜ぶとは、美味いと言ってもサルの入れた茶よりはなんだがな。こう喜ばれると、もう少し褒めてやりたくなると言うもの。

「うむ、千利休の入れた茶より美味い、三茶道に加えてやっても良いくらいだ」

「千利休様ですか?」

「知らんのか?」

「はい、すいません。……茶人と言えば、武野紹鴎様くらいしか……」

 武野紹鴎? 千利休の師匠だったかな、えらく古いのを出して来るな。

「まぁ、いい、それより、この辺りで、徳川の武士を見かけなかったか?」

「徳川ですか? すいません、お武家様には疎いもので……」

 千利休はともかく、徳川も知らんのか。
 町人の知識とはこの程度なのか?
 いや、関東の田舎者の狸爺の知名度がそれだけ低いという事だな。

「そんな低い知名度で、豊臣家に逆らおうなどと……」

「豊臣家? それも知りません」

「なんだとー!」

 何という事だ、天下人たる豊臣家を知らんだと?
 自分の主人が誰かも知らんとはなんという事だ!
 書を見て文字を知らぬが如し、空を見て太陽を知らぬが如し!
 いや、下々の者というのは、雲の上の太陽など知る由もないという事か。

「……そうか、ならば、この辺りの武家で誰の名を知っている?」

「えーっと、足利義輝様に、松永久秀様なら……」

 足利義輝だと? 
 何時の時代の将軍やねん!
 いやいや、つっこんでいる場合じゃないな。
 松永、松永は……、そうそう、父上が茶釜に火薬仕込んで、座布団の下に隠してたのを知らずに踏んで爆死した奴だっけ?
 けつが爆発して月まで吹っ飛んだなど、後世に残る間抜けな死に方に同情の余地はあるが、物の価値の分からぬサルに、名物を自慢したりするからそういう目に合う。
 言うなれば、自業自得だな。
 しかし、町人の知識とはこの程度のものなのか?
 ここまで無知とは思ってもみなかった。
 もう少し教育に力を入れねばいかんな、そう言えば、長宗我部盛親も学校作らなきゃって言ってたしな。
 徳川の狸爺を成敗した後で考えるか。
 考えようによっては、多少出歩いたところで追手に見つかる心配もない訳だし、好都合なのかもしれんな。
 やはり、情報は自分の足で集めなくては。
 情報収集と言えば……む、ふっふっふふ……。

「居やがったな!」

 突然、秀頼が茶を飲んでいる縁側にまで男の怒鳴り声が響いた。
 まさか、徳川の追手に嗅ぎつけられたのか!
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