忘却の彼方

ひろろみ

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五歳編

四十一話 家宅捜査 (雄介)

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 その頃、分家の当主である天野雄介を乗せた高級車は、啓二の自宅に到着したところだった。啓二の自宅は城を彷彿させる建物だ。和風の建築物で桧を全面に使用し、豪奢な作りになっていた。庭には桜や松が立ち並び、石造りの庭が広がっていた。

 石畳の通路が庭を横切るように広がり、砂利が所狭しと敷き詰められていた。庭の中心には石造りの池が広がり、鯉が優雅に泳いでいた。庭を囲うように高さ二メートルほどのブロックが覆い、手入れの行き届いた和風の庭だった。

 庭の周りから建物の周囲まで警備員が厳重に警備体制を敷いていた。雄介が車から降りると、警備員の一人が近寄ってきた。警備員は雄介達の突然の訪問に慌てた様子だった。何台もの車が連絡もなく訪れたのだ。警備員が驚くのも無理はない。警備員は不安そうな面持ちで雄介に尋ねた。

 「現在、啓二様は出掛けております。どのような用件でお越しになられたのですか?」

 「家宅捜査だ。緊急のため、連絡が取れなかった」

 「啓二様からは何も伺っておりません。確認を取りますので、少々お待ち下さい」

 「確認を取る必要はない。というより啓二様とは連絡が取れない筈だ」

 「どういう意味ですか?」

 「啓二様が宗家に反旗を翻したのだ。警備をしている者は事情聴取を取らせて貰う」

 「なっ……何かの間違いでは?」

 「いや、間違いはない。警備をしている者を集めてくれ」

 「はい、分かりました。全員に連絡するので三十分ほど時間を下さい」

 「分かった。全員を集め次第、事情聴取を始める」

 「はい。では、急ぎますので少しばかりお待ち下さい」

 警備員は慌てた様子で立ち去って行った。駐車場には三十台ほどの車が列をなすように停車していた。駐車場に入りきらなかった車は、道路の路肩にハザードランプを点滅させながら停めてあった。天野家の従者と蛭川家の従者が乗ってきた車だ。

 全員が家宅捜査のために用意された人員だった。その数、百二十人。啓二の一派と戦闘になる可能性も視野に入れていたため、自然と人数が多くなってしまったのだ。車から従者達がぞろぞろと降りてきた。

 従者達を先導するように蛭川家の当主である蛭川政宗が雄介の元にやってきた。政宗は濃紺色のスーツを身に纏い、チェック柄のネクタイを巻いていた。膨よかな体形の政宗は政府の高官のような雰囲気を纏い、背筋を張るように歩いていた。

 黒髪は後退し、髪の毛が薄くなってはいるが、目尻の皺が穏やかな人相を映し出していた。今年で四十二歳になるとは思えないほどに貫禄のある男で、瞳の奥には野心が見え隠れしていた。風祭家になくてはならない人材の一人である。

 政宗は辺りを見渡して、敵の気配がないか確認を取ってから雄介と視線を合わせた。啓二の自宅周辺に政宗達に敵意を持っている者の気配は感じなかった。だが、油断はできる状況でもない。警戒は怠らなかった。

 「政宗。今、警備の者を全員集めて貰っている。事情聴取を頼んで良いか?」

 「ああ、ついでに警備をしている者の記憶も覗いておく」

 「頼んだ。俺は啓二様の自宅を調べる」

 「分かっている」

 雄介は玄関を左右に開けると、部下達と共に家の中に踏み込んで行った。桧の廊下を真っ直ぐに進むと、障子で仕切られた居間へと辿り着いた。室内は綺麗に整頓され、テーブルと座布団が敷いてあるだけだった。畳が敷き詰められた和室は長いこと使われていないような雰囲気だった。

 見たところ居間には何もなさそうだ。念のために漆喰の壁などを叩き、隠し扉などがないか調べたが、おかしな部分は何も見当たらなかった。この部屋には何もない。雄介達は居間を横切り、障子を左右に開けると、細長い廊下に出た。

 廊下を真っ直ぐに進むと、二階へ上がる階段が左手に見えた。階段を上りきると、廊下を真っ直ぐに進んだ。左右に扉があり、左右のどちらかの部屋が啓二の書斎になっている筈だ。まずは右手に見える部屋から調べていく。

 扉を開けると、モダンな室内が視界に入った。本棚が壁一面に広がり、ソファーとコーヒーテーブルが置いてあった。だが、この部屋もあまり使われていないであろう。本棚の合間をずっしりと埋めるように並ぶ本の上には埃が被っていた。

 雄介は室内を一目見ただけで、部屋を立ち去った。来た道を戻るように廊下に出ると、左手に見える扉を開けた。扉を開けると、パソコンデスクが視界に入った。啓二の書斎だと理解した雄介は、自分の指紋を残さないようにするために手袋を嵌める。

 雄介はパソコンの電源を入れると、椅子に腰を下ろした。雄介の部下達は他の部屋を調べているのか、雄介とは別行動だった。パソコンの電源が点くと、USBを差し込んでデータを読み取る。殆どのデータが複雑に暗号化されて保管されていると思ったが、データはそのまま残っていた。

 「これは……」

 バックアップしてあるデータを読み込むと、意外なものが見付かった。最初に見付かったのは宗家である風祭家の見取り図だった。屋敷の事細かな間取り図というべきか。風祭家で育った啓二が間取り図を手に入れる必要はない。
 
 何故ならば自分の生まれ育った家だからだ。啓二の目的がなんなのか、現状では判断がつかなかった。バックアップしてあるデータを更に読み込んでいくと、風祭家の従者の個人情報が載っていた。氏名、年齢から住所、学歴、職歴だけでなく、魔術の系統から扱える魔術の詳細までも事細かに載っていた。

 「……これほどの情報をどうやって手に入れたんだ……?」

 雄介は訝しんだ。啓二が所有している個人情報は、当主である信護でさえも知り得ない情報だった。氏名、年齢、住所、学歴、職歴までの情報ならば簡単に手に入る。しかし、魔術の系統や得意とする魔術の詳細までも事細かに載っているのだ。

 通常ではあり得ない。魔術の系統と扱える魔術の詳細は誰もが秘密にしたい事案である。易々と調べられるものではない。宗家の者に内通者でもいるのか。いや、それだと違和感が残る。分家の当主である雄介でさえも宗家の従者達の能力は知らない。

 可能性として挙げるならば、他人の能力を知ることのできる能力を持つ者だ。だが、雄介の知る限りそのような能力を持つ魔術師は身近にいない。キーボードを素早く叩き、更にデータを読み込んでいくと、宗家と繋がりのある者のデータがずっしりと載っていた。従者だけではなかった。

 分家である四家の当主のデータから、誠一達四人の兄妹のデータまで詰め込んであった。中でも目を引く情報が響のデータだ。パソコン画面には響の出生に纏わることまで詳しく調べてあった。初めて知る情報に雄介は困惑を隠せなかった。

 「まさか……だが、そうか。そういうことだったのか」

 何故、分家の子供達を利用して響を暗殺しようとしたのか、雄介は全てを理解した。しかし、分家の当主ですらも知らされていなかった情報だ。この情報が無闇に流出することだけは避けなくてはならない。問題は風祭家の屋敷の間取り図と宗家に関係のある人間の個人情報だ。

 この二つ情報から啓二は本気で宗家と争う気でいるような気がしてならなかった。虎視眈々と反旗を翻す機会を窺っていたに違いない。既に啓二が逃走してからかなりの時間が経過している。いや、本当に逃走しているのであろうか。もしかしたら既に反撃の狼煙を上げているのではないかと不安に駆られた。

 「事情聴取を終えたぞ。雄介の方は進展があったのか?」

 雄介がパソコンと睨み合っていると、事情聴取を終えた政宗が書斎に入ってきた。政宗は室内を荒らさないようにスリッパを履き、指紋を残さないようにするために手袋を嵌めた。これから本格的に捜査を始めるのであろう。

 「ああ、ある程度のことは分かった。どうやら啓二様は本気で宗家と争う気でいるようだ。パソコンの中には宗家の屋敷の間取り図と宗家に関わる人間の個人情報が事細かに載っている。まるでこれから戦争を始めるかのように下準備は万全のようだ」
 
 「やはりか……だが、屋敷の間取り図ならば取り寄せる必要もないだろう?啓二様が生まれ育った家だ。既に家の間取りは知り尽くしている筈ではないのかね?」

 「確かに政宗の言う通りだ。わざわざ間取り図を取り寄せる必要はない……だが、間取り図を必要とする何かがあるのかもしれない」
 
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