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力いっぱい薪で叩く。
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ここで捕まる訳にはいかない!
どうする? 裏から逃げるか?
……いや、ただ逃げたのでは、直ぐに追いつかれてしまう。
何とかして時間を稼がねば。
よし、千絵に……、ダメだな、役に立ちそうもない。
何とかせねば、何とか……考えろ……。
その時、周りの騒ぎにも気づかず無心で薪を割る六三四の姿が目に入った。
……これだ。
「六三四、いくら薪を割った所で強くはなれん。剣術とは、実戦が要よ! だが、太刀はまだ扱えまい、そこで今割った薪を使って、あの無作法者を成敗してみよ!」
「はい、師匠!」
六三四は両手に木片を握り、力強く答えた。
「いい返事だ、いいか、こっそり近づいて後頭部を狙うんだ、後頭部だぞ」
よし! これで時間を稼いでいる隙に、逃げ出しさえすれば……。
「今日という今日は、逃がさねえぜ」
「待ってください、お金は必ず払いますから……」
ん? なんだか様子がおかしいな、徳川の追手じゃないのか?
こっそり覗いてみると、玄関でガラの悪そうな男に千絵が何度も頭を下げている。
見た目からしても武士には程遠い町のごろつきと言った所だ。
どんな事情があるのかは知らんが、世話になった千絵に頭を下げさせるなど、天下人として許して置けぬ!
「下郎どもいい度胸だ……。叩き斬って刀の錆にしてくれるはっ!」
「何だ貴様は! やろうって言うのか!」
「ふっふっふ……、町人風情が、天下人の剣を見せてやろう……」
「お待ちなさい」
いかにも性格の悪そうな恰幅の好い男がごろつき共を制して前に出て来る。
絵に描いたような悪徳商人面ではないか、これは問答無用で叩き切るしかあるまい!
「待て、待ってくれ……。なんて気の短い奴だ。こっちには、お上の定めた正式な借金の証文もあるんだ」
「何だと? そんな物を認めた記憶はないぞ」
「この千絵には、うちの大事な商品をいくつも台無しにされてしまって、特に大事な宿木を無駄にしたのは許せん! その代金を支払ってもらわないとならんのですよ」
借金の取り立てに来たのか。
こいつの悪人面は見れば見るほど斬りたくなるが、下手に騒ぎを起こして、徳川の追手に気づかれてしまっては元も子もない。
金で解決できるなら、穏便に済ますのもありか。
「ほう、それは如何ほどなのか?」
「おや、お武家様が払っていただけるのですかい? この千絵の借金を、……これだけなんですがね」
いかにも悪だくみをしていそうな笑いを浮かべた男が指を二本立てる。
「ふむ、二百両か」
速水守久に持ってこさせれば何とかなるか……、いや、あいつ介錯するって叫んでいたな。
ここで金をくれなんて言ったら、また「武士の本懐がっ」とか言って斬りかかってくるかもしれん……。
「二両だ!」
「二両でいいのか? よし、それなら……、今は手持ちがないが城まで取りに来い」
「それはそれは、さて、どこのお城ですかな?」
まてよ? 逢坂城まで取りに行かせるのはまずいか。徳川の兵と鉢合わせして、俺の居場所をしゃべられるかもしれん。
「あー、いや、やっぱ、取って来るからちょっと待ってろ」
「おやおや、こっちは千絵に随分待たされているんですよ? これ以上いつまで待たそうというのですかい?」
「だからー、城まで行って帰って来る間だ……」
くっ、やっぱ、この悪人面がむかつくな。
斬るか?
斬っちまうか?
どうせなら、悪人面は斬ってもいいという布告も出すか?
「ぐぎゃぁ!」
突然汚い悲鳴が部屋の中に響く!
なんだ? まだ斬ってもないのに悪人面が目ん玉飛び出しそうな顔をして倒れやがったぞ?
まさか、考えるだけで人を殺める事が出来る天下人の隠された力が目覚めたのか!
この俺の真の力が!
隠されていた才能が!
最早、徳川も恐るるに足らん……。
真の天下人となった俺の前に、世界がひれ伏す時が来たのだ!
「何しやがるんだ、このがきめ!」
「何て事をするの!」
狼狽えて怒鳴り声を上げる男に、蒼白になって今にも倒れそうな千絵。その間に両手に棒を持って、誇らしげに立つ六三四。
まさか、やりやがったのか、本当に昏倒するほど後頭部を殴ったのか!
何て奴だ、人が穏やかに交渉していたというのに、卑怯にも後ろから殴りつけるとは。
これだから、加減を知らん子供は恐ろしい……。
「旦那様しっかりしてくださいやせぇ」
「やりましたよ、師匠!」
「あぁ、六三四が人様を殴りつけるなんて……」
どうするんだ、折角まとまりかけてた話がグダグダじゃないか。
こうなったら、この流れに乗るしかない。
「ふっふっふ、これ以上酷い目に合いたくなかったら、大人しく待っているんだな!」
「くっ、何て奴等だ! 覚えていろ!」
「はっはっは、貴様らこそ、天下人の力を覚えておくがよい!」
悪人面を引きずって帰る奴等に散々罵声を浴びせはしたものの、冷静に考えると、借金を返して穏便に済ました方が得策だな。
ここは金を工面しておくか。
なに、二両くらいどうとでも成る。
どうする? 裏から逃げるか?
……いや、ただ逃げたのでは、直ぐに追いつかれてしまう。
何とかして時間を稼がねば。
よし、千絵に……、ダメだな、役に立ちそうもない。
何とかせねば、何とか……考えろ……。
その時、周りの騒ぎにも気づかず無心で薪を割る六三四の姿が目に入った。
……これだ。
「六三四、いくら薪を割った所で強くはなれん。剣術とは、実戦が要よ! だが、太刀はまだ扱えまい、そこで今割った薪を使って、あの無作法者を成敗してみよ!」
「はい、師匠!」
六三四は両手に木片を握り、力強く答えた。
「いい返事だ、いいか、こっそり近づいて後頭部を狙うんだ、後頭部だぞ」
よし! これで時間を稼いでいる隙に、逃げ出しさえすれば……。
「今日という今日は、逃がさねえぜ」
「待ってください、お金は必ず払いますから……」
ん? なんだか様子がおかしいな、徳川の追手じゃないのか?
こっそり覗いてみると、玄関でガラの悪そうな男に千絵が何度も頭を下げている。
見た目からしても武士には程遠い町のごろつきと言った所だ。
どんな事情があるのかは知らんが、世話になった千絵に頭を下げさせるなど、天下人として許して置けぬ!
「下郎どもいい度胸だ……。叩き斬って刀の錆にしてくれるはっ!」
「何だ貴様は! やろうって言うのか!」
「ふっふっふ……、町人風情が、天下人の剣を見せてやろう……」
「お待ちなさい」
いかにも性格の悪そうな恰幅の好い男がごろつき共を制して前に出て来る。
絵に描いたような悪徳商人面ではないか、これは問答無用で叩き切るしかあるまい!
「待て、待ってくれ……。なんて気の短い奴だ。こっちには、お上の定めた正式な借金の証文もあるんだ」
「何だと? そんな物を認めた記憶はないぞ」
「この千絵には、うちの大事な商品をいくつも台無しにされてしまって、特に大事な宿木を無駄にしたのは許せん! その代金を支払ってもらわないとならんのですよ」
借金の取り立てに来たのか。
こいつの悪人面は見れば見るほど斬りたくなるが、下手に騒ぎを起こして、徳川の追手に気づかれてしまっては元も子もない。
金で解決できるなら、穏便に済ますのもありか。
「ほう、それは如何ほどなのか?」
「おや、お武家様が払っていただけるのですかい? この千絵の借金を、……これだけなんですがね」
いかにも悪だくみをしていそうな笑いを浮かべた男が指を二本立てる。
「ふむ、二百両か」
速水守久に持ってこさせれば何とかなるか……、いや、あいつ介錯するって叫んでいたな。
ここで金をくれなんて言ったら、また「武士の本懐がっ」とか言って斬りかかってくるかもしれん……。
「二両だ!」
「二両でいいのか? よし、それなら……、今は手持ちがないが城まで取りに来い」
「それはそれは、さて、どこのお城ですかな?」
まてよ? 逢坂城まで取りに行かせるのはまずいか。徳川の兵と鉢合わせして、俺の居場所をしゃべられるかもしれん。
「あー、いや、やっぱ、取って来るからちょっと待ってろ」
「おやおや、こっちは千絵に随分待たされているんですよ? これ以上いつまで待たそうというのですかい?」
「だからー、城まで行って帰って来る間だ……」
くっ、やっぱ、この悪人面がむかつくな。
斬るか?
斬っちまうか?
どうせなら、悪人面は斬ってもいいという布告も出すか?
「ぐぎゃぁ!」
突然汚い悲鳴が部屋の中に響く!
なんだ? まだ斬ってもないのに悪人面が目ん玉飛び出しそうな顔をして倒れやがったぞ?
まさか、考えるだけで人を殺める事が出来る天下人の隠された力が目覚めたのか!
この俺の真の力が!
隠されていた才能が!
最早、徳川も恐るるに足らん……。
真の天下人となった俺の前に、世界がひれ伏す時が来たのだ!
「何しやがるんだ、このがきめ!」
「何て事をするの!」
狼狽えて怒鳴り声を上げる男に、蒼白になって今にも倒れそうな千絵。その間に両手に棒を持って、誇らしげに立つ六三四。
まさか、やりやがったのか、本当に昏倒するほど後頭部を殴ったのか!
何て奴だ、人が穏やかに交渉していたというのに、卑怯にも後ろから殴りつけるとは。
これだから、加減を知らん子供は恐ろしい……。
「旦那様しっかりしてくださいやせぇ」
「やりましたよ、師匠!」
「あぁ、六三四が人様を殴りつけるなんて……」
どうするんだ、折角まとまりかけてた話がグダグダじゃないか。
こうなったら、この流れに乗るしかない。
「ふっふっふ、これ以上酷い目に合いたくなかったら、大人しく待っているんだな!」
「くっ、何て奴等だ! 覚えていろ!」
「はっはっは、貴様らこそ、天下人の力を覚えておくがよい!」
悪人面を引きずって帰る奴等に散々罵声を浴びせはしたものの、冷静に考えると、借金を返して穏便に済ました方が得策だな。
ここは金を工面しておくか。
なに、二両くらいどうとでも成る。
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