World of Fantasia

神代 コウ

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帰るべき場所へ帰す

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 部隊の要として機能していた男が倒れた事により、司令部は一気に統率力を失う。敵の攻撃も急激に増え、皆オイゲンと同じように身体に繋がれた糸から振動が流れ込み、内側から破壊されていく。

 防御力というもの意味を成さない攻撃に、見える敵との戦闘とは全く違った恐怖が一行を陥れる。その中で未だ順番が来ていなかったツバキも、周りの阿鼻叫喚にいつもの減らず口も出てこなかった。

「おいおい・・・おいおいおい・・・!そんな・・・嘘だろ!?みんな死んじまってるのか!?オイゲンッ・・・!目を覚ませよ!オイゲンッ!!」

 彼がいるだけで司令部にいる者達は、心のどこかでここは安全だと安堵していた部分も大いにあった事だろう。その支えが取り除かれた事で、今目の前で起きている現象が現実のものであるという確信を失ってしまっていた。

 何かの冗談であってくれと、ツバキは倒れるオイゲンの身体を大きく揺らす。しかし彼の言葉にオイゲンが返事をする事はなく、次第に司令部の護衛や警備隊の数も少なくなっていく。

 大の大人が苦しんで倒れる場面を目にして、ツバキの不安も頂点に達しようとしていた。胸を突き破りそうなほど大きく鼓動を打ち鳴らす心臓が、少年の小さな身体に流れる正常なリズムを狂わせ、呼吸器系にも影響を及ぼし息が上がる。

 すると次の瞬間、ツバキの身体に繋がれた糸がピンと張り詰める。いよいよこの時が来た。今まで散々見せつけられてきた苦悶の表情を浮かべながら倒れていく味方と同じように、自分の順番が来たのだとツバキは悟った。

 何をしても糸を切り離すことは出来なかった。だがその予兆が来た瞬間に、少年の気持ちは最早これまでといった様子で落ち着きを取り戻したのだ。諦めにも近かったが、冷静さを取り戻したツバキは少しでも自分に出来ることを残していこうと、オイゲンの手放したタブレットから宮殿の復旧したカメラを使い生存者を探す。

 時間にして数秒の出来事だっただろう。瞬きをするような刹那の時間で切り替えたカメラの映像に、まだ生存していた数人の人影を見つける。どこかの一室に留まっているのか、外の騒がしさにも惑わされることなく、その人物達は優雅なひと時を送っていた。

「な・・・何を・・・」

 空っぽの脳内に飛び込んで来たまさかの映像に、情報の処理が追いつかない様子のツバキ。そこで彼の意識は途絶えてしまった。司令室で見てきた光景とは違い、胸に衝撃を受けるも声を上げることはなかったツバキ。

 どうやら彼には痛みを感じる程の余韻がなかったのか。薄れゆく視界の中で見たタブレットの映像は、時折何度か白い光を放ちながら、群がる謎の人物達を退けていた。

 ツバキが意識を失う頃には、あれだけ騒がしかった司令室もすっかり静まり返っていた。虚しく聞こえて来るのは、未だ身体が動く者達が宮殿の何処かで、オイゲンらの指示を待ちながら戦う音だけ。

 生存者の気配がなくなった司令室からは、集まっていた謎の人物達も現れなくなり、外傷の無いまっさらな者達が倒れる、まるで多くの人形が倒れているかのような何とも不気味な光景だけが残された。

 ツバキが最後に見ていた映像。そこに映っていたのはリヒトル一行だった。扉越しに聞こえてくる物音が次第に静まり返るのを感じながら、リヒトルとイーリスは彼女の入れた紅茶を飲みながら、その最後の時を待っているようだった。

 その身体には、オイゲンやツバキ達と同じように床や壁から伸びている糸が繋がれていた。司令部だけでなく、順序はあれど宮殿のどこにいても彼らを捉える何者かの糸は、生者の探し出し繋がれていた。

「どうやら犯人も、総仕上げに取り掛かったようだな」

「外が静かになってきたわね。みんなやられてしまったのかしら・・・?」

「恐らくは・・・ね」

「犯人は宮殿にいる全員を殺すのが目的だったのでしょうか?」

 リヒトルの指示でブルースの居た部屋を調べに行っていたマイルズ。司令塔の騒動の間に彼は、リヒトルの言うように何らかの手掛かりを得て戻ってきていたようだ。

「殺す・・・とは少し違うな。君なら分かるんじゃないか?マイルズ。消えゆく魂の動きが死にゆく者達のものとは違うだろ?」

「これは・・・何処かへ帰っている・・・?」

「そうだ、流石なだマイルズ」

「でも、ずっと部屋にいらっしゃったリヒトル様が何故それを?」

「全員を始末するつもりなら、とっくに我々は死んでいるだろう。わざわざまどろっこしく、一人一人殺すのには何か理由があったのではないか。そして恐らく、犯人はターゲット以外のその他大勢を殺すつもりはない無いようだ」

「まさかッ・・・!いつからそれにお気付きで!?」

 リヒトルは口角を上げて不敵な笑みを浮かべるだけで、マイルズの質問には答えなかった。だがこうなってしまった以上、犯人の思惑に乗る以外にすることはないと、リヒトルはいつ来るかも分からない犯人の攻撃をまるで受け入れるかのように、カップを口に運び最後の一口を味わう。

「この糸で何らかの攻撃を仕掛けるつもりなのだろうが、それで我々が死ぬことはないだろう。大人しく犯人の攻撃を待つ他あるまい」

「じゃぁ周りの子達に襲われても同じじゃない?」

「生を実感したいのであればそれもいいが、安らかに逝きたいのであれば犯人が直接手を下してくれるのを待つべきだ」

 謎の人物らの攻撃は対象の体力を大きく削る。疲労で心身共に消耗させられるよりも、犯人の思いやりを素直に受け取る方が利口だとリヒトルは語る。謎の人物らの攻撃はあくまで本来の目的を達成する為の時間稼ぎに過ぎず、目的が達成されたのならより確実な糸による攻撃で一斉に魂を帰すつもりだと、相手の思考を読んだのだ。

「あら、じゃぁ私達はもう犯人の“掌の上“だった訳ね?」

「こんなもの、早々に気付ける筈もない。犯人はこの時の為に入念に計画を練っていたと見るべきだ。そして恐らく、我々の魂があるべき場所に帰っても、正体を暴かれない自信があるのだろう」

「こんな大それた事、一体誰が・・・」

 彼らが犯人による攻撃を覚悟した頃、身体に繋がれた糸が弛みを伸ばし一直線に張り詰める。それと同時に、これまで周囲から攻撃を仕掛けていた謎の人物達の動きがピタリと止まる。

 まるでリヒトルらの旅立ちを見送る、参列者かのように・・・。
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