World of Fantasia

神代 コウ

文字の大きさ
996 / 1,646

弱点への理解

しおりを挟む
 獣人族と類似した部分の多い狂気の獣。その容姿もさる事ながら、人間の身体能力を優に超える生物としてのポテンシャルの高さと、自然の中で他の生物から気取られない為の、気配を消すという能力までも持っていた。

 そして今、その獣人達の長であり自分達によく似た生物上の特徴を持つモンスターと言っても相違ない獣の変貌から、目が離せずにいた。負傷した獣人がアズールに伝えたように、その獣の肉体強化は彼ら獣人族から見ても異形なものだった。

 ケツァルが見せた上半身と下半身の一部の筋肉を隆起させる、一撃に全てを乗せるための爆発的な瞬発力を得る為のものと大きく異なるのは、全身をまるで鎧で覆うように筋肉を隆起させ、より獣らしく四足歩行に特化していた。

 身体能力の高さという強い武器を持っている彼らでさえも、その獣の変化を目前にして足が動かない。視線が釘付けになるとはまさにこの事なのだろう。美しいものに見惚れてしまうというものの例えで使われるよりも、今目の前に迫るものがこれから自分の身に不幸を齎すだろうという表現で使われる方が、より身に染みて伝わるだろう。

 大型車が身近なところをスピードを出して走り抜けた時や、特急の電車が駅のホームを走り抜ける時に感じる風や音に混じる無自覚の内の恐怖。理不尽に振われた暴力のその先や、大きな失態による責任を問われる直前など、人によって知らず知らずの内に体験しているであろう身近な恐怖。それが今のアズール達の目の前に広がっていた。

 彼らが我に帰ったのは、獣が肉体強化を完了しその力の一部を試すかのように上げた咆哮だった。鼓膜を震わせる叫びが、獣の変貌した姿と戦闘能力を周囲に知らしめるように伝わる。

 「うッ・・・!?仲間を呼ばれたか?」

 「違うんだッ!これは他の奴らに、“これは俺の獲物だ“と誇示する行動のようで、強化後は他の奴らは近づかない・・・」

 獣と対峙していなければ分からなかった事。それは、肉体強化に入った獣は他の個体に獲物を譲らない為に、縄張りを主張する咆哮だということだ。物音や気配に敏感になっていたアズール達には知ることのなかった情報の一つ。

 「初耳だぞ?何故その情報が回ってこない?」

 「分かるだろ!?伝える前に殺されちまうからだ!部隊の数や力量によっては生き残れる場合もある。実際この部隊もそうだった。初めの獣は何とかなったが、犠牲者が出ちまったおかげでこの通り・・・。勝っても負けても次はねぇんだよ・・・」

 リナムルを離れていたアズールの元に届けられた情報。それはあくまで事態の発端と、その時点で知り得ていた情報の一部でしかない。実際は獣達と直面することで新たな事態と情報が加わる。

 手元にない情報が加われば部隊は混乱する。咄嗟の出来事に対応できるほど人員が多い訳でもなければ、敵対象を圧倒出来るだけの戦力を有している訳でもない。かといって、他の部隊に助けを求めている余裕もない。

 その場で直面した問題に、その場で持ち得る手札で対応し乗り切ることを要求される。たまたま配属された部隊の人数と戦力が十分であれば、アズールの駆けつけた彼のように生き残ることも可能だったようだが、その後は見ての通りの状況となる。

 「アレの戦力はどれくらいだ?」

 「強化を入れた武闘派が三人で漸く互角か・・・或いはそれ以上って感じだ。前の奴と戦った時は連携が上手くいったおかげもある。それを考慮するなら、後者の判断をした方がいい」

 「三人でやっとか・・・。これは骨が折れるな」

 そう言いながらも、アズールは身に纏った装飾を脱ぎ捨て、自身の肉体強化に入る。獣とは違い、ケツァルの強化と同じように上半身を中心とした二足歩行型の肉体強化がなされていく。

 しかし、肉体強化により四足獣となった獣は、アズールの強化を待っているなどという都合のいい真似はしなかった。まだ強化が完了していない状態のアズールに、しっかりその恐怖を与えた四足獣は、まるで爆弾でも爆発したかのような土煙を上げて飛び掛かってきた。

 一見すれば完全に無防備なところに攻撃を受けるというかなり致命的な場面のようだが、そんな自分達の弱点を知らぬアズールではなかった。彼は獣の急接近を前に、口角を上げて不適な笑みを浮かべる。

 「己の最大の隙を理解していないとでも思ったか?貴様のような知性の無い獣でも分かる弱点は、理解を深めることで相手を誘い込むチャンスにも成り得る・・・」

 アズールは肉体強化の段階を強制的に一時停止し、大掛かりに差し向けられた大砲の弾のように駆け抜ける獣の勢いを利用し、一瞬の間にその前足を低い体勢で捕らえると、後方に向けて勢いよく投げつけた。
しおりを挟む
感想 5

あなたにおすすめの小説

やさしい異世界転移

みなと
ファンタジー
妹の誕生日ケーキを買いに行く最中 謎の声に導かれて異世界へと転移してしまった主人公 神洞 優斗。 彼が転移した世界は魔法が発達しているファンタジーの世界だった! 元の世界に帰るまでの間優斗は学園に通い平穏に過ごす事にしたのだが……? この時の優斗は気付いていなかったのだ。 己の……いや"ユウト"としての逃れられない定めがすぐ近くまで来ている事に。 この物語は 優斗がこの世界で仲間と出会い、共に様々な困難に立ち向かい希望 絶望 別れ 後悔しながらも進み続けて、英雄になって誰かに希望を託すストーリーである。

異世界に転移したら、孤児院でごはん係になりました

雪月夜狐
ファンタジー
ある日突然、異世界に転移してしまったユウ。 気がつけば、そこは辺境にある小さな孤児院だった。 剣も魔法も使えないユウにできるのは、 子供たちのごはんを作り、洗濯をして、寝かしつけをすることだけ。 ……のはずが、なぜか料理や家事といった 日常のことだけが、やたらとうまくいく。 無口な男の子、甘えん坊の女の子、元気いっぱいな年長組。 個性豊かな子供たちに囲まれて、 ユウは孤児院の「ごはん係」として、毎日を過ごしていく。 やがて、かつてこの孤児院で育った冒険者や商人たちも顔を出し、 孤児院は少しずつ、人が集まる場所になっていく。 戦わない、争わない。 ただ、ごはんを作って、今日をちゃんと暮らすだけ。 ほんわか天然な世話係と子供たちの日常を描く、 やさしい異世界孤児院ファンタジー。

スーパーの店長・結城偉介 〜異世界でスーパーの売れ残りを在庫処分〜

かの
ファンタジー
 世界一周旅行を夢見てコツコツ貯金してきたスーパーの店長、結城偉介32歳。  スーパーのバックヤードで、うたた寝をしていた偉介は、何故か異世界に転移してしまう。  偉介が転移したのは、スーパーでバイトするハル君こと、青柳ハル26歳が書いたファンタジー小説の世界の中。  スーパーの過剰商品(売れ残り)を捌きながら、微妙にズレた世界線で、偉介の異世界一周旅行が始まる!  冒険者じゃない! 勇者じゃない! 俺は商人だーーー! だからハル君、お願い! 俺を戦わせないでください!

虚弱生産士は今日も死ぬ ―遊戯の世界で満喫中―

山田 武
ファンタジー
今よりも科学が発達した世界、そんな世界にVRMMOが登場した。 Every Holiday Online 休みを謳歌できるこのゲームを、俺たち家族全員が始めることになった。 最初のチュートリアルの時、俺は一つの願いを言った――そしたらステータスは最弱、スキルの大半はエラー状態!? ゲーム開始地点は誰もいない無人の星、あるのは求めて手に入れた生産特化のスキル――:DIY:。 はたして、俺はこのゲームで大車輪ができるのか!? (大切) 1話約1000文字です 01章――バトル無し・下準備回 02章――冒険の始まり・死に続ける 03章――『超越者』・騎士の国へ 04章――森の守護獣・イベント参加 05章――ダンジョン・未知との遭遇 06章──仙人の街・帝国の進撃 07章──強さを求めて・錬金の王 08章──魔族の侵略・魔王との邂逅 09章──匠天の証明・眠る機械龍 10章──東の果てへ・物ノ怪の巫女 11章──アンヤク・封じられし人形 12章──獣人の都・蔓延る闘争 13章──当千の試練・機械仕掛けの不死者 14章──天の集い・北の果て 15章──刀の王様・眠れる妖精 16章──腕輪祭り・悪鬼騒動 17章──幽源の世界・侵略者の侵蝕 18章──タコヤキ作り・幽魔と霊王 19章──剋服の試練・ギルド問題 20章──五州騒動・迷宮イベント 21章──VS戦乙女・就職活動 22章──休日開放・家族冒険 23章──千■万■・■■の主(予定) タイトル通りになるのは二章以降となります、予めご了承を。

異世界召喚でクラスの勇者達よりも強い俺は無能として追放処刑されたので自由に旅をします

Dakurai
ファンタジー
クラスで授業していた不動無限は突如と教室が光に包み込まれ気がつくと異世界に召喚されてしまった。神による儀式でとある神によってのスキルを得たがスキルが強すぎてスキル無しと勘違いされ更にはクラスメイトと王女による思惑で追放処刑に会ってしまうしかし最強スキルと聖獣のカワウソによって難を逃れと思ったらクラスの女子中野蒼花がついてきた。 相棒のカワウソとクラスの中野蒼花そして異世界の仲間と共にこの世界を自由に旅をします。 現在、第四章フェレスト王国ドワーフ編

修復スキルで無限魔法!?

lion
ファンタジー
死んで転生、よくある話。でももらったスキルがいまいち微妙……。それなら工夫してなんとかするしかないじゃない!

「キヅイセ。」 ~気づいたら異世界にいた。おまけに目の前にはATMがあった。異世界転移、通算一万人目の冒険者~

あめの みかな
ファンタジー
秋月レンジ。高校2年生。 彼は気づいたら異世界にいた。 その世界は、彼が元いた世界とのゲート開通から100周年を迎え、彼は通算一万人目の冒険者だった。 科学ではなく魔法が発達した、もうひとつの地球を舞台に、秋月レンジとふたりの巫女ステラ・リヴァイアサンとピノア・カーバンクルの冒険が今始まる。

通販で買った妖刀がガチだった ~試し斬りしたら空間が裂けて異世界に飛ばされた挙句、伝説の勇者だと勘違いされて困っています~

日之影ソラ
ファンタジー
ゲームや漫画が好きな大学生、宮本総司は、なんとなくネットサーフィンをしていると、アムゾンの購入サイトで妖刀が1000円で売っているのを見つけた。デザインは格好よく、どことなく惹かれるものを感じたから購入し、家に届いて試し切りをしたら……空間が斬れた!  斬れた空間に吸い込まれ、気がつけばそこは見たことがない異世界。勇者召喚の儀式最中だった王城に現れたことで、伝説の勇者が現れたと勘違いされてしまう。好待遇や周りの人の期待に流され、人違いだとは言えずにいたら、王女様に偽者だとバレてしまった。  偽物だったと世に知られたら死刑と脅され、死刑を免れるためには本当に魔王を倒して、勇者としての責任を果たすしかないと宣言される。 「偽者として死ぬか。本物の英雄になるか――どちらか選びなさい」  選択肢は一つしかない。死にたくない総司は嘘を本当にするため、伝説の勇者の名を騙る。

処理中です...