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第2部・第10話:正と邪の交わる時
第5章
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最初に異変を感じたのはカインだった。
魔王の麾下に入ったのは比較的近年だが、黒猫に変化する能力を買われて、主に諜報要員として活動している。白い肌に黒い髪、やや吊り上がった金色の大きな瞳が印象的な、少々直情傾向のきらいのある美少年だ。
魔王の命を受け、黒猫姿でハーフェルの町から既に、ルカの身辺に出没していたカインは、当初は当然のことながら、自分の主君に災厄をもたらす存在として、ルカを嫌悪していた。また、自らの美しさに誇りを持っているタイプでもあったため、ルカが自分と張るレベルの美少年であることも、敵愾心を煽られる一因であったのは間違いない。
嫌々ながら諜報活動を続けるうち、カインはルカが、自分の想像していたような、「予言の子供として祭り上げられて、イイ気になっている」人間ではないことを知った。むしろ、どうやって人々の期待に応えればいいのかと、思い悩む有り様だ。
迷信から黒猫を嫌う人間も少なからず存在する中、ルカには一切の偏見もなく、むしろ自分からカインを招き寄せて可愛がろうとする。ルカの腕の中で魔物の襲撃を受けた際は、自分の身一つ守れないくせに、必死でカインを守ろうとする姿を愚かだと思いながらも、どこかくすぐったいような気分にさせられたものだ。
デルヴェ村での祭りを覗いていたのは、今思えば、何となく離れがたい想いがあったからだろう。人間に戻ったカインの姿に気付いたルカは、初対面にも関わらず、忌憚なく祭りの輪に加えてくれた。カインがルカに対する好意を自覚したのはその時だ。同世代の美少年同士であるからこそ、嫉妬もなく素直に笑い掛けてくれたことが、本当に嬉しかった。
カインが「予言の子供」に関する任務に二の足を踏むようになったのは、この頃のことである。
ヘルムートもまた、ハーフェルからルカの周囲を探っていた一人だ。
魔王の配下としては最古参に当たる。気持ち長めの黒髪と同色の瞳、暗い色合いのロングテールコートを纏った冷たい美貌の青年は、魔王の秘書か執事のように振る舞いながら、高い変身能力を活かして、各地への偵察も担当してきた。変化する生き物は往々にして黒い個体であることが多いが、中でも機動力と環境への親和性に優れた鴉を特に好む。
当初は斥候隊に対して積極的に攻撃を仕掛けており、覚醒したユージーンに敗北するなどの屈辱を味わってもいる。が、基本的には冷静沈着であり、ルカに絆されかけているらしいカインの様子を嘲笑ってもいた。
冷酷な美貌を裏切らぬ、彼の凍った心を溶かしたのは、ルカとの直接の接触が原因ではない。
古代遺跡の町において、彼は主の指示の元、ルカを「永遠に覚めない夢」に陥れた。
――そして彼は主と共に、すべてを覗き見てしまったのだ。ルカの性格や周囲との接し方、愛される理由が「可愛いから」だけではないということを。
周囲のすべてから惜しみない愛情を注がれる少年は、彼自身でも周囲のすべてに愛情を注いでいる。それ故に、世界を跨いだ転生によって、多くの悲しみが生まれたのだ。
ルカの「夢」を操ることで、彼の心をひどく傷付けた。
ルカに暗示をかけ、術を発動させて事態の推移を見守っていたことにより、当のヘルムート自身が、その事実に苦しむことになったのは、皮肉としか言いようがない。
そして、魔王だ。
そもそもビアンカとは何者なのか。
彼女は、現在のラインベルク王国の建国よりも遥か昔、さる名門貴族の令嬢として生を受けた。白という名を与えられたのは、生まれつき強大な魔力を持っていたため、代々白ヒイラギの紋章を受け継ぐ一門の、さらなる繁栄を担うことを望まれたためである。しかし、その力はかよわい女性が制御するには、あまりに強大過ぎたらしい。時に暴走する力は周囲に危害を及ぼすようになり、彼女は一族のみならず、領内の住人達からも疎まれるようになる。切り捨てるようにして領地の外れに幽閉されたのは、ビアンカが12歳の時のことだ。それがこの、今は「魔王城」と呼ばれる屋敷である。
迫害の末の不当な仕打ちに、彼女の怒りは天を焼き、地を割った。凄まじい憎悪の念は、一族を郎党に至るまで呪い殺し、不毛の地と化した領地から人々は逃げ出して、代わりに魔物共が跋扈する魔境へと変貌を遂げる。
人と、人の世を激しく恨んだビアンカは、大いなる力を受け入れ、長い時間をかけてこれを飼い慣らした。
やがて隷属する魔人や魔物達を従え、人間社会への侵攻を開始した、その目的はただ一つ。広い世界を求めてのことだ。自らがすべてを支配すれば、辺境に隠れ住む必要もない。堂々と陽の光の下を歩いてやれる。
そう、ビアンカは迫害の被害者であったが、弱者ではないのだ。何も世界を丸ごと寄越せと言うのではない。強者の正当な権利であるとの信念の元、歯向かう人間達を痛め付けることにも、良心の呵責は感じなかった。
――邪魔をするものは、たとえ神であろうと許しはしない。
そうして「邪悪なるもの」に身を落としたビアンカにとって、家門を象徴する白ヒイラギは唯一の弱点ともなった。本能的な嫌悪からか、一時的とはいえ魔力が減退するらしい。
しかしそれでも、人として生まれながら、迫害によって魔王となったビアンカを滅ぼせるものは、長く現れなかったのである。
魔王の麾下に入ったのは比較的近年だが、黒猫に変化する能力を買われて、主に諜報要員として活動している。白い肌に黒い髪、やや吊り上がった金色の大きな瞳が印象的な、少々直情傾向のきらいのある美少年だ。
魔王の命を受け、黒猫姿でハーフェルの町から既に、ルカの身辺に出没していたカインは、当初は当然のことながら、自分の主君に災厄をもたらす存在として、ルカを嫌悪していた。また、自らの美しさに誇りを持っているタイプでもあったため、ルカが自分と張るレベルの美少年であることも、敵愾心を煽られる一因であったのは間違いない。
嫌々ながら諜報活動を続けるうち、カインはルカが、自分の想像していたような、「予言の子供として祭り上げられて、イイ気になっている」人間ではないことを知った。むしろ、どうやって人々の期待に応えればいいのかと、思い悩む有り様だ。
迷信から黒猫を嫌う人間も少なからず存在する中、ルカには一切の偏見もなく、むしろ自分からカインを招き寄せて可愛がろうとする。ルカの腕の中で魔物の襲撃を受けた際は、自分の身一つ守れないくせに、必死でカインを守ろうとする姿を愚かだと思いながらも、どこかくすぐったいような気分にさせられたものだ。
デルヴェ村での祭りを覗いていたのは、今思えば、何となく離れがたい想いがあったからだろう。人間に戻ったカインの姿に気付いたルカは、初対面にも関わらず、忌憚なく祭りの輪に加えてくれた。カインがルカに対する好意を自覚したのはその時だ。同世代の美少年同士であるからこそ、嫉妬もなく素直に笑い掛けてくれたことが、本当に嬉しかった。
カインが「予言の子供」に関する任務に二の足を踏むようになったのは、この頃のことである。
ヘルムートもまた、ハーフェルからルカの周囲を探っていた一人だ。
魔王の配下としては最古参に当たる。気持ち長めの黒髪と同色の瞳、暗い色合いのロングテールコートを纏った冷たい美貌の青年は、魔王の秘書か執事のように振る舞いながら、高い変身能力を活かして、各地への偵察も担当してきた。変化する生き物は往々にして黒い個体であることが多いが、中でも機動力と環境への親和性に優れた鴉を特に好む。
当初は斥候隊に対して積極的に攻撃を仕掛けており、覚醒したユージーンに敗北するなどの屈辱を味わってもいる。が、基本的には冷静沈着であり、ルカに絆されかけているらしいカインの様子を嘲笑ってもいた。
冷酷な美貌を裏切らぬ、彼の凍った心を溶かしたのは、ルカとの直接の接触が原因ではない。
古代遺跡の町において、彼は主の指示の元、ルカを「永遠に覚めない夢」に陥れた。
――そして彼は主と共に、すべてを覗き見てしまったのだ。ルカの性格や周囲との接し方、愛される理由が「可愛いから」だけではないということを。
周囲のすべてから惜しみない愛情を注がれる少年は、彼自身でも周囲のすべてに愛情を注いでいる。それ故に、世界を跨いだ転生によって、多くの悲しみが生まれたのだ。
ルカの「夢」を操ることで、彼の心をひどく傷付けた。
ルカに暗示をかけ、術を発動させて事態の推移を見守っていたことにより、当のヘルムート自身が、その事実に苦しむことになったのは、皮肉としか言いようがない。
そして、魔王だ。
そもそもビアンカとは何者なのか。
彼女は、現在のラインベルク王国の建国よりも遥か昔、さる名門貴族の令嬢として生を受けた。白という名を与えられたのは、生まれつき強大な魔力を持っていたため、代々白ヒイラギの紋章を受け継ぐ一門の、さらなる繁栄を担うことを望まれたためである。しかし、その力はかよわい女性が制御するには、あまりに強大過ぎたらしい。時に暴走する力は周囲に危害を及ぼすようになり、彼女は一族のみならず、領内の住人達からも疎まれるようになる。切り捨てるようにして領地の外れに幽閉されたのは、ビアンカが12歳の時のことだ。それがこの、今は「魔王城」と呼ばれる屋敷である。
迫害の末の不当な仕打ちに、彼女の怒りは天を焼き、地を割った。凄まじい憎悪の念は、一族を郎党に至るまで呪い殺し、不毛の地と化した領地から人々は逃げ出して、代わりに魔物共が跋扈する魔境へと変貌を遂げる。
人と、人の世を激しく恨んだビアンカは、大いなる力を受け入れ、長い時間をかけてこれを飼い慣らした。
やがて隷属する魔人や魔物達を従え、人間社会への侵攻を開始した、その目的はただ一つ。広い世界を求めてのことだ。自らがすべてを支配すれば、辺境に隠れ住む必要もない。堂々と陽の光の下を歩いてやれる。
そう、ビアンカは迫害の被害者であったが、弱者ではないのだ。何も世界を丸ごと寄越せと言うのではない。強者の正当な権利であるとの信念の元、歯向かう人間達を痛め付けることにも、良心の呵責は感じなかった。
――邪魔をするものは、たとえ神であろうと許しはしない。
そうして「邪悪なるもの」に身を落としたビアンカにとって、家門を象徴する白ヒイラギは唯一の弱点ともなった。本能的な嫌悪からか、一時的とはいえ魔力が減退するらしい。
しかしそれでも、人として生まれながら、迫害によって魔王となったビアンカを滅ぼせるものは、長く現れなかったのである。
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