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第十四話
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昨日。夕餉を済ませ、忍者から届けられたその日の執務を軽く片した後、いつものように二人のメイドを相手に散々快楽に溺れまくった。
昼間から幼い婚約者とキスを楽しんだからだろうか。
夜のまぐわいではいつも以上にキスが中心になって、それを理解してかティアとエリノーラの方からも積極的に唇を求めてきた。
結果、盛り上がった。
ティアは二人きりにならないと「ジルくん」と呼んでくれないが、あの日からひとたび行為を始めれば自ら俺を求めてくる機会が増えていた。
エリノーラに関しては淫紋を刻んでからまだ本格的に試したことがないが、半日開けるだけで乱れやすくなるくらいには変調していた。催淫効果もあって、ティアが恥ずかしがって出来なかったようなことを率先してするようになりはじめ、最近ではどこから情報を仕入れてきたのか、俺の尻の穴まで舐めようとしてきて油断ならない。
とにかく、そんなこんなで充実した夜だったのだが、シャワー室の一件以来ティアと距離が近づいたということもあって、勝手に例の件を許してもらえたと判断していた。
そう……寝惚けながら腰を振り続けた、例の「寝起きピストン事件」のことである。
あれで息も絶え絶えに失神しかけていたティアが怒って、それからは寝る前にちょっとでも入れようとするとすごいジト目で、俺のイチモツを痛いくらい握って拒絶してきていた。
本気で怒られていることを悟って数日様子見したが、あれだけイチャイチャセックスしたら繋がりながら寝たいと思ってしまうのは当然じゃないだろうか?
そして、俺はティアが受け入れてくれると思って、寝ようとしているティアを背後から抱きしめて股の下に勃起した肉棒を、割れ目に沿って刺激するように滑りこませた。
するとどうだろうか。ゆっくりとティアがこちらを向いて、上目遣いになったではないか。これは勝ったな、フハハなんて思ってたわけだが、次の瞬間、照れたようにしたあと笑顔で言ったわけである。
「やめてくださいって……言いましたよね?」
「お、おう……」
俺は、敗北した。
ふつう、メイドに負ける主は珍しいだろう。なんなら俺がシャワー室で言ったように、拒絶されても押し通せばいい話だったのだが普段から考えられない言外の圧力に怯んでしまったのが勝敗の分け目だった。
潔く諦めた俺は慰めてもらうためエリノーラの方へ行き、何故か嬉しそうに歓待されてその日はエリノーラと初めて繋がったまま寝ることになった。
そして今朝ーーどうやら癖になってしまっていたらしい。
無意識に尻に力を入れた後にやって来た射精感で、寝起きで漏らしたと勘違いして焦って目を覚ますとエリノーラが息絶え絶えに俺に背面から押し潰されていた。
ティアが顔を真っ赤にして見ていたが俺と目が合うなり逸らして気まずそうにしていた。もしティアの意思を無視して強硬手段に出ていたら、今頃嫌われていたかもしれない。とにかくエリノーラに謝り介護したあと、疲労具合を見てやむを得ず、就寝時の結合はしばらく控えることに決めて登校したのだった。
学校生活では特に変わらず。
ティアが授業ごとに席を外し、エリノーラは学生として自クラスで講義を受ける。二十分間の休み時間になると二人は戻ってきて、最近では女生徒たちがこぞってエリノーラに群がり俺との関係性を問い詰めているので、私的利用できる部屋へ逃げている。
部屋の利用については誰にも咎められる筋合いはないし、王族としてのエゴではない正当な権利があってのものである。というのも、序列一位に与えられる正当な権利だからだ。各学年ごとに序列一位には校舎内にある部屋を与えられ、それぞれ自分好みの部屋にしていると他の学年の者と顔合わせした時に聞いたことがある。
最近まで放置していた俺に充てられた部屋は二つのソファとテーブルがあるだけで殺風景なものだったが、おそらく卒業まで5年ほど使うのでせっかくだからじっくりと模様替えしてみるのも一興だと思う。ティアも一刻半、使用人控室で他の従者たちのなかで堅苦しく待たせるより、そこで伸び伸びとできた方が良いはずだ。たぶん遠慮するだろうが、無理矢理にでもここで休ませてやろう。そう思えば途端にやる気が出てきた。
それに昼はエリノーラは級友と食事を摂ってから来るように言いつけているが、講義中に先に食事していたティアを侍らせながらクラスメイトたちと食べるのはなんとなく嫌だったのだ。
どうせならここで、身内を呼んで食事をすればいい話じゃないか。レイモンドに、ティア、エリノーラ、テシア、ネクトとラレスはもちろん俺の奔放さに寛容なレイチェルやトトナも呼んでもいい。“必要のない物置部屋をもらった”くらいにしか思っていなく、放置していた今までが悔やまれるが朝と夕だけでなく、昼もティアとエリノーラと食べることができるようになるのだ。素晴らしいアイデアなので今日の放課後はこの部屋を模様替えすることに決定した。
さて、そうこうして放課後の予定は決まったが、現在、鐘の音で昼休憩の合図が校舎中に響き渡った。
準備もなく早速その部屋で食事というわけにもいかないし、何より昨日、レイチェルに相談されてから決まった相席の話がこれからあった。
「受講お疲れ様でした、殿下」
クラスメイトを目当てに迎えに来た他の使用人や取り巻きたちに紛れてティアも来たところで、いつも昼餉を共にするレイモンドと他の同級生たちに「今日は約束がある」と断りを入れて先に食堂を目指すことになった。
ティアを連れて大勢がいる巨大食堂に入ると、令嬢たちや面識のある先輩たちに声をかけられる。そのすべてを一言二言で返してから、俺はそのままデッキテラスに出た。
ここの食堂は2階であり、テラスからは空が一望できるようになっていて、遠くにはこの学園全域を覆う結界の要である時計塔も見える。加えて地上から伸びた木々が立ち並んでいてまるでキャンパスに描かれているような見事な光景だった。
一ヶ月前から予約していただろう他のテーブルで既に席へ着いていた女生徒たちは俺がテラスへ出てきたことに気がついた途端に色めき立つ。なんでここに!? とか本人を前にひそひそと噂話で盛り上がっているのが聞こえてしまっているが声をかけてこないのは幸いだった。
待っている一人に弟ーーラレスがいるとはいえ、女の子、それもまだ公式発表前とはいえ婚約者を待っている間に全く別の異性と談笑するのはよろしくない。なのでさっさと、予約してある席の椅子に腰掛けてしまう。
まだレイチェルとラレスが来ていないようなので、この席から見える景色を確認するために、座りながらいろんな角度を見渡した。
このテラスは食堂から丸見えで、逆にここからも食堂の様子は丸見えだった。俺がデッキへ出たことで、このテラスに男がいることの曰くから、お相手が誰なのか興味があるらしい生徒たちがこぞって覗いてきてその熱量が伝わってくる。やはりラレスと二人きりにさせなくて良かった。自分の判断が間違っていないことを再認識して背もたれに深く腰掛けて空を仰いだ。
すると視界にティアが映り、目が合ったことで自然と口元が緩んでしまう。
下から見上げるメイドもまた良いものだと思っていると、デッキの扉が開いて、チリンチリンと鈴の音が耳に届く。
そして、近づいてきた二人分の足音が止まって、声をかけられた。
「お空の景色はいかがですか?」
「心まで晴れやかになるくらいには最高だな」
そう言ってから空を仰ぐのをやめ視線を向けると、予想通り二人の姿があった。
レイチェルとラレスである。
「お待たせしました、ジルクニール様。ティアさんもこんにちは」
「な、なんでお兄様がここに……」
レイチェルが微笑みながら挨拶する横で、開口一番、俺がいることにラレスが驚きの言葉を出した。
そう言えば俺が相席することをラレスに伝えるのを忘れていたな。ラレスのことを言えた立場じゃないし弟と似た失敗をするのが可笑しくなって笑えてくる。
「なんでって当たり前だろ……ラレスがこの席を予約した時と状況が違うからな。お前のことを心配したレイチェルから相談を受けた」
婚約について分かる言葉は避けて、後半、他の席には聞こえないように声量を落として教えてやる。昨日のレイチェルの相談は、なにも世間体を気にした政治的都合だけのものではなかった。
勝手な解釈だが、レイチェルはラレスの厚意については深く感謝していただろう。外で食べたいという幼馴染の言葉を実現させようとしたのだ。その行為は尊いものだ。しかし、俺とレイチェルの婚約が正式に決まり、以前のように異性の友達の距離感のままではいられない立ち位置に変わってしまった。レイチェルはもうすでに将来の国母なのである。
まだ婚約を発表していない今、デッキテラスでラレスとレイチェルが二人きりでいるところを見られたらーーレイチェルの未来の王妃としての評判が落ちるし、なによりラレスは後になって事前に承知していたにもかかわらず婚約を軽んじるーー貴族のしきたりを考慮できず未来の王妃に近づいた馬鹿者だとして生涯噂されるはずだ。
もともと婚約が決まる前から予約していたラレスからすれば、この急激な変化は受け入れ難いものだったのかもしれない。或いはどうするべきかわからず俺に相談せずレイチェルを誘った可能性もある。
意図して伏せていたとしても、たぶんそれは「兄に迷惑をかけたくなかった」とかそんなつまらない理由のはずだ。
だからこそレイチェルは、ラレスが俺にランチのことを伝えていないと分かっていた上で、俺に伝えていないか確認するという名目で相談まで持ち込んだ。
そして見事に俺を動かして、最悪の事態を切り抜けたわけだ。
レイチェルは自分を救っているようで、ラレスも同時に救ったことになる。いざとなればレイチェルはラレスの呼びかけに応じないこともできたので、ラレスが一人デッキテラスに出て相手が誰も来なかったことが噂されることもあり得た。なので俺を頼ったのはベストの選択だった。
「とまあ、そういうわけで今日は相席させてもらうことになった……レイチェルが教えてくれなければ悲惨なことになってただろうからな。今後レイチェルを誘うときは俺に事前に確認をとってからにしてくれ」
「……は、い…………わかり、ました」
怒られて力を無くした声のラレスに少しだけばつの悪さを感じながら、俺はティアが持ってきたメニュー表を確認した。
「スペシャルランチセットを頼む」
「かしこまりました。……レイチェル様とラレス様は何がよろしいでしょうか?」
ティアが尋ねたことで二人も目の前に置かれたメニュー表を手に取って、一通り目を通し始める。
「では、わたくしはサンドイッチセットを」
「じゃあ、オレも同じものを……」
「いや、ラレスはスペシャルの方だろ。王族なんだから、いくら食が細くても他の奴が注文したとき、王族より高価なものを食べていることに気後れさせないよう配慮しておけ。食い切れなくても学園なら【残飯係】の餌になるからお前も気にするな」
「あ……は、はいお兄様。……今度から気をつけます」
久しぶりの会話なのにラレスに注意して気まずく思いながら、ティアに注文するものを取りに行かせる。
萎縮したラレスと比較して、レイチェルはずっとにこにこと笑顔が絶えなかった。俺の気も知らず、愛らしい婚約者である。
「あー、その、なんだ……一学期が終わってからあまり話す機会がなかったが、学校生活はどうなんだ?」
少しでも気を緩めると前のように礼儀正しく話しそうになるので、なんとか堪えながら、ラレスに会話を振る。
すると、声をかけられたラレスは背筋をピンと伸ばして、恐る恐る口を開いた。
「……学問も実技も順調です。入学してからできた友人も気が合う者たちで、楽しく過ごせてます」
「順位戦はどうだ? 今月末に正式な発表だが、仮の順位付けはもう出てるだろ。お前かネクトか、あるいはトトナか。誰が現在の第一位なんだ?」
「ジルクニール様? なぜわたくしを候補から外すのですか?」
「でも実際違うんだろう?」
「うぅ……そうですけれど……」
拗ねたように上目遣いで見てくる青髪の婚約者に対して、俺は笑った。
「本当のことを言うと、婚約者になる前からレイモンドからちょくちょく妹の話は聞かされていた。戦闘のセンスはないのはもう知っている」
「お兄様がわたくしのことを?」
「世界一可愛い妹だって自慢していたぞ」
「それは嘘ですね。あまりからかわないでください。お兄様はシャイですからそう言う褒め方は絶対にしませんわ」
「バレたか……それで、ラレスは今のところ何位なんだ?」
危なかった。気がつけばレイチェルとばかり会話していて、ラレスを省いたようになってしまっていた。話を戻してラレスに振ると、ラレスが気まずげに、弱々しく答えることになった。
「その、……四位です」
「……ほー。だが、序列入りしているだけで快挙なんだ。王族だからって気にするなよ。生まれで強さが決まるなんてこと絶対にないんだからな」
「……はい」
ということは、上にネクトと【魔法人形】のトトナがいるとして、あと一人は誰なのか。下の世代についてもめぼしい人間の噂は全て集めていたつもりだが、完全に把握できていない才能があるということだ。
気になったがラレスに直接聞くのは可哀想という感情が芽生えたので、レイチェルの方へ向いた。
レイチェルは俺の欲しいものがわかっているかのように上瞼の上げ下げで承知の意思を示したあと、口を開いた。
「三位はトトナです。二位がラレスと戦って引き分け、判定勝ちになったネクトです」
ネクトとラレスは適性が両極端で実力もほぼ変わらないからな。引き分けたのは納得いく。ということは、頂点にいる人間は、仮にもこの国で最高水準の教育を受けている王族や高位貴族を退けた逸材ということか。
「一位はいったい誰なんだ? ずいぶんと愉快で楽しそうなことになっているじゃないか」
「ええ。本当に楽しませていただいてます。実はその子とは友達で、たぶんジルクニール様も気にいると思いますよ?」
「その子ってことは女か? というか俺の好みのことなんてもう把握してるのか?」
何気にキスばかりで、心を近づけこそしたがお互いに知っていることは意外に少ないはずだった。その上で俺の好みがわかるとは……そんなにわかりやすい性格をしていただろうか?
「実力はピカイチなのに自信がなさげでおどおどしていて、ピュアで言われたことをすぐ間に受けてしまう女の子です」
「……なんだと? それは本当か」
「はい、とても楽しいんですよ?」
ぶっちゃけ、前情報だけで好みだった。実に弄りがいがありそうだと思ったらレイチェルはすでにその少女で遊んでいるらしい。つくづく似た感性だと思いながらも、俺が言い当てられた理由もわかった。自分が好きなものは俺が好きだと確信しているらしい。どこからその根拠が来るのか全くわからないが、そういう信頼は俺の方にも身に覚えがないと言えば嘘になる。
この青髪の婚約者はつくづく厄介なくらい相性が良さそうだった。
「それで、その子の名前は?」
「わたくし(婚約者)に女の子のことを聞くのですか?」
悪戯っぽく笑うレイチェルに俺は苦笑して、今度はラレスの方へ向く。すると、蚊帳の外だったラレスが、慌てて会話に参加してきた。これもレイチェルなりの気遣いか。
「アリスです。入学してからレイチェルたちと仲良くなった男爵家の……確か四女だったと思います」
「ほう……ラレスは仲が良いのか?」
「オ、オレは違います! アリスは人見知りが激しくて、レイチェルやトトナと一緒にいるところしか見たことしかありません」
ちょっとからかい気味に尋ねると、ラレスは慌てて否定した。また何か琴線に触れたようでマズったかと思っていたが、ラレスは自分の声が強くなったことを自覚してか、バツが悪そうに大人しくなった。
何やら打ちひしがれているようにも見えて気まずくなったところで、ティアが台車に注文した品を乗せて帰ってきた。
ナイスタイミングだ。愛してるぞ、ティア。
「さ、とりあえず話は中断してランチタイムにするか。初等生がデッキテラスで食べることは稀だからな。あとで色々感想を聞かれるだろうから、期待に応えられるよう全力で楽しんでくれ」
そう言って俺が食堂の方に見えるレイモンドに手を振ると、その周りにいた女生徒たちの黄色い声が爆発した。王太子という地位のおかげで、この学園に入学してから異性人気は抜群だった。これまでは特に思うところはなかったが性に目覚めてしまった今となっては見目麗しい令嬢を見れば種付け射精したくなるのが厄介なところだ。
それはともかく、声を上げてはしゃぐ面々の中には見慣れないーー今年入っただろう初等生の顔も見えるので、おそらくラレスとレイチェルが二人でここに来たことに対する憶測も、俺に呼ばれたという内容の噂に書き換わるはずだ。
これでレイチェルから相談されたこのランチ絡みの問題は丸く収まったと考えて良いだろう。
食事の時間は、それぞれ頼んだメニューの感想を話して楽しんだ。少しはラレスも、馬車の時のネクト程度には奔放な口調の俺にも慣れてきたようで、ふとしたときに目の前でレイチェルと話しながら笑顔を見せるようになった。
晩餐会の頃から弟の暗い顔しか見ていなかったので少し安心である。
そうこうして、俺はボリュームのあるスペシャルメニューを平らげることで射精分の栄養補給を行ったあと、ティアに食器を片付けに遣わせてから食後のティータイムに移った。
「そういえばレイチェルにはまだ聞いていなかったな。一ヶ月通って、また学園生活が始まったが順調か?」
食前はラレスに構うことばかり考えていて、なんやかんやで婚約者に対して俺から話しかけていなかった。それでもレイチェルと話した時間の方が長いというのは、それだけ彼女が構って欲しくて話しかけてきたということで、可愛いと感じると同時に申し訳なく思った。
なので、ラレスと一応の関係修復に成功したということにして昼からの講義の時間まではレイチェルのために使うことに決めた。
「はい。先月ではクラスメイトたちと仲良くなれましたし、学業については幼馴染の中で一番成績が優秀なんですよ?」
「順位戦はどうなんだ?」
「残念ながら初戦でトトナに負けてから連敗中です。お兄様に魔法の才能すべて取られちゃったのかもしれません」
「レイモンドは俺がいなければ一位だろうからな。あながち間違いじゃないかもしれないな」
二人して笑い合いながらふと思いついたことを口に出しては会話が止まらなかった。
やがてティアが帰ってきたところで、時間を確認して、せっかくなので、デッキテラスからの景色を楽しみながら話すことにした。ティアには放課後のためにお使いを頼み、席を開けて、落下防止の手摺りに並んで時計塔の方を見る。
俺とラレスの間にレイチェルを挟んだ並びで、いつしか話題は時計塔のことに移っていた。
「あの時計塔は二代前の国王……曽祖父のミッドナイトが建造したこの学園に貼られた結界の起点だ。人が結界内に入るには学生服にもつけられてあるバッジや入園証を身につけていないといけないことになっている……んだが、実は裏技があってな。何年か前にこの学園で魔法研究していた男が影に落ちてしまう特異魔法を作ってしまったみたいでな。しかも自分だけじゃ制御できないという迷惑設定付き。今じゃその男も影に自由に出入りできるようになったんだが副次的に、伝説になってる転移魔法のようなことができるようになったんだが、結界は飛び越えられるってことが検証して分かった。だからもし短い距離でも転移する魔法を使った奴がいれば結界はほぼ無力化されるだろうから覚えておけよ」
「この学園が攻められるのですか……?」
「近頃、脳筋国家がきな臭いらしい。うちをモヤシ畑と昔から煽って来てるからな。魔法使い相手に筋力なら勝てると思ってるバカたちだから何をしでかすかわからない。それに、昔会った第一王子は俺以上に聡明に見えた。全く噂は聞かないが、それがむしろ怪しすぎる。将来敵になって戦でも起これば厄介な相手になるかもしれない。とりあえず戦争が始まるとしたら真っ先に狙われるのは未来の貴族社会の中心に立つ若い世代が集まるこの学園だから、結界を過信するなって話だ。昼食後には重たい話だったか?」
「いえ、漠然と結界の力を過信していたので興味深い話でした」
レイチェルはずっと俺の顔を見続けてにこにこと話に聞き入っていた。その後ろでラレスも俺の方を見ては、時折なぜか視線を外して景色の方へ視線を移したが、おそらく内容はちゃんと聞いていたはずだ。
もしもの時のために、結界越えの方法があると知っているのと知らないのとでは取れる手段が変わってくるので、あまり広めるつもりもないが、身内には教えておいても大丈夫だろうと信じている。
「そういえば将来といえば、わたくしたちは5年後には結婚するんですよね」
「そうだな。せめてレイチェルが卒業するまで待ってやりたいが、未だに二十までに産むべきだって信仰が根付いているからな……。二十五なんてまだまだなのに、この間近衛候補に上がった女騎士が生き遅れ認定されてて不憫に思ったぞ」
たまたま世間話を盗み聞いただけだった。
性に目覚めたばかりだからか、二十五歳なんてまだまだ若い範疇ではないだろうかと感想を持ったのを覚えている。15のレイモンドを長子に持つアクリエスの夫人も我が母と同年齢だが、若々しく余裕で抱ける判定である。
そうして、レイチェルがそのまま美しく大人になったような夫人を思い浮かべて勃起しそうになって慌てて母上を思い出して回避していると、レイチェルが手摺りに両腕をかけて、その上に頭を置いて俺を見上げて来た。
「わたくしもジルクニール様のことを“あなた”と呼ぶのでしょうか?」
「結婚したことがないからわからないが……そうかもしれないな。ラレスはどう思う?」
「ッ!? オ、オレは……その……」
レイチェルが頭を起こして手摺りから離れて、言い淀むラレスの方を見た。そして、狼狽する様が面白かったのか、レイチェルがラレスに笑いかけて声をかけた。
「ラレスも結婚してないから分からないわよね?」
「え、あ……うん」
「それもそうか。なんか悪いな」
閉口したラレスに話題を振ったことを謝ってからしばらく無言が続くことになった。そして、遠くで飛竜が結界の力で追い払われているのを眺めながら、またも青髪の婚約者が何気なく口を開いた。
「そういえばジルクニール様は子供は何人欲しいですか?」
「レ、レイチェル……!?」
ラレスの反応が今日一番の驚愕の表情だった。
無理もない。たとえ子作りが神聖な行為だとしても、それは人目を憚らず口にすることではない。
幼馴染の突拍子のない発言への反応として当然だった。
せめてラレスがいない時ならまだ二人きりの会話として普通の範疇だったろうにと思いながらも、まさか年下の婚約者に恥をかかせるほど俺も柔なつもりはないので、堂々と答えることにした。
「希望を言えば男は三人だな。継承権争いが起こるのは勘弁だが、慕ってくれている弟がいるのは幸せだからな。ラレスとネクトのような良い弟に支えられて国を統治する姿を見てみたい」
「お兄様……」
おいラレス、そんな複雑な感情でぐちゃぐちゃにした泣きそうな顔で俺を見るな。
なんだか恥ずかしくなってくるだろう。
「ではわたくしは頑張って三人の子を産めば良いのですね」
「……ん? いや、別に三人とは言ってないだろ」
「……?」
レイチェルが不思議そうな顔で見てくるので、本当にわかっていないことを悟って、遠くの時計塔を見ながら話を続けた。
「ネクトとラレスは可愛いが正直、子供を作るなら男は三人で十分だな。父上も俺の顔を見てどうも野郎が多いと嘆くことがある。父上は母だけを伴侶にして姫がいないからな。母上とよくそのことを愚痴っているみたいだ」
ならおまえらが作れよと思ったが、親の行為を想像するだけで怖気がするので思考中断。また男ができるかもしれないと思えば、励むのはともかく子を作るのはもう良いのだとか。父上はそう言っていたが、たぶん、女の子がお腹に宿った時、また流産でもしたら立ち直れないだろう母を想っての決断なのだからそこは素直に感心している。
「まぁ、性別は授かり物で選ぶことができないが姫ならいくらでもいて良いと思ってる」
「具体的には何人くらい欲しいですか?」
「男が三人なら四人以上だな」
「まあ! ならわたくしは結婚してから毎年子供を授かるのですね」
「あー、いや、そういえば母胎の不安を考えてなかったな。俺は回復魔法が使えないから、他人任せだとそこまでリスクは抱えられないか……ちなみにレイチェルは何人欲しいんだ?」
「わたくしですか? 子供の数の希望はないのでジルクニール様にお付き合いしますよ。ふふ」
「言ったな? 後悔するなよ。結婚初夜で絶対孕ませるからな」
俺が時計塔から目を離してそうレイチェルへ宣言したとき、ふと、その後ろにいたラレスに気がついた。
やってしまった。また放置してしまったようだ。
しかも今度は話題が話題だけに入る余地は全くなかっただろう。このまま放置するのは可哀想なので、なんとかラレスも入れる話題を考える。
「そ、そういえば子供と言えば名前の付け方にはいろいろあるみたいだな。親から名前の文字を継がせたり、偉人の名前にあやかったり。ラレスなら子供にはなんてつけるんだ?」
「子供の名前……!」
無理矢理すぎたか……?
いや、でもレイチェルはこの話題に楽しそうにしている。
なら良しだ。
「オ、オレの子供の名前……?」
「ああ、何か考えたことはないか? ちなみにオレは男ならクニオ、女ならオクニなんて考えたことがある」
「ジルクニール様、却下です」
レイチェルがニコッと、威圧感のある笑顔で初めてオレの意見を否定した。いや、否定よりも、拒絶だ。
「じょ、ジョークだ。魔境の孤島だとありそうな名前だが流石にこの大陸だと浮くってのは分かってるから、そんな怖い顔するな」
「ですよね。本気ならわたくし、子供ができたときジルクニール様に名前の意見を聞かなかったと思います」
「……すまん」
肯定ばかりだと思っていたレイチェルだが、ちゃんと流されず意思を持った上での肯定だったと分かり、少しほっとしながら謝った。
「それで、ラレスは子供ができたときどんな名前にするつもりなの……?」
レイチェルに改めて真正面から聞かれて、ラレスは言葉に詰まりながら、口を開閉する。言葉が出ておらずぱくぱくとしているだけで、どうしたのかと思えば気分が悪そうだった。
「大丈夫かラレス? スペシャルメニューはきつかったか?」
「かも、しれないです……」
やっぱりそうか。食の細い人間にスペシャルメニューは少しきつかっただろう。あまり胃が小さい印象がなかったので城の料理を食べているなら普通に食べ切れると思っていたのだが、これならラレスが今後注文する時は量を分からない程度の匙加減で減らすように伝えておくべきだろう。
そんなふうに思っていると、レイチェルが静かに笑った。
「逃げようとしても無駄よラレス。嘘をついてるのは分かるんだから気分の悪いフリはやめて、子供に付けたい名前を教えて? 大丈夫よ、ジルクニール様ほどひどい名前ではないんでしょう?」
「いや、だからあれは冗談だからな」
え、というかラレスのこのしんどそうな様子は演技だったのか。まったくそうは見えないが、俺よりもラレスのことについて詳しいだろう幼馴染が嘘を看破したのだ。
幼馴染の絆の強さを知っている俺だからこそ、レイチェルの言葉を否定できなかった。
「……ス……ラ」
やがて、ラレスはボソボソと答え始めた。
「もう……聞こえないわよ。恥ずかしがらずに教えて」
レイチェルが再度訊くと、ラレスが唇を震わせながらヤケクソのように強張った笑顔で答えた。
「男ならスレイ、女ならレイラ。……昔二人でよく読んだ勇者伝説に出てきた名前なんだ」
レイチェルは、そんなラレスの頑張りを見てにこりと笑って頭を撫でた。
「すごく良い名前ね。ジルクニール様が名付けで頼れなかったらラレスにつけてもらおうかしら」
「……まあ、それもありか」
近しい人間から名前の案をもらうのも名付けの方法の一つである。俺の可愛い弟で、レイチェルの幼馴染。この関係性と並ぶのはレイモンドくらいだろう。そうとなればいつかティアとの間に子ができた時も、レイモンドに名付けてもらうのも有りかもしれない。
そんな幸せな想像をしている間に、予鈴がなった。
食堂の方もすでに人気は消え始めて、それぞれが午後の講義のために教室へ帰っている。
「今日はお開きだな」
「はい、そうですね。……ラレス、今日はありがとうね。ジルクニール様とお昼を食べたのも初めてだったし、お話も楽しかったわ」
「ああ、もしもう一度したければ俺が来月も予約するぞ?」
そう言って、俺とレイチェルは並んでラレスを見た。
しかし、充足感に浸る俺たちとは対照的にひどく疲れた様子でラレスは無理に笑って言った。
「レイチェルが楽しんでくれたらなら良かったよ。あと、お兄様、オレ注目されるのに疲れたから来月はいいや」
「そうか? なら俺ももう良いか」
「でしたらわたくしも。上級生になった時、トトナとアリスで改めて予約することにします」
「俺は入れてくれないのか?」
「ジルクニール様はお兄様とどうぞ」
「やめろ。男同士くっつけようとする厄介な女子がうちのクラスにはいるんだぞ」
「ふふっ」
そうこうして突発的に起こった事件は無事に解決された。
俺はレイチェルとラレスを初等生の教室に送り届けてから、所属する教室へ足を向ける。
午後からはつまらない計算術の講義なのでやる気が起こらないからか、足の進みは遅かった。
そして、初等生のフロアから階段を上がろうと上を見た時、踊り場から降りてくる存在に気がついた。
紫髪のツインテールに表情を分かりにくくさせる純真な瞳。制服の上から処女しか着れないローブを身に纏った少女が降りて真正面に立つと、俺を見上げて腕を掴んできた。
「……待ってた」
「トトナが俺を……?」
ーー【魔法人形】、異端の貴族に生まれた異端の少女、トトナ。
レイチェルの友達であり、弟たちの幼馴染の彼女が腕を引いてきて、俺は特に逆らうつもりもなく、引っ張られるままに歩き始める。
途中、忍者が出てきそうになるのを《通信/》で控えさせてから口少ななトトナに真意を尋ねるため声をかけた。
「どこへ行こうとしてるんだ?」
「……保健室」
「……なぜ俺も?」
「……聞きたいことがある」
「聞きたいことってなんだ?」
「なんで、“視る”たびに魔力が増えてるのか教えてほしい」
昼間から幼い婚約者とキスを楽しんだからだろうか。
夜のまぐわいではいつも以上にキスが中心になって、それを理解してかティアとエリノーラの方からも積極的に唇を求めてきた。
結果、盛り上がった。
ティアは二人きりにならないと「ジルくん」と呼んでくれないが、あの日からひとたび行為を始めれば自ら俺を求めてくる機会が増えていた。
エリノーラに関しては淫紋を刻んでからまだ本格的に試したことがないが、半日開けるだけで乱れやすくなるくらいには変調していた。催淫効果もあって、ティアが恥ずかしがって出来なかったようなことを率先してするようになりはじめ、最近ではどこから情報を仕入れてきたのか、俺の尻の穴まで舐めようとしてきて油断ならない。
とにかく、そんなこんなで充実した夜だったのだが、シャワー室の一件以来ティアと距離が近づいたということもあって、勝手に例の件を許してもらえたと判断していた。
そう……寝惚けながら腰を振り続けた、例の「寝起きピストン事件」のことである。
あれで息も絶え絶えに失神しかけていたティアが怒って、それからは寝る前にちょっとでも入れようとするとすごいジト目で、俺のイチモツを痛いくらい握って拒絶してきていた。
本気で怒られていることを悟って数日様子見したが、あれだけイチャイチャセックスしたら繋がりながら寝たいと思ってしまうのは当然じゃないだろうか?
そして、俺はティアが受け入れてくれると思って、寝ようとしているティアを背後から抱きしめて股の下に勃起した肉棒を、割れ目に沿って刺激するように滑りこませた。
するとどうだろうか。ゆっくりとティアがこちらを向いて、上目遣いになったではないか。これは勝ったな、フハハなんて思ってたわけだが、次の瞬間、照れたようにしたあと笑顔で言ったわけである。
「やめてくださいって……言いましたよね?」
「お、おう……」
俺は、敗北した。
ふつう、メイドに負ける主は珍しいだろう。なんなら俺がシャワー室で言ったように、拒絶されても押し通せばいい話だったのだが普段から考えられない言外の圧力に怯んでしまったのが勝敗の分け目だった。
潔く諦めた俺は慰めてもらうためエリノーラの方へ行き、何故か嬉しそうに歓待されてその日はエリノーラと初めて繋がったまま寝ることになった。
そして今朝ーーどうやら癖になってしまっていたらしい。
無意識に尻に力を入れた後にやって来た射精感で、寝起きで漏らしたと勘違いして焦って目を覚ますとエリノーラが息絶え絶えに俺に背面から押し潰されていた。
ティアが顔を真っ赤にして見ていたが俺と目が合うなり逸らして気まずそうにしていた。もしティアの意思を無視して強硬手段に出ていたら、今頃嫌われていたかもしれない。とにかくエリノーラに謝り介護したあと、疲労具合を見てやむを得ず、就寝時の結合はしばらく控えることに決めて登校したのだった。
学校生活では特に変わらず。
ティアが授業ごとに席を外し、エリノーラは学生として自クラスで講義を受ける。二十分間の休み時間になると二人は戻ってきて、最近では女生徒たちがこぞってエリノーラに群がり俺との関係性を問い詰めているので、私的利用できる部屋へ逃げている。
部屋の利用については誰にも咎められる筋合いはないし、王族としてのエゴではない正当な権利があってのものである。というのも、序列一位に与えられる正当な権利だからだ。各学年ごとに序列一位には校舎内にある部屋を与えられ、それぞれ自分好みの部屋にしていると他の学年の者と顔合わせした時に聞いたことがある。
最近まで放置していた俺に充てられた部屋は二つのソファとテーブルがあるだけで殺風景なものだったが、おそらく卒業まで5年ほど使うのでせっかくだからじっくりと模様替えしてみるのも一興だと思う。ティアも一刻半、使用人控室で他の従者たちのなかで堅苦しく待たせるより、そこで伸び伸びとできた方が良いはずだ。たぶん遠慮するだろうが、無理矢理にでもここで休ませてやろう。そう思えば途端にやる気が出てきた。
それに昼はエリノーラは級友と食事を摂ってから来るように言いつけているが、講義中に先に食事していたティアを侍らせながらクラスメイトたちと食べるのはなんとなく嫌だったのだ。
どうせならここで、身内を呼んで食事をすればいい話じゃないか。レイモンドに、ティア、エリノーラ、テシア、ネクトとラレスはもちろん俺の奔放さに寛容なレイチェルやトトナも呼んでもいい。“必要のない物置部屋をもらった”くらいにしか思っていなく、放置していた今までが悔やまれるが朝と夕だけでなく、昼もティアとエリノーラと食べることができるようになるのだ。素晴らしいアイデアなので今日の放課後はこの部屋を模様替えすることに決定した。
さて、そうこうして放課後の予定は決まったが、現在、鐘の音で昼休憩の合図が校舎中に響き渡った。
準備もなく早速その部屋で食事というわけにもいかないし、何より昨日、レイチェルに相談されてから決まった相席の話がこれからあった。
「受講お疲れ様でした、殿下」
クラスメイトを目当てに迎えに来た他の使用人や取り巻きたちに紛れてティアも来たところで、いつも昼餉を共にするレイモンドと他の同級生たちに「今日は約束がある」と断りを入れて先に食堂を目指すことになった。
ティアを連れて大勢がいる巨大食堂に入ると、令嬢たちや面識のある先輩たちに声をかけられる。そのすべてを一言二言で返してから、俺はそのままデッキテラスに出た。
ここの食堂は2階であり、テラスからは空が一望できるようになっていて、遠くにはこの学園全域を覆う結界の要である時計塔も見える。加えて地上から伸びた木々が立ち並んでいてまるでキャンパスに描かれているような見事な光景だった。
一ヶ月前から予約していただろう他のテーブルで既に席へ着いていた女生徒たちは俺がテラスへ出てきたことに気がついた途端に色めき立つ。なんでここに!? とか本人を前にひそひそと噂話で盛り上がっているのが聞こえてしまっているが声をかけてこないのは幸いだった。
待っている一人に弟ーーラレスがいるとはいえ、女の子、それもまだ公式発表前とはいえ婚約者を待っている間に全く別の異性と談笑するのはよろしくない。なのでさっさと、予約してある席の椅子に腰掛けてしまう。
まだレイチェルとラレスが来ていないようなので、この席から見える景色を確認するために、座りながらいろんな角度を見渡した。
このテラスは食堂から丸見えで、逆にここからも食堂の様子は丸見えだった。俺がデッキへ出たことで、このテラスに男がいることの曰くから、お相手が誰なのか興味があるらしい生徒たちがこぞって覗いてきてその熱量が伝わってくる。やはりラレスと二人きりにさせなくて良かった。自分の判断が間違っていないことを再認識して背もたれに深く腰掛けて空を仰いだ。
すると視界にティアが映り、目が合ったことで自然と口元が緩んでしまう。
下から見上げるメイドもまた良いものだと思っていると、デッキの扉が開いて、チリンチリンと鈴の音が耳に届く。
そして、近づいてきた二人分の足音が止まって、声をかけられた。
「お空の景色はいかがですか?」
「心まで晴れやかになるくらいには最高だな」
そう言ってから空を仰ぐのをやめ視線を向けると、予想通り二人の姿があった。
レイチェルとラレスである。
「お待たせしました、ジルクニール様。ティアさんもこんにちは」
「な、なんでお兄様がここに……」
レイチェルが微笑みながら挨拶する横で、開口一番、俺がいることにラレスが驚きの言葉を出した。
そう言えば俺が相席することをラレスに伝えるのを忘れていたな。ラレスのことを言えた立場じゃないし弟と似た失敗をするのが可笑しくなって笑えてくる。
「なんでって当たり前だろ……ラレスがこの席を予約した時と状況が違うからな。お前のことを心配したレイチェルから相談を受けた」
婚約について分かる言葉は避けて、後半、他の席には聞こえないように声量を落として教えてやる。昨日のレイチェルの相談は、なにも世間体を気にした政治的都合だけのものではなかった。
勝手な解釈だが、レイチェルはラレスの厚意については深く感謝していただろう。外で食べたいという幼馴染の言葉を実現させようとしたのだ。その行為は尊いものだ。しかし、俺とレイチェルの婚約が正式に決まり、以前のように異性の友達の距離感のままではいられない立ち位置に変わってしまった。レイチェルはもうすでに将来の国母なのである。
まだ婚約を発表していない今、デッキテラスでラレスとレイチェルが二人きりでいるところを見られたらーーレイチェルの未来の王妃としての評判が落ちるし、なによりラレスは後になって事前に承知していたにもかかわらず婚約を軽んじるーー貴族のしきたりを考慮できず未来の王妃に近づいた馬鹿者だとして生涯噂されるはずだ。
もともと婚約が決まる前から予約していたラレスからすれば、この急激な変化は受け入れ難いものだったのかもしれない。或いはどうするべきかわからず俺に相談せずレイチェルを誘った可能性もある。
意図して伏せていたとしても、たぶんそれは「兄に迷惑をかけたくなかった」とかそんなつまらない理由のはずだ。
だからこそレイチェルは、ラレスが俺にランチのことを伝えていないと分かっていた上で、俺に伝えていないか確認するという名目で相談まで持ち込んだ。
そして見事に俺を動かして、最悪の事態を切り抜けたわけだ。
レイチェルは自分を救っているようで、ラレスも同時に救ったことになる。いざとなればレイチェルはラレスの呼びかけに応じないこともできたので、ラレスが一人デッキテラスに出て相手が誰も来なかったことが噂されることもあり得た。なので俺を頼ったのはベストの選択だった。
「とまあ、そういうわけで今日は相席させてもらうことになった……レイチェルが教えてくれなければ悲惨なことになってただろうからな。今後レイチェルを誘うときは俺に事前に確認をとってからにしてくれ」
「……は、い…………わかり、ました」
怒られて力を無くした声のラレスに少しだけばつの悪さを感じながら、俺はティアが持ってきたメニュー表を確認した。
「スペシャルランチセットを頼む」
「かしこまりました。……レイチェル様とラレス様は何がよろしいでしょうか?」
ティアが尋ねたことで二人も目の前に置かれたメニュー表を手に取って、一通り目を通し始める。
「では、わたくしはサンドイッチセットを」
「じゃあ、オレも同じものを……」
「いや、ラレスはスペシャルの方だろ。王族なんだから、いくら食が細くても他の奴が注文したとき、王族より高価なものを食べていることに気後れさせないよう配慮しておけ。食い切れなくても学園なら【残飯係】の餌になるからお前も気にするな」
「あ……は、はいお兄様。……今度から気をつけます」
久しぶりの会話なのにラレスに注意して気まずく思いながら、ティアに注文するものを取りに行かせる。
萎縮したラレスと比較して、レイチェルはずっとにこにこと笑顔が絶えなかった。俺の気も知らず、愛らしい婚約者である。
「あー、その、なんだ……一学期が終わってからあまり話す機会がなかったが、学校生活はどうなんだ?」
少しでも気を緩めると前のように礼儀正しく話しそうになるので、なんとか堪えながら、ラレスに会話を振る。
すると、声をかけられたラレスは背筋をピンと伸ばして、恐る恐る口を開いた。
「……学問も実技も順調です。入学してからできた友人も気が合う者たちで、楽しく過ごせてます」
「順位戦はどうだ? 今月末に正式な発表だが、仮の順位付けはもう出てるだろ。お前かネクトか、あるいはトトナか。誰が現在の第一位なんだ?」
「ジルクニール様? なぜわたくしを候補から外すのですか?」
「でも実際違うんだろう?」
「うぅ……そうですけれど……」
拗ねたように上目遣いで見てくる青髪の婚約者に対して、俺は笑った。
「本当のことを言うと、婚約者になる前からレイモンドからちょくちょく妹の話は聞かされていた。戦闘のセンスはないのはもう知っている」
「お兄様がわたくしのことを?」
「世界一可愛い妹だって自慢していたぞ」
「それは嘘ですね。あまりからかわないでください。お兄様はシャイですからそう言う褒め方は絶対にしませんわ」
「バレたか……それで、ラレスは今のところ何位なんだ?」
危なかった。気がつけばレイチェルとばかり会話していて、ラレスを省いたようになってしまっていた。話を戻してラレスに振ると、ラレスが気まずげに、弱々しく答えることになった。
「その、……四位です」
「……ほー。だが、序列入りしているだけで快挙なんだ。王族だからって気にするなよ。生まれで強さが決まるなんてこと絶対にないんだからな」
「……はい」
ということは、上にネクトと【魔法人形】のトトナがいるとして、あと一人は誰なのか。下の世代についてもめぼしい人間の噂は全て集めていたつもりだが、完全に把握できていない才能があるということだ。
気になったがラレスに直接聞くのは可哀想という感情が芽生えたので、レイチェルの方へ向いた。
レイチェルは俺の欲しいものがわかっているかのように上瞼の上げ下げで承知の意思を示したあと、口を開いた。
「三位はトトナです。二位がラレスと戦って引き分け、判定勝ちになったネクトです」
ネクトとラレスは適性が両極端で実力もほぼ変わらないからな。引き分けたのは納得いく。ということは、頂点にいる人間は、仮にもこの国で最高水準の教育を受けている王族や高位貴族を退けた逸材ということか。
「一位はいったい誰なんだ? ずいぶんと愉快で楽しそうなことになっているじゃないか」
「ええ。本当に楽しませていただいてます。実はその子とは友達で、たぶんジルクニール様も気にいると思いますよ?」
「その子ってことは女か? というか俺の好みのことなんてもう把握してるのか?」
何気にキスばかりで、心を近づけこそしたがお互いに知っていることは意外に少ないはずだった。その上で俺の好みがわかるとは……そんなにわかりやすい性格をしていただろうか?
「実力はピカイチなのに自信がなさげでおどおどしていて、ピュアで言われたことをすぐ間に受けてしまう女の子です」
「……なんだと? それは本当か」
「はい、とても楽しいんですよ?」
ぶっちゃけ、前情報だけで好みだった。実に弄りがいがありそうだと思ったらレイチェルはすでにその少女で遊んでいるらしい。つくづく似た感性だと思いながらも、俺が言い当てられた理由もわかった。自分が好きなものは俺が好きだと確信しているらしい。どこからその根拠が来るのか全くわからないが、そういう信頼は俺の方にも身に覚えがないと言えば嘘になる。
この青髪の婚約者はつくづく厄介なくらい相性が良さそうだった。
「それで、その子の名前は?」
「わたくし(婚約者)に女の子のことを聞くのですか?」
悪戯っぽく笑うレイチェルに俺は苦笑して、今度はラレスの方へ向く。すると、蚊帳の外だったラレスが、慌てて会話に参加してきた。これもレイチェルなりの気遣いか。
「アリスです。入学してからレイチェルたちと仲良くなった男爵家の……確か四女だったと思います」
「ほう……ラレスは仲が良いのか?」
「オ、オレは違います! アリスは人見知りが激しくて、レイチェルやトトナと一緒にいるところしか見たことしかありません」
ちょっとからかい気味に尋ねると、ラレスは慌てて否定した。また何か琴線に触れたようでマズったかと思っていたが、ラレスは自分の声が強くなったことを自覚してか、バツが悪そうに大人しくなった。
何やら打ちひしがれているようにも見えて気まずくなったところで、ティアが台車に注文した品を乗せて帰ってきた。
ナイスタイミングだ。愛してるぞ、ティア。
「さ、とりあえず話は中断してランチタイムにするか。初等生がデッキテラスで食べることは稀だからな。あとで色々感想を聞かれるだろうから、期待に応えられるよう全力で楽しんでくれ」
そう言って俺が食堂の方に見えるレイモンドに手を振ると、その周りにいた女生徒たちの黄色い声が爆発した。王太子という地位のおかげで、この学園に入学してから異性人気は抜群だった。これまでは特に思うところはなかったが性に目覚めてしまった今となっては見目麗しい令嬢を見れば種付け射精したくなるのが厄介なところだ。
それはともかく、声を上げてはしゃぐ面々の中には見慣れないーー今年入っただろう初等生の顔も見えるので、おそらくラレスとレイチェルが二人でここに来たことに対する憶測も、俺に呼ばれたという内容の噂に書き換わるはずだ。
これでレイチェルから相談されたこのランチ絡みの問題は丸く収まったと考えて良いだろう。
食事の時間は、それぞれ頼んだメニューの感想を話して楽しんだ。少しはラレスも、馬車の時のネクト程度には奔放な口調の俺にも慣れてきたようで、ふとしたときに目の前でレイチェルと話しながら笑顔を見せるようになった。
晩餐会の頃から弟の暗い顔しか見ていなかったので少し安心である。
そうこうして、俺はボリュームのあるスペシャルメニューを平らげることで射精分の栄養補給を行ったあと、ティアに食器を片付けに遣わせてから食後のティータイムに移った。
「そういえばレイチェルにはまだ聞いていなかったな。一ヶ月通って、また学園生活が始まったが順調か?」
食前はラレスに構うことばかり考えていて、なんやかんやで婚約者に対して俺から話しかけていなかった。それでもレイチェルと話した時間の方が長いというのは、それだけ彼女が構って欲しくて話しかけてきたということで、可愛いと感じると同時に申し訳なく思った。
なので、ラレスと一応の関係修復に成功したということにして昼からの講義の時間まではレイチェルのために使うことに決めた。
「はい。先月ではクラスメイトたちと仲良くなれましたし、学業については幼馴染の中で一番成績が優秀なんですよ?」
「順位戦はどうなんだ?」
「残念ながら初戦でトトナに負けてから連敗中です。お兄様に魔法の才能すべて取られちゃったのかもしれません」
「レイモンドは俺がいなければ一位だろうからな。あながち間違いじゃないかもしれないな」
二人して笑い合いながらふと思いついたことを口に出しては会話が止まらなかった。
やがてティアが帰ってきたところで、時間を確認して、せっかくなので、デッキテラスからの景色を楽しみながら話すことにした。ティアには放課後のためにお使いを頼み、席を開けて、落下防止の手摺りに並んで時計塔の方を見る。
俺とラレスの間にレイチェルを挟んだ並びで、いつしか話題は時計塔のことに移っていた。
「あの時計塔は二代前の国王……曽祖父のミッドナイトが建造したこの学園に貼られた結界の起点だ。人が結界内に入るには学生服にもつけられてあるバッジや入園証を身につけていないといけないことになっている……んだが、実は裏技があってな。何年か前にこの学園で魔法研究していた男が影に落ちてしまう特異魔法を作ってしまったみたいでな。しかも自分だけじゃ制御できないという迷惑設定付き。今じゃその男も影に自由に出入りできるようになったんだが副次的に、伝説になってる転移魔法のようなことができるようになったんだが、結界は飛び越えられるってことが検証して分かった。だからもし短い距離でも転移する魔法を使った奴がいれば結界はほぼ無力化されるだろうから覚えておけよ」
「この学園が攻められるのですか……?」
「近頃、脳筋国家がきな臭いらしい。うちをモヤシ畑と昔から煽って来てるからな。魔法使い相手に筋力なら勝てると思ってるバカたちだから何をしでかすかわからない。それに、昔会った第一王子は俺以上に聡明に見えた。全く噂は聞かないが、それがむしろ怪しすぎる。将来敵になって戦でも起これば厄介な相手になるかもしれない。とりあえず戦争が始まるとしたら真っ先に狙われるのは未来の貴族社会の中心に立つ若い世代が集まるこの学園だから、結界を過信するなって話だ。昼食後には重たい話だったか?」
「いえ、漠然と結界の力を過信していたので興味深い話でした」
レイチェルはずっと俺の顔を見続けてにこにこと話に聞き入っていた。その後ろでラレスも俺の方を見ては、時折なぜか視線を外して景色の方へ視線を移したが、おそらく内容はちゃんと聞いていたはずだ。
もしもの時のために、結界越えの方法があると知っているのと知らないのとでは取れる手段が変わってくるので、あまり広めるつもりもないが、身内には教えておいても大丈夫だろうと信じている。
「そういえば将来といえば、わたくしたちは5年後には結婚するんですよね」
「そうだな。せめてレイチェルが卒業するまで待ってやりたいが、未だに二十までに産むべきだって信仰が根付いているからな……。二十五なんてまだまだなのに、この間近衛候補に上がった女騎士が生き遅れ認定されてて不憫に思ったぞ」
たまたま世間話を盗み聞いただけだった。
性に目覚めたばかりだからか、二十五歳なんてまだまだ若い範疇ではないだろうかと感想を持ったのを覚えている。15のレイモンドを長子に持つアクリエスの夫人も我が母と同年齢だが、若々しく余裕で抱ける判定である。
そうして、レイチェルがそのまま美しく大人になったような夫人を思い浮かべて勃起しそうになって慌てて母上を思い出して回避していると、レイチェルが手摺りに両腕をかけて、その上に頭を置いて俺を見上げて来た。
「わたくしもジルクニール様のことを“あなた”と呼ぶのでしょうか?」
「結婚したことがないからわからないが……そうかもしれないな。ラレスはどう思う?」
「ッ!? オ、オレは……その……」
レイチェルが頭を起こして手摺りから離れて、言い淀むラレスの方を見た。そして、狼狽する様が面白かったのか、レイチェルがラレスに笑いかけて声をかけた。
「ラレスも結婚してないから分からないわよね?」
「え、あ……うん」
「それもそうか。なんか悪いな」
閉口したラレスに話題を振ったことを謝ってからしばらく無言が続くことになった。そして、遠くで飛竜が結界の力で追い払われているのを眺めながら、またも青髪の婚約者が何気なく口を開いた。
「そういえばジルクニール様は子供は何人欲しいですか?」
「レ、レイチェル……!?」
ラレスの反応が今日一番の驚愕の表情だった。
無理もない。たとえ子作りが神聖な行為だとしても、それは人目を憚らず口にすることではない。
幼馴染の突拍子のない発言への反応として当然だった。
せめてラレスがいない時ならまだ二人きりの会話として普通の範疇だったろうにと思いながらも、まさか年下の婚約者に恥をかかせるほど俺も柔なつもりはないので、堂々と答えることにした。
「希望を言えば男は三人だな。継承権争いが起こるのは勘弁だが、慕ってくれている弟がいるのは幸せだからな。ラレスとネクトのような良い弟に支えられて国を統治する姿を見てみたい」
「お兄様……」
おいラレス、そんな複雑な感情でぐちゃぐちゃにした泣きそうな顔で俺を見るな。
なんだか恥ずかしくなってくるだろう。
「ではわたくしは頑張って三人の子を産めば良いのですね」
「……ん? いや、別に三人とは言ってないだろ」
「……?」
レイチェルが不思議そうな顔で見てくるので、本当にわかっていないことを悟って、遠くの時計塔を見ながら話を続けた。
「ネクトとラレスは可愛いが正直、子供を作るなら男は三人で十分だな。父上も俺の顔を見てどうも野郎が多いと嘆くことがある。父上は母だけを伴侶にして姫がいないからな。母上とよくそのことを愚痴っているみたいだ」
ならおまえらが作れよと思ったが、親の行為を想像するだけで怖気がするので思考中断。また男ができるかもしれないと思えば、励むのはともかく子を作るのはもう良いのだとか。父上はそう言っていたが、たぶん、女の子がお腹に宿った時、また流産でもしたら立ち直れないだろう母を想っての決断なのだからそこは素直に感心している。
「まぁ、性別は授かり物で選ぶことができないが姫ならいくらでもいて良いと思ってる」
「具体的には何人くらい欲しいですか?」
「男が三人なら四人以上だな」
「まあ! ならわたくしは結婚してから毎年子供を授かるのですね」
「あー、いや、そういえば母胎の不安を考えてなかったな。俺は回復魔法が使えないから、他人任せだとそこまでリスクは抱えられないか……ちなみにレイチェルは何人欲しいんだ?」
「わたくしですか? 子供の数の希望はないのでジルクニール様にお付き合いしますよ。ふふ」
「言ったな? 後悔するなよ。結婚初夜で絶対孕ませるからな」
俺が時計塔から目を離してそうレイチェルへ宣言したとき、ふと、その後ろにいたラレスに気がついた。
やってしまった。また放置してしまったようだ。
しかも今度は話題が話題だけに入る余地は全くなかっただろう。このまま放置するのは可哀想なので、なんとかラレスも入れる話題を考える。
「そ、そういえば子供と言えば名前の付け方にはいろいろあるみたいだな。親から名前の文字を継がせたり、偉人の名前にあやかったり。ラレスなら子供にはなんてつけるんだ?」
「子供の名前……!」
無理矢理すぎたか……?
いや、でもレイチェルはこの話題に楽しそうにしている。
なら良しだ。
「オ、オレの子供の名前……?」
「ああ、何か考えたことはないか? ちなみにオレは男ならクニオ、女ならオクニなんて考えたことがある」
「ジルクニール様、却下です」
レイチェルがニコッと、威圧感のある笑顔で初めてオレの意見を否定した。いや、否定よりも、拒絶だ。
「じょ、ジョークだ。魔境の孤島だとありそうな名前だが流石にこの大陸だと浮くってのは分かってるから、そんな怖い顔するな」
「ですよね。本気ならわたくし、子供ができたときジルクニール様に名前の意見を聞かなかったと思います」
「……すまん」
肯定ばかりだと思っていたレイチェルだが、ちゃんと流されず意思を持った上での肯定だったと分かり、少しほっとしながら謝った。
「それで、ラレスは子供ができたときどんな名前にするつもりなの……?」
レイチェルに改めて真正面から聞かれて、ラレスは言葉に詰まりながら、口を開閉する。言葉が出ておらずぱくぱくとしているだけで、どうしたのかと思えば気分が悪そうだった。
「大丈夫かラレス? スペシャルメニューはきつかったか?」
「かも、しれないです……」
やっぱりそうか。食の細い人間にスペシャルメニューは少しきつかっただろう。あまり胃が小さい印象がなかったので城の料理を食べているなら普通に食べ切れると思っていたのだが、これならラレスが今後注文する時は量を分からない程度の匙加減で減らすように伝えておくべきだろう。
そんなふうに思っていると、レイチェルが静かに笑った。
「逃げようとしても無駄よラレス。嘘をついてるのは分かるんだから気分の悪いフリはやめて、子供に付けたい名前を教えて? 大丈夫よ、ジルクニール様ほどひどい名前ではないんでしょう?」
「いや、だからあれは冗談だからな」
え、というかラレスのこのしんどそうな様子は演技だったのか。まったくそうは見えないが、俺よりもラレスのことについて詳しいだろう幼馴染が嘘を看破したのだ。
幼馴染の絆の強さを知っている俺だからこそ、レイチェルの言葉を否定できなかった。
「……ス……ラ」
やがて、ラレスはボソボソと答え始めた。
「もう……聞こえないわよ。恥ずかしがらずに教えて」
レイチェルが再度訊くと、ラレスが唇を震わせながらヤケクソのように強張った笑顔で答えた。
「男ならスレイ、女ならレイラ。……昔二人でよく読んだ勇者伝説に出てきた名前なんだ」
レイチェルは、そんなラレスの頑張りを見てにこりと笑って頭を撫でた。
「すごく良い名前ね。ジルクニール様が名付けで頼れなかったらラレスにつけてもらおうかしら」
「……まあ、それもありか」
近しい人間から名前の案をもらうのも名付けの方法の一つである。俺の可愛い弟で、レイチェルの幼馴染。この関係性と並ぶのはレイモンドくらいだろう。そうとなればいつかティアとの間に子ができた時も、レイモンドに名付けてもらうのも有りかもしれない。
そんな幸せな想像をしている間に、予鈴がなった。
食堂の方もすでに人気は消え始めて、それぞれが午後の講義のために教室へ帰っている。
「今日はお開きだな」
「はい、そうですね。……ラレス、今日はありがとうね。ジルクニール様とお昼を食べたのも初めてだったし、お話も楽しかったわ」
「ああ、もしもう一度したければ俺が来月も予約するぞ?」
そう言って、俺とレイチェルは並んでラレスを見た。
しかし、充足感に浸る俺たちとは対照的にひどく疲れた様子でラレスは無理に笑って言った。
「レイチェルが楽しんでくれたらなら良かったよ。あと、お兄様、オレ注目されるのに疲れたから来月はいいや」
「そうか? なら俺ももう良いか」
「でしたらわたくしも。上級生になった時、トトナとアリスで改めて予約することにします」
「俺は入れてくれないのか?」
「ジルクニール様はお兄様とどうぞ」
「やめろ。男同士くっつけようとする厄介な女子がうちのクラスにはいるんだぞ」
「ふふっ」
そうこうして突発的に起こった事件は無事に解決された。
俺はレイチェルとラレスを初等生の教室に送り届けてから、所属する教室へ足を向ける。
午後からはつまらない計算術の講義なのでやる気が起こらないからか、足の進みは遅かった。
そして、初等生のフロアから階段を上がろうと上を見た時、踊り場から降りてくる存在に気がついた。
紫髪のツインテールに表情を分かりにくくさせる純真な瞳。制服の上から処女しか着れないローブを身に纏った少女が降りて真正面に立つと、俺を見上げて腕を掴んできた。
「……待ってた」
「トトナが俺を……?」
ーー【魔法人形】、異端の貴族に生まれた異端の少女、トトナ。
レイチェルの友達であり、弟たちの幼馴染の彼女が腕を引いてきて、俺は特に逆らうつもりもなく、引っ張られるままに歩き始める。
途中、忍者が出てきそうになるのを《通信/》で控えさせてから口少ななトトナに真意を尋ねるため声をかけた。
「どこへ行こうとしてるんだ?」
「……保健室」
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「……聞きたいことがある」
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