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第2部・第10話:正と邪の交わる時

第6章

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 度重なる魔王軍の攻撃により、弱体化した王朝が倒れ、ラインベルク王国が誕生した。
 ビアンカはこの新興国をも容赦なく攻め立て、「北の魔境」はジワジワと版図はんとを広げていく。
 その勢いが鈍ったのは、人類の歴史に黄金のベリンダが登場してからのことだ。
 幼少期より絶大な魔力を誇り、数々の功績を打ち立てて来たベリンダには、配下の魔物達も幾度となく敗北を喫している。だが、それを差し引いたとしても、ビアンカはベリンダのことが、心底疎ましかった。王宮には所属せず、自由な立場で諸国を遍歴し、困っている者があれば、分け隔てなく救いの手を差し伸べる――当然ながら、ベリンダは人々の称賛の的だった。
 人の身に余るほどの強大な力を持って生まれたのは同じなのに、一方は人間社会に溶け込み尊敬され、一方は魔王と怖れられ忌避きひされる――この不条理よ。

 また同じ頃、ビアンカはまったくの偶然から、ある男性と出逢っている。
 植物学者だというその男は、物好きにも北の魔境近辺の町にまで、フィールドワークの足を伸ばしていたらしい。自身の弱点ともなった白ヒイラギについて、独自に調査を進めていたビアンカは、自分を恐れることのない飄々とした男――フレドリックに興味を惹かれ、次第に心を許していった。彼女の複雑な想いになど、気付く様子もない朴念仁ぶりが、却って好ましく感じられたものだ。けれどこの男はあろうことか、それから程なく、黄金のベリンダの夫となる。
 ビアンカの、ベリンダに対する妬みの気持ちは、一層強くなった。しかし、それを面に表すほど、彼女のプライドは低くはない。ビアンカは想いを胸に秘めたまま城へと戻り、その後フレドリックが若くして亡くなったと聞いた時も、ひっそりと墓石に花を供えたのみだ。
 ベリンダはおそらく、その花の送り主が誰であるのか、気付いているだろう――。
 これが、魔王ビアンカと黄金のベリンダ、二人の間の最初の因縁だ。

 しかし、真にビアンカを激昂させたのは、ベリンダの孫に、己をたおすとの予言が下った時のことだった。
自分と同じはずなのに、自分の持てなかった家族からの愛、周囲からの尊敬、優しい夫、すべてを手にする、あのベリンダの血族が、己をちゅうす――到底許せることではない。
 ――おのれ、黄金のベリンダめ!
 自身にとっての災いの芽を摘む為、ビアンカは母体の女性(ベリンダとフレドの間に生まれた娘のエリス)ごと、予言の子供を襲撃した。その夫も殺害し、駆け付けたベリンダとの死闘の末、彼女が瀕死の状態で、孫の魂をどこかへ逃がそうとするのに気付いたビアンカもまた、最後の気力を振り絞って、その魂にをかけた。
 あちらの世界でルカの魂が穢れに犯されていたのは、世界の構成要素の差異のみが原因なのではなかったのである。

 それから10年近くの歳月を力の回復に費やし、ビアンカは再び、人間社会への侵攻を再開した。
 大規模な魔王討伐隊結成の話を嘲笑っていたところへ、その要因がベリンダの孫の帰還にあると知り、愕然としたのが、およそ1年前の話だ。
 これを捨て置く訳にはいかない。ビアンカは「予言の子供」に対し、まずは配下の者を監視に付けた。その上で、直接攻撃を仕掛けたり、から斥候隊せっこうたいごと追い込んでみたりと画策する。しかし、やはりあちらにもそれなりの手練てだれが揃っていると見えて、どうにもうまく事が運ばない。
 幾度か失敗を繰り返すうち、予想もしなかった事態が起こった。側近の一人、カインが、なぜか「予言の子供」を害することを渋り始めたのだ。
 ――これはおかしい。
 業を煮やしたビアンカは、「予言の子供」の元へ、自身の影を送った。たかが子供一人、ビアンカの魔力をもってすれば、遠隔地にあっても処分することなど容易い。同じ年頃の娘の姿を取ったのは、警戒心を抱かれまいと考えてのことだったが、この時は憎きベリンダの邪魔が入り、わずかに会話を交わしたのみで、退却せざるを得なかった。
 ビアンカにもカインと同じ異変が起こったのは、アルトゥナの町で「予言の子供」を永遠の眠りに付かせた際のことだ。実行を命じたヘルムートと共に、ビアンカもまた、「予言の子供」の「夢」を覗き見ていた。そして同様に、ルカの「愛される理由」を知ってしまったのである。
 ――これは確かに、普通の子供とはわけが違う。
 自身の動揺の意味もわからぬまま、それでもビアンカは、自ら「予言の子供」に手を下すべく、再度斥候隊の元へ赴いた。そこで療養明けのルカに、本来の姿で出逢ってしまったのは、完全なる失態だったと言っていい。少女姿の時以上に自分に対して好意的なルカの態度に、ビアンカは完全に狼狽した。更には、内心の動揺を隠したまま話し込むうち、療養が必要なほど彼を傷付けてしまったことに、あろうことか罪悪感さえ覚え始めてしまったのである。
 結局ビアンカは、この時もルカを手に掛けることは出来なかった。

 カロッサでルカを攫ったのは、万策ばんさく尽きた末での、最終手段だった。
 少女姿の幻影で誘い出したのは、ルカの好みを知らなかったからだ。
 しかし、いざルカを手に入れたものの、どうしてよいかわからない。否、どうしたいのか、もはやビアンカ自身にもわからなくなっていた。
 黄金のベリンダの孫、自身を誅するとの予言もあれば、憎いばかりのはずの子供の命が奪えない。こんなことは初めてだ。
 懊悩おうのうするビアンカの元へ、隠し通路を使って逃げ出したルカが辿り着いたのは、もはや運命としか言い様がない。
 ――『一緒に逃げよう』。
 悪名高き魔王の正体が女性とは知らぬルカは、健気にもそう言って笑ったのだ。一人では戦う力もなく、怖くてたまらないはずの少年が。
 真摯な態度、取られた手の温かさに、ついにビアンカは屈した。

 ――なんと健気な!
 ――こんなにも愛らしい子供を、手に掛けようとしていただなんて!

 「予言の子供」の、思いもよらぬ素直さと屈託のなさに触れて、人の愛を知らぬ「魔王」はいつの間にか、怒りも恨みも維持できなくなってしまっていたのである――。
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