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五歳編
四十二話 真実 (雄介)
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調べれば調べるほど雲行きは怪しくなっていた。さらにデータを読み込んでいくと、武器や兵器の売買取引のデータが残されていた。かなりの金額が動いているのが帳簿されていた。一個人で賄える金額ではない。啓二が資金源をどこから得ているのか、謎は深まるばかりだった。
武器や兵器の売買が二年前から取引されている記録が残っている。少なくとも啓二は二年前から良からぬ計画を企てていたことになる。武器や兵器の取引先の詳細は分からなかったが、啓二をバックアップしている組織がいる可能性が濃厚だった。
啓二が反旗を翻そうとしていることは予想していたことだったが、実際に目の前の情報を現実として受け入れるのには覚悟が必要だった。啓二が野心家であることは知っていたが、宗家に逆らってまでして得るものなのだろうか。
いや、今の立ち位置では満足がいかないのかもしれない。人間とは強欲な生き物だ。例え、兄弟で争うことになったとしても啓二ならばやり遂げそうな気がした。雄介と政宗は遣る瀬無い気持ちになったが、落ち込んでばかりもいられない。既に啓二の計画は動いていると考えても良い。
「それで事情聴取の方はどうだった?」
「ああ、警備していた者は全員が白だ。何も知らされていない」
「記憶も覗いたのか?」
「ああ、念の為に全員の記憶を覗いたが、問題はなかった。リストに載っている者は全員が問題ない。過去十年分の記憶を遡って覗いたが、何もでなかった」
「偽の記憶を見せられたりする可能性は?」
「あるにはあるが、その場合は違和感が残る。記憶に辻褄が合わないことが出てくるからだ。だが、そのような形跡はなかった。断言する。記憶は弄られてはいない。安心して良い」
「そうか……」
結局、雄介は響の出生に関する秘密を、政宗に打ち明けることができなかった。当主である信護が秘密にしているのだ。雄介が軽々しく言葉にすることは躊躇われた。だからこそ会話の流れが啓二のことになるように仕向けた。今はまだ雄介の胸の内に秘めておくことにしたのだ。
「雄介様、政宗様。お二人に見て貰いたいものがあります」
啓二の書斎に訪れたのは二十代後半の男性だった。雄介の忠実な部下で白井拓郎だ。濃紺色の和服を身に纏い、僧侶のような振る舞いだった。スキンヘッドまではいかないが、黒髪の短髪が似合う青年だ。落ち着いた印象を見受ける。
大学を卒業後、天野家で修行を始めて五年の月日が経過していた。もうすぐ三十代になるが、未だに独身を貫いていた。仕事と修行が忙しく、遊んでいる時間がないのだ。生真面目で神経質な部分があるが、雄介は気に入っていた。政宗とも面識があり、雄介の懐刀でもある。
「拓郎か。見て貰いたいものとは?」
「言葉で説明するよりも、見て貰った方が説明し易いのですが……」
「分かった。案内してくれ」
「はい」
拓郎は雄介と政宗の二人に気を配りながら先導する。啓二の書斎を出ると、廊下を来た道とは反対方向に進んだ。迷路のように入り組んだ廊下を進むと、天井の高い応接間に出た。ステンドグラスが輝き、洒落た室内だが、テーブルとソファーが置いてあるだけで違和感はなかった。
既に室内には雄介の部下と政宗の部下達が指紋の採取や写真撮影を行っていた。僅かな情報を見逃さないために写真を撮り、記録を残しているのだ。まるで殺人現場を調べる鑑識チームのようだ。だが、室内を見渡しても目ぼしいものは見当たらない。
「この部屋がどうかしたのか?」
「ええ、この壁画を見て下さい」
壁には高さ三メートルほどの壁画が飾ってあった。新緑の木々に覆われた大自然を背景に、女性が赤子を愛おしそうに抱いている絵が繊密に描かれていた。雄介と政宗は壁画を見て、すぐにピンときた。壁画の裏には間違いなく隠し扉が存在する。
「なるほどな……既に壁画の裏は調べたのか?」
「いえ、まだ壁画の裏は調べていません。雄介様と政宗様の意見を伺ってから、調べようかと思っておりました。それに罠を仕掛けている可能性もありますので……」
「賢明な判断だ。壁画を動かしてくれ」
「はい、分かりました」
拓郎が壁画を横にスライドさせると、隠し扉が現れた。木造の扉で左右に開くようになっていた。拓郎は更に木造の扉を左右に開けると、エレベーターの扉が視界に入った。余程、エレベーターの先に行かせたくないのか、赤外線レーザーがエレベーターの入り口を塞いでいた。
レーザーに触れると、セキュリティーが発動する仕組みなのだろう。どのようなセキュリティーが仕込まれているのか、現状では分からない。罠を仕掛けている可能性もある。強引に突破することはできない。だが、エレベーターの先には必ず何かがある。確信を得た。
「赤外線か……セキュリティーが万全だな。余程、見られたくないものがあるようだ」
「そのようですね」
「赤外線を解除するのにどれくらいの時間が必要だ?」
「それなら僕に任せて下さい。すぐにセキュリティーを突破してみせます」
雄介と拓郎の会話を遮るように声を上げたのは西城誠だ。スーツ姿の彼は今年で三十二歳になる。黒縁の眼鏡を掛け、サラリーマンのような面持ちだった。政宗の秘書でもあり、諜報活動を得意とする。IT分野にも幅広く精通し、ハッキングも行う。
誠はノートパソコンを取り出すと、慣れた手付きでキーボードを操作していく。パソコン画面には英語と数字の羅列が並び、拓郎には何をしてるのか理解できなかった。だが、数分も経たないうちに赤外線レーザーが見事に消えた。
「成功しました。もうエレベーターを動かしても問題はない筈です」
「助かる」
エレベーターを操作するボタンを押すと、錬鉄の扉が左右に開いた。雄介と政宗がエレベーターに乗り込んでから拓郎と誠がエレベーターに乗り込んだ。四人では少しばかり窮屈なエレベーターだが、問題なく地下へと進んで行った。
エレベーターの階層表示がB1Fで点滅すると、扉が左右に開いた。地下はコンクリートが剥き出しの廊下が真っ直ぐに伸びていた。窓などはないが、照明の灯りが廊下を照らしていた。天井にはアルミ製の換気ダクトが何本も設置されていた。
廊下を真っ直ぐに進んで行くと、腐臭のような刺激臭が四人を襲った。四人は思わず鼻を抑えたくなる衝動に駆られた。いくら換気のしづらい地下でも、ここまで臭いが立ち籠めるのは異常だった。むせ返るような臭いに拓郎と誠は耐えきれずに吐きそうになっていた。
「何の臭いだ?」
「分からん。だが、何かが腐ったような臭いだな」
さらに廊下を真っ直ぐに進むと、重厚な錬鉄の扉が視界に入った。高さ三メートルはある観音開きの扉で、左右の扉に雷神と風神の彫刻が刻み込まれていた。拓郎と誠が左右の扉を順に開けると、凄まじい異臭が四人を鼻孔を刺激した。扉の向こうは暗くて、中の様子が見えなかった。
「凄まじい臭いだな……一体、何を隠しているのだ?」
「ああ、この臭いは強烈だな。灯りはないのか?」
「今、電気を点けます」
扉の横にスイッチがあり、拓郎は慌てて電気を点灯させた。照明の灯りが点灯すると、中の様子がハッキリと見渡せた。中は鉄格子で閉ざされた牢屋になっていた。いや、拷問器具などがあちこちに散らかっていることから拷問部屋と呼ぶべきか。
「これは……」
「見ろ。臭いの正体はあれだ」
地下室の隅には遺体が転がっていた。死体はうつ伏せに横たわり、頭から血だまりの中に浸かった状態だ。死体はミイラのようにやせ細り、身体中に拷問された傷跡があった。コンクリートが剥き出しの床は血だまりで黒ずんでおり、血だまりがカチコチに固まっていた。
「遺体の身元は特定できそうか?」
「さすがに身分を証明する物を容易に置いとかないだろう。今、遺体を調べてみる」
「自分達がやります。雄介様と政宗様は見ていて下さい」
「分かった」
遺体は裸の状態で下着すらも付けていない。右腕は無残に切断され、左足も失っていた。どれだけ惨い拷問が繰り広げられていたのか、容易に想像できた。素人の手口ではない。情報を吐かせるために容赦のない拷問を繰り返し、まともな治療も受けることができなかったのであろう。
拓郎と誠は手袋を嵌めると、遺体を傷つけないように動かした。拓郎が後頭部を持ち、誠が下半身を持ち上げた。地下室の中心に移動させ、顔を見えるようにする。遺体の顔を覗いた雄介と政宗は驚きの表情を浮かべた。
「これは……」
「啓二様……?」
そこにはやせ細った啓二の姿があった。見た限りでは死後、一年は軽く経過していた。遺体は硬直し、目は見開いたままの状態だった。身体は腐敗が始まっていた。心臓をナイフで貫かれたのか、胸にはナイフが刺さっていた。
雄介と政宗は動揺を隠すことができなかった。つい先ほどに啓二と顔を合わせてばかりだ。啓二は今も逃走を繰り広げている筈だ。だが、目の前で遺体となっているのは確実に啓二の姿だ。何かがおかしい。歯車が狂い出した。
「一体、何がどうなっている?何故、啓二様が……」
「……なるほど。そういうことか……」
「政宗。どういう意味だ?分かるように説明してくれ」
「何者かが啓二様を殺害し、何事もなかったかのように入れ替わったのだよ」
「……なっ、まさか……」
雄介はハッとして顔を上げた。政宗の一言で一連の出来事の大まかな流れを理解した。啓二の殺害、宗家の屋敷の間取り図、武器と兵器の購入記録、宗家に関わる人間の個人情報。雄介の脳裏では断片的な情報が一つの筋書きとして組み合わさった。
啓二を殺害した何者かが啓二に成り済まし、反乱を起こそうとしているのだ。敵が何者かは分からない。だが、敵の狙いは風祭家の内部分裂だと理解させられた。恐らく、敵は啓二を拷問しても何も情報を得ることができなかったのであろう。
だからこそ啓二を殺害し、啓二に成り済ますことを選んだ。それならば宗家の屋敷の間取り図を取り寄せた理由も頷ける。だが、疑問も残る。風祭家を内部分裂させて何の意味があるのか理解できなかった。可能性として挙げるならば他の十二支家を疑うのが自然な成り行きだった。
来年に十二支家内の序列を決める議決会議が行われる予定だ。次の議決会議で序列一位の候補が風祭家なのだ。他の十二支家が風祭家を貶めようと仕組んだ可能性もある。今回の件、間違いなく風祭家にとって痛手を負いかねない事件だった。
武器や兵器の売買が二年前から取引されている記録が残っている。少なくとも啓二は二年前から良からぬ計画を企てていたことになる。武器や兵器の取引先の詳細は分からなかったが、啓二をバックアップしている組織がいる可能性が濃厚だった。
啓二が反旗を翻そうとしていることは予想していたことだったが、実際に目の前の情報を現実として受け入れるのには覚悟が必要だった。啓二が野心家であることは知っていたが、宗家に逆らってまでして得るものなのだろうか。
いや、今の立ち位置では満足がいかないのかもしれない。人間とは強欲な生き物だ。例え、兄弟で争うことになったとしても啓二ならばやり遂げそうな気がした。雄介と政宗は遣る瀬無い気持ちになったが、落ち込んでばかりもいられない。既に啓二の計画は動いていると考えても良い。
「それで事情聴取の方はどうだった?」
「ああ、警備していた者は全員が白だ。何も知らされていない」
「記憶も覗いたのか?」
「ああ、念の為に全員の記憶を覗いたが、問題はなかった。リストに載っている者は全員が問題ない。過去十年分の記憶を遡って覗いたが、何もでなかった」
「偽の記憶を見せられたりする可能性は?」
「あるにはあるが、その場合は違和感が残る。記憶に辻褄が合わないことが出てくるからだ。だが、そのような形跡はなかった。断言する。記憶は弄られてはいない。安心して良い」
「そうか……」
結局、雄介は響の出生に関する秘密を、政宗に打ち明けることができなかった。当主である信護が秘密にしているのだ。雄介が軽々しく言葉にすることは躊躇われた。だからこそ会話の流れが啓二のことになるように仕向けた。今はまだ雄介の胸の内に秘めておくことにしたのだ。
「雄介様、政宗様。お二人に見て貰いたいものがあります」
啓二の書斎に訪れたのは二十代後半の男性だった。雄介の忠実な部下で白井拓郎だ。濃紺色の和服を身に纏い、僧侶のような振る舞いだった。スキンヘッドまではいかないが、黒髪の短髪が似合う青年だ。落ち着いた印象を見受ける。
大学を卒業後、天野家で修行を始めて五年の月日が経過していた。もうすぐ三十代になるが、未だに独身を貫いていた。仕事と修行が忙しく、遊んでいる時間がないのだ。生真面目で神経質な部分があるが、雄介は気に入っていた。政宗とも面識があり、雄介の懐刀でもある。
「拓郎か。見て貰いたいものとは?」
「言葉で説明するよりも、見て貰った方が説明し易いのですが……」
「分かった。案内してくれ」
「はい」
拓郎は雄介と政宗の二人に気を配りながら先導する。啓二の書斎を出ると、廊下を来た道とは反対方向に進んだ。迷路のように入り組んだ廊下を進むと、天井の高い応接間に出た。ステンドグラスが輝き、洒落た室内だが、テーブルとソファーが置いてあるだけで違和感はなかった。
既に室内には雄介の部下と政宗の部下達が指紋の採取や写真撮影を行っていた。僅かな情報を見逃さないために写真を撮り、記録を残しているのだ。まるで殺人現場を調べる鑑識チームのようだ。だが、室内を見渡しても目ぼしいものは見当たらない。
「この部屋がどうかしたのか?」
「ええ、この壁画を見て下さい」
壁には高さ三メートルほどの壁画が飾ってあった。新緑の木々に覆われた大自然を背景に、女性が赤子を愛おしそうに抱いている絵が繊密に描かれていた。雄介と政宗は壁画を見て、すぐにピンときた。壁画の裏には間違いなく隠し扉が存在する。
「なるほどな……既に壁画の裏は調べたのか?」
「いえ、まだ壁画の裏は調べていません。雄介様と政宗様の意見を伺ってから、調べようかと思っておりました。それに罠を仕掛けている可能性もありますので……」
「賢明な判断だ。壁画を動かしてくれ」
「はい、分かりました」
拓郎が壁画を横にスライドさせると、隠し扉が現れた。木造の扉で左右に開くようになっていた。拓郎は更に木造の扉を左右に開けると、エレベーターの扉が視界に入った。余程、エレベーターの先に行かせたくないのか、赤外線レーザーがエレベーターの入り口を塞いでいた。
レーザーに触れると、セキュリティーが発動する仕組みなのだろう。どのようなセキュリティーが仕込まれているのか、現状では分からない。罠を仕掛けている可能性もある。強引に突破することはできない。だが、エレベーターの先には必ず何かがある。確信を得た。
「赤外線か……セキュリティーが万全だな。余程、見られたくないものがあるようだ」
「そのようですね」
「赤外線を解除するのにどれくらいの時間が必要だ?」
「それなら僕に任せて下さい。すぐにセキュリティーを突破してみせます」
雄介と拓郎の会話を遮るように声を上げたのは西城誠だ。スーツ姿の彼は今年で三十二歳になる。黒縁の眼鏡を掛け、サラリーマンのような面持ちだった。政宗の秘書でもあり、諜報活動を得意とする。IT分野にも幅広く精通し、ハッキングも行う。
誠はノートパソコンを取り出すと、慣れた手付きでキーボードを操作していく。パソコン画面には英語と数字の羅列が並び、拓郎には何をしてるのか理解できなかった。だが、数分も経たないうちに赤外線レーザーが見事に消えた。
「成功しました。もうエレベーターを動かしても問題はない筈です」
「助かる」
エレベーターを操作するボタンを押すと、錬鉄の扉が左右に開いた。雄介と政宗がエレベーターに乗り込んでから拓郎と誠がエレベーターに乗り込んだ。四人では少しばかり窮屈なエレベーターだが、問題なく地下へと進んで行った。
エレベーターの階層表示がB1Fで点滅すると、扉が左右に開いた。地下はコンクリートが剥き出しの廊下が真っ直ぐに伸びていた。窓などはないが、照明の灯りが廊下を照らしていた。天井にはアルミ製の換気ダクトが何本も設置されていた。
廊下を真っ直ぐに進んで行くと、腐臭のような刺激臭が四人を襲った。四人は思わず鼻を抑えたくなる衝動に駆られた。いくら換気のしづらい地下でも、ここまで臭いが立ち籠めるのは異常だった。むせ返るような臭いに拓郎と誠は耐えきれずに吐きそうになっていた。
「何の臭いだ?」
「分からん。だが、何かが腐ったような臭いだな」
さらに廊下を真っ直ぐに進むと、重厚な錬鉄の扉が視界に入った。高さ三メートルはある観音開きの扉で、左右の扉に雷神と風神の彫刻が刻み込まれていた。拓郎と誠が左右の扉を順に開けると、凄まじい異臭が四人を鼻孔を刺激した。扉の向こうは暗くて、中の様子が見えなかった。
「凄まじい臭いだな……一体、何を隠しているのだ?」
「ああ、この臭いは強烈だな。灯りはないのか?」
「今、電気を点けます」
扉の横にスイッチがあり、拓郎は慌てて電気を点灯させた。照明の灯りが点灯すると、中の様子がハッキリと見渡せた。中は鉄格子で閉ざされた牢屋になっていた。いや、拷問器具などがあちこちに散らかっていることから拷問部屋と呼ぶべきか。
「これは……」
「見ろ。臭いの正体はあれだ」
地下室の隅には遺体が転がっていた。死体はうつ伏せに横たわり、頭から血だまりの中に浸かった状態だ。死体はミイラのようにやせ細り、身体中に拷問された傷跡があった。コンクリートが剥き出しの床は血だまりで黒ずんでおり、血だまりがカチコチに固まっていた。
「遺体の身元は特定できそうか?」
「さすがに身分を証明する物を容易に置いとかないだろう。今、遺体を調べてみる」
「自分達がやります。雄介様と政宗様は見ていて下さい」
「分かった」
遺体は裸の状態で下着すらも付けていない。右腕は無残に切断され、左足も失っていた。どれだけ惨い拷問が繰り広げられていたのか、容易に想像できた。素人の手口ではない。情報を吐かせるために容赦のない拷問を繰り返し、まともな治療も受けることができなかったのであろう。
拓郎と誠は手袋を嵌めると、遺体を傷つけないように動かした。拓郎が後頭部を持ち、誠が下半身を持ち上げた。地下室の中心に移動させ、顔を見えるようにする。遺体の顔を覗いた雄介と政宗は驚きの表情を浮かべた。
「これは……」
「啓二様……?」
そこにはやせ細った啓二の姿があった。見た限りでは死後、一年は軽く経過していた。遺体は硬直し、目は見開いたままの状態だった。身体は腐敗が始まっていた。心臓をナイフで貫かれたのか、胸にはナイフが刺さっていた。
雄介と政宗は動揺を隠すことができなかった。つい先ほどに啓二と顔を合わせてばかりだ。啓二は今も逃走を繰り広げている筈だ。だが、目の前で遺体となっているのは確実に啓二の姿だ。何かがおかしい。歯車が狂い出した。
「一体、何がどうなっている?何故、啓二様が……」
「……なるほど。そういうことか……」
「政宗。どういう意味だ?分かるように説明してくれ」
「何者かが啓二様を殺害し、何事もなかったかのように入れ替わったのだよ」
「……なっ、まさか……」
雄介はハッとして顔を上げた。政宗の一言で一連の出来事の大まかな流れを理解した。啓二の殺害、宗家の屋敷の間取り図、武器と兵器の購入記録、宗家に関わる人間の個人情報。雄介の脳裏では断片的な情報が一つの筋書きとして組み合わさった。
啓二を殺害した何者かが啓二に成り済まし、反乱を起こそうとしているのだ。敵が何者かは分からない。だが、敵の狙いは風祭家の内部分裂だと理解させられた。恐らく、敵は啓二を拷問しても何も情報を得ることができなかったのであろう。
だからこそ啓二を殺害し、啓二に成り済ますことを選んだ。それならば宗家の屋敷の間取り図を取り寄せた理由も頷ける。だが、疑問も残る。風祭家を内部分裂させて何の意味があるのか理解できなかった。可能性として挙げるならば他の十二支家を疑うのが自然な成り行きだった。
来年に十二支家内の序列を決める議決会議が行われる予定だ。次の議決会議で序列一位の候補が風祭家なのだ。他の十二支家が風祭家を貶めようと仕組んだ可能性もある。今回の件、間違いなく風祭家にとって痛手を負いかねない事件だった。
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