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神代 コウ

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弱点への理解

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 獣人族と類似した部分の多い狂気の獣。その容姿もさる事ながら、人間の身体能力を優に超える生物としてのポテンシャルの高さと、自然の中で他の生物から気取られない為の、気配を消すという能力までも持っていた。

 そして今、その獣人達の長であり自分達によく似た生物上の特徴を持つモンスターと言っても相違ない獣の変貌から、目が離せずにいた。負傷した獣人がアズールに伝えたように、その獣の肉体強化は彼ら獣人族から見ても異形なものだった。

 ケツァルが見せた上半身と下半身の一部の筋肉を隆起させる、一撃に全てを乗せるための爆発的な瞬発力を得る為のものと大きく異なるのは、全身をまるで鎧で覆うように筋肉を隆起させ、より獣らしく四足歩行に特化していた。

 身体能力の高さという強い武器を持っている彼らでさえも、その獣の変化を目前にして足が動かない。視線が釘付けになるとはまさにこの事なのだろう。美しいものに見惚れてしまうというものの例えで使われるよりも、今目の前に迫るものがこれから自分の身に不幸を齎すだろうという表現で使われる方が、より身に染みて伝わるだろう。

 大型車が身近なところをスピードを出して走り抜けた時や、特急の電車が駅のホームを走り抜ける時に感じる風や音に混じる無自覚の内の恐怖。理不尽に振われた暴力のその先や、大きな失態による責任を問われる直前など、人によって知らず知らずの内に体験しているであろう身近な恐怖。それが今のアズール達の目の前に広がっていた。

 彼らが我に帰ったのは、獣が肉体強化を完了しその力の一部を試すかのように上げた咆哮だった。鼓膜を震わせる叫びが、獣の変貌した姿と戦闘能力を周囲に知らしめるように伝わる。

 「うッ・・・!?仲間を呼ばれたか?」

 「違うんだッ!これは他の奴らに、“これは俺の獲物だ“と誇示する行動のようで、強化後は他の奴らは近づかない・・・」

 獣と対峙していなければ分からなかった事。それは、肉体強化に入った獣は他の個体に獲物を譲らない為に、縄張りを主張する咆哮だということだ。物音や気配に敏感になっていたアズール達には知ることのなかった情報の一つ。

 「初耳だぞ?何故その情報が回ってこない?」

 「分かるだろ!?伝える前に殺されちまうからだ!部隊の数や力量によっては生き残れる場合もある。実際この部隊もそうだった。初めの獣は何とかなったが、犠牲者が出ちまったおかげでこの通り・・・。勝っても負けても次はねぇんだよ・・・」

 リナムルを離れていたアズールの元に届けられた情報。それはあくまで事態の発端と、その時点で知り得ていた情報の一部でしかない。実際は獣達と直面することで新たな事態と情報が加わる。

 手元にない情報が加われば部隊は混乱する。咄嗟の出来事に対応できるほど人員が多い訳でもなければ、敵対象を圧倒出来るだけの戦力を有している訳でもない。かといって、他の部隊に助けを求めている余裕もない。

 その場で直面した問題に、その場で持ち得る手札で対応し乗り切ることを要求される。たまたま配属された部隊の人数と戦力が十分であれば、アズールの駆けつけた彼のように生き残ることも可能だったようだが、その後は見ての通りの状況となる。

 「アレの戦力はどれくらいだ?」

 「強化を入れた武闘派が三人で漸く互角か・・・或いはそれ以上って感じだ。前の奴と戦った時は連携が上手くいったおかげもある。それを考慮するなら、後者の判断をした方がいい」

 「三人でやっとか・・・。これは骨が折れるな」

 そう言いながらも、アズールは身に纏った装飾を脱ぎ捨て、自身の肉体強化に入る。獣とは違い、ケツァルの強化と同じように上半身を中心とした二足歩行型の肉体強化がなされていく。

 しかし、肉体強化により四足獣となった獣は、アズールの強化を待っているなどという都合のいい真似はしなかった。まだ強化が完了していない状態のアズールに、しっかりその恐怖を与えた四足獣は、まるで爆弾でも爆発したかのような土煙を上げて飛び掛かってきた。

 一見すれば完全に無防備なところに攻撃を受けるというかなり致命的な場面のようだが、そんな自分達の弱点を知らぬアズールではなかった。彼は獣の急接近を前に、口角を上げて不適な笑みを浮かべる。

 「己の最大の隙を理解していないとでも思ったか?貴様のような知性の無い獣でも分かる弱点は、理解を深めることで相手を誘い込むチャンスにも成り得る・・・」

 アズールは肉体強化の段階を強制的に一時停止し、大掛かりに差し向けられた大砲の弾のように駆け抜ける獣の勢いを利用し、一瞬の間にその前足を低い体勢で捕らえると、後方に向けて勢いよく投げつけた。
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